その五.愚兄と愚妹

雷光はどっかりと吹雪の向かいの席に腰を下ろす。

 一月前に家を出たときとまるで変わらない姿だ。ただ服は帝都で新調したのか、見覚えのない黒いコートと赤いストールとを身に纏っている。

 雷光は頬杖をつき、じろじろと妹の姿を頭から爪先まで見た。

「……カッ、相変わらず無駄に元気そうだな。まァ一月じャそこまで変わらねェか」

「そうですね。貴方も大事ないようでなによりです」

「そンでファザコンも相変わらずか」

「貴方の瘋癲ふうてんも変わらないようですね」

 二人はほぼ同時に舌打ちし、それぞれ反対方向に視線を逸らした。

 雷光はがんがんとテーブルを叩き、無造作に手を振る。

「カノエェ! いつものセットよこせ! あとメロンソーダ!」

「叫ばずとも聞こえる。――妹さんには?」

 呆れ顔のカノエが伝票を片手にやってきた。

「知るか! 愚妹が勝手に注文すンだろ!」

「だから叫ぶな。お前は本当にやかましい奴だな。――それでは、妹さんにも同じものを用意しよう。私の奢りだ」

「そ、そんな、お気遣い無く……」

 吹雪が恐縮するまもなく、カノエは踵を返した。

 料理はすでに用意されていたのか、すぐに吹雪達の前に並んだ。

 小鉢に入ったピクルス、白身魚にソースを絡めた洋風の刺身、フルーツパンチ。

 そしてメインは麺料理。スパイスの効いたスープに艶やかな細麺が絡まり、具材は鴨肉のぶつ切りと大きく切った葱だ。

「……カフェなのにカレー南蛮」

「……言うな、こいつがうるさいから追加したんだ。普段は出せない裏メニューだ」 

 カノエ的にも何か言いたいことはあるらしい。

 一方そのうるさい男はよほど腹が減っていたのか、早速食事にがっついていた。

「やッぱりよォ、カレー南蛮はこうでなけりャなァ」

 葱を箸でつまみ、雷光は深々とうなずく。

「長葱の筒切りだよ、わかるか愚妹! てめェが昔出した奴はまがい物にすぎねェ! 玉葱のみじん切りとかふざけてンのか!」

「箸で人を指さすんじゃありません」

「あとこの際だから言ッとく、てめェは刺身の盛り方も味気ねェ。料理ッてのは見た目も楽しませるもンだろ? 盛り方とかもッとやりようがあるぜ。花みてェにするとか、器の模様を透かせるとかさァ」

「相変わらずやかましい人ですね……」

 雷光はともかくやかましい。

 声量があり、よく通る声をしているという事もある。だがともかく口数が多いうえ、自分のこだわりにはとことんまでうるさい。

 実家の食卓では彼がひたすら喋り続けるため、無口な父がよけいに喋らなくなっていた。

「マジでてめェの料理の見た目には味気がねェ。体にも振舞いにも色気がねェンだから料理くらい色気のある盛りつけしとけよ」

「……君は今までよくこの男を衝動的に殺さなかったな」

「本当に」

 去り際にカノエが放った言葉に、吹雪は蕎麦を啜りながら深くうなずいた。

 そしてどんぶりを置き、静かな声音で雷光にたずねた。

「貴方、今までどこで何をしていたんですか」

「あ? てめェに言うわけねェだろ」

 雷光は顔も上げずに答え、がつがつとフライを貪りだした。

 一瞬、手に力がこもった。しかしすぐに吹雪は呼吸を落ち着け、体のこわばりを解く。

 そして――やや震える声で、吹雪はその問いを口にした。

「……二十六日に出現した猿面は、貴方でしょう?」

 もう答えを知りようがないと思っていた、さんざん吹雪の胸をかき乱した疑問。

 だが今、その鍵となる人物が目の前にいる。

 吹雪は固唾を飲んで答えを待つ。

 しかし雷光はそんな妹の緊張など気にする様子もなく、しれっと肩をすくめた。

「さァてな」

「――とぼけるのも大概になさい!」

 一瞬、頭が真っ白になった。

 がたんと音を立て、吹雪は椅子を蹴るようにして立ち上がった。

 今にも燃えだしそうなほどに頬を紅潮させ、吹雪は雷光の腰を指さす。

「私は確かに、猿面が善哉清光を持っているのをみました――貴方の腰の、その刀です!」

 雷光の腰には細い鎖によって、一振りの小太刀が提げられていた。

 白い革巻きの柄、鈍く光る金の鍔――猿面の持っていた小太刀と全く同じ拵えだった。

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