その五.鬼切り、酒呑童子の末裔と

「セロハンテープみてぇなものだな。ある強力な存在によって、その名称がそれ以外の全体を示す名称になった」

「えぇ――ですが、それが何か?」

「さて、もう一つ問題だが……大江山の酒呑童子の話は知ってるか?」


 どうも慶次郎と話していると、父と問答をしている気分になる。

 吹雪が鬼切りとして活動を始めた時も、父はこうして様々な問いかけを投げかけてきた。

 慶次郎の問いかけの糸を掴めないまま、吹雪はうなずく。


「かつてこの日本を揺るがした三つの化物の一つ。京を脅かし、源頼光に切り伏せられた鬼の首領の名前です」

「おう、模範解答だな。さすが八雲の娘だ。そら、麦飴をやろう」

「は、はぁ……ありがとうございます」


 書斎机越しに飛んできた麦飴をなんとか受け取り、吹雪はぎこちなく礼を言う。

 しかし慶次郎はその後、とんでもない言葉を投げてきた。


「『その酒呑童子の系譜が現在にまで伝わっている』と言ったら――どう思う?」

「――ッ」


 脳内で稲妻が弾け、吹雪は思わず麦飴を取り落とす。

 蘇るのは時久の信じがたい戦いの数々と――あの地下街の記憶。

 あの時、林檎は彼を『童子』と呼んだ。

 そして戦いの場を『大江山』とまで言った。それはあの鬼とその配下が根城とした――そして頼光に滅ばされた場所。


「そういう……そういう事、ですか」

「もうわかったろ? そうだ、時久は酒呑童子の直系の子孫だよ」

「そんな事が――鬼の子孫なんて、ありえるのですか?」


 背筋に冷や汗がにじむのを感じつつ吹雪はなんとかたずねる。


「ありえる。そもそも酒呑童子の子供と伝わる鬼童丸の母親は人間だ」


 筆立てから棒付きキャンディーを取り、慶次郎が投げてよこしてくる。しかしそれを受け取る気力は吹雪にはなく、キャンディーは足下に転がった。


「それに八雲の話じゃ、遠峰家の先祖には神仙がいるとかなんとか。それが本当だとすれば、鬼の末裔がいたところでなんらおかしかねェだろ」

「それは……確かに……」

「信じられねぇのもわかる。だがな、何の不自然もねぇだろう?」


 自分の分の棒付きキャンディーから包み紙を剥がしつつ、慶次郎は肩をすくめた。


「あいつは先祖返りらしくてな。昔から頑丈で力が強かった。どうやら七歳の頃には丸太を遠くの山までぶん投げて遊んでいたらしい」

「七歳!?」

「鬼の末裔としちゃ当たり前なんだよ、あれは」

「……特異な能力があるわけでなく、そもそもの基礎が違うと」

「そういうことだ」


 祖先に強力な化物がいると、遺伝によって異能が発現する確率が数倍に跳ね上がるという話もある。実際、吹雪やサチは恐らくその一例だ。

 しかし時久の場合、先祖から受け継いだのは異能ではなくいわば体質。


「そう、なんですか」

「元加賀藩お抱えの鬼切りの末裔としちゃ微妙か? 相方が鬼の末裔だなんて」

「いえ……それは、特に」


 吹雪は首を横に振った。

 驚きはしたが特に嫌悪の念などはない。それに時久が苦手なのは元々の事だ。


「それにしても……鬼の末裔でも、常人と同じように体調を崩すことがあるのですね。ならもっと体を大切に、慎重に戦えば良いのに……」

「そこなんだよ。問題は――」


 途端。慶次郎がきつく眉間にしわを寄せた。海賊のような眼帯をしていることもあり、いっそう恐ろしげな容貌になる。

 その威圧感に思わず身をすくめつつ、吹雪は首をかしげる。


「問題、とは――?」

「おやっさん!」


 しかし吹雪の言葉は、扉の開く音と綾廣の声に掻き消された。


「なんか猿面についてオレに言付けが――って」


 大股で部屋に入ってきた綾廣は吹雪と慶次郎とを見て、わずかに身をすくめた。


「……今、よした方が良い?」

「いんや、ちょうどキリの良いところだ。ともかくブキちゃんよ、今日は時久が休みだ。とりあえず今までの報告書をまとめてくれ。良いな?」

「は、はい……承知いたしました」


 流れるような慶次郎の指示に吹雪はこくこくとうなずく。

 正直なところ、もう少し慶次郎から時久の話を聞きたかった。しかし目の前ではすでに綾廣と慶次郎が真剣な表情で話し合いを始めている。


 もやもやとした気持ちを抱えたまま、吹雪は社長室を後にするほかなかった。

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