005・気になる想力体がいたら即検索

「「ごちそうさまでした」」


 ほぼ同時に朝食を食べ終える七海と空羽。七海に合わせてペースを上げた訳でもないのに同時というあたり、年下でも空羽はさすがに男の子である。


「あの、同棲うんぬんは諦めましたので、その話はもういいです。今度はこっちから質問いいですか?」


 食事が終わるや否や、自分から話を切り出す七海。やけ食いでテンションを上げたのはこのためだ。


 受け身はダメ、こちらから会話を動かそう。七海は強くそう思った。


「ええ、もちろん。答えられることならお答えします」


 空になった食器等を一か所に纏めつつ「こちらの話は終わりましたし」と、空羽はつけ足した。アモン、デカラビアも異論はないらしく、何も言わない。


「じゃあ早速ですけど、想力ってなんですか?」


 七海は、ずっと聞きたかったことをいの一番に口にする。


 先程の会話と、昨日の夜。その最中に幾度となく出てきた言葉。


 想力。


 恐らく、過半数の人間は知らないまま一生を終えるであろう言葉。


 自らを想力体だと名乗る悪魔たち。


 想力師を名乗る空羽。


 彼らが操る超常現象。


 それらを一本の線に繋ぐと思われる、不思議な力。


 これを知らなければ、前にも後ろにも進めない。


「想力についてですね、わかりました。でも、少し長くなりますよ。時間は大丈夫ですか? お仕事とか?」


 窓の上に設置された時計に目をやる空羽。七海も釣られて時計を確認する。


 現在の時刻は、七時十七分。


 今日は土曜日で学校は休み。予定は正午からの『天使のホイッスル』最終オーディションだけだ。移動時間と身支度を考えても、二時間以上の余裕がある。


「大丈夫です。仕事は正午からなので」


 七海がこう言うと、空羽は「わかりました」と答え、想力についての説明を始めた。


「想力とは、読んで字のごとくおもう力のことです」


「おもう?」


「はい。想像する力。空想する力。夢想する力。幻想する力。妄想する力。人間なら誰もが持つ——いえ、この地球で人間だけが持つ、想う力。その総称が想力です」


 想う力の総称。それが想力。


「この世に実在しないものを、頭の中であれやこれや想像する力と言い換えてもいいですね。七海さんもありませんか? 好きなマンガの最終回、その先を自分なりに想像してニヤニヤしたりとか、自分にも魔法が使えるんじゃないかと思って、人目を忍んで魔法の呪文を唱えたりとか?」


「まあ、ありますけど。前者は割と頻繁に」


「要するに、それが想力なのです」


 こう断言した後、空羽は「ここまではいいですか?」と確認を取ってきた。七海は小さく頷き「なんとなく……」と返答する。


 想力。先程の説明から察するに、想像していたよりもかっこ悪い力かもしれない。


「で、その想力で何ができるんですか?」


「想像の具現化です」


「想像の……具現化?」


「はい。それが想力の力です。まあ、百聞は一見に如かず。実際に使って見せましょう」


 空羽はここで言葉を区切ると、両手を七海に向かって突き出し、軽く左右に振ってみせた。何も持ってないということをアピールしているのだろう。


 突然の行動に七海が小首を傾げると、それを合図にしたかのように空羽は両手首を一回転させる。するとどうだろう、空手だったはずの両手には、一本のボールペンと、白紙のプリンタ用紙がそれぞれ握られていた。


 一見すると手品のように見えるが——


「それらは想力で具現化したものなんですね?」


「はい。ちなみに、先程七海さんが食べた料理も、想力で具現化した調理器具で作られています」


 七海の言葉を肯定し、あっさりとタネ明かしをする空羽。そして、七海は心の中で一人納得する。突如として出現した炎も、見覚えのない調理器具も、想力によって具現化されたものだったのだ。


