第六話 羽ばたく者たち 第一幕 立ちはだかるは嵐(3)


        ◇


 シケインへの飛び込みのブレーキング勝負に競り勝った迅雷は、順位を二位から一位にあげて最終コーナーを回ると、マシンパワーに物を云わせてまっすぐチェッカーを目指した。

 ――バトンタッチのときのペナルティを差し引いても、これなら行ける! 行けるはずだ!

 迅雷は祈るようにストレートを駆け抜けていく。

 そうしたレースのクライマックス模様を前に、若き青年実況ファイターは燃え上がるような声で絶叫した。

「ゴール! なんというオーバーテイク・ショー! 一位でチェッカーを受けたのはチーム・ソアリング! バトンタッチのタイム差から生じたペナルティを含めるとコンマ二秒の差でギリギリ勝利! TSR予選第一ブロックは、ラスト五周からのライトニング・バロンによる逆転劇で幕を下ろしました!」

 そんな実況ファイターの声を聞きつつ、マシンがゴースト状態に移行してウイニングランに入ったのを見た迅雷は、ステアリングから手を離して呻いた。

「あ、危ねえ……!」

 実況ファイターは逆転劇などと華々しく云ってくれたけれど、迅雷の感覚では、これは薄氷の勝利と云うのだ。

 ピットとの通信画面で、ことりが今にも倒れそうな顔をして云う。

「ご、ごめんなさい、迅雷さん。私が順位を落としてしまって……」

 そう、この予選で迅雷たちはポールポジションからスタートしたのだが、ことりがスタート直後にいきなり二台のマシンに抜かれてしまったのだ。スタート直後は狙われるから気をつけろと云われていたにもかかわらず、である。

 その後もシケインのブレーキング勝負に二度負けて、結局つばさにバトンを渡したときには五番手であった。

「いや、まあ、仕方ないさ……」

 責めようと思えばいくらでも責められたが、ことりが自分で自分を一番責めているだろう。

「それに俺にもミスはあった」

 バトンタッチのとき、テイクオーバーゾーンでつばさと息が合わずに一秒近くものタイム差を出してしまったのだ。練習のときに出来ていたことが、本番では出来なかった。さらにルール上、このタイム差の二倍のタイムが最終的なタイムにペナルティとしてかかってくるため、迅雷はただ順位を上げるだけでなく、これを取り戻す意味でも必死で走らねばならなかった。

 ――二位のチームのバトンタッチがもう少し上手くいっていたら負けていなたな。

 そして一方のつばさはと云えば、まるで今日のレースが他人事であるかのように靦然てんぜんとしている。実際、今日の彼女は覇気がなく、ことりからバトンを受け取ったあとは実に無難に走って、ミスもなければ唸らせることもない、抜かれもしなかったが抜きもしないといった感じで、迅雷と勝負したときの炎のような勢いなど見る陰もなかった。

 ――気の抜けた走りをしやがって。

 ことりに対しては責めるつもりなどなかったが、つばさに対しては一言云ってやりたい迅雷である。

 結局チーム・ソアリングは一位でチェッカーを受けることが出来たわけだが、それは迅雷の個人技にすぎない。ラスト五周でライトニング・バロンが五番手からトップに順位を戻したのだ。バトンタッチのミスによるペナルティももちろん跳ね返した。逆転劇と云えばそうだが、チームとしては空中分解していた。

「規定通り、チーム・ソアリングは明日のTSR決勝に駒を進めるぞ! 他のブロックの予選結果もそろそろ出ているから、もうまもなく明日の決勝のグリッドが発表されるはずだ。みんな期待して観てくれ!」

 実況ファイターのその声も、迅雷にとっては罰のように感じる。

 ――勝ったのに勝った気が全然しない。

 こんなことは初めてだった。迅雷の走り自体は凄まじいものがあり、これが迅雷一人のことだったら大逆転勝利に酔いしれていただろうけど、チームとしては全然だめだ。

「くそっ」

 迅雷はそう毒づきながらログアウトした。

 ……。

 エントリーシートが排出されるとき、迅雷はスクリーンが遠ざかっていくのをぼんやりと見ながらヘルメットを脱ぎ、シートベルトを外してシートから下りてきた。

 ピットブースの方を見ると、まずことりが恐縮しきった様子で立っている。その視線はうつむきがちだ。つばさもまた目を逸らしていた。そしてピットコンソール前の椅子に座っている翔子が、面白くもなさそうな顔で迅雷を手招きした。

