第一話 バーチャルレーサー(2)

「ゲームにライセンスがあるんですか」

 車で公道を走るには運転免許証が、サーキットでレースに出場するにはライセンスが必要なのは当たり前だが、ゲームにライセンスが必要とは驚いた。

「ある。と云っても、バーチャルライセンスは実質会員証のようなもので、誰にでも簡単に取得できるから安心したまえ。というわけで、早速、受け取りに行こうではないか」

 サイモンがそう云って指差した先は、入り口から見て左手の奥だ。そこには受付らしきカウンターがあり、いかにも顔で選んだと思しき数人の受付嬢が椅子に座って仕事をしていた。二人が受付を指して歩いていくと、受付嬢の一人が居住まいを正してにっこりとわらった。そのあまりの美しさに迅雷がほとんど一目惚れしかけたとき、美女が英語で口を切った。

「いらっしゃい、ミスター・サイモン。その子が例の子?」

「そうなのだ。はっきり云って逸材だぞ」

「そうでしょうね。あなたがよく楽しそうに話していたもの」

 二人の打ち解けた様子に、迅雷は軽い驚きと嫉妬を感じながら英語で問いかけた。

「先生、知り合いですか?」

「うむ、彼女の名はジェニファー・ハミルトン。アメリカ人だ。だが最近カタヤマと云う男と結婚して、今は夫の姓を名乗っている。非常に残念なことに既婚者なのだ」

 その言葉に迅雷が心の底から落胆したとき、サイモンが思い出したように付け加えた。

「だがどういうわけか、カタヤマを見た者は一人もいないという噂だ。写真も見せてくれないし、結婚式も挙げなかったとか。どういうことか私にはさっぱりわからん」

「んっふっふ。私のダーリンは秘密が多いのよ」

 にんまりと笑う片山は、華やかな顔をした眼鏡の美人だった。見たところ年齢は二十代前半で、身長は一七〇センチ。真っ直ぐな栗色の髪を首の後ろで束ねて背中に垂らしている。瞳の色も強烈なサファイアブルーで、左の口元には黒子ほくろがあった。制服姿で、左手の薬指には銀色の結婚指輪が光っている。そして乳房が尋常でなく大きい。

 その胸元に光る名札に『片山』とあるのを見て、迅雷は英語で尋ねた。

「片山さんって呼んだ方がいいですか?」

「ええ、それでお願い。ところで会話は英語? それとも日本語の方がいい?」

 と、片山は初めて迅雷に眼差しを据えると、言葉の後半を日本語に切り換えて尋ねた。迅雷はちょっと驚いた。

「日本語、出来るんですか?」

「出来なかったら、ここで受付の仕事なんて出来ないわよ」

 片山は日本語でそう云うと笑った。

「改めて初めまして、えっと……」

「疾風迅雷です。こちらこそ、初めまして」

 たとえ人妻であったとしても、美しいものは美しいのだから、迅雷は片山の魅力に抗することを早々に諦め、半分恋をしているような顔でそう挨拶をした。

「会話は英語で行きましょう。ネイティブの人と話せるチャンスを無駄にしたくない」

「了解」

 と、片山が頷いたところで、サイモンが迅雷に云う。

「ジェニファーは表向き、このセンターで受付の仕事をしている。そして私はオンライン・フォーミュラ運営側の人間であると同時に、歴としたバーチャルレーサーでもあるから、このセンターで働いている人間とはだいたい顔見知りなのだよ」

「なるほど」

 そう頷いた迅雷だけれど、一つ引っかかることがあった。

 ――表向きって、どういう意味だ?

 表があるなら裏の仕事もあるはずだ。しかし、それを問い糺す前にサイモンが受付のカウンターに肘をついて切り出していた。

「ところでジェニファー」

「わかってるわ。バーチャルライセンスの発給でしょ。迅雷君、とりあえずそこに座ってちょうだい」

 カウンターの前には来客用の椅子があり、迅雷は質問の機会を逸しながら、云われた通りその椅子に座った。

 その迅雷の前に、片山はカウンターの下から用紙とペンを出してきた。

「じゃあまずこの書類に必要事項を書いてね」

 そう云う片山から書類とペンを受け取った迅雷は、それを一瞥してから黙々として住所や氏名を書き込んでいった。が、あるところで筆が止まった。

「あの、このドライバーネームってなんですか? 英数字で三十二文字以内って書いてありますけど」

 書類にそれを書くよう求める欄があるのだが、迅雷にはなにを書けばよいのかが判らない。迅雷が筆先で片山に空欄を示すと、片山は迅雷ににっこり微笑みかけた。

「ドライバーネーム、略してDN。バーチャルレーサーとしての名前のことよ。この名前は対戦相手のレーサーに通知されるほか、オンライン上でドライバーズ・ポイントとともに公開されるわ」