 認識を改める七海。かっこ悪いなんてとんでもない。想力は凄く便利な力だ。昨夜思った通り、魔法の如き力である


「人間は、一人につき一の想力を持っています。例外はありません。子供でも大人でも、人間一人につき一想力です」


 空羽は、右手のボールペンの先を七海に向け「ここ重要です」と強調した。


「で、この一という想力で何ができるかと言いますと、何もできないんです」


「何も?」


「はい、石ころ一つ具現化できません。現に、普通の人間にそんな力はないでしょう?」


「確かに」


「想力は、ある程度纏まった量がないと、まったく意味を成さないのです。よって、多くの人間は想力を持ちながらも、それを自覚しないまま一生を終える訳ですね」


 空羽はそう言うと、想力で出したボールペンで、同じく想力で出した白紙のプリンタ用紙に何かを描き始めた。


「想力について軽く触れたところで、今度は想力体について説明します」


 流れるようにボールペンを動かし続ける空羽。そして、待つこと数秒。もう描き上がったのか、空羽は描いていた何かが七海にも見えるように、プリンタ用紙を持ち上げる。


 七海の目に晒されるプリンタ用紙。そこに描かれていたのは——


「……は?」


 饅頭の様な体に、円形の手足。そして、デフォルメされた翼と、取ってつけたかのような天使の輪を持つ、ノートや教科書の隅が似合いそうな落書きだった。


「あの、これはいったい?」


「幸せの神様。ハピネス・パピネス!」


 困惑の声を上げる七海に対し、空羽はババーンという効果音でも聞こえてきそうな動作で、落書きの名前を高らかに宣言する。


「ハピネス・パピネスは、一日に一回、ささやかな幸運を齎す力を持った神様です」


「こんな神様がいるんですか!?」


「いえ、いません。今ここで考えました」


 空羽の呆れるような回答に、七海の体がずれた。危うくずっこけるところだったが、すんでのところでどうにか堪える。


「じゃあなんだって言うんですか!?」


 真面目にやれとばかりに七海は叫ぶ。すると、希望通りの真面目な顔で、空羽は説明を先に進める。


「これは、今、ここで、僕が考えた神様です。つまり、このハピネス・パピネスの存在を知っている人間は、世界で僕と七海さんの二人だけですよね?」


「……そうですね」


「この瞬間、ハピネス・パピネスは、二の想力を得たことになります」


 はっとして、体を小さく震わせる七海。


「仮定の話をしますよ。ハピネス・パピネスは、とあるマスコットキャラに大抜擢。チラシ、ポスター、SNS。テレビでも取り上げられて、あれよあれよと大ブーム」


 どこかで聞いたことのある話だ。それだけに、決してあり得ない話ではない。


「その過程で、ハピネス・パピネスは知名度を上げ、一万、十万、百万と、多くの人間に知られていき、同じ数値の想力を獲得していきます。そして、想力がある閾値を超えたとき、ハピネス・パピネスは大きな変化を迎えます」


 空羽の言葉と共に、プリンタ用紙に変化が起きた。ポンと音を立てて煙に包まれたのである。


 そして、煙が晴れると——


『僕、ハピネス・パピネス。よろしくね』


 七海は小さく声を上げて驚いた。二次元から三次元に進化したハピネス・パピネスが、七海に向かってあいさつをしてきたからである。


「ハピネス・パピネスは自我を確立し、想力体となるのです」


 生まれたばかりのハピネス・パピネスは、ダイニングテーブルの上に着地。その後「ばんざーい、ばんざーい」と、想力体になれた喜びを全身で表現する。


「なるほど。つまり想力体は、高い知名度によって多くの想力を獲得し、自我を確立した空想上の存在の総称な訳ですね?」


 七海が絞り出した回答に、空羽は満足げに頷いた。


「それでは、次の話に移ります」


 この言葉と共に、空羽は右手の指を鳴らす。すると、テーブルの上にいたハピネス・パピネスが「まったね~」と、七海に向かって手を振り、霧散した。空羽の手の中に残っていたボールペンも同時に消える。


「自我を得た空想上の存在であるところの想力体。彼らはベースとなった伝承、逸話、そのままの力と知識を持って、この世界に生れ落ちます。ですが、彼らの肉体には実体がありません。ですので、この世界に実在するすべての生物に認識されず、また、すべての物質に干渉できません」


「つまりは幽霊みたいな?」


「はい。大体そんな感じです」


「我々想力体は、基本的にこの状態を一番嫌う。自我はあるのに誰にも認識されず、何物にも干渉できない。何より、自分自身の存在を実感できない。まさに地獄だ。虚無に勝る苦痛はない」


 昔を思い出すように苦々しく語るアモン。そして「人間にはわからないだろうがな」とつけ足した。


「私たち想力体が……その地獄から逃れる術は……一つだけ……空羽や、七海みたいに……ある条件を満たした人間……つまりは、想力体を認識できる人間と……契約……想力師になってもらって……肉体を具現化してもらう……」


