第二話 ライバルの影を追って(1)

  第二話 ライバルの影を追って


 心の通じ合った眼差しでつばさと見つめ合っていると、サイモンが声をかけてきた。

「見たまえ、ボーイ」

 迅雷の渡した青いヘルメットを左手で小脇に抱えているサイモンが指差したのは、壁にかかっている液晶ディスプレイである。ちょうど、貸出用のヘルメットの置かれている棚の真上だ。そこではジェニファーの解説を交えるかたちで、今のレースの模様が繰り返されている。もちろん一から十まで繰り返しているわけではなく、見所だけを切り取って流していた。

「いわゆるハイライトってやつですね」

 迅雷の言葉にサイモンが「うむ」と頷き、つばさやことりも含めた四人がしばし自分たちのレースの模様に見入っていた。

 それに一段落がついたところでサイモンがしみじみと云う。

「ボーイは今、果てしのないオンライン・フォーミュラという坂を上り始めた。これからボーイは多くのライバルと出会うだろう。そしてその先には、きっと隼真玖郎もいるはずだぞ。精進するがいい、ボーイ」

 真玖郎。その名前を聞くと迅雷のなかで闘争の焔がめらめらと燃え上がってくる。

 ――真玖郎、おまえは見ていたか、今の俺のレースを。負けちまったから、見てなくてもいいんだけど、やっぱり見ていてほしいかな。俺のオンライン・フォーミュラのデビュー戦だったもんな。そしておまえへの挑戦の第一歩なんだぜ、真玖郎。

 迅雷がそのように胸裡でライバルに語りかけていると、つばさが好奇心に目を見開き、コックピットから身を乗り出すようにして尋ねてきた。

「お兄さん、隼真玖郎って?」

「俺のライバルさ。俺がオンライン・フォーミュラの世界に足を踏み入れたのは、あの野郎がここで走ってるって話を先生から聞いたからなんだ」

「へ、え……」

 つばさはその話に俄然と興味を覚えたらしかったが、そこで部屋の扉の方を気にしたように見た。

「ことり、時間は?」

「あと二分」

 その言葉で迅雷もはたと思い出した。この部屋は予約制で、次にこの部屋の筐体を使うバーチャルレーサーがもう間もなくやってくるのだ。

「そうか、もう行かないとな」

 迅雷はそう云うや、つばさの方に歩み寄った。近づいてくる迅雷をつばさが不思議そうに見上げている。

「なんです?」

「手を仮そう。ことり、車椅子をこっちに向けろ」

「あ、はい」

 ことりが迅雷の言葉に素直に従ったのを見て、我を張ろうとしたつばさは諦めたらしかった。

「それじゃあお願いします」

「よしきた」

 迅雷はつばさを軽々と抱き上げると、車椅子にそっと下ろした。車椅子に落ち着くと、つばさはほっとした様子でことりにヘルメットを渡し、ことりはそれを袋に入れて、袋の紐を車椅子のハンドルに引っかけた。

 それにしてもつばさはその名の如く、羽根のように軽い。きちんと食事を摂っているのだろうかと迅雷が心配になりかけたとき、サイモンが云う。

「ボーイ、エントリーシートのスロットからバーチャルライセンスを回収するのを忘れるな」

「了解です」

 迅雷がライセンスを回収して財布に収め、借り物のグローブやヘルメットを棚に戻したとき、つばさは車椅子の上で居住まいを正して迅雷に目を注いでいた。

「お兄さん、忘れ物はないですね?」

「ああ、大丈夫」

 手回り品はそもそも持ってきていない。迅雷が笑って頷くと、つばさは満足そうに微笑んだ。

結構よろしい。それでは行きましょうか」

「行くって、どこへ?」

「一階にある喫茶店です。ちょっとお話しましょうよ。これっきりと云うのも、なんだか寂しいですし」

「そうだな」

 迅雷は迷わなかった。つばさは迅雷にとって、オンライン・フォーミュラで初めて戦った記念すべき相手なのだ。連絡先くらい交換しておきたかった。

「よし。じゃあ、行くか」

 するとつばさは、いかにもほっとしたように胸を撫で下ろしてわらった。


 迅雷とつばさとことり、そしてサイモンはエレヴェーターで一階にやってきた。一階の大半を占めているのは半地下になっている巨大なカフェである。レースの模様を映しているディスプレイがそこかしこにあり、一〇〇を超える席のほとんどは人で埋まっている。