「迅雷君、他のブロックの予選もウチらとほぼ同時に終わったわ。暫定やけど、本戦……決勝のグリッドも発表されたよ」

 その言葉で迅雷はくさくさしていた気持ちも忘れ、目の色を変えながら翔子に向かって突進していった。

「チーム・ストームヴィーナスはどうなった?」

「あっちは完勝みたい。終始独走で最終走者のナイト・ファルコンも他を寄せ付けなかって話。さすが今年のOFワールドグランプリ総合三位のファルコン様やね。レッド・ファイターの次の次に速いんやから当たり前の結果やな。チームも当然のように決勝のポールポジションや。一方、ウチらの決勝のグリッドは三番グリッドやね。まあ悪くない位置やわ。終盤の迅雷君の追い上げが効いたね」

「そうか……」

 ――真玖郎は勝ったか。

 迅雷の胸にはまず安堵があった。真玖郎が速いことはわかっていたが、その仲間次第ではどうなるかわからないのがTSRだから、少しだけ不安もあったのだ。

 だが、とにかくこれで真玖郎と戦える。

 それなのに実感がまだ薄く、喜びも溢れてこない。

 迅雷がふたたび「そうか……」と呟くと、翔子がにやりと笑って少しわざとらしいくらいの大声で云った。

「とにかくこれで迅雷君はずっと追いかけてきたライバルとの再戦が叶うんや! それは素直に喜んでええやろ。おめでとう、迅雷君」

「お、おう……」

 ――笑っていいのか。

 迅雷がそう思ってちょっと口元を緩めかけたとき、その隙をつくようにして翔子がまた云う。

「でも、このままやと決勝では間違いなく負けるやろうね」

 その言葉に「うっ」とことりが小さく呻いた。

 迅雷もまた、重石を背負わされたが如しである。

 翔子はそんな迅雷とことりと、そして一人だけ我関せずといった様子のつばさを順番に見て云う。

「ちゅうわけでこれから部屋を追い出される時間まで反省会や。さっちゃん、りーちゃん。明日なんで負けるか、理由は云われんでもわかってるやろ?」

「は、い……」

 と、まずは蚊の鳴くような声で返事をすることりを捉えて、翔子は説教を始めた。

「りーちゃん、あれだけスタート直後には気をつけろ云うたのにあっさり二台に捲られたな。そのあともここぞというところで勝負弱さを露呈してしまって……なんとか決勝行けることになったけど、他のチームも予選を制して勝ち上がってきとるんや。今日のビデオは見られるやろうし、カモにされるよ? チーム・ソアリングに勝つにはバロンが出てくる前にリトルバードを抜いておけ、ってな」

「そ、そんな……」

 顔色をなくしたことりを尻目に、翔子は次につばさに視線をあてる。

「でもりーちゃんに輪をかけて悪いんがさっちゃんや」

 するとつばさは心外そうに眉根を寄せた。

「私は特にこれといってミスなど……」

「ミスはしんかったけど勝負にも行かへんかったやん。つまらなそうに走ってたの、見ててわかったわ。迅雷君がヨーロッパに行くんで拗ねてんの?」

「なっ!」

 つばさの顔色が変わったのを迅雷は見た。

 今日まで平生を装っていたからつばさのなかで消化してくれたかと思っていたが、やはりことりが警告してくれた通り、つばさのなかでなにかがわだかまっているのだ。

 だからだろう、つばさは子供のようにこんなことを云った。

「そ、そんなに云うなら、翔子ちゃんが自分で走ればいいじゃないか! チーム内でならレース開始五分前までシートの交代は認められている」

「厭や」

 翔子はにべもなくそう拒否すると、つんとそっぽを向いて云う。

「結果は大事やけど、ただ勝てばええってもんでもないやろ。ウチがさっちゃんと交代して勝ってなんか意味あんの? その場合、さっちゃんは除け者にされて終わりやん。ウチはそんなの厭や。勝つなら四人で勝ちたい。そしてウチはサポート。走るんはさっちゃんとりーちゃんと迅雷君や」

 その言葉につばさは面を打たれたようになり、それから伏し目になって黙り込んだ。反駁はなかった。

 そんなつばさを伊達眼鏡越しに眺めていた翔子が、はあっとため息をついて立ち上がる。

「迅雷君、ちょっとこっち来て」

 つばさやことりには聞かれたくないということなのだろう。迅雷は翔子について部屋の隅まで行くと、こちらを見ているつばさたちをちょっと気にしつつも、翔子が話し始めるのを待った。