 このデカラビアの言葉に、七海は首を傾げる。


「条件?」


「信じることです」


 空羽は、まず答えから口にした。


「人間が想力体を認識する条件は、想力体の存在を信じること。神や悪魔、幽霊、地獄や天国でもいいです。空想の存在、空想の世界、それらが実在すると、心の底から、一辺の疑いもなく信じることです」


「なんだ、そんなこと——」


 反射的に言おうとした言葉を途中で止める七海。そんな七海の胸中を見透かしたかのように、空羽は口を動かした。


「難しいでしょう?」


 この言葉に、七海は無言で頷いた。


「普通は無理なんですよ、架空の存在を心の底から信じるのは。これは敬虔な宗教徒でも難しいことで、平時の一般人ではまず不可能です。だって、地球がどうやって誕生したかも、人間が猿からどうやって進化したかも、天変地異がどうやって発生するかも、すべて科学的に証明できる時代ですよ? そんな時代に、心の底から、一辺の疑いもなく、神様を信じられますか? 無理ですって。日頃から「私は神を信じてる」と公言してる人でも、心のどこかに混ざるんです。神様はいないかもって」


「なら、なんで私は?」


 七海は無宗教者だ。神様は信じていない。テストや、絶対に負けたくないオーディションの直前に、つい神様に助けを求めたこともあるが、それくらいである。もちろん悪魔の存在も信じてなどいなかった。ついさっきまでは。


 そんな七海が、なぜ想力体を、あの異形の殺人鬼を認識することができたのだろう?


「それは僕にもわかりません。何分、七海さんの内面に係わることですので」


 空羽はこう言うと、その内面を探るかのようにじっと七海の瞳を見つめてきた。そして、そのまま話を続ける。


「なにか心当たりはありませんか? 短時間でもいいんです。心の底から空想の存在を信じられるような出来事。七海さんの人生観を、一時的に変えてしまうような事件はありませんでしたか?」


「そんなこと言われても……」


 正直心当たりがない。


 昨日あった事件と言えば、殺人鬼の二人組と、ここにいる空羽、アモンに出会ったことだが、それは想力体を認識できるようになった切っ掛けではない。


「無宗教者に比較的多い想力体認識事例に、多量のアルコールを摂取した人間や、重度の薬物中毒者が意識を混濁させ、世界の認識が曖昧になったときというのがありますが、七海さんはどちらでもないですよね」


 七海は、アモンが自身の血液を摂取した後、アルコールだの、薬物だの言っていたのを思い出した。だが違う。どちらも七海とは無縁である。


「他には、催眠や暗示の類で、むりやり空想の存在を信じさせるっていうのがあります」


「催眠、暗示……あ!」


 七海は少し考えた後、あることを思い出し、声を漏らした。




《「御柱七海のキャラクターを変更。キャラクター設定を『女子高生』から『歴戦の女戦士』に。なお、変更期間は自宅に戻るまでとする。私は歴戦の女戦士、殺人鬼も幽霊も恐れない。私は歴戦の女戦士、殺人鬼も幽霊も恐れない。私は歴戦の女戦士、殺人鬼も幽霊も恐れない——」》


《ちなみに、今の七海のキャラクター設定は、異世界から現実世界に迷い込んだ、歴戦の女戦士である》




 思い出した瞬間、七海は激しく仰け反り、頭を抱え、心の中で叫んだ。


 しまったー! 自己暗示で幽霊とか、異世界とかの存在を肯定してしまったー!!


