カンザイ砦攻略戦・二日目 3

「ひぃっ、ひいっ……き、今日は走ってばっかでっ、もう無理……」

「ちょっと!あと少しで野営地なんだから気張りなさいよ!」

ミルカとアークスがA班の野営地へと辿り着いたのは、夏の日差しも山の稜線に隠れる午後七時頃。

彼らは何とか敵の追撃を避け、時には応戦しつつも無事に帰還した。

「あっ!あんた達今までどこ行ってたのよ!」

「や、やあエマリン。ちょっと敵から逃げてたら遅くなっちゃってね……それよりどうしたんだい?そんなに慌てて」

彼らを最初に見つけたのはエマリンだった。

彼女は忙しそうに動かしていた手を休め、アークス達に詰め寄る。その顔には彼女らしくもなく土埃で汚れており、身だしなみを整える暇さえ無かったことを表していた。

「代表と副代表のあんた達がいないから、このアタシにあんた達の分の仕事が回ってきてるのよ!」

「それに関しては返す言葉も無い……」

「迷惑掛けたわね……」

アークスとミルカは揃ってエマリンに頭を下げる。

「それにライカも今はあんなだし……お陰でアタシとマグナは休む暇も無いわよ」

「ライカ?あの子がどうかしたの!?」

一転、ミルカは顔を勢いよく上げ、今にも掴みかからんばかりの勢いでエマリンへと詰め寄る。

「え、ええ。ライカはーー」


・・・


「……ここにライカがいるのね?」

「ああ。だがあんまし刺激すんじゃねえぞ?下手に近寄ると誰それ構わず撃ってくるからな」

アークスとミルカはマグナに案内され、野営地からやや離れた大木の根元へ案内された。どうやらライカはこの大木の上にいるらしい。

「大丈夫よ。私なら万が一でもあの子に撃たれることは無いから」

「……わかった。じゃあ俺はやることがあるから戻るぞ」

そして「早めに切り上げて来いよ」と言い残し、マグナは野営地へと戻って行った。

「……うん、今僕すごい睨まれてたよね。言外に『お前はいらないだろ』って雰囲気が伝わって来たよ」

「そうだったかしら?別に私一人でいいのよ?」

「いや、班員のメンタルケアも代表の仕事だからね」

「……ほんと調子いいわね」

ミルカはアークスの言葉に若干呆れるが、それ以上は何も言わなかった。

そして彼女は大木へと近付くと、声を張り上げた。

「ライカー!あんたいつまで拗ねてるのよ!早く降りて来なさい!」


『ライカさっきの戦闘で、部隊を放り出してB班の副代表を追ったらしいのよ。で、ある程度は追い詰めたらしいんだけど、逃げられちゃったみたいなの。それでようやく部隊のことを思い出したときにはもう彼女以外全滅しててね。だからもちろん部隊からは非難の声が上がったのよ。ここで誠心誠意謝っておけば済んだ話なんだけどね……彼女も頑固だから「私は私の仕事をした。だから悪く無い」の一点張り。そんなことを言うものだから、彼女を擁護してた班員も非難し始めたわけ。よっぽど怒られたり非難されたりすることに慣れてなかったのかしらね……そしたらもう機嫌を悪くしちゃってね。「一人になる」って言って隠れちゃったのよ』


(子供か!)

そう叫びたい気持ちを抑え、ミルカはライカの返事を待つ。

(ううん、私がその場にいればいくらでもライカのフォローが出来たはず。だからあの子ばっかし攻められるのもおかしいわよね)

