弐.瘴気漂う大東京
その一.吹雪と時久、合わない二人
――吹雪、吹雪よ。私はお前が誇らしい。
白い髪の男は語った。渋い色の着物に痩せた体を包み、腰には一振りの太刀を佩いている。粉雪の舞う中、男の差した和傘の紅色が目に鮮やかだった。
吹雪は男とともに、古い檜造りの橋に立っていた。
――お前は間違いなく、我が天外化生流が導き出した一つの解答と言えるだろう。
白髪の男は吹雪に背を向けて、橋の下に流れる川を見下ろしている。
吹雪は、そんな彼の背中を黙って見つめていた。
――だが同時に、私はお前が恐ろしい。
何が恐ろしいのですか。
本当は聞きたくてたまらなかった。だが、吹雪が口を挟む事は許されていない。
喋るな、と言われてはいない。
しかし白髪の男の背中は、吹雪の言葉を拒んでいるように感じられた。
――お前には決定的に欠けているものがある。
ほう、と白髪の男はため息を漏らす。
その様子は、どこか落胆しているようにも見えた。
紅い傘が揺れる。足音をほとんど立てず、白髪の男は歩き出した。
――お前は、己の獣の形を見出さねばならない。
* * *
チリチリとベルが鳴っている。
「……ん」
枕元に置いた目覚まし時計を止め、吹雪はのそりと布団から起き上がった。
頭を押さえ、ぼうっと布団に置いた自分の手を見下ろす。次いでゆるゆると枕元に置いた水筒に手を伸ばし、その蓋を開けた。
喉を鳴らして水を飲んでいるうちに、徐々に思考がはっきりしてきた。
「……あぁ、帝都にいるんでした」
水筒を置き、がらんとした部屋を見回す。
そこは昨夜案内された紅梅社中の女子寮だ。机や箪笥など最低限必要な家具は揃っている。小さな台所もあり、それなりに便利な作りだ。
窓を見ると、外はまだ薄暗い。
「……起き、ますか」
そろそろと吹雪は布団から出て、ストーブのスイッチを入れた。
* * *
社員寮のすぐ側には広場がある。夕子によるとそこは普段から社員が鍛練を積んだり、体を動かしたりする場所らしい。
身なりを整えた吹雪は木刀を持ち、早速寮の外に出た。
まだ夜は明けたばかりで、東の空を赤々とした日差しが照らしている。朝のすがすがしい空気を心地よく感じつつ、吹雪はのんびりと歩みを進めた。
広場が近づいてくる。ぽつぽつと木が生え、体を休めるためのベンチなどが置かれているのが見えた。広さは十分ありそうだ。
そしてさらに広場に近づくにつれ、そこで体を動かす大柄な人影も見えてきた。
「うわ……」
「……なんだ、貴様」
鍛錬場の入り口に立った途端、ぎろりと時久が睨み付けてきた。
黒のノースリーブにズボンという寒そうな格好をしている。その手には鬼鉄。どうやら吹雪が来るずっと前から鍛錬していたようで、息がやや上がっている。
「なにって……鍛錬をしにきたんです。何か問題でも?」
「ふん……俺の邪魔にならなければ構わん」
「それはどうも」
軽く会釈し、吹雪は広場の隅に置かれたベンチに向かった。
ベンチに木刀をいったん立てかけ、入念に体操して体をほぐす。
空を切る音にちらと時久の方を見ると、素振りをしていた。二の腕を肩まで晒しているため、いくつもの傷痕や彫刻のような筋肉がここからでもはっきりと見える。
吹雪はその動きをじっと凝視していた。
「なんだ、じろじろ見るな」
視線に気づいたのか、時久がぎろりと睨んできた。
吹雪は慌てて頭を下げる。
「ああ、すみません。いつもの癖で――ところでてっきり示現流かと思っていましたが、違うようですね。流派はどちらの方でしょう?」
「どこでもいいだろう」
「……そうですか」
吹雪は肩をすくめ、木刀を手に取った。
すーっと音を立てて深く息を吸い、短く吐く。そうして何度か呼吸を整えた後、吹雪は緩やかに中段の構えを取る。
父と繰り返した稽古、何度かの兄との試合を思い返す。
帝都に来たところでやる事はさして変わらないのだと思いつつ、吹雪は木刀を振り下ろした。
そこで視線を感じた。
「……じろじろ見ないでいただけます?」
「……ふん」
時久は目をそらし、また素振りを始める。
吹雪はやや苛立ちを感じながら、また木刀を構え直した。
そのまま数十分。