「ドライバーズ・ポイント?」

 迅雷が鸚鵡返しに尋ねると、片山は黒縁眼鏡の奥の目を瞠り、それからその眼鏡を片手で外した。そのとき、迅雷は片山の目が澄み切った青色をしているだけでなく、睫や眉が金色をしていることに初めて気づいた。

「オンライン・フォーミュラのこと、なにも知らないのね」

「初心者ですから」

 迅雷はそう答えながら、片山が受付嬢の仮面を外して気さくな一人の女性として話しかけてきたように思った。雲に隠れていた太陽が顔を出したかのようだ。

「いいわ。じゃあ、お姉さんが教えてあげる」

 片山は眼鏡をカウンターに置くと、頬杖をついて迅雷を至近距離から見つめてきた。

「ドライバーズ・ポイント――DPって云うんだけど、DPはレースに勝つことで貯まっていくポイントのことよん。オンライン・フォーミュラのレースでは、参加条件として累計DPの上限と下限が設定されていることがほとんどなの。これによってクラス分けをして、だいたい同じくらいのレベルのドライバー同士でレースをしてもらってるってわけ」

「なるほど、勝たなきゃ上にいけないってわけですね」

「そういうこと。まあポイントの上下限が設定されてないレースもたまにあるけど、初心者が上級者に混ざるのは、あまりお勧め出来ないわ」

 片山はそう云いながら書類の残りの空欄を示してきた。迅雷はドライバーネームのところは飛ばして、電話番号やメールアドレス、心臓など健康状態に問題ないことを書き記しながら、続く片山の話に耳を傾けた。

「DPは勝てば増えるけど負けても減ったりしないから安心して。それからもう一つ、DPは隊列順位グリッドに影響するわ。グリッドってわかる?」

「スタート時の配置のことでしょう。それに影響するってことは、ポイントの一番高い奴が先頭ポールポジションで、以下ポイント順に二列縦隊で並ぶってわけですね」

 迅雷が早手回しにそう答えると、片山が瞳を輝かせた。

「イエス! やっぱり知識はあるのね。リアルでレースをやってるだけのことはあるわ」

「俺のこと、知ってたんですか?」

「詳しくは知らないわよ。名前も経歴キャリアも腕前も。ただミスター・サイモンが、とても楽しみにしているリアルレーサーが一人いるって話していたから」

「はっはっは! 実を云うと私はボーイをオンライン・フォーミュラの世界に引き込むチャンスをずっと狙っていたのだよ。だから隼真玖郎の件は、私にとってラッキーだった」

 二人の言葉に迅雷は面映ゆくなって肩をすくめた。片山もまたそんな迅雷の心に寄り添ってくれる。

「まあいいわ。ちなみにDPだけど、他のバーチャルレーサーとのポイントのやりとりは一切出来ません。ポイントの入手方法はただ一つ、レースに勝つことだけよ。もちろん、順位によって獲得ポイントに差はあるけどね」