と自分に言い聞かせながら待つこと数分。しかし返事は一向に返って来なかった。しかしこの程度でくじけるミルカでは無い。

「ライカー!聞いてるー?大丈夫!私は怒ってないわよー!」

ピクリ、と数枚の葉が揺れる。

「私がもうちょっと上手く立ち待ってれば、あんたにここまで負担を掛けることも無かったわ!だから今回は私も悪いわ!」

ちょこん、と輝く金髪が視界の端をかすめる。

「私も一緒に謝ってあげるから!ね?だから降りて来なさい!」

その言葉が止めとなったのか、ライカが泣きそうな顔を覗かせた。

「ほ、ほんとに……?一緒に謝ってくれるの……?」

「ええ!当たり前でしょ!なんたって私達は親友じゃない!」

それを聞くと、彼女の涙は一瞬で引っ込み朗らかな笑顔を浮かべた。

「うん、じゃあ降りるーー」


「それじゃあダメだよ二人とも」


それまで一言も発さず黙って見つめていたアークスが、彼女達の間へ割って入る。

「それは問題の先送りだよ。ましてや二人で謝るなんて1番ダメだ。表面上許されたとしても、そのシコリはずっと残る」

「で、でもこのままじゃライカは許されないままじゃない!」

「いや、君が一緒に謝るよりは、ライカが無能扱いされたままのほうがまだマシーー」

タァンッ!

と上方から魔甲ライフルの弾が放たれ、アークスの頬をかすめる。

「私が……無能?」

並の人間がその冷気にまみれた言葉を聞いたら、二の句を継げずに固まってしまうほど冷たい声が投げかけられる。

「違うのかい?楽勝だと思い込んでいた相手に二度も遅れを取って、なおかつ率いていた部隊さえも壊滅させられたんじゃ。僕は間違ってるかい?」

「むっ……!」

しかしアークスはそれを物ともせず挑発を続ける。二発目の弾丸が落ちて来ないということは、ライカにも思うところがあるのだろう。

「勘違いしないでくれ。君は十分以上の仕事をしてくれてるから無能なわけが無い。そのことは僕が一番実感してるよ」

「でもっ……アークスくんがわかってくれても、それ以外の人に『無能』って思われてるんでしょ?そんなの私耐えられないよぉ……」

結局のところ、幼い頃から天才と呼ばれていたライカは「完璧」で「無能」などと呼ばれることは許せないのだった。

「……わかったでしょアークス。この子への負担を少しでも軽くするには、他の誰かが一緒に謝って不満を薄めるしかないのよ」

そう話すミルカの表情は「諦めろ」と語っていた。

しかしアークスはそれを一笑に伏す。

「安心してくれ、僕に考えがある。ライカが無能扱いされず、なおかつ君に不満が残らない方法が、ね」

「「……?」」

その自信に満ちた表情に、彼女達は何も言うことが出来なかった。


ーーー


「あーあ、マジB班強すぎでしょー。ウチらさっきの戦闘で押されまくってヘトヘトなんですけど……」

「ほんとほんとー。魔甲機使いっぱで全身筋肉痛ですわー」

野営地の隅、数人の平兵士が焚き火を囲みながら談笑する。現在彼らは隊長達が話し合いをしている間、待機の命令が出ていた。

話の内容のほとんどが苦労自慢だったり、自分がいかに敵を苦しめたか、などというありふれた会話だった。

「お前らはまだマシだよ……俺達ライカさんの隊なんて全滅だぞ?」

「は?ライカさんに指揮されただけありがてーだろ!」

「それな!あーあ、マグナの兄貴もいいけど、やっぱり俺もライカさんに命令されてーわ!」

少年兵士からふざけたような声が上がり、少女達の目付きが若干厳しくなる。

それを察したのか、少年達は慌てて話を戻す。

「かー、ほんと魔甲強制解除の衝撃は未だに慣れねーわー」

「ライカさんがB班のニンジャを追って行っちゃったんだっけ?あれはないよねー」

そして話の流れは自然とライカの単独行動へと移る。

「ほんと無能だよねー」


「アークス代表って!」


「敵の代表・副代表が出て来たら真っ先に狙えとか、そんなん罠に決まってるのにさー」

「ほんとライカさんかわいそー」


・・・


「ほんとにありがとねアークスくん。このご恩は三日くらい忘れないよー」

「この模擬戦が終わったら忘れる気まんまんじゃないか……」

場所は変わり、隊長達が集まる天幕の中。そこには久方振りに隊長全員が揃っていた。

「ほんとあんたって物好きよねぇ……。わざわざライカの失態なんて庇うことなんて、あんたにとってメリットは無いでしょうに」

「はは……あんまし代表らしいこと出来てないし、たまには仕事したってことで、さ」

先の戦闘でライカがキキョウを追い、単独行動をしたのは全てアークスの指示。

という内容の謝罪を、彼が全兵士に頭を下げて回ったため、此度の失態は全て彼のせい。というのが隊長を除くA班全員の認識となっている。

タハハと笑いそう嘯く彼に、エマリンはそれ以上追求しなかった。

「それで、昼間の戦闘で南側はどうだったんたい?ああ、ちなみに北側は敵の奇襲を受けて僕達以外全滅だったよ」

「アタシ達も似たような物よ。ただこっちはマグナが頑張ってくれたお陰で、被害はあんまり無かったわ」

「頑張ったっつってもな……あんなの気配が丸わかりで、奇襲なんて呼べる代物じゃなかったぜ?」

敵の奇襲を事前に防ぐという大手柄なのだが、マグナは特に喜んでいる様子も無い。

「気配って……君は野生の獣か何かなのか?」

「あぁ?わかるだろそんなん……説明とかは出来ねえけど、なんかこう……なあ?」

「つまり豊富な実践経験から生み出される卓越した前兆の予測、それに加えて人が発するわずかな物音を感じ取った。ということかい?」

「はあ?そんな面倒くさいこと考えてるわけねえだろうが。勘だよカン」

理論で物を語るアークスと、筋肉で物を考えるマグナの会話はとことん噛み合わない。

「で、これからの作戦はどうするんだ?夜襲でも掛けるのか?」

マグナは話を打ち切ると、これからの作戦を尋ねる。提案をしない辺り、アークスの指示通り動くつもりらしい。

「そうだね……今すぐ夜襲を仕掛けたいけど、当然向こうも読んで来るだろうな……ていうか防衛側が奇襲とか考えもしなかったよ……」

彼はブツブツとタンラーに対する愚痴を言う。その中には僅かに敵将に対する賞賛が含まれていた。

「んー、じゃあいっそのこと明日はお休みするとかぁ?なんてねー」

早くも会議に飽きてきたライカは、天幕の天井をポーッと見つめながら適当なことを言う。

「馬鹿ねえ、これは戦いなのよ?そんなことするわけーー」


「それだ」


「……は?」

ミルカは自分の耳が信じられない、というような表情をする。

「相手がこっちの攻めに対して万全の備えをしてると言うなら、逆にこっちが攻めなければ相手はただ気疲れするだけ……策の空振りほど徒労に終わるものも無いしね。いや、そもそも僕達は攻めもしないんだから、自滅と言う他ないね。さすがライカだ、天才と呼ばれるだけある!」

「えへへーそれほどでもー」

「「「ちょっ、ちょっと待って!」ちなさい!」てよ!」

自分勝手な代表と天才肌の最強が盛り上がる所を、慌てて他の三人が止める。しかし二人はそんなことは耳に入らない様子で、どんどん話は進んで行く。

「ああそうだ、是非ライカに見て欲しい魔甲ライフルがあるんだよ」

「えー、アークスくんのエッチー」

「いやいや流石に意味が分からないよ?そうじゃなくて、魔甲ライフルの威力を底上げする方法があってだね……」

最早二人の中で明日は休みのようで、どんどん予定が入って行く。

A班の頭脳と最強の兵士が休むと言っているのだ。そうなると、それ以外で攻めても戦果が挙げられないことは分かりきっているので、仕方なく三日目は休む方向へと会議は進んで行った。

ならば、と。

「じゃあよおアークス、俺は挑発も兼ねてカンザイ湖に水浴び行ってきていいか?こうも暑いと水風呂が恋しくてな」

「あらそれいいわね。アタシもお供しようかしら」

「あんた達だけズルいわよ!私も連れてきなさい!」

それからの会議は、明日どのようにして休むかという方向へとシフトして行った。

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