ひたすら無言で鍛錬を続けた二人は短い休憩を取っていた。吹雪はベンチに座って息を整え、時久はアルミの水筒から水をがぶ飲みしている。
このままではいけない。再び木刀を構えつつ、吹雪は考える。
時久とは確かに最悪な出会い方をした。今も敵意むき出しだが、これから紅梅社中で働くに当たって彼とも仕事をしていくのだ。
少しでも空気を和らげた方が良い――そう考え、吹雪は口を開く。
「私は北陸の出身なのですが、御堂さんはどちらから?」
「俺がどこの出身でも構わんだろう」
「……大体何時くらいから鍛錬をなさっていたのですか?」
「貴様に答える義理はない」
なんだこいつ。握りしめた木刀からみしっと嫌な音がする。
苛立ちをぶつけるように木刀を振り下ろすと、何を思ったのか時久が声を掛けてきた。
「貴様、昨夜持っていた式器はどうした」
「答える義理ないです」
めきゃっと時久の方から奇妙な音がしたが、吹雪は構わず素振りを続けた。
絶句兼若は昨夜、夕子に渡している。どうやら簡単な手入れのようなものを施すらしく、今日の昼間には返してもらえると聞いていた。
時久は近くのベンチにひしゃげた水筒を置き、代わりに鬼鉄をとった。
そのまま、ぶんっと唸りを上げて振り下ろす。
「……なかなか良い性格をしているな、小娘」
「いやですねぇ……御堂さんほどじゃありませんよ」
淡々とした会話と、木刀と野太刀が空を切る音のみが広場に響いていた。
時久が傷痕を歪ませて笑う。
「ククッ、正直に言おう。俺は貴様のようにいまいち感情が読めない奴が嫌いでな」
「私もいきなり斬りつけてくるような直情的な方は苦手ですね……しかも、その後もずっと睨んできましたし」
「得体の知れない輩を警戒するのは当然のことだろう?」
「人のことを化物みたいに言わないでください。――もしかして、また喉笛を狙われるんじゃないかと怯えているのですか?」
「ほう、俺が怯えているだと? ――試してみるか、ここで」
「そうですね……ちょうど良い鍛錬になりそうです」
吹雪は振り返り、木刀をまっすぐに時久に向けた。
時久は凶暴に笑い、襟元をぐいと引いて誘うように喉元を晒してみせる。
空気が一気に張り詰めた。
しかし彼方から響いてきた泣き声によって、二人は構えを解く。
「あぁあああ誰か! 誰かその子止めて!」
「あれ、ワンコさ――うっぐ!」
サチの泣き声とともに、なにか茶色いモノが広場に駆け込んできた――その直後腹部に重い一撃が入り、吹雪の体が地面に倒される。
それは吹雪にのし掛り、尻尾を振りながらべろべろと顔面を舐めてきた。
「な、なんですこの……この犬は!」
「あぁごめんなさい! すぐ剥がすんで! ――ちょっと! ちょっとベリンダちゃん! 言うことを聞いて! わかってるでしょ!」
後から駆け込んできたサチが必死で大型犬を引きはがしにかかる。しかし犬の重量と力は相当のもので、二人がかりでもその巨体はびくともしない。
「犬槙、またベリンダの散歩か。もういい加減断ったらどうだ」
「そんなことできませ――っていうか御堂さんも見てないで手伝って! わたし一人じゃどうにもなんないです!」
* * *
シャワーを浴びた後、吹雪はサチとともに紅梅社中の食堂に足を踏み入れた。
広い空間にいくつかのテーブルが並んだその場所は、朝食を取ろうとする社員で賑わっている。奥の受付口で食券と食事を取り替え、二人は席に着いた。
「……あの、本当にごめんなさい」
「いえ、もう大丈夫ですよ気にしないで下さい――ほら、うどん伸びちゃいますよ」
吹雪が首を振っても、サチはそれでもしょんぼりと肩を落としている。小さな木桶から釜揚げうどんをよそう手も元気がない。
「あの子近所でも有数の問題児で、人懐っこすぎるの……」
「あら、ワンコさんのペットではないのですか?」
「あ、違うよ。ベリンダちゃんはね、この会社の近所に住んでる人のペットなの。暇な時に面倒を見ているんだ。わたしは昨日今日とお休みだからね」
「仕事の片手間に……ですか。大変そうですね」
「いやぁ、そうでもないよ。――まぁベリンダちゃんはちょっと特殊だけど」
サチは肩をすくめ、うどんを口に運んだ。
