カンザイ砦攻略戦・一日目 4
「ミルカ!こっちに応援は送れないの!?」
「無理ったら無理!こっちも限界なんだからなんとかしなさい!」
一日目、夜の十時を回った辺りで、防衛側にもチラホラと魔甲使用不能になる生徒が出てきた。
しかも敵の銃弾を浴びて装備が解除されたわけでは無く、装備者の保持魔力が底を突いたからだ。
普段の訓練ならば、数時間ぶっ続けで魔甲を装備し続けることなど容易だが、いかんせん初めての実戦(模擬戦だが)だ。予想外の動きをするB班から与えられるストレスや、戦闘の緊張感が彼らの精神を揺さぶり、結果としてA班の面々は実力の半分程度しか力を発揮出来ていなかった。
「くっ……ライカ!そっちは大丈夫なの!?」
ミルカは次々と戦闘不能になって行く仲間を尻目に、今夜も一人で東壁を防衛するライカに声を掛ける。
「んー、もうちょっとで倒せそうだよー。うん、今足もいだよぉ」
もいだ、というのは魔甲の脚部鎧を剥ぎ取った、という意味だ。
どうやら彼女はB班の「ニンジャ」、副代表のキキョウ・ユカゲと銃撃戦を繰り広げているようだ。そして昼間と違うのは、今夜のライカは未だに一発も弾丸を食らっていないことか。
「ほいっほいっよっ、と。ぬー、なんかつまんなくなったなー」
彼女は時折迫るキキョウからの銃弾を軽々と避けながら軽口を叩く。その顔には、昼に彼女と戦った時の真剣な表情は浮かんでおらず、流れ作業を淡々とこなすような倦怠感が浮かんでいた。
「なんだよなんだよー、お昼の元気はどこ行ったんだよぉ」
キキョウの動きは昼に戦った時と同じく、気配を消しながら撃つ神出鬼没な射撃だった。
しかし連続して魔甲を使用しているためか、どうにも動きが固い。射撃の精度も不安定で、ライカが動かずとも外れる弾丸がいくつかあった。
現にキキョウの纏う魔甲は、既に半分が解除されている。
「何か企んでるのかと思ったけどなんともないし……よし、殺そー」
今まで決して遊んでいたわけでは無かったが、どうもキキョウの動きがおかしかった為、意図的に攻めるのを抑えていたライカ。しかしそんなことをしている余裕は既に無くなって来たため、全力でキキョウを倒すことに傾倒した。
「どこだどこだー……はいそこー!」
既に相手の動きを読んでいたライカは、キキョウのライフルが自分に向いたのを感じ取ると、相手に撃たせる間も無くその魔甲の中心に弾丸を叩き込んだ。
「んー……よし!魔甲解除確認っ!えっと北と南どっちが大変かなぁ?」
ライカはキキョウの魔甲が弾け飛ぶのを確認すると、僅かに漂ってくる魔力の匂い・・を嗅ぎ分ける。
ライカはアークスほど魔力探知の技術に長けているわけでは無いが、それでも彼を除けばA班で唯一魔力探知の能力を持っているのだ。
戦場の匂いを嗅ぎ分けること数秒、彼女は援護に行く方角を決めたのか、床に設置しておいた魔甲ライフルを背負い、東の森へと背を向けた。
「待っててねミルカちゃん、今助けに行くよぉ」
どうやら彼女は北壁にいるミルカの援護に向かうようだったーー
「ーー油断しましたね、ライカント・トゥル・フォード」
「ーーっ!?」
突如背後から投げ掛けられた聴きなれない声に、慌てて魔甲ライフルを向けようとしたライカはーー
「タンラー様、このキキョウ『プランH(Hide High speed Hil crime )』を完遂しました。これより正門、二重門の開放に向かいます」
キキョウは遠く離れた上司へ敬礼を向けると、影のように城壁から消えて行った。
地に伏せ、赤い液体にまみれたライカに目も触れずーー
・・・
『おいミルカ!やべえことになった!』