 翔子は豊かな胸の前で腕組みすると云った。

「迅雷君、あんたにかかっとることになったわ」

「え?」

「ああは云うたけど、二人のあれはどっちも心の問題やからな。技術的なことなら練習とアドバイスでなんとかなるけど、心の問題はどうにもならんやろ」

 そう云って翔子がつばさたちの方を見る。もちろん姉妹もこちらを見ていたので、翔子は悪戯心を起こしたのか、にやりと笑って云い放った。

「別に抜け駆けしてデートの約束とかしてへんから安心しなさい」

「なっ……翔子ちゃん!」

 つばさが気色ばんで、車椅子の向きを変えにかかった。それを見て翔子は呵々と笑ったが、その笑い声がむと翔子は寂しげに呟いた。

「課題ははっきり見えてるだけに、どうにもしてあげられへんのはもどかしいなあ……」

 翔子はそう云いながら迅雷の前を離れ、つばさたちの方へ歩き出しながら腕時計を一瞥した。

「この部屋を使える時間もあと十分や。そろそろ荷物は纏めておこうか。忘れ物ないように。みんなバーチャルライセンス持った? ていうか、もう行く?」

 このように幕引きに入られると話を戻すことも出来なくて、迅雷はヘルメットを棚に戻したりバーチャルライセンスを確認したりした。

 翔子もまた、つばさとなにごとか話しつつピットのコンソールを初期画面に戻そうとしている。その手が突然、止まった。

「あれ?」

 その声は室内によく響き、車椅子の荷台の荷物を纏めていたことりが顔を上げる。

「どうしたんですか、翔子ちゃん?」

「うん。TSRに参戦してるチームの一つから連絡が来た」

 迅雷は軽く驚き、それからすぐ相手に思い当たって云う。

「まさかプリンスか?」

 真玖郎は、次に迅雷に連絡するのはTSRの終わったあとだと云っていた。となると、他に自分たちに連絡してきそうな相手は恋矢しかいない。

「真玖郎のチームが勝ったってことは、あいつのチーム負けたんだよな。たしかセイバーズだっけ?」

「セイバーズは決勝出るよ」

「え?」

「いや、第七ブロックの二位で、かつワイルドカードで勝ち上がって十番グリッドが確定してるわ。プリンスっちゅうのが迅雷君たちとは因縁ある相手なんやろ?」

 迅雷はそれに肯定することも忘れて、ただ素直に驚き、また感心していた。

「……プリンスも勝ち上がってきたのか。やるなあ」

 昔から男子三日会わざれば刮目して見よと云う。恋矢もバーチャルレーサーとして、新しい道を歩き出しているのかもしれない。

 ――でもTSRの決勝で卑怯なことは勘弁だぞ。

 真玖郎との勝負に水を差されてはたまらない。三ヶ月に一回はつばさに会わせてやろうというあの約束の関係上、恋矢とのアドレスは既に交換してあるので、あとで連絡して釘を刺しておこうと迅雷が思っていると、ことりが待ちきれないように尋ねた。

「それじゃあ連絡してきたのって誰なんですか?」

「あっ、そうそう。それだよ」

 迅雷も脱線していたのが本筋を思い出し、翔子に真剣な眼差しを据えると、翔子がにやりと笑って云った。

「コールしてきてるのはストームヴィーナスや」

「な、に……!」

 迅雷はたちまち電撃に打たれたようになった。そんな迅雷を尻目に、翔子は一度外したヘッドセットをつけながら云う。

「とりあえずウチが応対するわ」

 迅雷は代わってほしいと思ったけれど、そのときにはもう翔子が通信を受けていた。

「はい、どうも。チーム・ソアリングのリーダーのショーコです。ええ、はい、ごめんね、出るの遅くて。そっちは? ふんふん、まあストームヴィーナスの人ってのは通知でもうわかってんねんけど、話? でもウチら、もうそろそろこのレーシングルーム出ないとあかんねん。あと十分もないわ。十分で話、終わるん? そう? ならちょっと待って」

 すると翔子は通信を保留にし、椅子に座ったまま上半身をねじるようにして迅雷を仰ぎ見てきた。

 迅雷はその翔子に、咳き込むように訊ねていた。

「真玖郎か?」

「いや、チーム・ストームヴィーナスのメンバーらしいけど、ナイト・ファルコンちゃうね。名前はまだ聞いてへんけど、女の子の声やったし。たぶん仲間やろ。で、その子がなんか迅雷君と話がしたいみたい」