「それに退治屋稼業ってちょっと物騒な印象だったりもするでしょ? だからこうしてイメージアップに繋げようと思ってね」
「そうなんですか……」
実際、退治屋の中には裏社会と関わりのある者も多いと聞く。異能者も
そこまで考え、ふと吹雪は気になって聞く。
「そういえば、ここの会社の人は皆が異能者なのですか?」
「んー、いやそうでもないよ。そうだなー、吹雪ちゃんが今まで会った中だと――わたしと夕子さん、あと御堂さんがそうかな」
「え、御堂さんも――というか、ワンコさんも異能者なのですか?」
思わぬ答えに吹雪は驚いて聞き返す。
サチはちゅるりとうどんを食べきり、次いで唐揚げに手を伸ばした。よく食べる子だ。
「うん、そうだよー。退治屋稼業ってね、元々異能者が多い職業なんだよ」
「確かに……化物退治に、異能を役立てることができますからね」
「そういうこと。夕子さんみたいにわりと使い勝手の良い異能はともかく、御堂さんや吹雪ちゃんみたいな戦闘特化型の異能にとっては天職だからね」
「まぁ、化物を確実に殺せる異能ですからねぇ……」
改めて考えてみると、昨夜慶次郎の言った通り物騒な異能だ。
微妙な思いで吹雪は熱い茶を口に付ける。
「ところで……御堂さんも戦闘特化型ですか」
「うん、そうだよ。――まぁ、あの人は少し特殊なんだけど……」
「……私はあの人、少し苦手ですね」
「斬り合いになったんだよね? 御堂さん、悪い人じゃないんだけど猪突猛進でね。だから普段は夕子さんや綾廣さんと組まされるんだけど――なんか、嫌な事された?」
心配そうな顔でサチが顔を覗き込んでくる。
吹雪は首を振り、「そういえば」とさらりと会話を切り替えた。
「基本的に二、三人組でのお仕事なのでしょうか?」
「あ、そうだよ。依頼によって組む相手が変わったりするけど、基本的にうちは二人か三人。御堂さんは本当は一人行動が良いみたいだけど……」
「はぁ、そうですか……まぁ、確かに一人行動の方が――」
「吹雪ちゃん!」
名前を呼ばれ、吹雪は顔を上げる。見れば食堂の入り口で夕子が手を振っていた。
ぱっと花が咲いたようにサチが笑顔になった。
「夕子さん! おはようございます!」
「おはようさん。今日も元気そうでなにより」
近づいてきた夕子にポフポフと軽く頭を叩かれ、サチは嬉しそうに笑い声を漏らした。どうやら夕子によく懐いているようだ。
その様子に微笑みつつ、吹雪は夕子にたずねる。
「あの、戻さん。私になにか……?」
「夕子で良いよ。おやっさんが呼んでるから執務室まで来て欲しいんだけど、今大丈夫?」
「社長さんが、ですか?」
「うーん……きっと今後の説明じゃないかな」
首をかしげる吹雪に対し、サチは考え込むように前髪をいじった。
「あとは、簡単なお仕事も任されるかもしれないね。――ともかく、早く行った方が良いよ。食器はわたしが片付けておくし」
「え、ですがワンコさんにお手間を取らせてしまいますし……」
「これくらいなんて事ないよー。それにわたしは今日お休みだからね」
サチはにこりと笑い、彼女の食器をまとめ始めた。
吹雪は一瞬迷ったものの、結局サチに任せることにした。
「すみません、お願いします」
「りょーかい! また後でね。あ、夕子さんもまたね!」
「はいはい。休みだからってダラダラ過ごすんじゃないよ」
ぱたぱたと手を振るサチに応えつつ、吹雪は夕子について食堂を出ようと――。
首筋にびりりと震えが走った。
「――ッ」
吹雪は思わず足を止め、辺りを見回す。
もうじきに就業時間なのか、事務職員と思わしき人々がどんどん食堂の外へ出ていく。まだテーブルで食事を取っている人々はほとんどいなかった。
吹雪の方を見ている者の姿はない。
しかし吹雪は確かに、烈しい悪意にまみれたまなざしを感じていた。
「……ブキちゃん? どったの?」
「え、あ……」
夕子に声を掛けられ、吹雪ははっと我に返った。
同時に、それまで感じていた視線がふっと消える。吹雪はあたりをもう一度見回し、関節が白くなるまで握りしめていた拳をそっと解いた。
「いえ、なんでも……ちょっとくらっとして」
「え、貧血かい? ブキちゃん、ちょっと体弱そうに見えるし心配だよ」
