カンザイ砦攻略戦・一日目 1
模擬戦開戦の一時間前、カンザイ砦は慌ただしさのピークを迎えていた。
防衛設備はある程度整備されていたが、しばらく使われてなかったのか、稼動部分に錆が浮かんでいた。城壁に上がるため、壁の内部に取り付けられた木造の階段も所々が腐り、昇り降りするだけでも悲鳴をあげていた。そのため、A班の生徒のほとんどが修理や整備に走り回っていた。
最初に防衛側を受け持った班は、戦況を有利に運べる分、このような雑事も請け負わなくてはいけないのが難点だった。
「やあライカ、調子はどうだい?」
場所は城壁の四隅に位置する物見台、その一つだ。
「うーん……どうもしっくり来ませんねー」
ライカはそこにあるいくつかの狙撃窓を覗き、己の技が最大限生かせるポイントを探していた。
「ここはまあまあなんですけど……どうもあの木が邪魔ですねー。あ、そうだアークスさん、どうせ暇そうなんで、あそこ一帯の木を切ってきてもらえませんか?」
「うーん、一応僕この班の代表なんだけどなぁ」
そうはいいつつも、一応その頼みを頭に入れて置くアークス。
「……冗談ですよー。そんなことしたら、私達が攻めるとき隠れる場所が無くなっちゃうじゃないですかぁ」
「……あっ、僕が暇そうに見えたのは冗談じゃないのね」
「うふふ、忙しい人がわざわざこんな司令室から遠く離れた所に来るわけ無いじゃないですかぁ」
クスクスと笑う彼女は、一切急ぐ様子も見せず、淡々と狙撃位置の確認をして行く。
「……意外、だな」
「なにがですかぁ?」
「いや、いつもライカはミルカの後ろに隠れてるようなイメージがあったからな。こうしてあいつから離したら、何も出来なくなるんじゃないかと思ってた」
この男、言葉をオブラートに包むことが出来ないのであった。
「ふふー、見直しましたかー?私やれば出来る子なんですよー」
ライカもライカで、アークスの方に振り返ることもなく確認を続ける。
「……いつも訓練でライカのこと見て思うんだけどさ、お前ってミルカよりも優秀だよな。なのになんであいつの従者みたいになってんだ?」
オブラートに包めない男アークスは、当然普通の神経をしている人間なら聞けないであろう内容を、いとも容易く聴きだす。そのあたり、コミュニケーション能力は低いのかもしれない。
「んー、楽だから、かなぁ」
「楽?」
「ほら、私って何故か敵が多いじゃないてすかー」
敵は敵でも女の敵だ。
「でも自由奔放なミルカちゃんと一緒にいると、自然に私の影が薄くなるんですー。それにミルカちゃんも私といることで、自分の目的を思い出せますからねー。利害関係が一致してるんですよぉ」
「ミルカの目的?」
「それはですねぇ……あ、噂をすると」
ライカとアークスがそんなたわいもない会話をしていると、この物見台とは反対側の物見台から、ミルカの大声が響いた。
「アーークス!雑用を私に押し付けて何処にいるのよ!出てきなさーい!」
その声は怒りに満ち溢れ、捕まったらタダでは済まないことが明確だった。
「……やっぱり暇なんじゃないですかぁ」
「はは、ばれたか……じゃっ、俺は逃げるから、あいつにあったら適当なこと言って誤魔化しといてくれな」
それだけ言い残すと、アークスはミルカが走って来る方向とは逆の方向へと駆けて行った。
「……ふふ、ありがとうございますアークスさん。お陰で緊張がほぐれましたよ」
「おっ、アークスじゃねえか。なんでそんなに息荒くしてんだ?」
「あらやだ、あんた汗臭いわよ。アタシに近寄らないでよね」
逃走劇から数分後、アークスは城壁下部の補修をしていたマグナとエマリンの近くで立ち止まった。
「はぁっ、はぁっ、じ、じつは「アークスどこ!?ここら辺にいるのは分かってるんだから!」ひっ!?」
一時は腰を下ろして一休みをしようとしたアークスだったが、鋭く響くミルカの大声に慌てて反応し、座ったまま飛び上がる。
「じ、じゃあそういうわけだからっ!頼んでおいたことちゃんと頼むねっ」
