カンザイ砦攻略戦・二日目 2

「右翼!足並みが乱れてるわよ!シャキッとしなさい!」

二日目の午後三時頃、A班による砦攻めが始まっていた。

カンザイ砦の北側をミルカとライカを中心に。南側をエマリンとマグナが中心に攻めている。アークスはと言うと……

「なぁにが『僕はやることがある』よ……!どうせ面倒くさいのが嫌いだからサボったに決まってるわ!」

彼が(ミルカ曰く)サボったせいで、ミルカはいつになく苛立っていた。そのせいで多少気が荒くなり、普段よりも仲間に対しての当たりが強くなっているため、彼女の指揮下にある班員は、そのとばっちりが自分に来ないよう、いつもより真剣に指示に従っていた。

その甲斐あってか、今日のA班は普段の訓練より動きのキレが増していた。

もしかしたらアークスの狙いはそこにあったのかも知れないが、それを聞いたら当事者であるミルカが怒り狂いそうなため、誰一人そのことを口にすることは無かった。

「そろそろ頃合いね……みんな!次の波が過ぎたらC地点までダッシュよ!」

「はい!」

彼女はB班の壁上魔甲ライフル兵が、自分の指揮する隊に意識が集中し始めたのを察し、後方にある潅木の茂みへと退避するよう指示する。

そしてそれと入れ替わるよう、東の森からライカの率いる隊が敵を狙い撃つ。

そして彼女達が退避した瞬間、その僅かな隙を縫ってミルカの隊が攻める、というのがA班の主な作戦だ。

そしてこの作戦は、反対側のエマリン・マグナ隊も実行していた。

(ライカは大丈夫かしら……表面上は普通に振舞ってるけど、普段の実力の半分も出せて無いじゃない。やっぱり負けたのが悔しかったのかしら……)

ミルカは潅木の茂みの中を移動しながら、ときおり見える幼馴染の身を案じる。

ライカは今も長距離からの狙撃で敵を脅かし続けていて、端から見たら何の問題も無いように見える。

しかし幼馴染にしか分からない、そんな不安を感じるミルカ。

(ううん、ダメよ私。今自分以外の心配してられるほどの余裕は無いわ。ライカには悪いけど、あのご自身で何とかしてもらうしかないわね)

今現在北壁上にいるB班の兵は、魔甲ライフル兵六人のみ。もちろん南壁上にも六人だ。

どうやら兵士一人一人の実力はA班の方が勝っているようだが、班の連携などの練度はB班の方が上のようだ。

そのせいで、人数的に勝っているにも関わらず、こうしてギリギリの戦いを強いられているのだった。

(そろそろかしら……ん?)

ミルカがライカ達と交代の頃合いを見計らっていると、突然ライカ隊にざわめきが走るのが見えた。

「何が……ってあの子!」

突如隊の中から矢の如く駆け出すライカ。その向かう先には、昨晩彼女を倒した黒髪の少女が立っていた。どうやらライカは宿敵を見つけ、それを打ち倒すべく私情に走ったようだ。

そして当然のことながら、急に隊長を失ったライカ隊は混乱し、壁上の敵からの集中砲火に晒されることとなった。

「ほんっとバカ!みんな、急いで向こうの隊を助けに向かうわよ!」

「は……がはっ!」

「どうし……なっ!」

ミルカ隊が潅木から飛び出し、ライカ隊を救出しに向かおうとしたそのとき、その後方の兵士が武装を解除され倒れる。

そしてその背後には、長大な槍を掲げたB班の兵士が立っていた。その数、およそ十人。

「まさか……ここまで読まれてっ!」

「……!」

ミルカの返事も待たず、無言で我先にと穂先を突き出してくるB班。余りにも予想外の出来事に、次々とその身を赤い液体に染め、武装解除される仲間達。

「くっ、このっ、このっ!」

ミルカも負けじと剣を構え迎撃に出るが、相手は槍。彼女の奮闘空しく、仲間は一人、また一人と減って行った。

一縷の望みをかけてライカへ助けを求めようとしたが、彼女は大分離れた場所で戦闘を繰り広げていて、救いの手は期待出来ない。

そしてそうこうしている内に、やがてミルカは完全に包囲されてしまう。

「降参……なんて甘いこと聞いてくれないわよね……」

名実と共にA班の指揮官である彼女は、ここで戦闘不能にしておけば最低三時間は前線に立つことは無い。そして三時間も与えてしまえば、敵に十分な休みを与えることになり、今までの戦闘の意味を成さなくなってしまう。

そのため、B班の彼らの至上目標は「敵の隊長格の武装解除」だった。

「だったら何としてでも撤退しなきゃね……!」

いつの間にか仲間は全員武装解除され、この場に立っているA班はミルカ一人だった。

そして彼女が覚悟を決め、敵の一角に飛び込もうと地面を踏みしめた瞬間ーー


ズンっ!!