 さて、空いている席があるかと迅雷が半地下に降りていく階段の上から見回したとき、つばさが声をかけてきた。

「そっちじゃなくて、こっちにしましょう」

「こっち?」

 振り返った迅雷は、つばさが半地下のカフェを取り囲む廻廊を反時計回りに移動し出すのを見た。車椅子のハンドルを持っていることりがそれについていく。

 迅雷はサイモンと目を見交わしたあと、二人してつばさたちを追いかけた。

 最初に入ってきたときは気づかなかったが、半地下のカフェを囲む廻廊の右手、あるいは左手にも、自販機とソファのある休憩コーナーやトイレ、ロッカーなどの施設があった。

 それらを無視して電動車椅子を奥へ奥へ、時計の針とは逆の向きに進ませながら、つばさは云う。

「ここのカフェは正式名称をカフェ・パドックと云います」

「パドック?」

「はい。でも開放的すぎて私はあまり好きじゃないんですよ。騒がしいし、人の視線はあるし、いちいちスロープを降りていかなきゃいけないし……」

「なのでお姉ちゃんは、この奥にある静かな喫茶店の方が好きなんです」

 と、ことりがあとを引き取って云う。

 やがて迅雷たちはその喫茶店の前にやってきた。店構えはこぢんまりとした佇まいだ。入り口から中の様子を窺った限り、店内は静けさに充ちている。そしてショーケースに陳列された見本とそこに添えられている値札には、並の喫茶店より遙かに高い金額が書き込まれていた。

「む……」

 それを見て迅雷は喉の奥で唸った。席料を含めても高い。静かに話が出来る空間を提供するために、敢えて値段をつり上げているのに違いない。迅雷にとっては問題だ。

「俺は今日、あんまり持ち合わせがない」

 秋葉原までの電車賃と、バーチャルライセンスを発行してもらったときの手数料で財布は軽くなっている。迅雷が渋い顔をしていると、サイモンが胸の前で腕組みをして莞爾と笑いかけてきた。

「気にするな、ボーイ。私など一文無しだ。はっはっは!」

「はは……」

 大袈裟に云っているのか本当なのかいまいち見極めがつかず、迅雷はサイモンに合わせて笑っておいた。

 そんな二人の男を仰ぎ見ていたつばさが、くすりとわらって云う。

「心配しなくてもお茶の一杯くらい、奢ってあげますよ」

「えっ?」

 意外そうな顔をした迅雷につばさが念押しするように云う。

「私から誘ったんですから、今日は奢ってあげます」

「いや、歳下の女の子にそれは……」

 男の矜恃ゆえにそう拒否の構えを見せた迅雷を、つばさはかぶりを振って嘲笑った。

「気にしないで下さい、お金なら余ってますから」

 迅雷は我が耳を疑った。

 お金が余っているだって?

 それが中学生の科白なのかと半ば呆れていると、つばさは唇を歪めて嗤った。

「最初に会ったとき、片山さんが私のことをお金持ちでお姫様育ちと云っていたでしょう。お姫様育ちかどうかはともかく、お金持ちなのは本当です。うちは代々の資産家で、お金に不自由したことはありません。その気になれば私とことりが一生遊んで暮らせるだけのお金があるんです。この車椅子だって自前で用意したんですよ」

 つばさはそう云って車椅子の肘掛けの上に手を置いた。初めて見たときから思っていたが、非常に上等な車椅子だ。まず電動であるし、椅子自体のつくりも本格的なソファのようである。これを買ったというのなら、なるほどつばさの家は大した素封家なのだろう。

