バケモノ×ケンゲキ

その二十二．我式太刀

『……しャあねェ。慣れたやり方でやるか』

　その言葉の直後――猿面の顔が吹雪の眼前にあった。

「……は？」

　一瞬、吹雪の思考が停止する。

　しかし最初の不意打ちの時のように、体は動いた。

　振り下ろされた右の小太刀を弾く。

『おらおらおらァ！ ボサッとしてンじャねェぞ！』

　流れるように左右の小太刀が繰り出された。

　その刃はさながら激流の如く。

　絶え間なく叩き込まれ、高速で懐へと潜り込もうとする。

　防御を崩され、間合いに潜り込まれればお終いだ。

「くっ――」

　高速で攻め込む猿面の刃に対し、吹雪は防戦一方だった。

　それでもどういうわけか対応出来ている。縦横無尽に迫り来る猿面の刃を吹雪はほぼ反射的に弾き、考えもせず受け流している。

　振り下ろされた小太刀を弾きあげ、右から突き出された小太刀を鷲掴む。

　籠手と刃が擦れ合い耳障りな音を立てた。

『うおッと――！』

　小太刀を引き寄せられ猿面が間抜けな声を立て、わずかに均衡を崩した。

　その腹部に容赦なく吹雪は蹴りを叩き込む。

『ぐぁ、がッ――！』

　呻き声とともに小柄な体がわずかに吹き飛んだ。

　二人の距離が開き、猿面の刃圏から吹雪が離れた。そして代わりに猿面が吹雪の太刀の脅威に晒される間合いへ入る。

「疾ッ――！」

　好機を逃さず吹雪は足を踏み込んだ。

　体をくの字に折り曲げ、咳き込む猿面めがけ峰打ちを仕掛ける。

『万雷ィイ、至高天を灼けェエエエ！』

「ああッ――！」

　青白い閃光が眼前で炸裂した。

　吹雪はたまらず顔を覆い、距離をとる。失明するほどの光量ではない。それでも一時的に視力を失うのには十分な光量だった。

「やられた……ッ！」

　ちかちかとまたたく右目を細め、吹雪は唇を噛む。

　とっさに防御を測った結果、かろうじて両目の視力を完全に失うまでにはいかなかった。

　だが縦横無尽に動き回る猿面に対しては致命的なハンデ。

　そして猿面は今、式器を発動させた。

『げほッ、ゴホッ……ハァ、クソッ、はらわた吐くかと思ッた。足癖悪ィにも程がある』

　咳き込みながら猿面が体勢を立て直し、吹雪に対し構えをとる。

　先ほどまでとは違い、左手に握った小太刀から眩い雷電が迸っていた。あの左の小太刀が、先ほど閃光を炸裂させた式器なのだろう。

　とはいえ左の小太刀のみを警戒するわけにもいかない。

　右目が眩んだ今、右からの攻撃が脅威となる。

　今、下手に攻めるわけにいかない。

　右目の視力が回復するまで防御に徹し、猿面の攻撃をしのぐ。

『おォい！　何、休憩してんだァ？　そッちも式器を発動させろよ！　攻めて来いよ。てめェのチャチな式器ごとオレがブッ潰してやるからさァ！』

　雷電を発する刃を誘うように揺らし、猿面がけたたましい声で笑う。

　吹雪は冷ややかに猿面を見る。

「そこまで無謀ではないので」

「ハッ！　おおかた視力が回復するまでオレの攻撃をしのいでやるとか考えてるンだろ？　いけないなァ！　極めて消極的だ、薄志弱行極まりない！」

「なんとでも」

『アァアアア！　クソ、クソッタレが！　Ｆｕ＊ｋ！』

　猿面がたてがみを振り乱して吼えた。

　駄々をこねる子供のように二本の小太刀を振り回し、矢継ぎ早にまくし立てる。

『腹立つ！　ムカつく！　あぁああもう！　すました顔しやがッて！　だからブッ潰してやりたくなる！　そういう優等生面が生理的に無理なンだよ！　ホントによォオ――！』

「……なんですか、いきなり。子供みたいに……」

　突然怒り狂い出した猿面の様子を、吹雪はやや呆れ気味に見つめた。

　怒りも頂点に来たのか、猿面は何故か叫び声とともにその場で跳躍を始める。いまいち感情と行動を制御できない人間なのかもしれない。

　このやりとりの間に右目の視力もやや回復してきた。

　猿面が冷静さを失っている今が攻め時か。吹雪は呼吸を整え、足に力を込める。

『クソッ、クソッ――嫌いだ、嫌いだ！　オレはなァ、昔からてめェみたいな人間が――！』

　猿面の怒鳴り声が響く中、吹雪は音も無く地を蹴った。

　一息に距離を詰める。猿面より三、四歩手前、吹雪の太刀が最大効力を発する間合いへと。

『――てめェが大ッ嫌いだッた！』

　爆音のような音が地面から聞こえた。

　その直後、猿面の姿がかき消える。吹雪ははっと目を見開き、頭上を見上げた。

　猿面の姿は遥か上空にあった。ワイヤーもなく、ただの跳躍であそこまで飛んだのだ。

　――ただの跳躍？

「バカなッ――」

　吹雪の脳裏に猿面のそれまでの行動が一気に蘇った。

　直前、猿面は駄々をこねる子供のようにその場で何度も跳ねていた。ワイヤーの仕掛けを見切った後も、たしか一度その場で跳んだ。

　あの跳躍法を吹雪は知っている。

「飛天――そんな、ありえない……！」

　偶然か。それとも他流派に同じ技があるのか。

　吹雪が混乱する中、猿面は落下しながら空中でひらりと宙返りを打った。白いたてがみが夜風に乱舞し、黒いマントが闇を孕んで翻る。

　月光と雷電に二つの刃が輝く。

『らァアアアアア――ッ！』

　裂帛の気合いとともに落とされた猿面の一撃を吹雪は後退によってかわした。

　重力を上乗せした双刀の威力は凄まじく、コンクリートの地面に亀裂が走らせた。土煙がもうっと立ち上がり、視界が塞がれる。

　右か、左か。太刀を構え、吹雪は神経を研ぎ澄ませる。

　左側で煙がゆらりと揺れた。

「天外化生流六の太刀――！」

『我式（がしき）六の太刀ィイイ――！』

　吹雪が軸足に力を込め絶句兼若を振りかぶる。

　まったく同時に煙が裂け、黄色い電光を眼窩に光らせながら猿面が現れた。雷電を放つ小太刀が振り払われる。

　煙幕を振り払い、二つの刃が銀の真円を描いた。

「旋（つむじ）ッ！」

『雷神独楽（フラッシュ＆スピン）ッ！』

　爆ぜたように青い火花が飛び散る。

　猿面の小太刀が衝撃で吹き飛び、吹雪の太刀が弾き上げられた。太刀は吹雪の後方へと落ち、小太刀は煙突の側面に突き刺さる。

　しかし猿面は止まらない。

　がら空きになった吹雪の胴めがけ、猿面のもう片方の小太刀が迫る。

　一拍遅れた二段構えの斬撃。

　しかし予測していた吹雪は大きく後退、その軌道から逃れた。