その四.雷神様のお通りだ
到着した時、アヴァンチュリエの昼の営業は終わっていた。吹雪ははやる気持ちを抱えつつ、店先で夕方を待つこととなった。
冬の太陽はあっさりと沈み、銀座は藍色の宵闇に包まれる。
街灯の明かりに揺れる柳の葉を見ていると、吹雪の背後でドアが開く音が響いた。
「――君か。よく来たな」
カノエがやや驚いた顔で吹雪を見つめた。左手の怪我はまだ治っていないようで、指先まで隙間なく包帯で覆われている。
それから吹雪はカノエに案内されたテーブルで待ち続けた。
流行っている店のようで、夜が深まるにつれてどんどん客はやってくる。二人の給仕がせわしなくテーブルの間を行き交い、酒や料理を提供した。
しかしその中のどこにも白い髪の者はいない。
途中で白っぽい髪の色が入り口に見えたときには飛び上がったものの、それは白髭を蓄えた穏やかそうな老紳士だった。
やがて客の流れは少なくなり、テーブルから徐々に人が消えていった。
「……浅はか、ですね」
ほとんど水がなくなったグラスを見下ろし、吹雪は呟く。
もう何杯、水を飲んだだろう。軽く食事はとったが、こんな胸中では味もよくわからない。
そもそも考えが甘かった。
そんなに簡単に彼と顔を合わせられるのなら、苦労はしない。
吹雪はテーブルに突っ伏し、深くため息をついた。
「――もうビールもジュースもなくなった。在庫があるのは白ワインくらいで……」
店の隅で、カノエが電話をかけている。どうやら業者に発注を掛けているようだ。
そろそろ店じまいをするのだろう。
「……さすがに長くいすぎましたね」
吹雪は体を起こし、身支度を整えだした。
その時、ドアベルの音が響いた。こんな時間に新しい客が来たのだろうか。
しかし吹雪はもはや客の顔を見る気力もなく、立ち上がった。
「――なんだァ」
どくりと心臓が強く脈打った。
聞き覚えのある――いや、耳になじみすぎたその声に動きを止める。
小柄なその客は、凍り付いた吹雪の元にまで近づいてきた。
「相ッ変わらず不細工な顔してンなァ」
「……貴方、は」
吹雪はぎこちなく首を動かし、顔を上げた。
中途半端に伸び、刺々しくはねた白髪。女性と見紛うほどに整った顔だが、内なる攻撃性が滲み出でいるような青い三白眼が全体の雰囲気を鋭利なものにしている。
それはさんざん探し求めた顔だった。
「あーダメだ、てめェが不細工だとオレまで間接的に不細工な事になる。いまのナシ」
「……愚兄、よくも堂々と顔を出せたものですね」
押し殺した声で吹雪がなんとか言う。
すると男は――遠峰雷光は鋭い八重歯を剥き出して笑った。
「オイオイ、そりャねェぜ。オレに会いたがッてたのはてめェだろォが、愚妹」
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