 迅雷は右手を腰にあてて、つばさを軽く睨んだ。

「一つ五十万のヘルメットも二人分を自前で揃えたんだっけ」

「はい」

 そう頷いたつばさは、しかしどうにも自慢している様子ではない。それどころかつばさの面貌には、苦悩と自嘲、自暴自棄の陰さえ見える。

「本来であれば家がお金持ちでも中学生のお小遣いなんてたかが知れてるところですが、私がこんなになってから、母はよくお小遣いをくれるようになりましてね。お金なら余ってるんですよ。だからなにも遠慮はいりません」

 こんなになってから、とは車椅子になってから、ということだろう。してみると、つばさの母親は、脚が不自由になってしまった娘のために、小遣いを与える以外にどうやって慰めてよいのか判らないのだ。

 悲しい話だ、と迅雷は思ったが、口には出さなかった。まして彼女が車椅子に座るようになった理由など聞けようはずもない。

「お姉ちゃん……」

 ことりもまた傷ましげな顔をして姉の顱頂ろちょうを見下ろしている。そのまま暗い空気に傾きかけたところを、明るい声で救ったのはサイモンだった。

「いいではないか、ボーイ。ここは大人しく奢られておこう」

 迅雷は呆気に取られたようにサイモンを見て、それから一人苦笑する。

「先生は奢ってほしいんですね」

「ふっ……」

 サイモンは一笑すると、肩で風を切りながら喫茶店のなかに入っていった。こうなっては仕方がない。迅雷はつばさに借りを作る負い目を、サイモンに押しつけることにして笑った。

「先生がごちそうになるって云うなら仕方ない。俺も奢ってもらうとしよう」

 するとつばさはぱっと顔を輝かせた。

「最初からそう云っておけばいいんですよ。さあ、行きましょう!」

 つばさは見るからに上機嫌になって、電動車椅子のスティックを操り、喫茶店に入っていった。


 パドックの方に客を取られているのか、店内は人がまばらで静かだった。

 迅雷たちは、つばさの顔見知りらしい店員の案内で一番奥の席についた。四人掛の席だが、女給が椅子の一つをどかして空間をつくり、そこにつばさが車椅子ごと収まった。席次は壁際にことりとサイモン、通路側につばさと迅雷である。迅雷から見て右隣にサイモンが、向かいにつばさが、右斜め前にことりがいるというかたちだ。

「ここにはよく来るので、店員さんも顔なじみの方が多いんですよ」

 つばさはそう云いながら迅雷にメニューを寄越した。迅雷はそれをよく見もせずに、「ホット珈琲でいいや」とつばさに告げた。

 まもなく女給が水とおしぼりを運んできた。つばさが云った。

「ホット珈琲を二つ」

「私はメロンソーダで」

 恥ずかしそうにそう云ったことりの尾について、メニューを閉じたサイモンが女給に眼差しを据えた。

「私はチョコレートパフェとチーズケーキ、それから食後に熱い珈琲を持ってきてくれ」

 女給は注文を繰り返してから回れ右して去っていった。迅雷はちょっとサイモンを信じられないように見たが、サイモンはおしぼりで顔を拭き始めたところである。顔を前に戻すと、つばさが冷たい微笑を浮かべていた。

