カンザイ砦攻略戦・三日目 3


ーーよいかタンラー。この先お前が大軍を指揮することがあるだろう。その時もしも敵軍に戦略級魔術師、例えばレガーナの『七翼天』クラスの魔術師が一人でも紛れ込んでいたら、どんなにお前の軍が優勢でも決して深追いはしてはならぬぞ


ーー何故ですか父上。父上の考案した用兵術があれば恐るる物など無いでしょう!


ーー……ふむ、確かにアレは人対人の闘争に置いては、今の時代で負けることは無いであろうな。しかし、だ。魔術師という化物に我々人の小細工など通用しないと知れ。


ーー……?よくわかりません父上。父上がそこまで警戒するほど脅威的なことは分かりましたが……。しかし父上ならば、魔術師の思考パターンまで組み込めるのでは無いでしょうか?


ーー私もそう考えたさ。私ならやれる、とね。しかし奴らは必ず予想の一歩先を超えて行くのだ。だからタンラー……


ーーー


「魔術師を侮るなかれ……か」

攻略戦三日目の深夜、椅子に深く腰掛け瞑想にふけていたタンラーは、尊敬する父から唯一教えられた忠言を思い出していた。

窓から覗く三日月は薄く、奇襲を掛けるには絶好の暗黒具合と言えよう。

しかしもう間もなく日付が変わろうとしているが、未だに見張りからの報告は一つも無い。

「父上……あなたはこの程度の相手にも気を抜くなと言うのですか……確かに奴は予想外の行動をとり続けていますが、到底対処可能な範囲内です……よもやもう既にあなたを超えた、という訳でも無いでしょうに……」

必然、こうして物想いにふけると独り言も多くなる。

しかしそうした静謐な時間も、素早く静かにドアを叩く音で破られた。

「タンラー様、報告です」

「ーー来たか」

信用に足る副官の目線で全てを察したタンラーは、一つ大きく息を吐き、その表情を『指揮官』のそれにする。

「アキサス・ディスト。僕は君を完膚なきまでに倒し、父を超える足掛かりになって貰おう」

全ては父を超え、ガラシア帝国軍の全てを我が物とするためにーー


ーーー


「えーと、みんな今日は十分休めたかな?」

カンザイ砦から数百m離れた地点で、A班はミルカ達隊長陣を扇型に囲む。

そして今、アークスが口を開いて演説の真似事をしていた。

「うんうん、みんなの表情を見る限り疲れは十分に落ちたみたいだね。まあ僕は恥ずかしながら熱中症で倒れちゃってね。はは、情けない限りさ」

静かな、悪く言えば覇気の無い彼の話に早速班員からの冷たい視線が投げ掛けられる。

「おいアークス、そのつまんねえ話は何時まで続くんだ?早く終わらせねえとお前から戦闘不能にするぞ?」

いち早く痺れを切らせたマグナが野次を飛ばす。いつものアークスならここで負けてしまうのだが、今日は一味違った。

「あ、ああ、もちろん直ぐに終わらせるよ。安心してくれ、今回の戦いで好きなだけ暴れられるからね」

「……はっ、それなら俺に言うことは無いぜ」

その表情は言外に「我に『万』策あり」と告げており、彼を良く知る隊長達に軽い安堵を与えた。

「さて、今夜これから攻めるB班は間違いなく今演習一の万全さで構えてるだろう。休む暇と迎撃の準備を十二分に与えちゃったからね」

そんな絶望的な内容を飄々と話す彼に非難の声を挙げようとする者もいたが、当の本人達もさしたる反対もせずに遊び呆けていたため、結果的に反論は出なかった。

「僕達が遊んでる間に補修された城壁はガチガチに固められて、いくら強力無比な魔甲といえど登れないだろうね。必然的に攻め口は正門にしか見出せない。持久戦に持ち込めればあるいは勝てるかもしれないけど、その時間も無いんだ」

ネガティヴな情報に、班員の殆どがその表情を絶望へと染めて行く。

「だからこそーー」

その顔に希望の光を残しているのは、

負けなど微塵も信じていないマグナ。

己に託された最重要な作戦を思案するライカ。

アークスと共に今作戦の「種」を蒔いたエマリン。

そして彼を心から信頼しているミルカだけだ。


「僕達に勝ち目が生まれるんだよ」


そしてこの一言で、全員の心に希望の灯が灯った。

「古の軍師はこう言った。『敵が万全だと確信した時、そこに唯一無二の油断が生まれる」と。

攻め口は正門にしか無い?誰がそんなこと決めたんだい?僕は捻くれ者の魔術師崩れだ。そんな定石なんて踏んでやる義理も無いからね。従う従わないは勝手だけど、僕の指示通りに動いてくれれば、負けることはまず無い。だから、そのあれだ。僕に着いて来い?」

しかしそのカリスマ性の無さか、その演説に対する反応はまばらな拍手のみだった。

そしてさしものアークスも「失敗した」と勘付いたのか、横に控えるミルカに救援を求む視線を送った。

「はぁ……珍しく演説をしたいなんて言うから口を出さなかったのに、やっぱりこうなるのね……まあいいわ」

一通りアークスに対する愚痴を垂らすと、グイと彼を押し退け班員達の前へ出る。

「みんな!今の話は聞いてたかしら!?こいつの言う通り、私達には『策』がある!でもそれにはみんなの協力が欠かせないの!だからみんなの命、この私に預けてちょうだい!そうすればこのミルゼリカ・レングランド・カナーシャが勝利を約束するわ!」


「「「おおおおお!!」」」


ミルカの突き上げたこぶしと同調するように、班員達から闘志の咆哮が挙がる。今この瞬間、A班の士気は最高潮まで高まった。


「……よしよし、よく頑張ったねー。大丈夫だよー、ミルカちゃんのカリスマ性が異常なだけだからねー。まあアークス君のカリスマ性がゴブリンにも劣ることには変わり無いんだけどねー」

……アークス・ディスト、どこまでも不遇な男であった。

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