その十五.一色伯爵家三男の情熱

 作戦は極めて単純だった。

 二十五日のうちに鬼灯の瞳を祭殿から本館の二階にある隠し部屋に移す。隠し部屋に通じる出入り口は封鎖。鍵は二つ存在しているが、全て宗治が回収するらしい。


「か、隠し部屋……なんのためのものなのでしょう」


 宗治にあてがわれたゲストハウス。その綾廣の部屋で、吹雪はさらりと綾廣が発した『隠し部屋』という言葉に驚愕した。


「さぁねぇ――よいしょっと」


 ドスンと音を立て、吹雪の着いたテーブルの上に綾廣は旅行鞄を置いた。

 この鞄は綾廣の道具箱のようなもので、中には呪符やら霊薬やらと様々な道具やがらくたがいっしょくたに詰め込まれているらしい。

 そこから何か役立つ物を探そうとしているのか、綾廣は中身をがさごそと漁りだした。


「緊急避難のためとか、それこそ財産を隠すためとか色々さ。ちなみにこの隠し部屋への移動も隠し通路から行う」

「お金持ちの方ってそんなに隠しておきたいモノがあるのですか?」

「それはお金持ちに限らず、大なり小なりあるんじゃない? ちなみにオレの部屋にはちょっぴりエッチな写真集を隠すための秘密空間がある」

「あ、そうなんですか」


 別に知らなくても良いことを教えられた気がするが、吹雪はとりあえずうなずいた。

 屋敷内では六郎太の率いる警備隊と吹雪・時久が巡回。隠し部屋内部には宗治と彼の精鋭、夕子・綾廣・慶次郎が付き、『鬼灯の瞳』を守る。


「私は巡回ですか……」


 テーブルに広げられた屋敷内の地図を見下ろし、吹雪は難しい顔になる。


「太刀だと小回り効かないからねぇ。ブキちゃんと御堂にはどちらかというと、猿面に釣られてやってくるであろう猿面の敵対集団を捌いて欲しい」

「ふむ」

「ちなみにオレ達は加勢しない。敵対集団の襲撃の混乱に乗じて猿面が現れる可能性が高いからね。襲撃があった場合もオレ達は『鬼灯の瞳』の警備のみを行う」

「承知しました――ですが、すでに私達の中に猿面が紛れ込んでいた場合は怖いですね」


 この作戦を猿面がどこかで聞いているかもしれない。

 吹雪はあたりを見回し、落ちつきなく両手を握り合わせた。


「猿面は変装の天才と申しますし」

「うん。実際もう紛れ込んでいると思うよ」

「えっ……」


 さらりと言い放った綾廣の言葉に、吹雪は絶句する。


「猿面の本当に恐ろしいところはね、用意周到なところさ」


 道具箱からしわくちゃになった呪符を引っ張りだし、綾廣は渋い顔でそれを睨んだ。


「多分奴はもうずいぶん前から屋敷の中に潜り込んでいると考えた方が良いだろう――だが、それでもこの策なら『鬼灯の瞳』に手を出すことは困難だ」

「……単純だからこそ破りにくい、と」

「そういうこと。隠し部屋内部だとお互いに見張り合うような形にもなるし――しかし猿面がなんか異能持ちか、銘式器メイシキの使い手だったらちょっと厄介になるな」

「メイシキ?」


 聞き慣れない単語に吹雪は首をかしげた。


「ああ、知らないか。通常の式器よりも上等な式器のことだよ」


 綾廣はいったん道具箱から離れる。

 ベッドに近づくと、その上に無造作に転がしてあったファイアフライを取り上げた。


「例えばこれは通常の式器。甲種機巧霊刀という量産型の式器に、オレが『ファイアフライ』という識別名を与えたものだ」

「式器って量産型もあるんですね……」

「うん、近代に入って龍脈発電と一緒にそういう技術も伝わってきてね。それに対し、銘式器は一点物。非常に強力なものだ」


 銘式器は近代以前に作られたものがほとんどで、製作方法は失われているものが多いという。

 綾廣の話では、現代の技術で銘式器を作るのは困難だそうだ。


「吹雪ちゃんの絶句兼若も銘式器だね」

「か、兼若もですか!?」

「その通り。強力な冷気を操るところから見ても間違いない。銘式器はそういう特殊な力が宿っているモノが大半だからね。……いいなー」

「え?」


 拗ねた子供のように唇を尖らせた綾廣は手首をくるりくるりと返す。

 ファイアフライの透明な刃が翻り、昼下がりの陽光に煌めいた。


「オレはもちろんファイアフライが一番だけど……銘式器いいなー、羨ましい。オレんち化物とかとまるっきり関係なかったから、そういうもの伝わってないんだよねぇ……」

「そういえば……綾廣さんは、伯爵家の三男だそうですね?」


 その言葉で、ふと吹雪は綾廣が華族だと言うことを思い出した。

 綾廣はファイアフライを振るいながらうなずく。


「そーだよー。オレの上に兄ちゃんが二人で、姉ちゃんが一人、あと妹が二人だ」

「何故、化物退治をしようと思ったのですか?」


 それは夕子から話を聞いたときから、ずっと気になっていたことだった。

 綾廣は吹雪の問いに、むうっと首をひねる。


「まずヒマだったからかな。上が優秀なのと、三男なもんでわりと立場的にヒマなのさ」

「ひ、ひま」

「あとは探究心! 化物とか――いや、なにより式器の研究とか昔から趣味でやっててね。オレ、機械とかいじるの好きでさー」


 弾むような口調で語りつつ、綾廣はファイアフライを振るう。

 しかし不意に、その切っ先がぴたりと止まった。


「探究心……いや、冒険心だな」

「冒険心、ですか」


 いまいちぴんとこないまま、確認するように吹雪は繰り返す。

 化物退治と冒険心。その二つの繋がりがどうも吹雪には想像がつかない。


「知っての通りオレはビビリだよ。雷とか蜘蛛とか、この世は怖い物だらけだ。けどそれでも何かを知りたいとか、色々やってみたいって気持ちが抑えきれなかった」


 綾廣はファイアフライをまっすぐに構える。透き通った切っ先は、ちょうど壁に映った彼自身の影に向けられていた。

 綾廣のまなざしは、普段の彼からは想像もつかないほど真摯だった。


「お坊ちゃんって枠から跳びだしてみたかった――オレの根本はそれかもしれない」

「なるほど……」


 華族としての立場――そして、自分への挑戦。

 恐れと弱さを知りつつもなお、何か大きな物を求めようとする情熱。

 それが綾廣を奮い立たせ、突き動かしているのだろう。

 ようやく合点がいってうなずく吹雪に対し、綾廣はにやっと笑った。


「ふざけてるって思うかい?」

「いえ……綾廣さんらしい理由だと思います」


 吹雪が首を振ると、綾廣はどこか安心したように白い歯を見せて笑った。

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