カンザイ砦攻略戦・二日目 1

「なんでっ!なんで降参なんてしやがったんだ!?」

場所はカンザイ山の中腹にある中継基地、その中にある小会議室の中だ。

既に地平線の端には太陽が顔を覗かせ、二日目の始まりを告げている。

砦の所有権が交代し、その戦後処理を淡々と済ましたアークスがこの部屋に戻るやいなや、彼の襟首をマグナが掴み、手近な壁に叩き付ける。

「お前が降参なんてしなかったら、俺達はまだ戦えた!仲間が戦線に復帰するまで耐えられたんだぞ!」

「かはっ……離せっ……」

アークスも反論しようと口を開くが、よほどマグナが強く首を絞めているのか、その顔は徐々に青ざめていく。

「やめな……さいっ!今は仲間割れなんてしてる場合じゃないでしょ!」

男二人の間にミルカが割り込み、二人を引き離す。アークスはよほど苦しかったのか、しばらく咳を吐く。

「勝手に降参したこの馬鹿も馬鹿だけど、終わったことをとやかく言うあんたも馬鹿。そもそもアークスに指示を仰ぐように言った私も大馬鹿!それでいいでしょ!」

「だ、だけどよ!」

ミルカの暴論に圧倒されそうになったマグナだが、それでもなお引き下がらない。

頭で納得できても、感情が納得しない辺り、この少年もまだ青いのだった。

「ぐちぐちうるさいわね!過ぎたことをとやかく言うなんて、男らしくないわよ!?」

「ぐっ……!」

しかしそれも、エマリンの怒声に鎮められる。

マグナにとって「男らしくない」というのは、どうやら一番効果的な言葉のようだった。

「あ、あの状況で……」

顔に血の気が戻ったアークスが、壁に手を付きながらようやく立ち上がり、口を開いた。

「敵を砦の外に追い出して、なおかつもう一度防衛戦を引き直すのは不可能だったんだよ……マグナの言う通り、もしかしたらミルカやライカが復帰するまでの時間は稼げたかもしれないけど、戦線を分断された以上、どんな名将でもあの状況は打破出来なかったんだ」

彼の言葉に、ミルカとエマリンは神妙な顔をして頷く。

「そうね……私がアークスと同じ立場だったら、方法はどうあれ降参したでしょうね」

「ええ、アタシもあんたの取った策は正しいとは思うわ。ただ、もう少し穏便に済ませなさいな」

「はは……次があったらそうするよ」

アークスの取った策に賛同する女性二人に、未だ燻っているマグナもしぶしぶ怒りを収めた。

「……今更なんだけどさ、ライカはどこにいるんだい?」

部屋の空気が落ち着いた所で、アークスは三人いる女性隊長の内の一人が見当たらないことに気が付いた。

普段のライカならば、このような話し合いの場に誰より早く集まり(会議という名目で雑用から抜け出す為だ)、ほんのりと議論に参加したりしなかったりするはずなのだが、今日に限ってはその姿が見えない。

