カンザイ砦攻略戦・三日目 1
攻略戦三日目の朝、ここカンザイ砦の執務室でタンラーは遅めの朝食を食べていた。
彼の眼の前には周辺の地図、兵装の備蓄目録、果ては魔法に関する書物などがうず高く積まれていた。
彼はこの三日間一切の戦闘に参加せず、常に後方指揮に回っていたため、肉体の疲労は無い。しかしその頭の中は常に回転し続け、A班がどのような手を打って来ても即座に対応出来るよう考え続けていた。
「……タンラー様、そろそろお休みになられた方がよろしいのでは?昨晩、それに早朝ともにA班からの奇襲はありませんでした。もし仮にこの後攻められたとしても、不遜ながらこの私一人で指揮は事足りるかと」
彼に朝食を運んできたキキョウが、トレイの端を握りしめながら心配そうな眼差しを向ける。
実際のところ、タンラーは昨日の昼に小休止を取ったきり、こうして今まで執務室に篭って思考を巡らせていた。
「……君も昨日の爆発を見ただろう。あれは間違いなくアキサス・ディストの仕業だろう。あれきり使って来ないところを見ると連射は出来ないのだろうが、それでもアレは戦場を揺るがす脅威に違いない」
苦虫を噛み潰したように険しい表情を浮かべる彼は、苛立たしげにトーストへとかぶりつく。……どこの誰が焼いたのか、焼きすぎた苦味に顔をさらにしかめる。
「おかげでせっかく班員に叩き込んだパターンの修正に手間が掛かってね……まあ昼までに動きが無かったら流石に休ませて貰うから安心してくれ」
「そうですか……さしでがましい事かもしれませんが、この私に何か手伝えることは無いでしょうか?」
「ふむ、そうだね……」
キキョウからの提案に、マグカップの中のお茶をすすりながら一つ思案するタンラー。
「うん、せっかくだから熱い『紅茶』でも淹れてくれないかい?」
「はっ……?はっ!直ちに淹れてまいります!」
そう言い残すと、キキョウは静かに、かつ素早い動作で執務室を後にした。
「まったく、頑張ってくれるのは嬉しいんだけど、どうも空回ってるよなぁ……」
タンラーはバターのたっぷり乗ったトーストを片手に、マグカップの中身を覗き込む。
「トーストに緑茶は合わないだろうに……」
彼はまだ知らない。キキョウが緑茶と紅茶の区別が付いていないことをーー
・・・
「報告します!……す?」
それから数十分後、B班の兵士が執務室へと飛び込んでくる。
しかしまず彼の眼に飛び込んだのは、ポットーーいや、キュウスとか言ったかーー片手に平謝りする副班長と呆れ返る班長の姿だった。
「あの……」
「どうしたんですかマトマイさん?A班に何が動きが?」
しかし次の瞬間には、何くわぬ顔で背筋を伸ばすキキョウ。その顔は言外に「今のことは何も言うな」と切実に語っていた。
マトマイと呼ばれた少年はどうやら全てを察したようで、すぐさま報告に移る。
「は……いえ、動き、というかなんと言うのか……私達が教わったパターン以外の行動を取っている物でどうしたものかと」
「ふむ、どうやらこんな時間まで粘った甲斐があったようだね。どうだいキキョウ、僕の言った通りだろう?」
「流石ですタンラー様、その慧眼感服致します。……それで攻撃の音が聞こえないということは、何らかの準備を始めているということですか?」
「あ、いえ、それがですね……準備といえば準備でしたが……どうやら攻略に関係無い行為に見えましてですね」
しかしマトマイはどう話したものかと迷い、どうにも要領を得ない回答をする。
「もういいですマトマイ、私をその場に連れて行きなさい。その方が早い。タンラー様、少々お待ちを」
はっきりしないマトマイに痺れを切らしたのか、キキョウはやや苛立たしげにキュウスを置き、マトマイを引き連れて執務室を後にした。
ーーそして数分後。
「た、タンラー様ぁ……」
「……何故泣きそうな顔をしているんだい」
マトマイと共に帰ってきたキキョウは、数分前のマトマイと同じような困った顔を浮かべる。
キキョウさえもが対処に困る所を見て、タンラーは「ついに来たか」と身構える。そして自分を楽しませてくれるであろうアキサスの顔を思い浮かべ、全身が言いようの無い高揚感に包まれる。
(さあアキサス・ディスト・ネスト、君はどんなに面白い策を引きずり出して来てくれるんだい?願わくば父上も知らない、兵法書にも載っていない手を打ってくれーー!)
「あいつら……あいつら!」
「……ん?」
しかし彼は一つ違和感を覚えた。確かにキキョウは困った顔をしているが、そこに焦燥の色は見当たらない。むしろ呆れたような色合いが見える。
「あいつら本当に阿呆です!」
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