北壁の上、仲間を鼓舞しながら戦っていたミルカに、地上からマグナの大声が届いた。
「なに!?この砦でやばく無いところなんて無いわよ!」
本来なら返事をする余裕もあまり無かったのだが、急に敵の攻撃が緩んだ為、ぶっきらぼうだがマグナに返事を返すミルカ。
しかし次の瞬間飛び込んできた情報は、彼女の思考には全く考慮されていない問題だった。
『門が!砦の門が開放された!」
「……は?」
慌てて東壁にある門を確認する。確かにマグナの言う通り、僅かだが門は開いていた。
僅かにも開くはずが無い門が、だ。
「ライカは……ライカはどうしたの!?」
ミルカは城壁の出っ張りへ上がり、目を凝らし東壁の通路を見つめる。そこには魔甲ライフルを構える影があった。
外に、では無く砦の中へ、だ。
「だれ……っ!」
そしてその銃口が自分に向いたのを確認した彼女は、撃たれる前に通路へ飛び込む。
「くっ、せめて東壁にも何人か回せば良かった……!」
東壁が占拠されたのだ。ということは既にライカは戦闘不能になっていることは容易く想像出来る。
ミルカは歯噛みしながらも、次に打つべき手を模索する。
(東壁に兵を回す?いえ、ライカが敵わなかった相手に雑兵を送っても無駄だわ。門を塞ごうにもあんな場所で構えられたんじゃ格好の的になるだけね。だったらーー)
ミルカはキッと顔を上げ、一つの覚悟を決める。
「総員!壁を放棄して司令塔まで撤退する!殿は私とエマリンが務めるわ!」
彼女の予想外な指示に、周囲の兵は呆気に取られるが、ミルカの切羽詰まった表情を確認すると、我先にと司令塔まで駆けて行った。
「それと!私が戻らなかった場合、アークスに指示を仰ぎなさい!わかったわね!」
仲間のおう、や了解、などの声を聞き流しながら、ミルカは仲間を東壁にいる狙撃手の手から守る為、一人、いや南壁にいるエマリンを含めると二人、まだ見ぬB班の強敵へと駆け出した。
ーーー
「ーー来ましたね」
東壁の中央、先程までライカが陣取っていた場所にキキョウはいた。
彼女は二重門を開放した後、東壁を取り戻そうとしてやって来たA班を撃退するため、こうして再び城壁の通路へ戻ってきたのだ。
「A班副代表、ミルゼリカ・レングランド・カナーシャ、それとエマリン・プリアラモードとお見受けします」
東壁北側にはボウガンを捨て、細身のサーベルを構えるミルカ。
その対角線上の東壁南側には、連発式魔甲銃を構えたエマリンがキキョウを挟んで佇んでいた。
「失礼、私はB班の副代表、キキョウ・ユカゲと申します。以後お見知り置きを」
彼女は自身の魔甲ライフルと、元々ライカが装備していた魔甲ライフルの二丁を装備していた。
当のライカは、赤い魔甲解除液を全身に垂らしながら、通路の端に座り込んでいた。
「そう、あんたが噂のニンジャってわけね。うちのライカを倒すなんてなかなかやるじゃないの」
彼我の距離はおおよそ50m。ミルカは軽口を叩きながらも、キキョウの隙を探る。
いくら軽式の魔甲を装備しようと、キキョウの元へ辿り着くのに最短で三秒は要する。
しかしそれに対し、魔甲ライフルを撃つのには指一本で事足りる。ましてやこの短距離だ。外すことを祈っても無駄だろう。
ならば取るべき方策は一つ、初撃を躱し、次弾へのチャージが完了する前に懐へと飛び込むしかない。
「ふふ、そんなに睨まないで下さい。私とてカナーシャ流剣術の怖さは知っています」
「……こっちの考えはお見通しってわけね」
カナーシャ流剣術は「戦場にカナーシャ流剣術あり」と言わしめた、ガラシア一を誇る剛の剣術だ。
その一刀は武器を折り、人体を真二つにし、騎兵までも断ち切るほどだ。