「でしょうね」

 それは当然のことだ。迅雷はそう思いながら書類の空欄のほとんどを埋めた。最後に残った空欄がドライバーネームの記入欄のみとなったところで書く手が止まる。

 ――名前、どうしよう。

 と、そのとき、サイモンが迅雷の右隣の椅子に腰掛けて書類を覗き込んできた。

「ところでボーイ、私は暇なんだが」

「俺は今、悩んでるんですよ。急に名前とか云われても……」

「はっはっは! それなら私が決めてやろう」

 サイモンはすっくりと立ち上がると、広い胸の前で腕組みをして燃えるまなこで迅雷を見下ろし、山の上から叫んでくるような大声を出した。

「今日からボーイはアグレッシヴ・ファイヤーだ!」

「いやですよ。なんでそんな無駄に攻撃的で暑苦しそうな名前なんですか」

「なにを云う。ひとたびレースになれば、攻撃的かつ闘争心の塊のような性格に豹変するボーイにぴったりの名前ではないか」

 そう云われるとそうかもしれない。しかしセンスを感じなかったので、迅雷はきっぱりとかぶりを振り、揺るぎない口調でうったえた。

「とにかく厭です。他の名前にして下さい」

「むう……ならば仕方ない。今日からボーイはライトニング・バロンだ!」

「ライトニング・バロン」

 その名前に運命を感じて、迅雷は口のなかで鸚鵡返しに呟いた。ライトニング・バロンとは、いかにも速そうな名前である。直訳すれば閃光男爵だが、英語ならば響きもよい。

「今度は良い名前ですね」

「そうだろう、そうだろう。わっはっは!」

 サイモンはたちまち笑顔になって組んでいた腕を解き、両手を腰にあててわらった。片山が迅雷の顔に顔を近づけてくる。

「それでいいの?」

「あまり悩んでも仕方ないですからね」

 迅雷はちょっと緊張しながらそう答えると、ふたたび筆を起こしてバーチャルレーサーとしての自分の名前、ライトニング・バロンを英語で綴った。

 最後に書類を見直し、ペンと一緒に片山に返す。

「はい、それじゃあ拝見させていただきます」

 片山は書類に目を通すと一つ頷き、迅雷に素晴らしい笑顔を向けてきた。

「はい、オッケー。迅雷君は未成年だから後日親御さんの印鑑を持ってきてちょうだいね」

「わかりました」

「では手数料が三千円になります」

 ほんの一瞬、迅雷は騙されたように思った。

「えっ、お金かかるんですか?」

「そりゃそうよお。こっちだって商売なんですし、維持費とかもかかるんだから。ちなみに三千円は初期費用。今月と来月は無料だけど、二月分からは一ヶ月あたり千円の筐体使用料を払っていただきます。でないとライセンスが凍結されちゃうわよん」

「げえっ、毎月……」

 迅雷は愕いて傍らのサイモンを見た。腕組みしているサイモンは素知らぬ顔である。どうやら払ってくれる気はないらしい。この上は、仕方がなかった。真玖郎とふたたび戦うためにたかだか三千円をしんでどうするのか。迅雷は財布から取り出した三千円を片山に渡した。

「はい、確かに。それじゃあ写真を撮るから、迅雷君こっち」

「私はここで待っている」

 そう云ったサイモンに頷きを返し、迅雷は手招きする片山に導かれて受付の傍の扉に入った。

 そこは椅子と写真撮影用の機材だけがある手狭な部屋だった。デジタルカメラで撮ればよいのにと思いながら、迅雷は椅子に座って顎を引き、居住まいを正した。機器を操作しているのは片山だ。

「はーい、じゃあそこの赤い光りを見ていてね」

 写真を撮られる瞬間は緊張する。

 撮影が終わると、迅雷はカウンター前の椅子でサイモンとともに待たされた。しばらくして撮影室の扉から片山が姿を現し、カウンターを挟んで迅雷の前に座るとにこにこしながら一枚のICカードを出した。顔写真付きで、本物の免許証のようである。

「お待たせ、これが迅雷君のバーチャルライセンスよ。ミスター・サイモンの推薦があったからフォーミュラ・クラスになるわ。普通、未成年には降りないんだけど……」

 そこで言葉を切った片山のあとを引き取って、サイモンが得意顔で語る。

「ふっふっふ……実は事前に書類審査を通しておいたのだ。ボーイの場合は実績があったので簡単だった」

 すると片山がサイモンに物問いたげな視線をあてた。

「この子って実際のところ、どのくらい速いの?」

「うむ。それはだな――」

 と、話し始めたサイモンに割り込むかたちで、迅雷もまた問いかけた。

「あの、それよりフォーミュラ・クラスって?」

 話を遮られたサイモンは残念そうな顔をしたが、片山は気を取り直したように迅雷を見て、もう何度も同じことを話してきたのか、すらすらと淀みなく語ってくれた。

「えー、オンライン・フォーミュラのライセンスには四つのクラスがあるの。十三歳未満のジュニア、十八歳未満のミドル、十八歳以上のレギュラー、そして十六歳以上で審査を通過した人だけに降りるフォーミュラよ。レギュラーまでの三クラスは、それぞれゲーム中における仮想Gフォースが一〇パーセント、二〇パーセント、四〇パーセントにカットされるわ。でもフォーミュラ・クラスには、仮想Gフォースのカットがないのよ」