「ブ、ブキちゃ……えーと、大丈夫です、見た目よりも中身は頑丈です」
そのあだ名に思わず脱力しつつ、吹雪は今度こそ夕子について食堂を出た。
視線の正体について、吹雪は考えないことにした。昨日に引き続き、慣れない環境で緊張していたせいで過敏になっているのかもしれない。
廊下を歩きながら、夕子が小さく笑う。
「ワンコったら、あんたがうちに入ったのが嬉しいみたいでさ」
「そうなんですか?」
「あぁ。あの子はさ、あまり同い年の女の子と遊んだことがないんだよ。そそっかしい子だけど、出来ればこれからも仲良くしてやっておくれ」
サチのことを語る夕子の目は優しい。どうやらサチと夕子は本当に仲が良いようだ。
吹雪はふっと微笑み、うなずいた。
「えぇ、勿論」
* * *
吹雪と夕子は社屋の三階にあがった。ここがこの建物の最上階のようだが、階段にはまだ続きがある。夕子の話だと屋上に通じているとのことだった。
廊下の突き当たりには、木製の大きな扉がある。
夕子が軽くノックすると、中から「おう、入れ」と慶次郎の返事が帰ってきた。
「さ、お入り」
夕子に促され、吹雪は部屋の中に足を踏み入れた。
広々とした洋風の部屋だ。
椅子や絨毯などは洋風の作りで、どれも年季が入ったものだった。壁に掛かっているのは洋画ではなく掛け軸で、どこかちぐはぐな印象だ。
正面奥には陽光の差し込む大きな窓があり、その前には立派な書斎机が据えられている。
慶次郎は書斎机に着き、筆を片手に半紙を睨んでいた。
「おやっさん、ブキちゃん連れてきたよ」
「おうすまねぇな、夕子」
夕子が声を掛けると、慶次郎は筆を置く。
それに軽く手を上げて夕子は答え、後ろ手でがちゃりと扉をあけた。
「そんじゃ、アタシはこれで。――ブキちゃん、頑張ってね」
「えぇ、ありがとうございます。戻さ――夕子さん」
「あいよ。またね」
名前で呼ばれた夕子は満足げにうなずき、部屋から出て行った。
「朝っぱらから呼び出してすまねぇな、ブキちゃん」
「ブ、ブキちゃん」
一晩でそのあだ名が浸透してしまったのか。
慶次郎に促され、戸惑いつつも吹雪は書斎机の前に進む。来客用なのか、そこにはいくつかの椅子とテーブルが置かれていた。
「……待ってる間にあんころ餅でも食うか?」
「い、いえ、大丈夫です……」
吹雪は慌てて首を振る。
しかし慶次郎は構わず引き出しを開け、がさごそと中身をあさりだした。よく見ると書斎机の周囲にも大量にキャンディーやらビスケットの袋がある。相当の甘党のようだ。
「最近の子はどんなもんが好きなんだろうなと……おぉ、もなかとかどうだ?」
「いえ、大丈夫で――っ!」
「……おい」
がちゃりと扉が開くのと同時に、何者かが息を呑む。
吹雪が振り返ると、時久が大きく目を見開いて自分を見つめていた。その表情は見る見るうちに険しくなる。
「……何故、小娘がいる」
「おれが呼んだからだよ。とりあえず座れ。麦飴やるから」
「……いらん」
渋々といった様子で時久は吹雪の正面の席に座った。
互いに相手を見ない。時久は苦虫を噛みつぶしたような表情で、吹雪はぎこちない笑みを浮かべたまま、それぞれ壁に視線を固定した。
「すげぇなお前ら。もうそこまで仲が悪くなったのか……まぁ飴でも食え」
呆れた口調で言いながら慶次郎が二人のテーブルに近づき、どっさりと飴を盛る。吹雪はとりあえず一つ取ったが、時久は壁を睨んだまま手を出さなかった。
「オッサンなぁ、昔っから煙草と酒は駄目でよ」
「は、はぁ……」
「八雲にもよく笑われたもんだぜ。お前そんなゴツいなりで甘党かよってな」
棒付きキャンディーの包み紙を剥がしつつ、慶次郎が懐かしそうに眼を細める。
「それはその、父が大変失礼を」
「いやいや、あいつとおれの仲だからな。それになぁ、うちの長女に比べりゃまだマシだ。っとと、おれにも娘がいるんだけどよ、あいつがまた口が本当に悪くて――」
「どうでもいいから本題に入れ。俺に何の用だ」
苛立たしげにたずねる時久。
慶次郎は棒付きキャンディーを口から離し、吹雪達の方に向けた。
「単刀直入に言うぞ。これからしばらく、お前ら二人で組んでもらう」