「ん、ああ、あいつはちょっと、な」

「今は近寄りがたいのよ……」

「……?」

マグナとエマリンがお茶を濁すようなことを言い、その真相を確かめようとミルカへ視線を移すアークス。

「……あの子ね、ああ見えて極度の負けず嫌いなのよね」

「ああ、なるほど……」

その言葉を聞き、彼は先程から訓練所の方から漂う殺気のこもった魔力に検討がついた。おそらく誰の目もはばかって訓練に励んでいるのだろう。

「ま、ライカが本気になれば負けは無いんでしょうけど……どうせなら最初から本気になって欲しかったわね」

エマリンの呟きに、この部屋にいる全員が首肯する。

「……ライカのことは置いておくとして、この後の予定はどうするつもりなの?」

ミルカが代表であるアークスを立ててなのか、それとも本気で尋ねているのかは定かで無いが、今後の予定を聞く。

「んー、そうだね。僕としてはこのまま攻略に入りたいんだけど……」

そう言って仲間の顔を見渡す。

その顔に差異はあれど、疲労の色がかなり浮かんでいる。

アークスが命令すれば、直ちに攻略準備に向かってくれるだろう。しかし流石の彼もそこまで鬼ではないし、そこまでして仲間からの反感を買いたいわけでは無い。

そうすると、取るべき方策は一つしか無いーー


「よし、昼まで身体を休めて、英気を養おう!」


ーーー


「さて、みんな集まったことだし、今後の計画を話し合おうじゃあないか」

二日目の正午、小会議室には再びA班の隊長ーー今回はライカも着席しているーーが集まっていた。

その部屋の黒板には砦の地図が貼られており、アークスを司会に会議を進行させていく。

「おうアークスよお、今回は俺の出番があるんだろうなあ?」

防衛戦では全くと言っていいほど見せ場の無かったマグナ。血の気の多い彼は、力が有り余って仕方がないのだろう。

「安心してくれマグナ。こと攻略戦に限っては、君達重式歩兵には一番働いてもらうからね」

「へっ!さっすがアークスだぜ!やれば出来んじゃねーの!」

「はは、君の手の平はくるくる回るんだね……」

どうやら彼は、数時間前にアークスを無能呼ばわりしたことなど、全く頭に残っていないようだった。

「男らしいというかなんというか……」

「いわゆる馬鹿だねぇ」

呆れるミルカと、いつもの調子を取り戻したライカによる罵倒。しかし当のマグナは「男らしい」という部分のみ聞いていたようで、やや誇らしげな顔をする。

「ちょっとアークス!そんな馬鹿にばっかりじゃなくて、アタシにも手柄を寄越す作戦にしなさいよね!」

そしてここにも血の気が多い人物がいた。

「そうだね、今回攻略戦をするにあたって、部隊を二つに分ける場合があるかもしれないからね。その時は片割れの指揮をエマリンに任せるよ」

「ふんっ、わかってるならいいのよ」

納得したエマリンは、備え付けの木椅子に勢いよく座り込む。余りの重量に、椅子の脚がミシミシ鳴る。

彼女も彼女で、昨晩は余り活躍の機会も無く戦闘不能になってしまったため、かなりやる気に燃えている。

いや、そうでなくとも、副代表として指揮官を務めるという戦果を挙げたミルカに負けたくないだけかもしれないが。

「……というかあれだ、B班の防衛線を崩すには、必然的にA班全員の活躍が必要なんだけどね。……もちろん僕を含めて、ね」

「うっ……わかったわよ、もうあんたを仲間はずれにしないから、そんな目で見ないでよ……」

アークスにジッと見つめられたミルカは、防衛戦のときに彼を作戦から外したことを思い出し、弱々しく反省する。

以外とこの少年は根に持つのだった。

「それに全員の連携も必要だ。どこかの班が功を焦って突出したりすると、そこから戦線をが崩壊する恐れがある。ーー君のことだよライカ」

「……うー、わかってますよぉ。レンケイシマスー」

A班最強の駒であるライカは、表面上は落ち着いてるとはいえ、その内側はB班の副代表であるキキョウへの復讐心に燃えていた。

「でもー、あのニンジャさんが目の前に現れたら、私冷静じゃいられないですよー?私頭良くないですしー」

班で四番目に筆記の成績が良いくせに、よくもまあしゃあしゃあと言う。

「……そっか、じゃあ致し方ないけど、作戦を守れない子はここに置いていくしかないなぁ。いや、君が僕の言う通りに動いてくれるなら、あのニンジャと当たるよう作戦を練ろうと思ったのに……」

「ふふ、なに言ってるんですアークス君?私が君の作戦を破るわけ無いじゃないですかぁ。レンケイサイコー」

形だけの従順な姿勢を見せるライカ。

(はぁ……こんな個性の強い仲間を纏めるのなんて僕には向いてないよ……。早くこの手綱をミルカに渡して、のんびり作戦を考えたい……)

本来人の気持ちを慮ることに苦手なアークスは、そもそもがこうやって人の上に立ち、指示することは苦手なのだ。

しかし他人に命令されることも好まないので、仕方なく今の立場にいる。そのため、彼の至上命題は目前の少女、ミルカに一刻も早く一人前の将になってもらうことなのだが……

「さあアークス、ちゃっちゃと会議を進めちゃって!」

「はぁ……」

代表を立ててくれているのか、それとも知能面ではアークスの方が優れているからなのか、このような会議の場では常に二番手の立場に収まるのだ。

彼女の性格上、それは無意識なのだろうが、彼としては、ここぞという時に主導権を握ってほしいものである。

「まあこんなとこで無駄な時間を過ごすのも惜しい。まずは相手の戦力の確認から始めよう」

「彼我の戦力差の確認……てわけね。と言ってもそれは直ぐに分かるわよ」

「そうね」

「そうだねー」

「ちょっと待ってくれ!お前らは直接防衛したから分かってるんだろうが、ずっと中にいた俺にも教えてくれよ!」

壁内で司令塔の警護にあたっていたマグナだけが、彼以外の隊長の輪に入れていなかった。

「あら、そうだったわね。まあざっくり言うと、魔甲ライフルを装備してたのが十二人、タワーシールドを装備してたのが十六人だったわ。タンラーとかいう代表は分からないけど、副代表のいけ好かないニンジャは万能型っていうのかしら?取り敢えず魔甲ライフルが多いのがうざいわね」

エマリンが彼女達を代表して答える。そしてそれを聞き、アークスも黒板にそれを書き写す。

「十二人ってうちの倍以上じゃねえか!?偏ってるってレベルじゃねえぞ!?」

「もちろん全員がライカ並みに卓越した射撃術を持ってるわけじゃあない。ただここで問題なのは、当たらずとも相手の攻撃が一方的に『届く』ということだ。僕達A班はどんな状況にも対応出来るよう、隊の人数比はバランス良くしたけど、こと今回においてはそれが裏目に出た形だね」

アークスは後頭部をガリガリとかき、悔しそうな顔を浮かべる。

「つまり……B班はこの模擬戦に合わせて班編成をしてきたってことよね?」

「間違いなくそうだ。まったく、タンラーもとことん負けず嫌いだよ」

全員の脳裏に、タンラーの悪そうな顔が浮かぶ。特にミルカに関しては、昔のことを思い出したのか、ことさら綺麗な顔を歪める。

「まあ今回の作戦としては、相手をチクチクと突いてストレスを溜めることかな……詳しい作戦は、相手が隙を見せるくらいにストレスが溜まってから考えるとしよう。それに、僕にはいくつか秘策があるからね。ね、エマリン」

「はぁ?」

アークスが意味ありげにエマリンへ視線を送るが、当の彼女は「なに言ってんだこいつ」という表情を浮かべるだけだった。

「ん、んん。ともかく前線での細かい指示はミルカとエマリンに任せるよ。くれぐれも足並みを乱さないこと」

最後の台詞はライカに釘を刺したのだろう。彼女は渋々と言った具合に首肯する。

「よし、以上で解散だ!」


そうして怒涛の二日目が本格的に始まった。

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