「お兄さんの先生はとても愉快な人ですね」

「そうだろうとも」

 迅雷は肩を竦めて水を一口飲み、それから口を切った。

「さてつばさ。こうして知り合ったのもなにかの縁だし、とりあえず改めて自己紹介でもしないか」

 するとつばさは花の咲くように笑った。

「そうですね。私もそう思っていたところです。お互い、まだ名前と年齢くらいしか知りませんし……お兄さん、どの辺りに住んでるんです?」

「青梅」

 番地までは云わなかったが、ともかく迅雷はざっくりそう答えた。その尾について、サイモンが笑って云う。

「私は世界を股に掛ける男だから特定の住所は持っていない」

「それって……」

 ホームレス? と、つばさが声に出さずに訊ねてきたのがわかったので、迅雷は慌てて助け船を出した。

「いや、サイモン先生は吉祥寺にアパートを借りてる。でもそうだな、日本には一年の半分も滞在してないかな。あっちこっち飛び回ってるみたいだ」

「へえ」

 と、関心のなさそうなつばさに、今度は迅雷が訊ねた。

「おまえは?」

「山の手の方です。学校は私立の女学園に進みました。中高一貫のところで、ことりも一緒です」

 その答えに迅雷は冷やかすような口笛を吹いた。

「絵に描いたようなお嬢様だな」

 するとつばさは困ったように眉根を寄せた。

「そういう風に、なにかに当て嵌められるのはちょっと厭ですね。お嬢様と云ったら成績優秀かつ品行方正で、万事においてそつのないイメージがありますけど……」

「違うのか?」

 迅雷が一歩踏み込むように尋ねると、つばさはかぶりを振った。

「生憎と、私はゲームばっかりやってる、ぐうたらな人間ですよ」

 その言葉には、やはり自嘲の陰があった。そんな姉を見かねたのか、このときことりが勢いよく嘴を挟んできた。

「そんなことないよ。お姉ちゃん、頭はいいし、美人だし、オンライン・フォーミュラの世界じゃダークネス・プリンセスは有名だし、ほんと私の自慢のお姉ちゃんだよ!」

 その励まし方があんまり不自然だったせいか、つばさは微苦笑を浮かべてことりの頭をそっと撫でた。

「よせよせ、照れるじゃないか。おまえだって私の可愛い妹だぞ」

「えへへ」

 ことりこそ、恥ずかしそうに笑っていた。そんなことりの様子を見て、迅雷はほうとため息をついた。

「可愛いもんだな。うちの妹とは大違いだ」

 するとつばさとことりが目を丸くして、ことりの方が迅雷に尋ねてきた。

「迅雷さんも妹がいるんですか?」

「ああ。妹と弟、一人ずついるよ。三人兄弟なんだ。だがレースをやっているのは俺だけだ。親父は三人ともにやらせたかったみたいだが、金がかかるし、危険もあるしで、母さんが許さなかった。息子をF1レーサーにしたいという親父の夢を背負わされたのは、俺だけってわけさ」

 迅雷がそう云って笑うと、つばさがちょっと眉宇を曇らせた。

「夢を背負わされたって……」

「ああ、そんなに深刻なものじゃない。俺みたいにガキのころからレースをやってる奴は、親が自分もレーサーか、あるいはモータースポーツの熱狂的ファンで、子供をレーサーにしようと考え、サーキットに連れて来られるパターンがほとんどってことさ。レースに限らず、ピアノでもなんでも、子供のうちから始める習い事はみんなそうだろう? 誰でも最初のきっかけは親にやらされる。やってみて、気に入らなければそのうち辞める。だが俺は……」

 幼くしてスピードに魅入られてしまった。

 この自分の天性と云おうか、魔性と云おうか、ともかく自分の魂のかたちを迅雷が不思議に思っていると、ことりがそっと尋ねてきた。

「何歳のときから車に乗ってるんですか?」

「三歳」

 つばさとことりはその答えに絶句したらしかった。

 そんな二人をちょっと笑って迅雷は云う。

「一口にカートと云っても色々あるんだが、一番小さいキッズカートは対象年齢が三歳からなんだ。幼稚園に上がると同時に、俺はF1ファンだった親父の手でレーサーにさせられた。だから物心ついたときにはもう走ってた感じだな。でも、今じゃ親父に感謝してるよ。マシンに、レースに、スピードに出会わせてくれて」

 そこで迅雷が話を結ぶと、つばさとことりは感嘆の吐息をついて迅雷を見つめてきた。そのうちにつばさが頬杖をつき、頬の肉を盛り上がらせながら黒い瞳で迅雷を射抜いてくる。

