その十二.考えてはならないことを考える

 夜も更けてきた。

 絶句兼若の手入れを終え、吹雪はその刃を目の前にかざしてみる。ランプの明かりに、波打つような箱乱れの刃文が浮かび上がった。


「……貴方の扱いにも、慣れてきたんでしょうか」


 吹雪はそれを静かに鞘に納め、枕元の刀掛台にかける。

 布団に正座したまま、吹雪はじっと絶句兼若の姿を見つめた。黒い革巻の柄から飾り気のない銀の鍔、漆塗りの鞘。


 父はこの絶句兼若と、もう一振りの小太刀とを好んで用いたという。


 父からこの刀を託された時、吹雪は涙を流した。生まれた時から虚弱で父と兄の背中を見送るばかりだった自分が、ついにここまで来たのだと。

 父は叔母の手を借りつつ、拙いながらも吹雪達を育ててくれた。

 病弱だった吹雪が熱を出すたびに、その面倒を見てくれた。

 吹雪が虚弱体質を克服するきっかけになったのは、父が天外化生流を吹雪にも伝えようと決心したからだ。適度な運動などで体質が改善することもあると聞いた父は、ためらいつつも吹雪に簡単な呼吸法と基礎の型を教えた。

 途端、吹雪の体質は急激に変異していった。

 最初はただ走るだけで熱を出していたのが、一月経つ頃には無間を習得するまでに到った。

 鬼切りとしての始まりは兄よりもずっと遅かった。

 しかしその成長の速度は兄や――さらには昔の父よりも、ずっとずっと速かった。


 ――まるで鬼を切るために生まれてきたようだ。


 娘の体質の変化を父はそう評した。


 ――眠っていた細胞が起こされたのか、それとも先祖の血を色濃く継いだのか。

 ――いずれにせよ天賦の才。これほどの物があったとはな。


 なるほど、と吹雪は思った。

 この体は鬼を切るためにあるのか。

 ならばそれまで虚弱だったのも当然だ。

 魚の子供も、泳ぎ方を知らなければ死んでいくのみ。鬼を切るためにある体が鬼の切り方を知らねば弱っていくのも道理だろう。

 そしてそれを吹雪に気づかせ、与えてくれたのは父だった。

 それまで自分はさほど長生きはしないだろうと考え、夢や目標などを抱いたことはなかった。せいぜい兄のように手のかかる子供になりたくはないと思っていたくらいだった。

 けれどもその時、吹雪はようやく生きる意味を与えられた気がした。

 健康な体と、生きる意味を与えてくれた父に恩を返すため――父が誇れるような鬼切りになろう。父の望むように化物を屠ろう。


 ――父の理想の子になろう。私の人生にそれ以外の意味など必要ない。

 そう、帝都に来るまで思っていた。


「――ッ!」


 パンッと。吹雪は思わず自分の両頬を張った。

 心臓が早鐘のように脈打っている。吹雪は頬を押さえたまま、その鼓動を聞いていた。

 今、何か恐ろしいことを考えそうになった気がした。


「……夜中に難しいこと考えるのはやめましょう」


 頬から手を下ろし、吹雪はこめかみに滲む冷や汗を拭う。ごろりと布団に身を横たえても、しかし心臓の鼓動はなかなか落ち着きそうにない。


 窓の向こうで、また雨も降っていないのに雷が鳴っている。

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