「でも、真玖郎も一緒にいる?」

「さあ、それはどうやろ。そこまでは聞いてない。いるかもしれんし、いないかもしれん。それでどうする? 応答する?」

「もちろんだ。代わってくれ」

 迅雷は翔子からヘッドセットを受け取ろうとしたのだが、翔子はヘッドセットを外すのではなく自分の隣を指差した。

「じゃあそこに立って。そう、その位置。このカメラがセンターに捉える場所。はい、オッケーや。どうせならお互いの顔見ながらの方がええやろ」

「つまり映像通信で話そうってことか?」

「そういうこと。マイクは切り替えるから普通に話してええよ。でも向こうの了解取るからちょっと待っててな」

 翔子はそう云うと顔を元に戻し、保留していた通話を戻すと相手と映像越しに話すことの了解を取り付けた。

 話が纏まったのを横で聞いていた迅雷は緊張感を覚え始めていた。翔子の話している相手は真玖郎ではないようだが、レースの直後であるし、真玖郎のチームメイトなら隣に真玖郎がいる可能性が高い。今、翔子の隣に迅雷がいるようにだ。先日の電話では声しか聞いていないし、今の真玖郎を見るのはこれが最初になる。

「ほんなら映像出すよ」

 翔子がそう云った次の瞬間、ピットのコンソール画面に大きなウインドウが展開して、そのなかに迅雷が見たこともない二人組の少女が姿を現わした。

 片方はふわふわの髪をした小柄な美少女、もう一人は黒髪をポニーテールにした長身の美少女である。

 真玖郎はいない。

 一瞬でそう悟った迅雷が、飛ぶ鳥が落ちるように失望していると、背の低い方が元気な明るい声で云う。

「おいっす! おまえが疾風迅雷か!」

「誰だよ」

 迅雷はどうにかそう返していた。がっかりしていたので相手を責めたいくらいだったが、対応せねばならぬと思って会話のキャッチボールに応じたのだ。

 だがそんな迅雷のやる気のなさそうな返事に、挨拶を寄越した少女は唇を尖らせて云う。

「誰って、ちゃんと名乗ったでしょ。チーム・ストームヴィーナスの者だよ。今、OFの名古屋センターからアクセスしてる」

「あ、ああ……真玖郎の仲間だって云うのはわかってるよ。そっちはあいつから俺のことを聞いて、知っていたわけだな」

「そういうこと」

 と、もう一人、背の高い方の少女が低い声でがえんじた。

 迅雷はカメラ越しに二人の少女の顔を見ながら云う。

「たしかチームリーダーはホー・ホケキョだっけ? おまえらのどっちかが、そうなのか?」

「いや、ホケキョ姉さんなら真玖郎ちゃんと一緒に帰ったよ」

 小柄な方の少女のその言葉に、迅雷はいよいよ高揚感が地に落ちるのを感じていた。

「やっぱり真玖郎、いないのか。じゃあなんで、おまえら俺に連絡してきたんだ? 俺に話がしたいって、どういうわけだ?」

 すると小柄な方の少女の目に、敵意のような炎が浮かんだ。

「べっつにい。ただ真玖郎ちゃんを苦しめているライトニング・バロンこと疾風迅雷がどんな奴なのか、明日のレースの前にこの目で確かめておきたくなってさ」

「なのでこの連絡は真玖郎ちゃんとホケキョ姉さんには無断でやっているのだ。ばれたら怒られるので、どうかご内密に」

 長身の方がそう云って、唇の前で人差し指を立てた。

 ふむ、と迅雷は唸る。

 自分が真玖郎を苦しめているとはどういうわけか、奈辺の意味は不明だが、ともかく二人が自分に連絡を取ってきた意図はわかった。

 迅雷としては、真玖郎がいないのは残念至極だが、明日の勝負に勝てば自分の前に引きずり出せるわけだしと思い直すと、気持ちを切り替えて朗らかに笑った。

「ま、レース前に一言挨拶ってことかな。それならうちのメンバーも紹介しておくか」

 と、迅雷は翔子を見て、それから微妙にカメラに映らない位置に寄っているつばさとことりを見た。

 だが、それよりなにより小柄な方の少女が云う。

「そっちのメンバー表は見てるから知ってるよ。チーム・ソアリング。リーダーがショーコで、一番手がリトルバード、二番手がダークネス・プリンセス、最終走者がライトニング・バロンでしょ?」

