カンザイ砦攻略戦・三日目 2

真夏の日差しが情け容赦なく降り注ぐ真昼間。ここカンザイ山も高地とはいえ、太陽の恵みは平等に身を焦がす。

いくら訓練を積み、暑さ寒さに適応出来るようになったと言っても、根本的に人間である以上ストレスは溜まっていく。

砦の回廊で見回りの任に就いているB班の兵士も、絶えず額から滴る汗に疲労感を募らせていた。

汗を吸った軍服はヌルヌルして不快で、失った水分を補給しようと、手を伸ばした水筒の中身は既に数分前に底を突いていて、彼の神経を逆撫でする。そしてなにより彼を苛立たせているのはーー


「うおおおおお!!!!」

「にやああああ!!!!」

「マグナの兄貴頑張れー!!副代表なんかにまけるなぁー!」

「頑張れミルカさーん!男子なんかに負けるなー!」


「……なあエマリン、一体どんな原理で君みたいなふくよかな人間が浮かぶのか教えてくれないかい?」

「ふふ、決まってるじゃない。女の神秘よ」


「ぬっ……ふっ……ん……よし完成!ねえアークス君!見て見て!砂で作ったカンザイ砦!」

「ん、どれどれ……って完成度高すぎないか!?うわぁ……小窓まで再現してあるよ……」


「ききき君達は!何を!しているんだい!?」

突如頭上から投げかけられた質問に、カンザイ上湖で水浴びーー完全に遊んでいるがーーをしていたA班の面々は顔を砦へと向ける。

見上げた先、回廊から「わけが分からない」という顔を浮かべたタンラーが大声を上げる。

「何って……ねえ?見て分からないのかしら?水浴びよみ・ず・あ・び☆」

A班を代表して、水上から上半身を出したミルカが水練用機能服、いわゆる水着を見せ付けるように答える。紅い髪と黒の水着が蠱惑的な色を浮かべる。

「みず……あび?模擬戦で、演習中に水浴び?は、ははーん!つまりこれは僕達を油断させる策略という訳かい!そうなんだろアキサス・ディスト!?」

タンラーはその優秀な脳細胞を高速回転させ、目の前で繰り広げられている愚行へ必死に理由を付けようとする。

「はははっ、いや僕もね?君達が油断した所を攻めようかな、とか思ったんだけどね?こうも暑いと頭が回らないからさ?こうしてみんなで冷やしに来たわけだよ」

「あー!城壁に指突っ込むなよー!」

しかし当のアークスはと言うと、ライカの造った芸術作品にちょっかいを出すだけで、そこには知謀の欠片も見当たらなかった。

「くっ、やりますねミルゼリカ・フォードっ!私だってあのくらい……!」

しかも頼りの副官も、ミルカの造ったカンザイ砦に対して訳の分からない対抗心を燃やしている。

「……っ!もういい!戻るぞキキョウ!」

「は、はっ!」

アークスの考えを理解することを放棄したタンラーは、勢いよく踵を返し砦の中へと戻って行く。その顔には失望と疲れが色濃く張り付いていた。

「し、しかしタンラー様、あの者達へ攻撃はしなくてもよろしいのですか!?」

「君の目は飾り物かい!?あいつらに敵対の意思はどう見ても浮かんでいなかっただろう!そこを僕達が襲って得られる者は重いペナルティだけだ!」

「っ!すみません!私の思慮不足でした!」

本気で苛立っている彼に、さしものキキョウも冗談の一つも挟まずに頭を下げた。

「不愉快だ不愉快だ不愉快だ!僕は仮眠を取る!起こさなくて結構!」

そう言い残し司令室へと去って行くタンラーの背中を、キキョウはただ見つめることしか出来なかった。


「がははは!見たか奴の悔しそうな顔!これで少しは胸が空いたぜ!」

タンラーが去った後、まずその静けさを破ったのはマグナだった。

彼はいつもの優等生ぶりをかなぐり捨て、腹を抱えて水面を叩く。その衝撃で辺りを漂っていたエマリンがひっくり返った。

「ゲボッゲボッ!……ぷはぁ!ふぅ。まったく、下品な笑いね……ただ溜飲が下がったのは同意だわ。お昼ごはんが楽しみね!」

マグナに文句を言いつつも、彼女はお腹をさする。

「あんたの場合、空いたのは胸じゃなくてお腹でしょうが。ま、私も胸の辺りが軽くなったけどもね」

「え、まさかミルカちゃんの僅かな胸肉まで筋肉になっちゃったのぉ……?」

「どうしてそうなるのよ!?」

昨晩までの暗黒掛かった雰囲気が嘘のように晴れ、和気あいあいとはしゃぐ仲間達。

そこからやや離れた場所で、アークスは一人神妙な顔で俯いていた。

「……ねえアークス、どうしたのそんな顔して。悩み事があるなら言いなさいよ」

仲間達の輪から外れて、ミルカが様子を見にやって来る。そして心配した様子で彼の目の前に膝を付く。

「……ああ、実はね」

質問からやや遅れ、顔を上げた彼はーー


ーーゴスン、と


ミルカの胸元へと頭を沈めた。

「え、ちょっ、はっ!?」

突然の出来事に、顔を真っ赤に染める。紅い髪と相まって、首から上がトマトのような色になる。

「あんたいきなり何してーー」

「日射病に……なったみたひ……」

そう言い残すと、そのままズルズルとミルカの体を滑り、水面へと倒れ込んでしまった。

「ああ……そう。あんた髪真っ黒だからねぇ……」


三日目、水浴び作戦

怪我人1

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