 そう話す片山の顔が少し曇った。それがどうやら迅雷の身を案じているらしいのだが、迅雷にはまだまだ解らないことが多すぎる。

「待って下さい、仮想Gフォースとは?」

「文字通り、脳が感じるだけの偽物のGよ」

「偽物の、G!」

 迅雷は目を剥いた。

「そんなものがあるんですか!」

 そうした迅雷の驚きようが面白かったのか、片山は胸を反らして笑うと脚を組み、手振りを交えて語り出した。

「迅雷君は、人間が重力や遠心力をどこで感じ取っているか知ってる?」

「耳、ですよね?」

「イエス。正確には内耳にある前庭と三つの半規管が、直進加速度や回転加速度、遠心力、重力の向きの変化なんかを感知して、前庭神経を通して脳に伝えているのよ。オンライン・フォーミュラでは、プレイ時にかぶるヘルメットに内蔵された装置から、耳の奥の前庭神経に直接信号を送って、ゲーム内のマシンの状況と連動した仮想Gフォースを脳に錯覚させるようになってるの。そしてもちろん、ゲーム中のレースにおいては距離、速度、時間の関係は現実とまったく同じに再現されるわ。だから感覚としては本当に車を運転しているのと変わらないの。現実と違うのは、クラッシュした場合、加速感覚が緩やかに消滅してコックピットが初期状態クレイドルに戻ってしまうということだけね」

「信じられない」

 二〇XX年の今、ゲームはそこまで進化していたのか。ほとんど愕然としている迅雷に、片山がまた顔を曇らせて云う。

「でも仮想とはいえ、強烈なGを感じると体がショックを受けるでしょう。だから年齢によってクラス分けして、成人でも最大四〇パーセントまでしかGを感じないようにしているの。たとえばミドル・クラスなら、Gフォースによる負荷が現実のそれと比較して五分の一にまで軽減されるってわけ」

「なるほど、それは当然の配慮です」

 時速三〇〇キロの世界で体にかかる負荷は凄まじいものがある。子供がそんな速度で車を走らせたら、コーナーで心臓が潰れてしまうだろう。

 迅雷が納得していると、片山はここからが本題だとばかりに真剣な口調で云う。

「でもフォーミュラ・クラスにはその制限がないの。ただ制限がないだけでドライバーが任意で調整することは出来るから、悪いこと云わないわ。実際に走るときは仮想Gフォースを二〇パーセントくらいにカットして――」

「ボーイにその必要はない!」

 サイモンが片山の言葉をそうぶった切った。その尾について迅雷も云う。

「そうですね。負荷を減らしたらその分だけ楽に走れるでしょうけど、マシンを扱うバランス感覚は体で覚えるものです。それなのに体にかかる力がぼやけていたら、その感覚を掴めない。Gフォースは一〇〇パーセントあった方がいい」

 その強気の科白せりふに片山は目を丸くしたが、やがてため息をついて迅雷を仕方のなさそうに見た。

「無茶だけはしないでね」

 その優しい言葉に強気の笑みで応えた迅雷は、さらに踏み込んで訊ねた。

「ところで、タイヤと空力エアロはどうなんです?」

「タイヤはその状態が現実と同じになるようにシミュレートされるわ。摩耗したらブレーキの利きが甘くなるわよ。エアロに関してはこれを見て」

 と、片山は受付台に伏せてあったタブレットを取り出して迅雷に見せた。そこに一台の車が映っている。先ほどカフェの画面でも見た、SF漫画にありそうなデザインの車だ。

「これがオンライン・フォーミュラで使われるマシンの一例よ。見ての通り、デザインを重視しているから、こんな車が現実にあったら空力は滅茶苦茶なことなる。だからエアロについてはゲームならではのペテンがあるわ」