「馬鹿な――」
「えっ……御堂さんと、ですか?」
いっそう険悪な表情になる時久をちらりと見つつ、吹雪はおずおずと聞き返した。
「今言ったとおりだ。ようするにブキちゃんの新人研修をな、トキに任せるって事だ」
「なにをふざけた事を……そういうのは夕子の方が適役だろう!」
「夕子は最近ちょいと忙しいからな」
慶次郎は肩をすくめ、棒付きキャンディーを美味しそうに味わう。
しかし時久は引き下がらない。
「犬槙や佐竹もいるではないか。特に犬槙などはこいつと同い年なのだろう? あいつと組ませればいい。わざわざ俺を選ばずとも……」
「ワンコはしばらく休養だ。こまっちゃんに至っては戻ってくるのは年越しになる」
「なら一色や
「トキよぅ、色々言いたいのはわかる……が、まずは話を聞いてくれ。オッサンからのお願い」
慶次郎の声がやや低くなった。
なおも何か言いかけていた時久はぐっと呑み込み、不服そうに視線をそらす。
慶次郎は呆れたようにため息を吐いた。
「お前らを組ませるのにはな、いくつか理由があるのよ」
「理由……?」
「まず――お前ら、初対面の印象最悪だろ?」
「いや、その」
吹雪は視線を泳がせる。時久に至っては射殺すようなまなざしで壁を睨んでいた。
しかし慶次郎はさして気にした様子もなく肩をすくめた。
「初っぱなから斬り合ってるからな、わけもねぇ。だがその禍根をずーっと引っ張ったままだと今後にも支障を来たす」
「……それは、そうだが。しかし依頼によっては命を……」
「だから命を落とさねぇ程度には仲良くなれって言ってんだよ」
時久の言葉を叩き切り、慶次郎はガリッと飴を噛み砕いた。
「なにも友達になれ、とまでは言わねぇさ。ずーっと組めと言ってるわけでもねぇ。ただ、依頼を円滑にこなせる程度にはなってもらわなけりゃ困るんだよ」
「……確かに」
渋い顔で時久がうなずく。
すると慶次郎はやや語調を和らげ、言い聞かせるように時久に語りかけた。
「それにな、トキ。いい加減、お前には落ち着いてもらいてぇわけだ」
「俺は落ち着いている」
「寝言はほどほどにしておけよ。夕子や綾廣から、お前の無茶苦茶はしっかり聞いているからな。――まぁ、暴れてぇ気持ちもわかるがよ」
「ふん……」
時久は鼻を鳴らすだけで何も言わなかった。
それを慶次郎はどこか苦々しそうに見つめていたが、やがて諦めた様子で席を立った。書斎机の上にあったいくつかの書類を取り、それを吹雪に渡す。
「お前らに今回頼む案件だ。とりあえず読んどいてくれ」
「これが、私の……」
「あぁ、初仕事になる」
うなずく慶次郎の言葉を聞きつつ、吹雪はやや緊張した面持ちで書類をめくる。
「といってもそんな大したもんじゃねぇ。そこに書いてある場所の見回りと雑魚の駆逐。うちによく舞い込んでくる仕事だな」
「期間は……明日から一週間、ですか」
「ああ。それだけありゃ式器の扱いも掴めるだろ」
「式器……あの、私の兼若はどこに……?」
その言葉で、吹雪は自分の太刀の事を思い出した。
絶句兼若は名工『初代兼若』の作だという。それを用いた吹雪の先祖がなんらかの理由で藩主を絶句させたことからそのまま『絶句』の名が付いた。
本物の兼若かどうかは定かではないが、遠峰家の宝物である事は間違いないのだ。
不安に瞳を揺らす吹雪に対し、慶次郎は『心配するな』と笑う。
「絶句兼若は今、工房で最終調整中だ」
「最終調整? あの、あまり変な風に弄られると困るのですけれども……」
「安心しろ。そんな妙な事はしてねぇよ」
新しい棒付きキャンディーをポケットから取り出しつつ、慶次郎は肩をすくめる。
「アレは元々八雲の式器だったんだがな。あいつ、巫覡庁をやめる時に封印をかけたんだよ」
「封印……?」
「あぁ。大方退治屋を引退するつもりだったんだろ。その封印を解除するとだな――」
慶次郎はいったん言葉を切り、棒付きキャンディーを口に咥えた。
そして首をかしげる吹雪を見つめ、にやりと笑った。
「――あの刀、すげぇ事になんぞ」
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