食糧難
柚坂明都
食糧難
分野において優れた知識を持った各国の学者たちが、一同に集まり頭を悩ませていた。
「人は火を持った瞬間から、自然のものを利用して発展してきた。道具を使い、生き残る術を得た我々は、ここまで順調に数を増やしてきたと言える。だが、増えすぎたな」
「ああ。おかげで地球上は住居で埋め尽くされた。もうこれ以上農地を増やすのは不可能だ。やるとしたら、人間を殺すしかない」
「そんなことはできるはずもない。どうしようもないのだ」
「空いているのは、もう人のいないアフリカだが……あそこは土地が完全に死んでしまっている。異常気象で、人が住める状態ですらない」
彼らの頭を悩ませているのは深刻な食糧不足問題だった。
一世紀前、人類は長い努力の末ようやく戦争断絶に成功した。しかしその結果、死ぬ人が減ったことにより人口の増加スピードが劇的に上昇。あっという間に世界の人口総数は地球のキャパシティーを超え、人類は種の存続の危機に直面することになった。戦争のない平和社会の実現から破滅が始まったのだから皮肉なものである。
元から餓死する者の多かったアフリカでは事実、すでに人が完全に死に絶えており、しかしなお、まだまだ人口は多すぎた。
事態がここまで深刻になるまでに、今ここに集う彼らとて何もせずぼーっとしていたわけではなかった。幾度も世界中から集っては、食糧確保に向けて知恵を絞っていた。しかし、いくら話しあっても解決策は浮かばず、やがて優秀な彼らは、もうどうすることもできないことを悟った。とはいえそれを口に出してしまっては、もう人類は終わりである。諦めて人口が減るのを待つしかないという空気を誰もが感じつつも、彼らは悩み続けた。内心、いっそのことどこか自国以外の国で、再び戦争が起こってくれないかと思いつつも。
そんな絶望と閉塞感から、この日も重苦しい空気が会議室に流れた。解決することの難しさを証明するだけの不毛な意見交換はいつの間にかやみ、学者たちは苛立ち、やがてそこにいる全員が、希望を求めてドアを見つめるようになった。
「……彼はまだ来ないのか」
「えらく遅いな。呼び立てておいて遅刻とはなんたることだ」
実は今回彼らが集まったのは、一人の学者に呼びだされたからだった。
『解決策が見つかった!』
その彼の言葉に縋るように、ここにいる全員が急いで世界中から飛んできたのである。だが実際に来てみればまだそこに彼の姿はなく、こうして待っているというわけだ。
だから、
「すみません、大変お待たせ致しました」
予定の時刻を三十分ほど過ぎたのち、そう謝りながら彼がようやく部屋に入って来たとき、誰もが文句を言おうとして、――絶句した。
「……な、何の悪ふざけだね? それは」
数秒の間がありようやく口を出たのは、彼を咎める言葉ではなく困惑だった。
それもそのはず、到着した学者は白衣を着ていなかった。スーツも着ていなかった。私服でもなく、つまりは、下着以外何も着ていなかった。そしてさらに驚くべきことに、全身が緑色だった。髪も、瞳も、皮膚も、全て。
「これこそが人類救済の秘策です」
全身緑色の学者は、その場にいる全員の驚いた顔を満足そうに見回しながら唐突に説明を始めた。
「この緑色は、葉緑体によるものです。私はある島で、突然変異により全身が緑色になった種族を発見しました」
葉緑体。それは、植物に含まれる細胞小器官であり、太陽のエネルギーから炭水化物を合成している器官である。
「本来植物しか持たないはずの葉緑体が何らかの原因で人体に適合した特殊なものでして、人体が必要とするエネルギーを日光浴をするだけで得ることができます。また、人類の体内で変化したものであるため、試しに彼らの体から採取し移植したところ、私にも適合しました」
学者たちは驚愕で言葉を失った。信じられないというのが本音。だが現実に目の前の彼は緑だし、何らかの異常が出ている様子もない。
「すると何かね、その葉緑体を全人類に移植すれば、光にさえ当たっていれば生きていけるのかね」
一人の学者がそう問うた。彼は頷く。
「実際には水と二酸化炭素も必要ですがそういうことになります。現に私はここしばらく食事をしていませんが平気です。光に当たっているだけで奇妙な満足感があり、体に活力がわくのです」
おお、と一同がどよめいた。それから火のついたように各々意見を述べ合い、何か危険があるのではないかと思考を巡らせていく。うまい話には裏がある。人類の得た知恵の一つだった。
だが、いくら考えても問題は出てこなかった。というより、どんな問題でも絶滅するよりはマシだと思えた。学者たちはようやく見つけた希望に目を輝かせ、この発見をした学者を褒め称えた。
その翌日から、各国のメディアがこの発見を報道し、葉緑体を体に持つ植物人間が徐々に増え始めた。これにて食糧問題は見事に解決し、さらには予想していなかった良い影響まで出始めた。
まず、物を食べなくて良いということは食費がかからない。食べても良いが、太陽に当たると至極の幸福感に溢れたので食べようとする者はいなかった。
そして、衣服すら必要なくなった。光合成をするためには露出部の多い方が効率が良いので脱ぐ者がほとんどだったのだ。身につけるのは下着だけ。それも急所を守る意図があったからで、不思議と羞恥心や寒さなどは感じなくなっていた。半分植物化しているため、裸でいる方が自然体になっているようだった。
人類にとって欠かせなかった衣食住のうち、二つが不要となったこの大きな変化は、経済的負担を減らすどころか経済という概念そのものを変え、人類をお金に執着する生活から解き放った。
「この体になってから気分が良いんですよ。優しさがわいてくるというか」
「以前よりも地球のことを愛しく思うようになりました。自分も自然の一部だという意識が強まったのかもしれません」
こうして、やがて全人類が植物になったことにより、それまで抱えていた様々な問題は解消され、世界には今度こそ平和が訪れた。
――だが、そんな平穏も長くは続かなかった。
ある日一人が変調を訴えた。
「どんなに光を浴びても力が出ないんです」
そしてそれは瞬く間に世界中で問題となった。解決策の分からない人々の矛先は、最初にこの方法を発案した学者に向かう。
彼は答えた。
「おそらく世界の二酸化炭素量が減っているのでしょう。かつて排気ガス等により二酸化炭素の増加が問題になっていましたが、今度はその逆の現象が起きているのです。解消するには森を燃やすしかありません。光合成する植物を燃やし、二酸化炭素を生み出すのです」
それを聞いた彼らはいっせいに家を探し始めた。食事をしなくなり、暖をとることもなくなっていた彼らは火から遠のいていた。そもそも自分が植物なので燃えやすく、本能的に火が怖いというのもあった。
しかし背に腹は変えられない。生き残るには火を使うほかないのだ。やがて一人がマッチを見つけ、点火した。
その途端、二酸化炭素の減少に反比例して増加していた大量の酸素が爆発を起こし、世界中を燃やし尽くしてしまった。
食糧難 柚坂明都 @FINE
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