「ああ、そっちは……」

 そこで迅雷は言葉に詰まる。小柄な方が不思議そうに小首を傾げた。

「どったの?」

「いや、チーム・ストームヴィーナスはリーダーがホー・ホケキョで、最終走者がナイト・ファルコンで……おまえら誰だっけ?」

 すると小柄な方の少女は呆気にとられて、それから気色ばんでカメラに顔を近づけてきた。

「おい! メンバー表確認してないのかよ! 真玖郎ちゃんはおまえにとってライバルなんだろ?」

「ライバルだから確認したけど、ナイト・ファルコンとチームリーダーのホー・ホケキョしか覚えてない」

 他の二人の名前は、目に入っていなかった。

 と、そこまで云ったらただでさえ怒っている相手が激越に怒り出しそうな気がしたので、迅雷は黙っておいたのだが、意味はなかったようである。

「はああ? なにこいつ、むかつく! むかつくう!」

 そう怒りもあらわに燃え上がる小柄な少女の肩に、長身の方が手を置いて云う。

「おさえるのだ」

 すると小柄な少女は長身の少女を睨みつけたが、やがて舌打ちを一つすると、気を取り直した様子で迅雷にカメラ越しの眼差しを据えてきた。

「仕方ないなあ。じゃあ改めて自己紹介してやっか。DNだけでいい? それとも本名から聞きたい?」

「カメラ越しとはいえ、こうやって対面した以上は、名前くらい知っておきたいな」

「オッケー」

 少女はそう云うと威儀を正し、自分の胸に手をあてて高らかに云った。

「私は猿飛さるとびめぐる。十五歳、高一。DNはラブモンキー」

「えっ、ラブモンキーって……」

 ことりが思わずそんな声をあげたが、迅雷もまた衝撃を受けていた。

 ラブモンキー。それはたしか、今年の夏休みに期間限定で開催されていたというバトンタッチのミニゲームで、タイム差ゼロを二連続でやってのけた奇跡のコンビの片割れではなかったか。

「おまえがラブモンキー……! でも、高校生なのか? てっきり中学生かと……」

「ああん?」

 そう凶暴な目で睨んできた猿飛めぐるは、恐らく身長一五〇センチもない小柄な美少女である。少し伸ばしている茶色の髪はふわふわもこもこしていて、触ったらとても柔らかそうだった。髪色については、天然なのか染めているのか判断がつかない。というのも、瞳が明るい鳶色をしていたからだ。日本人は黒髪に黒い目という印象があるが、実際は茶色い髪や目を持っている人も珍しくないので、めぐるもそうなのかもしれなかった。服装はピンクを基調とした私服姿である。

 見た目だけなら可愛らしいのに、今のめぐるは牙でも生やしそうな表情だ。

「おまえ、もしかして私のことチビとか思ってる? しばくぞ」

「おさえるのだ」

 長身の方がまたも低い声でそう云って、めぐるの肩に手を置いた。めぐるは迅雷に向けていた視線をその長身の少女に向けたが、長身の方は構わずに名乗りをあげた。

「私は氷車千早ひぐるま・ちはやだ。歳は十七、学年は高二。よろしく」

「ああ。同級生だな」

 もし目の前にいれば、握手を交わしていたかもしれない。そんなことを考えつつ、迅雷は千早の顔をつくづくと眺めた。

 氷車千早は長身で、あおぐろの髪を頭頂部で結い上げて髷にしている。いわゆるポニーテールだが、本人の凛々しい顔立ちのせいで女侍といった風格がある。とはいえ、服装はごく当たり前の洋服だ。乳房はそれなりによく張っていた。それが感情の読めぬ不思議な眼差しでカメラ越しに迅雷を見ている。

「めぐるがラブモンキーってことは、おまえのDNは……」

 すると千早は唇を薄くのばしてわらった。

「気づいたか。ならば震撼せよ。我こそは裁きの車輪、ジャッジメント・ホイール」

「お、おう」

 ――なんだろう。こいつ、美人だけどちょっと変だ。

 迅雷はそう思ったが、口には出さなかった。

 一方、翔子たちは素直に驚いている。

「うはー、マジか! ほんまに今年の夏に伝説を作った例の二人組なんか! 迅雷君、こういうことはちゃんと確認しといてよ!」

「いや、おまえこそリーダーなんだから、ちゃんと確認しておいてくれよ」

 迅雷が翔子とそう云い合っていると、めぐるが口を挟んでくる。

「もしもし。うちらが名乗ったんだから、今度はそっちが名乗ってよ」

 DNは既に知っているはずだが、顔と名前を一致させたいのであろう。

「せやな。名乗られたら名乗り返すのが礼儀や」

 翔子はそう云って一つ咳払いをすると、カメラの前に顔を出して笑った。

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