 事件でもなんでもなかった。完全な自業自得。命の危機に晒されたのも、年頃の男性と同居することになってしまったのも、原因は七海の自己暗示のせいだった。


「私のバカー!」


 心の中だけでは足りず、結局口からも声を出し、七海は身悶える。


「ああ、切っ掛けがわかったんですね。でも、私のって……」


「その様子から察するに、自分で自分に暗示をかけたくちだな?」


 悶えている七海を傍から見つめつつ、空羽とアモンが呆れ声で言う。


「これって、元には戻せないんですか?」


 抱えていた頭から両手を離し、自己嫌悪で今にも崩れ落ちそうになりながら尋ねる七海。その問いかけに空羽は首を左右に振り、否定の意を示した。


「記憶操作、もしくは精神操作でもしない限り無理ですね。七海さんの認識がもう変わっていますので」


「すでに七海の中で、私たち空想上の存在は『いない』から『いる』に変わっている。これを再び元に戻すのは不可能とは言わないが、容易ではない」


「泳ぎ方や自転車の乗り方と同じですよ。一度覚えたらまず忘れません」


「あはは、ですよねー」


 空羽とアモンの言葉に、七海はがっくりと項垂れた。


「七海さん。ショックを受けているところ申し訳ないのですが、想力の説明を再開してよろしいでしょうか?」


「……どうぞ」


「では再開です。人間と契約した想力体は、契約者に肉体を具現化してもらうことで、この世界に実在するすべての物質に干渉できるようになります。もっとも、具現化したとはいえその肉体は想力で作られたものですから、想力を認識できない人間には見えませんし、声も聞こえないという訳です。一方、想力体との契約者は、想力の塊である想力体から想力の供給を受けられるようになり、多量の想力を獲得。想力はある程度纏まった量が必要という問題点をクリアし、自由に想力を行使できるようになります。つまり、想力体と契約し、想力を行使する人間、その総称が——」


「想力師、ですね」


 自己嫌悪からどうにか立ち直った七海が、空羽の言葉を途中から引き継ぐ。空羽は「その通りです」と言った後で大きく頷き、七海の言葉を肯定した。


「想力と、想力体に、想力師か……」


 今までの説明を思い出しながら、七海は言葉を続ける。


「えっと、つまりアモンさんとデカラビアさんは、ソロモン七十二柱の悪魔っていうカテゴリーの想力体。空羽さんは、それらと契約した想力師ってことですよね?」


「はい。その解釈でかまいません」


「なるほど。想力については大体わかりました」


 七海はこう言うと、次の質問をしようと少し身を乗り出す。


「それじゃあ次の質問です。ソロモン七十二柱って何ですか?」


 七海の質問に対し、空羽、アモン、デカラビアは、声を揃えこう答える。


「「「ググれ」」」


 身を乗り出していた七海が、今度こそずっこけた。額をダイニングテーブルに強打する。


「酷いです!」


 顔を上げ、涙目で叫ぶ七海。すると空羽は苦笑いを浮かべ、次のように言葉を返した。


「別に意地悪で言ってる訳じゃないですよ? それが七海さんにとって一番いい方法だから、そう言ってるだけです」


「一番、いい?」


「七海さん。七海さんが明後日から先も生き残ったとして、その先の人生はどうなると思いますか?」


「それは——」


「今まで通り、声優は続けられると思います。学校にもいけますし、友達と遊ぶこともできるでしょう。ですが、想力に関係する事件が、七海さんに一生ついて回ります。断言してもいい。これは絶対です」


「一生……絶対……」


 つまり死ぬまで。その言葉が、七海に重く伸し掛かる。


「僕が七海さんを殺そうとしたのもそれが理由です。だって、見逃したら敵として現れるかもしれないじゃないですか」


「なんで私が空羽さんの敵に?」


「フリーの七海さんが、アモンたちの敵と契約した瞬間、僕の敵です」


 どこか冷たく言い放つ空羽。七海の背筋に僅かな悪寒が走る。


「悪魔の敵と言うと、天使とか神様?」


「はい。まあ、それらの想力体と契約して、ただ敵になるだけならまだいいです。一番の問題は、見逃した後、七海さんが大手の連中にスカウトされて、その連中に僕とアモンのことを話してしまうことなんです」


「大手?」


「世界中に支部を作って、大々的に活動している宗教団体の皆さんですよ」


「ああ、社会と歴史の教科書にも載ってる、あの……」


 確かにそれら宗教団体は、悪魔の敵の最大手だ。


「アモンは、名前だけで大手の連中が動きかねない強大な悪魔です。まだ所在を知られる訳にはいきません——って、話がずれました。とにかくですね、七海さんはこれから先、ずっと想力とつき合って生きていく訳です。そんな波乱万丈な人生で、七海さんを助けてくれるのがインターネットです。気になる想力体がいたら即検索! いいですか? 気になる想力体がいたら即検索! はい復唱!」


「気になる想力体がいたら即検索」


「はい。それを習慣づけてくださいね」


 空羽は真剣な顔で頷いた。


「で、あの、なんでインターネットなんですか?」


「自我を確立して、この世界に生れ落ちるほどの想力を獲得した想力体は、大抵インターネットに名前が載っているからです。容姿、主だった能力に加え、ものによっては対処方法から弱点まで載っています。使わない手はありません」


「七海。私たち想力体の力は想力、つまりは知名度で決まると言っていい。そして、インターネットはこの時代において、最もポピュラーな情報収集手段の一つだ。そこにも載ってないような想力体なんて、なあ?」


「気にする必要はないと?」


「そうだ。万が一、偶然が重なって具現化できたとしても、私たちの敵ではない」


 アモンはこう言った後で「昨日みたいにな」とつけ足した。


「私、てっきり古文書とか、魔法書とか出てくると思ったんですけど」


「七海……今は……ITの時代……」


「悪魔に現代社会を諭された!?」


「ソロモン七十二柱が何者か。七海、その答えは自分で調べて、自分なりの答えを出せ。それがどんなものであれ、私たちはそれを受け入れよう。そもそも私たち想力体に確固たる何かを期待されても困る。私たちの有り様は、いつだってお前たち人間次第だ。時代時代で変わってしまう」


「大元……原型となる伝承は……確かに存在するけど……それにしたって……人それぞれの解釈次第……無数の差異が自然と生まれて……統一は不可能……私たち想力体は……移ろうものであり……揺蕩うものであり……彷徨うものでもある……」


「まあ、難しく考えることはありませんよ七海さん。ソロモン七十二柱は有名ですから、資料に困ることはないはずです。自分なりの答えをゆっくり探してください」


「わかりました。とにかく後で検索ですね。なら次の質問なんですけど——」


「待て、七海」


 七海が次の質問をしようとしたところで、アモンが声を上げた。質問を中断された七海は、何事かとアモンの方に視線を向ける。


「悪いが時間切れだ。空羽、きたぞ。テレビを見ろ」


 アモンの言葉に従い、空羽はテレビの方に視線を向けた。デカラビアもそれに続き、七海も釣られるようにテレビを見る。


 そこには、いかにも熟練といった感じの男性キャスターと、飾り気の少ない質素なニューススタジオが映されていた。


『番組の途中ですが、予定を変更いたしまして臨時ニュースをお伝えいたします』


「これって……」


『つい先程、東京都内にあります建設途中のショッピングモールで、男性の死体が発見されました。繰り返します。つい先程、東京都内にあります建設途中のショッピングモールで、男性の死体が発見されました』


 男性キャスターがこう告げると、テレビに映っていた映像が切り替わる。そして、昨夜七海が足を踏み入れた、あのショッピングモールの入り口が映し出された。警察官と報道陣、野次馬の姿も同時に写される。


『発見された死体は、上から落下したと思われる鉄骨によって潰されており、警察は事件事故、および、都内を騒がせている連続殺人事件との関連性も視野に入れ、現在調査中とのことです』


「思ったより早かったな」


「そうだね。もう少し後になると思ってたけど」


 いたって冷静に話をするアモンと空羽。そんな一人と一柱に対し、七海が慌てて口を開く。


「あの、空羽さん? 死体、見つかっちゃいましたよ?」


「ええ、そうですね」


「そうですねって!? 後始末するって、昨日言ってたじゃないですか!?」


「はい、ちゃんとしましたよ。昨日の男が連続殺人事件の犯人だって、世間を納得させるだけの証拠を現場に残してきました。これで、都内を騒がせていた連続殺人事件は、迷宮入りせずに解決です」


「ふえ?」


 呆気にとられ、少し間の抜けた声を漏らす七海。


「あの、つまり、昨日の一件がこうやってテレビに報道されたのは、空羽さんたちの計算通りってことですか?」


「はい。想定通りです」


「心配はいらない?」


「いりません。お気持ちだけ受け取っておきます」


 七海を安心させるように空羽は笑う。その様子を見るに、本当に心配する必要はないのだろう。


 七海が起きる前からずっとテレビを見ていたアモン。その理由がわかった。このニュースがテレビで流れるのを待っていたに違いない。


「さて七海さん。話は変わるんですが、本日の仕事場の近くにネットカフェはありませんか?」


「なんですかいきなり? えっと、今日のオーディション会場はあそこのスタジオだから、駅を出て……はい、あります」


 七海がこう答えると空羽は席を立ち、テレビのリモコンを手に取った。そして、電源ボタンを押しながら次のように述べる。


「では、そこまでご一緒してくれませんか? 昨日の一件、最後の後始末をしますので」

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