そういうと彼は、二人の返事も待たずに司令塔の方へとすっとんで行った。
「ったく、なんであいつらはあんなにのん気なんだか……思わずこっちまで気が抜けちまうぜ」
「まさかそれが狙いだったら大した物だけどねえ。そんなわけないわね」
・・・
「まったく!あんたは!手間かけさせるんじゃないわよっ!」
「いたっ、痛いよミルカ!ちゃんと歩くから引きずるのはよせ!」
司令塔その最上階、司令室へと続く廊下を、ミルカはアークスの片足を掴み、乱雑に彼を引きずって行く。いかにも異様な光景だが、A班の生徒にとっては日常のようで、微笑ましくその様子を眺めていた。
「ほんとなんであんたみたいな奴が代表なんだか……!」
「僕はいつでも代表の座を譲るんだけどなぁ……」
「それはダメよ!一度任された仕事を投げ出すなんて、私が許さないわ!」
いよいよアークスも引きずられることを受け入れたのか、床に頬杖を突いて愚痴を挟む。引きずられながらだ。
実際のところ、A班の代表はアークスなのだが、彼よりもミルカの方が班員の支持を集めている。
学科は言わずもがな、実技の成績も班ではトップで、総合的に見ても彼女がA班で一番の成績だ。
そのためミルカをA班の代表に、という声が多数上がるのだが、彼女が頑なにそれを拒むため、やむなくアークスを代表に据えている、というのが現状なのだ。
「ほらっ、とっとと、仕事しろぉ!」
「ほげー!」
ミルカはアークスを乱雑に司令室へとぶち込むと、彼が逃げ出せぬよう扉を固く閉ざす。
そして扉の近くに人の気配がしないことを確認すると、机に手を付いて立ち上がるアークスへと詰め寄る。
「……ねえアークス」
そしてその肩に触れ、その小さな唇を彼の顔へと近付ける。
「あんな感じでよかったの?」
「ああ、流石ミルカだ。良い演技だったよ」
「半分ほど演技じゃないんだけどね……」
アークスはミルカの肩を軽く叩き、労いの言葉を口にする。二人の間には、先程までの剣吞とした雰囲気は無く、今までの茶番が全て演技だったことを表していた。
「みんなかなり気を張ってたみたいだからね、これで大方いつも通りになってくれたと思うよ」
「いくら時間が無いからと言っても、これじゃあまたみんなに愛想尽かされるわよ?」
「大丈夫大丈夫、その分君に支持が集まるから問題無いよ」
そう言って彼は貸し与えられた執務机に腰を下ろすと、散々走り回ったせいで溜まった乳酸をほぐすため、ストレッチをし始める。
その机には、既に処理し終えた書類の山が積まれていた。
「いずれこの班は、君の野望を達成するための力になるんだ。そのためなら協力を惜しまないって契約だろ?」
「そうだけど……でもそれじゃああんたが可哀想よ。いくら契約を結んでるって言っても、私の気持ちが収まらないわ。だから……」
ミルカはアークスの背後へと回ると、彼の肩を掴み、マッサージを始める。
「……これくらいさせなさいよね」
「……大貴族の娘に肩を揉ませる庶民なんて、僕が初めてなんじゃないか?」
そうしてしばしの間、穏やかな時間が流れた。
「……よし、じゃあ僕は僕の目的の為。君は君の野望の為、この模擬戦勝つとしますかね」
「そんなの当たり前よ!天才軍師がなに?こっちは未来の大将軍だってのよ!」
ミルカはそう息巻くと、思い切り両拳を握り締めた。
アークスの肩を握ったまま。
司令室に彼の悲鳴が響き渡った。
模擬戦開戦まで、残り二十分。
ーーー
「ーーさてみんな、もうすぐ模擬戦が始まるのだけれども」
カンザイ砦、その広場の中央に、A班総勢三十名が集まっていた。五列縦隊で整列し、それと向き合うようにしてアークスを中心とし、それぞれの隊の隊長が並んでいる。
「みんなの頭には入ってるだろうけど、一応最後に配置の確認をしようと思う。じゃ、それはミルカに任せるよ」
アークスは一歩後方に下がると、隣に控えていたミルカに中央を譲る。
「まずはライカを隊長とした軽式射撃隊は、砦の四隅にある物見台を、それぞれ一人一箇所担当してもらいます。そして隊長のライカは、一番激戦が予想される城門の辺りを任せます」
「はっ!」
「任せてねー」
隊長のライカ以下四名が、腕を胸に当て敬礼をする。その肩に下がるのは、遠距離攻撃に特化した魔甲ライフルだ。魔甲彼らの役目は索敵と、砦に近付いてB班を狙撃することだ。防衛戦において、一番重要な役割かもしれない。
「次に、私が指揮する軽式遊撃隊は、射撃隊が発見した敵を城壁に近付けさせないため、配置場所は全員城壁の上です」
「はっ!」
ミルカの配下以下五名も敬礼をする。彼らは城壁に設置されたバリスタや、自前のボウガンを用いて城壁に取り付いた敵を迎撃する。
「次、エマリンを隊長とする混成遊撃隊は、もし敵の侵入を許したとき、これを迎撃するため私達軽式遊撃隊と共に行動して貰うわ」
「はっ!」
「任せなさいな。アタシがいる限り誰一人通さないわよ」
エマリン以下七名が、傍に抱えた小型連発魔甲銃を構えながら敬礼する。敵が城壁を乗り越えて来た場合、彼らが防衛の要となる。
「そして最後に、マグナを隊長とする重式歩兵隊は、敵が砦の中まで侵攻して来た場ときに司令塔を守って貰うため、司令塔の周辺警護を任せます」
「はっ!」
「おう!」
マグナ以下九名の雄達は、どの班よりも高らかに敬礼をした。彼らの装備は、大型の盾と長い槍という狭い場所では生かせない装備のため、地上の警備を任せるほか無いのだ。しかしその高い防御力は、こと地上戦において無類の強さを発揮するのだが。
「そして私達の代表であるアークスなんだけど……戦闘不能にされたら困るから、司令室に幽閉します」
「えっ!?なにそれ僕初めて聞いたんだけど!?」
「ごめんねアークス、これはあなたを除いた班員全員からの提案なの」
信じられない、という顔で班員を見渡すアークスだったが、その全員が深く頷いていたのを確認すると、流石の彼もガックシと項垂れてしまった。
「そのため、全体の指揮はこの私が執らせて貰います!」
ミルカのその宣言に、班員全員からの暖かい拍手が贈られた。もちろんアークスを除いてだ。
「さあみんな!あの憎っくき天才軍師様をぶっ倒してやりましょう!」
「「「おーー!!」」」
ミルカの激励に、班員の結束は最高潮に達した。
「それじゃあみんな!配置について!」
「「「はっ!」」」
その掛け声と共に、A班の面々はそれぞれの持ち場へと駆けて行った。
最後まで残ったのは俯いたままのアークスとミルカのみだった。
「……ほんと恐いくらいにあんたの予想通り進むわね」
「……当たり前だろ。この程度の心理操作なんてわけないさ」
顔を上げたアークスの顔に、班員から裏切られたという悲壮感は、1mmも浮かんでなかった。
「こんなのちょっと無能の演技すれば、より優秀な者に指揮されたいと願うのは、ちょっと考えれば分かる」
「演技ねぇ……あんたの場合、半分は本当のくせに」
「ぐっ……」
ミルカの言う通り、頭脳面はアークスの方が上とは言え、実技面で彼はミルカに手も足も出ないのであった。
「いや、ほら。僕はまだ奥の手があるし……」
「はいはいそうですねー、あんたは奥手ですねー」
アークスの言い訳を全く聞かないミルカだった。
「まっ、僕は君みたいに表立って動くことに長けて無いからね」
「私だってあんたみたいに裏でコソコソするのなんて無理よ」
「それもそうか」
「それもそうよ」
その時中継基地の方角から、開戦三分前を報せる銅鑼の音が響いた。
「うん、じゃあ表でみんなの目を引きつけておいてくれよ」
「ええ、裏工作は任せたわよ」
「「勝利のために」」
そう言い残し、二人は全く真逆の方向へと別れて行った。
そして三分後、よく晴れた青空に開戦の銅鑼が響き渡った。
模擬戦、開戦ーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます