カンザイ砦攻略戦・前日 sideB

「キキョウ、暖かいお茶を淹れてくれないか?」

ここはカンザイ山中腹にある中継基地、攻略側の班に与えられた一室だ。

B班の代表であるタンラーは、その部屋に代表する補佐であるキキョウ・ユカゲと共に作戦の詰めをしていた。

「は、そう言われるかと思い、既に準備してあります」

「ふふ、流石は未来の僕の補佐官候補だね」

彼女はどこから取り出したのか、白磁のティーセットをテーブルに置き、慣れた所作でお茶を淹れ、お茶請けと共にタンラーの前に差し出す。

「ん、今日のお茶請けはチョコレートか。疲れた頭には甘い物、よく分かってるね。おっと、せっかくの淹れたてのお茶だ、冷める前に飲まないとね」

タンラーは凝り固まった肩を鳴らして身体をほぐすと、優雅な動作でお茶を啜る。

「って冷たっ!キキョウ!なんだいこれは!?キンッキンに冷えてるじゃないか!」

「そ、そんな!たしかに淹れたてのは……は!」

「まさか淹れたてって……この部屋に入る前に淹れたて、ということとか言わないよね?」

「……すみません!」

キキョウは目にも留まらぬ速さで腰を90度折り、その非礼を詫びる。

季節は夏といえ、山の中腹にあるこの基地は、地上より数度気温が低い。そして僅かな暑気も石造りの壁によって阻まれている為、三時間ほど前に淹れたお茶が冷めるのも当然だ。

「まったく、次からは気を付けてくれよな……ふむ、この程度で取り乱すとは、少しばかり疲れが溜まってるのかな。ちょっと糖分補給しなきゃな」

気を取り直したタンラーは、小鉢に積まれたチョコレートを一つつまみ、口の中へと放り投げる。

「って苦ぁっ!?なんだいこれは!よりにもよってビターチョコだと!?こんなんで糖分補給出来るかーー!」

「すみませんっ!」

二重の非礼を重ね、キキョウはその綺麗な黒髪が汚れるのも厭わず、額を地面に押し付け謝罪する。

これは彼女の出身であるヤマトに伝わる最強謝罪術「ドゲザ」だ。

「まったくなんだい!せっかく気分を落ち着けようと思ったのに、疲れる一方だよ!どうしてくれるんだい!」

「平に詫びまするぅ!しかしお許しいただけないとならばっ!」

それまで額を地に押し付けたまま微動だにしなかったキキョウは、突然軍服を脱ぎ捨てサラシ姿になると、腰に差していた短剣を抜き、その白く細い脇腹に押し当てる。

「このキキョウ、腹を切って詫びまする!あいや、介錯不要!」

ヤマトに伝わる「セップク」だ。

「ちょーー!!?怒ってない!許す、許すから!丁度冷たいお茶と苦いチョコが食べたかったから早まるなー!」

「しかしっ……!」

それでもセップクの姿勢を崩さないキキョウに、タンラーは冷たいお茶ーー何故か緑茶だーーをガブガブ飲みながら、一緒に苦いチョコを摂取する。早く飲み込みたいのに、冷えたお茶のせいでチョコが溶けなくて悲惨な目に合う。この少年、アークスに引けを取らない不憫さだ。

「タンラー様がそう仰るのであれば……しかしこのままでは私の気が済みません!どうか罰をお与えください!」

「罰って言ってもなあ……」

そもそもバツを与えようとも思っていなかったタンラーは、どうしたものかとしばし考える。

「……もしタンラー様が許可をくださるのなら」

すると、あらかじめ用意していたかのように、キキョウは己に与えるのにふさわしい罰を提案する。

「明日実行する作戦の任務『プランH』を、この私に任せてくださいませんか?」

「……ふむ、確かにプランHは危険度が高い任務だから、他の奴に任せようと考えていたが……ふふ、流石はキキョウだ、ここで僕が断れないと踏んでのミスだったんだね?」

「は、ははは、もちろんでございまする!」

冷や汗を大量に浮かべるキキョウ。その真偽の程は分からなかった。

「よし、だったらプランHはキキョウに一任するよ。というか君がB班で一番魔甲を使いこなしてるからね。君がやった方が成功率が高いだろう」

「はっ!お任せください!」


・・・


「タンラー様、一つ聞きたいことがあるのですが」

「なんだい急に?」

タンラーとキキョウは他の班員に割り振られて部屋に行く為、長い廊下を並んで歩く。

「タンラー様は私よりA班について詳しいです。そのタンラー様から見て、特に注意した方が良い相手はいるのですか?」

一応彼女はB班の諜報班も兼ねているのだが、しかしタンラーは彼女よりA班について詳しいのだった。

「そうだね……まずはフォードの血族、ライカントだね。彼女は幼い頃から魔甲と親しんでいたから、魔甲についての知識が凄まじい。何よりすごいのは、その射撃の腕だ。それに限れば、魔甲兵科本隊の兵士さえも凌ぐよ」

「あの女、そんなにすごいのですか……」

そのスタイルの良さから、女の敵が多いライカだった。

「あとはミルゼリカは何をするか分からない怖さがあるし、マグナとかいう大男は元陸軍上がりで、白兵戦の実力は本物だ。ただ何より一番の警戒すべき相手は……」

「エマリン・プリアラモードですか?」

キキョウは思いつく限りの有力な生徒を上げる。

「いや、奴をの警戒すべき点はその資金力だけだ。実力は並の魔甲兵レベルに過ぎん」

「……他に誰がいますか?それとも実力を隠しているだけ……」

「ーーアークス。アキサス・ディスト・ネストだ」

キキョウの頭に、つい数時間前に会った黒髪の少年が思い浮かぶ。

「しかし先程は彼に向かって、大したことない奴、だと仰いましたが?」

「……君は少し人を疑うことを覚えた方がいい」

タンラーは一度立ち止まり、本気で頭を抱える。このキキョウという少女、頭はいいのだが、いかんせん要領が少しばかり悪い。

「魔法が使えないとはいえ、彼は立派な魔導士の教育を受けた男だ。この僕にさえ彼が何をしてくるか読めないよ」

「わかりました、アキサス・ディスト・ネストを最優先撃破対象にします」

彼女はタンラーへ敬礼をする。それに満足した彼は、再び目的地へと歩み出す。

やがて一つの扉の前に到着した。ドアプレートには「談話室」と書かれている。

「まあよっぽどのことが起こらない限り、僕達の勝利は揺るがないんだけどね」

その扉をゆっくりと開け、中の様子を伺う。


「……A3パターンからN2パターンへ移行するときの条件は……」「敵が165番の行動を取った時はG6からH8までをカットする……」


「……こっちの兵も付け焼き刃だけど、なんとか形になったしね」

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