さらにそこへ魔甲の膂力が加われば、理論上この世に斬れない物は無い。と、ミルカは自負している。
(一撃。一撃さえブチ込めれば私達の勝ちだわ。そのためにはエマリン、わかってるわね)
アイコンタクトでエマリンへ合図を送る。彼女はそれを確認し頷く。
「ちょっとあんた!そこの脳筋ばっかり見てると痛い目見るわよ!」
「ああ、それは失礼しました。しかし私はタンラー様から、あなたのことは注意するに値しないと言われていますので」
「言ってくれるじゃないの……よっ!」
エマリンはキキョウの挑発を受け、一発の弾丸を放ち、駆け出した。
余談だが、A班の一般兵の中では「ミルカ派」と「エマリン派」という二つの派閥が出来ていた。
成績、家柄、発言力と、全てにおいて(容姿はミルカの方が優れているらしい)対立する彼女達は、ことあるごとに衝突していた。
決して相容れず、一度顔を合わせたら一触即発の空気が流れる彼女達だ。
そんな二人が連携など取れるのか、という話だがーー
「っ!煙幕!?」
エマリンが放った煙幕弾に、一瞬にして視界を塞がれるキキョウ。それと同時にミルカとエマリンの駆け出す音が聞こえる。
キキョウは先ず飛び道具があるエマリン仕留めるべく南へと駆ける。
対角線上にミルカがいるのだ。なので撃ってこないとたかを括っていたが、その甘い思考は腹部を掠めた弾丸が打ち破る。それを皮切りに次々と飛び込んでくる弾丸に、さしものキキョウも煙幕の中で足止めを食らう。
「やりますね……ですがそんなに撃ったら、どこにいるか丸わかりです!」
左手の魔甲ライフルで確実にエマリンの足を止め、右手のライフルで確実に仕留める。
彼女の魔甲が弾け飛ぶ音を確認すると、キキョウは北を向き、迫り来るミルカへ対処すべく魔甲ライフルのチャージを始める。がしかし
「……いない!?」
エマリンの連発式魔甲銃と、キキョウの魔甲ライフルの衝撃で幾分晴れた煙幕だが、彼女の見つめる先にはミルカを確認することが出来なかった。
(いえ、エマリンは対角線にミルゼリカがいないことを知ってたから撃ってきたはず。そして平面上にいないとすれば)
「上ーー」
「遅いっ!!」
キキョウが上空を仰ぎ見たときには、既にミルカが彼女へとサーベルを振り下ろそうとしているところだった。
そう、最初の煙幕は、上空へと跳び上がったミルカを隠すためだったのだ。
「いやああぁぁっっ!!」
重力、自身の体重、そして武器を振り下ろす速度を全て込める一撃、カナーシャ流マスターアーツ『山崩し』だ。
ズンッ!!
という凄まじい音と共に、東壁の通路が一部大きく抉れた。
渾身の一撃だ。防げる者は少なくともこの魔甲養成科にはいない。
「はあ……仇は打ったわよライ……」
「流石はカナーシャ流。まともに受けたらただじゃ済みませんね」
サーベルを振り下ろしたミルカの胸に、一筋の赤い線が入っていた。
そしてその線はジワリと広がると、瞬く間に彼女の魔甲を解除した。
「なん……で」
崩れ落ちる彼女の目に映ったのは、30cmほどの短刀をしまうキキョウの姿だった。
「流水剣術『水月』。あなたが剛の剣なら、私の扱うのは柔の剣。躱し、受け流し、撫で斬る。それだけです」
しかしそう告げた彼女の魔甲も次第に形を崩し、しまいには解除されてしまった。
「む、やはり他人の魔甲を装備するのは、かなり負担がかかるみたいですね……後は任せました、タンラー様……」
そうして彼女も魔力切れを起こし、通路に身を横たえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます