カンザイ砦攻略戦・一日目 2
「敵さん来ませんねぇ……」
開戦から三十分が経過した。天候は雲一つない晴天で、夏の日差しが厳しいが、絶好の攻略日和と言えよう。
しかしどこを見渡してもB班の姿は見えず、ふいに集中が途切れたライカがポツリと呟いた。
「なに当たり前なこと言ってんのよみるか。そんなにすぐ攻めてくるわけないじゃない」
「うげっ、エマリンちゃん聞いてたのぉ……」
たまたまライカの待機場所を通りがかったエマリンが、その丸い身体を揺らしながらライカの横へと歩いてくる。
「なによ『げっ』て……前々から思ってたんだけど、あんたアタシのこと嫌いなのかしら?」
「……き、嫌いなわけナイジャン」
「ちょっとあんた、アタシの顔を見て言いなさいよ」
「ホントのことだってぇ……限りなく苦手なだけですぅ……」
「それを嫌いって言うんじゃないの!?……はぁ、まあいいわよ」
エマリンは一つため息をつくと、地面にうつ伏せになって魔甲ライフルを構えるライカの横に座る。
「アタシもあんたのこと苦手だし、別に好かれようとも思ってないからね」
「……酷いよエマリンちゃん、私泣いちゃうよぉ?」
「ちょっとちょっと!それはセコくないかしら!?」
あくまで魔甲ライフルのスコープから目を離さず毒を吐くライカに、遠慮がちにその肩を揺さぶるエマリンだった。
「ねえエマリンちゃん、話は変わるんたけどねー?」
「な、なによいきなり」
「隊長のエマリンちゃんがこんなところで油を売ってていいのぉ?」
「……つまり遠回しにどっか行けって言いたいの?」
「……まさかぁ」
「もういいわよ……せっかく少しは仲良くしてあげようと思ったのに、とんだ無駄足だったわ」
エマリンはライカの言葉にやや傷ついた様子を見せたが、それも一瞬のことで、その重い腰を上げる。
「それじゃあ邪魔者は巡回に戻るわ。あんたも気抜くんじゃないわよ」
「はーい。……あ、そうだエマリンちゃん」
「……ん?なによ急に」
そこではじめてスコープから目を離したライカは、その金髪の隙間から覗く碧眼をエマリンに向けて言う。
「北のほうからほんのり魔力の匂いがするから、そっちの方警戒したほうがいいよー」
「匂い……?アタシは何も感じないけど、あんたがそこまで言うなら頭に入れとくわね」
そう言ってエマリンは巡回へと戻って行った。
・・・
「やっほーライカ、どう?敵が見えたりした?」
エマリンが去った数分後、今度はミルカが早足で駆けよって来る。
そこには先程までの威厳的な物はまるで無く、いつものミルゼリカがいた。
「んー、私の邪魔をするミルカちゃんが敵かなぁ?」
「あはは!良かった、いつものライカね!」
同級生だろうが幼馴染だろうが誰これ構わず毒を吐くライカだった。しかし今日のミルカは一味違った。
「あれ、いつものミルカちゃんだったらここで悪鬼羅刹のごとく怒るはずなのに……まさか偽物!?」
「悪鬼!?私がいつそんなに怒ったのよ!?」
「……ふふ、冗談だよー」
ライカはくすくすと、エマリンのときには浮かべなかった柔らかい笑みを漏らした。あくまでスコープから目を離さないが。
「……こうして二人きりになるのも久し振りね」
「そうだねー。最近はミルカちゃん、いっつもアークス君といるんだもん。てっきり私はいらない子になったのかと思ったよぉ」
「バカねぇライカは。あんたは私の右腕なんだから、いらない子になるわけ無いじゃない!そ、それにアークスは私の……なんだろ?」
そう言って熟考するミルカ。しかし考えることがあまり得意でない彼女は、うんうん唸るだけだった。
「左腕?いや、あいつはそこまで強くないし……じゃあ足?いやなんかちがうなぁ……」
「……影、とか?」
「そうそれよ!あいつにピッタシの表現だわ!」
どこか遠い場所で、黒髪の少年がくしゃみをする音がした気がする。
「あいつの目的と私の野望が、たまたま同じ方向を向いててね。で、表舞台が苦手なあいつには、私の苦手な裏工作をお願いしてるのよ」
「ふふ、そっかぁ」
明るい顔で語る友人のかおを横目で見ながらライカは、彼と出会うまでのミルカのことを思い出す。
己の目標のために、曲がったりコソコソしたりすることが出来ずに苦しんでいたミルカ。
時に女だとバカにされ、心を許せるのがライカしかいなかったミルカ。
涙を流しながらも、それでも前に進むことを諦めないミルカ。
そしてそれを見ても、何もしてやれなかったライカ。
しかし魔甲科に入り、アークスという少年に出会ってから、彼女のそういう姿は一度たりとも見ていない。
「ミルカちゃん、アークス君と末長くね」
「うん!……うん?」
ーーー
「敵襲ー!敵襲ー!」
「……!来たわね!」
開戦からきっかり一時間後、北の物見塔から敵襲を知らせる声が届いた。ミルカはそれが耳に入るやいなや立ち上がり、軽式魔甲を起動させた。その顔には先程までののほほんとした表情は無く、立派な前線司令官その者だった。