という爆裂と共に、今まさに彼女が飛び込んだ先の敵が吹き飛んだ。

「……が……は」

「な、何だ今のは……?」

余りの突然の出来事に、ミルカやB班の面々でさえも呆気に取られていた。

「ーー命中、と。おーい、大丈夫かいミルカ?」

「アー……クス?」

B班の更に後方の50mほどにある大岩の陰に、魔甲ライフルを構えたアークスが立っていた。

(え?でも今の魔甲ライフルの威力じゃあ……)

「おーいミルカ、撤退の合図を出してくれないか?」

「あ、うん」

余りにも淡々と語る彼に、思わず怒りを忘れて返事をする。

そしてB班よりも早く我に帰ると、その場を全力で離脱し、再び森の中の野営地へと撤退して行った。


ーーー


「はっ、はっ、ふー……よし、ここまで来れば敵の追撃は無いかな」

鬱蒼と茂る森の中、敵の追跡をまいたアークスとミルカは魔甲を解除し、近くの茂みへ身を隠す。

遠くの方では未だに彼らを探す声が響くが、敵に余程の魔力探知能力が無ければ、まず見つかることは無いだろう。

「あ、ありがとアークス。いろいろと言いたいことはあるけど、まずは礼を言っておくわ」

「う、うん、どういたし、まして……」

先程まで必死の戦いを繰り広げ、さらにここまで全力で駆けて来たミルカの白い肌は、ほんのりと紅く上気していた。なおかつ敵の目から逃れるため、こうしてお互い密着した状況だ。

いつもは飄々として掴みどころの無いアークスだが、今に限っては目を泳がせ照れていた。


しかし「近い」ということは「逃げられない」ということでもある。


「で、アークス。あんたは部隊を放り出して今までどこで何をしていたのかしら?返答によっては……ね?」

「痛い痛いイタイ!ごめん!全部話すから離してくれ!」

目にも止まらぬ早さでアークスの頭を掴んだミルカは、そのまま握撃を繰り出し、いわゆるアイアンクローをかます。

幼い頃から剣術を励んで来た彼女の握力は凄まじく、並の男子より貧弱なアークスには多大なダメージを与えていた。

「マホウ!マホウの調整をしていたんだよっ!」

「魔法?ってあんた魔法使えないんじゃなかったかしら?」

ミルカの握撃から逃れたアークスは「危うく二度と使えなくなるとこだったけどね」と呟きながら頭をさする。

「多分君の考えてるマホウとは違うよ。僕が使ったのは魔術の『魔』に、砲撃の『砲』で『魔砲』だ」

「魔砲、ねえ……それって魔法と何が違うのよ」

普段なら魔法に関する小難しい話は聞きたくもないミルカだったが、身動きの取れない現状、仕方なくアークスの話に耳を傾けた。

「うーん、どこから話したものかな……ああそうだ、まず話さなきゃいけないのは、僕が『魔法を使えない』っていうのは正確じゃあないんだよ」

「え?そうなの?じゃあなんで今まで使わなかったの?馬鹿なの?」

「君に馬鹿って言われたらお終いだよ……まあいいや。そこまで言うなら見せてあげるよ……ふんっ」

アークスは右手の掌を掲げ、なにやら聴きなれない音階を呟く。その真剣な表情に、思わずミルカも息を呑み黙って見つめる。

「……紅蓮の槍よ、千里地平を塵と化せ。爆縮の槍『地平灰槍』」

「ちょっ!それって戦略級魔法じゃ……!」

魔法に疎い彼女でも名前くらいは知っている「戦略級広範囲殺戮魔法」。それをなんの気概も無く唱えるアークスから慌てて離れる。

しかし既に遅い。この魔法は最小範囲でも直径50mを焼け野原にする。つまり発動してから逃げても手遅れなのだったーー


が、彼の掌からは火の粉の一つも放出されなかった。


「……というわけさ」

「ビビらせるんじゃないわよーーっ!」

「へぐぅっ」

ミルカの強烈な突っ込みが彼の鳩尾に吸い込まれ、悶絶することしばらく。

やっとのことで回復した彼は、懇切丁寧に説明することへと切り替えた。

「僕はこう見えても生まれたときは『ネスト家の至宝』と呼ばれるくらいには魔法の才能があったんだよ」

「なにそれ自慢?そういう天才とかはライカだけでお腹一杯よ」

「自慢なんかじゃないよ。事実だ。それに天才なんかだったら僕はこんなところにはいない」

彼が魔甲兵科を「こんなところ」と言ったとき、ミルカは一瞬険しい顔をしたが、黙って話を聞く。

「確かに僕には極めて高い魔力がある。類い稀なる魔力操作技術もセンスもある。……でもね、たった一つ大事な才能が無かった。『魔法を放つ』っていう才能がね」

「……それが『魔法の使えない魔導士』ってわけね」

「そうだよ。そしてネスト家に見放された僕が目を付けたのが……この魔甲、さ」

そう言って彼は地面に置いた魔甲ライフルを掲げて見せる。それにはライカ達の凡庸型とは違い、所々に見慣れない器具が取り付けてあった。

「自力で魔法が使えないなら、こうやって外部媒体を使えばいいだろうと考えたんだけどね……で、色々試行錯誤してようやく試験段階に漕ぎ着けたってわけさ」

「それがあんたの『目的』に必要な手段ってやつなのね……」

「ああそうだよ。僕はこの魔甲を使って……」


「全ての魔法を過去にする」


そう宣言するアークスの瞳には、赤黒い野望の炎が燃え盛っていた。

「ふふ。で、私がその魔法を超えた力を武器に、陸軍総司令官への覇道を進むってわけね。期待してるわよアークス」

その言葉を受けて、ミルカの瞳も明るく爛々と燃え盛っていた。


「じゃあまずはこの模擬戦に勝利しなきゃね!」

「……だね。誰かさんが大声出したせいで敵さんがこっちに向かって来てるしね」

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