カンザイ砦攻略戦・四日目 2
B班副代表のキキョウは、泥にまみれた戦場へ音も無く舞い降りる。右手に忍刀、左手に魔甲ライフルを掲げ、倒すべきA班最強の兵士へ自分の存在をアピールする。
ーーいいかキキョウ。今回君に託す作戦はただ一つだけ。
彼女は突撃する仲間の背中の更に奥、暗闇に隠れるA班を索敵しながら、耳の奥に残る声を思い出す。
『A班最大の脅威であるアキサス・ディスト、もしくはライカント・トゥル・フォードのどちらか撃破するんだ。それ以外はしなくていい』
『どちらか……?両名を撃破してはいけないのですか?』
「……見つけた」
A班の兵士が応戦するため森の中から一斉に飛び出して来る。その中でも一際目立つ金髪が彼女の目に留まる。
『勿論出来ればこの二人を撃破出来るのが最好手だ。だけどそれと同時に「両方を追った結果、両方を追い逃す」という最悪手が隣り合わせに存在している』
彼女は同じくこちらへ気が付いたライカントに目標を定め、彼女の狙撃を最警戒する為、仲間の影に隠れながら駆け出す。
『分かりました。ではもしも二人が同時に倒せる距離にいた場合……その時はどの様にすれば?』
『君も随分食い下がるね……余程昼間の事が気に障ったみたいだな』
『……イエ、なんの事だかわかりかねるでアリマスでござる』
『分かりやす過ぎだよ君は……そうだね、もしそんなチャンスが来るようなら、その時は二人一遍に仕留める事を許可しよう』
彼女の脳裏に、昼間呑気に水浴びをしていたライカントの姿が思い出される。
あの豊満なむn……では無く、キキョウに撃ち負かされた癖に、悔しがる素振りを見せないことが腹立たしい。負けず嫌いな彼女には無い物だ。
そして自分と違い、副代表でも無い癖に班の代表と仲良く談笑していたことも妬ましい。
ついでにアキサス・ディストも、理由は無いがなんとなく妬ましい。
(私だってあんな風にタンラー様と仲良くしたいのに!)
いくら自分が歩み寄っても、タンラーとは必要以上に親密になることは叶わず、事あるごとに叱られてばかりだ。
しかしそんな恥ずかしい感情を表に出す事が苦手な彼女は、彼の前ではクールビューティを気取ってしまうのだった。
「アキサス・ディストは……ちっ、大分離れてますね……む?」
こちらとは違い、脇目も降らず真っ直ぐ駆けて来るライカんと。その姿に仲間達でさえ驚いているところを見るに、こちらの狙い通り彼女の注意を集めることに成功した。
この数日間彼女を観察して分かった事がいくつかある。
一つ。類稀なる魔甲操作技術と神がかった狙撃術を知ら持つ反面、近距離での戦闘が苦手な事。
一つ。極大な集中力を発揮するが、集中している以外の事柄は全く見えていない事。
他にも分かったことはあるが、その中でも最大の弱点がある。それは「やられたらやり返すまで逃がさない」という物だ---
班を飛び出すライカント。そこまでは作戦通りだったが、その次の光景を目にした彼女は、クールビューティの表情筋をわずかに歪ませ、思わず笑い出しそうになる。
「くふ、ふふふ。まさかおまけがついてくるとは……これも日頃の行いが良いお陰、という事でしょうか」
ライカのその後ろから彼女を止めるべく、黒髪の少年が赤髪の少女ーーミルゼリカの制止を振り切ってライカントのフォローに、これまた班を離れる。
彼、アキサスは彼女の背後に回り、たどたどしい動きで、飛び交う魔甲解除液から彼女を守る。
「ライカ!落ち着けって!」
「アークス君はどっか行ってて!私はあいつをぶち殺さなきゃなの!」
「熱くなりすぎだ!それが敵の狙……あ、待て!」
どうやらライカントは本気で自分を狙っているようで、どんどん自陣から孤立している。
「タンラー様、これは間違いなく『チャンス』ですよね……ライカント・トゥル・フォード!貴女はこの私が討ち取ります!!」
敵を更に煽る為、さらに自分を鼓舞する為に声を張り上げるキキョウ。
そしてそれに呼応するようライカントも魔甲ライフルを構え、射撃体勢に入る。
「あああああああ!!!」
「……くっ!」
激昂した彼女が魔力の
やはり激昂しているとはいえ正確無比な射撃に、キキョウも身体に染み込まれたニンジャの技術で回避に専念する。
「ちょこまかちょこまかちょこまかあぁっ!正々堂々戦えよおっ!」
「もうこれ僕の知ってるライカじゃな……危ないっ!」
しかしここは戦場のど真ん中。本来ならライカントのような狙撃手の居場所では無い。
その為数秒も狙撃体勢を取れば
その度アキサスがライカントを引っ張ったり抱えたりしてその場を離脱し、少し攻撃が止むとまた射撃。
意外な事に、偶然か実力か二人の魔甲は損壊しておらず、キキョウはその功労者であるアキサスへの評価を僅かに上昇させた。
(しかしそれも時間の問題……!)
事前の指示で、A班と彼らは仲間達を使って分断してある。もうしばらくすれば包囲も完了する。なれば自分はその時まで彼らを引きつけておくだけだ。
そしてその時は訪れる−–
「ぐっ……囲まれたかっ!」
幾度目かの離脱を繰り返していたアキサスが次の退避場所を探す。しかし周囲数十mに遮蔽物は無く、辺りは見渡す限りの平地。
さらに一点の隙を除き、彼らは360度B班に包囲されている。
そしてその一点も−–
「……終わりですライカント・トゥル・フォード」
魔甲ライフルを構え、ライカントの身体に照準を合わせたキキョウがそれを塞ぐ。
「……っ!ライカ!アークス」
「てめぇらどきやがれぇぇぇっ!!」
遠くの方からA班員の怒声が聴こえる。どうやら余り時間は掛けられないらしい。
しかし戦士とはいえキキョウも未熟。自分が追い詰めた強敵に一言投げ掛けずにはいられなかった。
「これで私の三連勝です……おっと動かないで下さい。これでどちらが上かハッキリしましたね」
彼女は狙いを定めたまま勝ちを宣言する。相手がピクリとでも動こうものなら、その時は一瞬で仕留めるつもりだが。
しかし相手はライフルを下げ、構えてすらいない。なれば多少のお喋りくらい許されるはずだ。
「……ふ、ふふふまだだよ。まだ私は負けてないし、あなたも勝ってない」
「ふっ……負け惜しみは聞きたくありませんでした。少し失望しましたよ」
予想だにしていなかった醜い負け惜しみに顔をしかめるキキョウ。
自分はこんな小物に負けたのだと思うと腹立たしく感じた。
「戦士なら潔く負けを認める物ですが……貴女は違ったようですね」
これ以上話すことは無い。なればこの二人を倒し、今度こそタンラー様に褒めて貰おう。撫でて貰おう。撫でてもらったことは無いけど。
そして彼女は良く狙い、引き金を引––
「まだ私は戦えるっ!!」
「っ!!?」
高速で腕を振り上げ、碌な狙いすら定めずに射撃体勢に入るライカント。
当たるはずが無い。
当たるはずが無い!
しかし直感で自分の負けを感じたキキョウ。
私が強敵と認めた戦士だ。彼女ならば当ててくるという信頼にも似た直感だった。
「う、うわああああぁっ!!」
発砲は同時。照準も正確。
このまま行けば良くて相殺。最悪相打ち。
「っ!ライカ!」
そして弾丸は––
「……はぁっ、はぁっかっ、彼らは……!?」
着弾の衝撃に、思わず数秒も気を失っていたキキョウ。
自分の状況を確認することも忘れて勝敗を確認する。
濃い砂埃が薄れていく中、その目に映ったのは––
「や、やった、かった!勝ちました!!」
そこには全身を魔甲解除液で真っ赤に染めたライカントと、それに覆い被さるこれまた真っ赤なアキサスの姿があった。
「そうか、彼のおかげ、か……」
発砲の瞬間、キキョウはしかと視認した。
ライカントを守るため、アキサスが彼女に覆い被さるのを。
そのお陰で正確無比な照準が僅かにズレ、自分は助かったのだと。
「ふ、ふん。しかし偶然でも勝ちは勝ちです……ん?」
しかし彼女も無傷では済まなかったようで、右手の魔甲と、そこにあった魔甲ライフルが使用不可能になっていた。
(いや、この程度で勝ちを拾えたのだ。……まあこれで撫でて貰えることは無くなってしまった、かな。っとそんなこと考えてる場合じゃ無いですね)
彼女は気をとり直し、部下へ追撃の指示を出す。
その顔は晴れやかで、今しがた倒した二人のことなど確認することさえ頭には無かった。
––それが致命的な失敗だと知るのは全てが終わった後なのだが
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