「ライカ!あんたはここで敵の伏兵を警戒してなさい!軽式遊撃隊は二人残して北壁に向かうわよ!」
そう言ってミルカはライカの返事も待たずに北壁へと駆けて行った。
「行っちゃった……よし、私も戦闘モードに入ろっと」
ライカも遅れて軽式魔甲を起動させる。そして魔甲ライフルから伸びるコードと接続させ、臨戦態勢に入った。
その瞬間彼女の顔から感情が消え、一切の無駄な情報を頭から消し去る。
そして彼女は「銃」と成った。
・・・
一方こちらは北壁。
「くっそ!近づいて来いこの卑怯者!」
軽式遊撃隊に所属する青年が罵詈雑言を飛ばしながら、ボウガンの矢を飛ばす。
しかしその矢は敵の数m手前に刺さるだけで、逆に相手の放つ魔甲ライフルの反撃を受けそうになり慌てて下がる。
B班の先行隊は、身の丈程もあるタワーシールドを構えた重式歩兵四人に、その影から魔甲ライフルを放つ軽式射撃隊三人で構成されていた。
この七人はまるで一つの生命体のように動き、一切の隙を見せなかった。歩兵が盾を掲げて走り、その影を射撃隊が走る。そしてこちらの攻撃の隙をついて停止し、素早くタワーシールドで壁を作る。そして射撃隊が盾の隙間からこちらを狙い撃つ。こちらの攻撃が激しくなったら再び駈け出す。それの繰り返しだった。
しかもいやらしいことに、こちらが放つボウガンが届かないギリギリの距離を走り、矢を無駄撃ちさせている。
そのため、こちらは物見塔から放つ魔甲ライフル二丁に対し、相手は三本と、地理的な優位は持ちつつもやや劣勢だった。
「本当にちょこまかとうざったいわね……!こうなったらライカをこっちに寄越して……」
ミルカがこの戦況を打破しようと考えを示し巡らしているとーー
「敵襲ー!敵襲ー!」
「……また!?」
今度は南壁の方から報せが届く。
「くっ……!南壁には私が向かうわ!あなた達はせめて敵の攻撃を喰らわないように身を伏せて、敵が近付いたら応戦しなさい!」
「はっ!」
未だに北壁も敵の襲撃を受け、指揮官である彼女が離れたらどうなるか。そこで二の足を踏んでいると、
「ちょっとあんた!行くなら行きなさいよ!」
丸い身体の少女が連発式魔甲銃を下げた部下と共に駆けて来た。
「……エマリン!わかったわ、この場の指揮はあんたに任せる!」
「ちょっと待ちなさい!アタシの部下三人ほど貸すわ!」
「ありがと!」
犬猿の仲とは言え、今はこれほど頼れる仲間は他にいない。ミルカは後顧の憂いを断ち、南壁へと駆けて行った。
「まったく、そんなに易々と任されても困るってのに……ほら!あんた達もボケっとしてないで反撃しな!当たんなくても牽制にはなるでしょ!」
「はい!姉さん!」
連発式の銃を構えた混成遊撃隊は等間隔に展開し、B班を迎え撃った。
・・・
「あんた!戦況報告!」
ミルカは南壁につくや、敵と応戦していた部下に報告を促す。
「はっ!敵は七人で構成されていて、四人は盾、三人は魔甲ライフルを装備してこちらを狙い撃って来ます!数人が敵の攻撃を掠めましたが、戦闘不能者は0です!」
「わかったわ!混成遊撃隊は敵の迎撃!軽式遊撃隊は無駄撃ちせずに、的が近付いて来たら攻撃しなさい!」
「「はっ」」
ミルカは北壁にしたのと同じ指示を出す。これで北壁と南壁は問題無いだろう。しかし彼女の頭に嫌な予感が纏わりつく。
「いや、でももう流石に……」
しかしこういう時の嫌な予感と言うものは的中するものでーー
「敵襲ー!敵襲ー!砦東側の森に敵襲ー!」
「予感的中とか嘘でしょ……!」
ミルカは部下にこの場を任し、東壁へと向かって行った。
・・・
「ライカっ!絶対戦況報こ……」
「盾兵8魔甲ライフル6盾で壁を作りながら射撃被弾0」
ライカの声に感情は無く、魔甲ライフルに魔力を溜めて弾を放つ動作を繰り返していた。
「ぞ、増員はいる?」
「いらない。この程度私一人で十分。今二人戦闘不能にした」
その射撃には淀みが無く、本当に狙っているのか怪しいが、確かに敵の数は減っている。
「また一人落とした。ミルカちゃん、ここは私に任せて他行っていいよ」
「う、うん。ほんと頼りになるわぁ……」
東壁、問題無しーー
・・・
「……なに?もう一回言ってくれないか?」
砦から500mほど離れた地点、そこにはタンラーとキキョウが天幕の中で待機していた。
「は、砦の攻略は順調に進んでいますが、東壁の一点が攻めあぐねております」
「嘘だろ?東壁には二隊回してるんだぞ?」
「それが……どうやら神がかった狙撃で、既に三人ほど戦闘不能になったと」
「ライカントか……!まあいい。キキョウ、プランHの実行を早める。行ってくれるか?」
「はっ、ご命令とあらば」
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