「なるほど、レーサーとして英才教育を受けた人だったんですね」

「まあ、そんなところだ」

 するとことりがつばさに身を寄せて笑った。

「ちょっとだけ、私たちに似てるね」

「ああ」

 と、つばさは頬杖を辞めて首肯うなずいたけれど、解らないのは迅雷である。

「似てるって、なにがだ?」

 まさかつばさたちも迅雷と同じように子供のころからレースをしていたのだろうか。迅雷がそこまで想像の翼をひろげたとき、つばさが急に物憂げな貌をした。

「私たちがこのオンライン・フォーミュラを正式稼働前のベータ版からプレイしているのは、父がオンライン・フォーミュラの開発に関わっていたからなんです」

 へえ、と迅雷は素直に感心することしか出来なかった。ところがこのとき、迅雷の右隣でずっと黙って話に耳を傾けていたサイモンが、かっと目を見開いて大きな声をあげた。

「そうか! 二条……どこかで聞いたことのある名前だと思っていたが、君たちは二条空也君の娘だったのか!」

 これには迅雷はもちろん、つばさやことりも目を丸くした。

「父を御存知なのですか」

「ああ、私もオンライン・フォーミュラの運営に携わる者の一人だからね。一緒に食事をしたこともあるよ」

 つばさにそう答えたサイモンは顎を上に向けて、悲しげな、傷ましげな目を虚空にさまよわせた。

「そうか……あのとき私は日本を離れていて二条君の葬式には出られなかったが、あれはまことに気の毒な事故だった……」

 ――事故? 葬式?

 その不吉な言葉に目を剥いた迅雷は、言葉もなくつばさに視線をあてた。つばさは仕方のなさそうに微笑むと、右手で前髪を耳の方に寄せる仕種をしてから、一つ頷いて云った。

「父は死にました。昨年の暮れに、交通事故で」

「そうか。そいつは気の毒にな」

 こうした通り一遍の同情の言葉が、迅雷には偽善のように思えてならないが、かといってほかに云うべき言葉もない。幸いというべきか、つばさは気にした様子もなく笑って続けた。

「気にしないで下さい。もう終わったことです」

 つばさはそう云っていかにも何事もない様子を装っていたが、ことりはそんなつばさを気遣わしげに見た。そこには迅雷には窺い知れぬ、姉妹だけの知る秘密があった。

 迅雷は迅雷で、一つ気になることがある。だがそれを口に出せようはずもない。そう思って黙っていると、つばさの方が先回りして尋ねてきた。

「父親が交通事故で死んだのに、レーシングゲームをやっている私たちが不思議ですか?」

「な、なぜ――」

 迅雷は心を見透かされたときの、あの驚きに打たれて飛び上がりそうになった。と、ことりがつばさを見ながら、しょんぼりと云う。

「オンライン・フォーミュラは、お父さんとの絆だもんね」

「ああ、そうだ」

 つばさは奥行きのある声でそう返事をすると、思い出を懐かしむ遠い目をした。

「父はこのゲームを本当に楽しそうに語っていましたからね。とことん遊び尽くしてやるのが、娘なりの親孝行と云うものです」

 今度は迅雷が感嘆する番だった。この姉妹のオンライン・フォーミュラにかける想いに、そうした秘密があったとは。迅雷が惚れ惚れしていると、つばさはふと我に返ったような顔をして迅雷とサイモンの二人に視線をあてた。

「ちなみにこうしたことは他言無用でお願いしますよ」

「ああ、もちろんだ」

 言下に約束した迅雷に続いて、サイモンもまたわらって云う。

「私も誰にも云わないと約束しよう。だが私がうっかり口を滑らせてしまったせいで、おかしな雰囲気になってしまったな。はっはっは!」

「本当ですよ」

 迅雷はサイモンに非難がましい視線をあてた。中学生の少女の前で、彼女たちの父親が死んだ話を蒸し返すなど、いささか配慮にける。サイモンは裏表のない気持ちのよい人柄をしているが、こうした粗忽さがあるのは、愛すべき缺点けってんと云うべきかどうか。

 一方、つばさはことりに顔を近づけて囁き合っていた。

「御父様のこと、話してしまったのは初めてだな」

「片山さんにも話してなかったのにね」

 と、そのときだ。

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