「つまり現実では働かない空力が働くようになってると」

「そういうこと」

 片山が迅雷に手を伸ばしてきて、よしよしと頭を撫でてくれたので、迅雷はたちまち良い気分になって笑み崩れた。

 それから片山は眼鏡を掛け直すと澄まし顔をした。

「私からの説明はこんなところ。あとは実際にやってみて覚えてね」

 迅雷は一つ頷き、カウンターに置かれていたバーチャルライセンスを手に取り、自分の顔写真をつくづくと見つめながら片山に尋ねた。

「ここの二階に、レーシングルームって部屋がいくつもあって、そこにはオンライン・フォーミュラをするための筐体……エントリーシートでしたっけ? それがあるんですよね」

「ええ。見ればわかると思うけど、白くてでっかい箱よ。座席の部分が抽出みたいになってて動くの。初めてだからコックピット・ドリルが必要になるけど……」

 片山はそう云いながらサイモンに視線をあてた。

「ミスター・サイモン、あなたが適任よね」

「いや、私は感覚でやっているから、人に説明するのはいまいち苦手なのだ。出来れば誰か説明の上手い人間にやってもらいたいのだが……」

「あら、それは困ったわね」

「困ったことならもう一つある。実はエントリーシートの予約を忘れていた」

 サイモンのその言葉に片山は椅子からずり落ちそうになった。実際にはカウンターに手をついて体を支え、サイモンを視線で切りつける。

「ちょっとちょっと、ミスター・サイモン。あなたともあろう者がそんな――」

「はっはっは! ついうっかりしていたのだ」

 呵々と笑うサイモンと、ため息をついて項垂れる片山を見て、迅雷は意外そうに問うた。

「予約が、いるんですか?」

 すると片山が顔を上げ、右手の人差し指を立てながら云う。

「あのね、レースって短いものでもワン・セッションにつき三十分はかかっちゃうものなのよ。フリー走行やセッティングにかかる時間も含めれば一時間は確実。そしてシートの数には限りがあるわ。うちは二〇〇席あるけど、それでも足りないくらい。公式レースに参加する場合は事前登録が必須。プライベートレースじゃ、一つのレースがあまり長引かないように走行距離の制限はしてるし、疲労度のこともあるから一人のバーチャルレーサーが一日に取れるシートの時間にも制限があるけど、それでも予約無しで取れるシートってまずないわよ。土日祝日は特にね」

「なるほど。そういうことなら、今日は予約だけして出直しますよ」

 その分だけ真玖郎との距離が開いてしまうのは口惜しいが、こればかりはどうにもなるまい。迅雷は早々と諦め、帰り支度をするつもりでバーチャルライセンスを財布にしまい、椅子から立ち上がった。

 そんな迅雷を目で追いかけて、片山が残念そうに云う。

「誰か知り合いがいるなら混ぜてもらうことも出来るけど――って、あっ!」

 片山が迅雷の後方に視線をずらして、突然そんな大声をあげた。

「どうしたんです?」

 驚いてそう尋ねながら、迅雷は片山の視線を追いかけて振り返った。そんな迅雷に片山が傍から云う。

「ちょうど上手い具合に、私と仲良しの子たちが来たわ。頼めば混ぜてくれるかも。おおい、つばさちゃん! ことりちゃん! カモーン!」

 片山は日本語に切り換え、ちょうど入り口から入ってきた二人の少女に向かって大きく手を振った。二人とも中学生くらいであろうか、片や車椅子に座っており、もう片方はその介添えとして車椅子のハンドルを握っている。

 迅雷がその二人の少女をじっと見つめていると、後ろから片山が迅雷に顔を寄せて耳打ちした。

「あの子たちは英語が達者じゃないから、ここからは日本語で行きましょう」

「それは構いませんけど、誰です?」

「私の友達よ。そして速いレーサーでもあるわ」

 速いレーサーだって?

 迅雷の注目が増すなか、二人の少女は戸惑った様子で顔を見合わせていたが、やがて車椅子の主が右手のスティックを操作して車椅子の向きをこちらに変えた。電動の車椅子なのだ。

 程なくして、二人の少女が受付までやってきた。

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