カンザイ砦攻略戦・前日 3

「まったくもう!なんなのよあの変態中佐!」

「なに怒ってんだよ……胸くらい揉まれたって減るもんじゃないだろ」

「減るわよ!主に私のプライドがすり減るわ!」

レイカ少尉達が去った後、アークス、ミルカ、ライカ、マグナの首脳陣は、城壁の上にあるある回廊を並んで歩いていた。本来ならエマリンも共にいたはずなのだが、

「あ、アタシは遠慮しておくわ。ほら、隊長が全員いないと班員も落ち着かないだろうしね。決して!アタシが高所恐怖症だとかそんなんじゃないわよ!」

とだけ言うと、足早に彼らの元を去って行ったのだ。

「プライド?そんなのマグナの胸筋より貧相な胸にプライド?」

「はっはー!女の価値は胸などで決まらんぞ!?」

「そうだよミルカちゃん。それに胸なんてあっても邪魔なだけだよー?ほら、現にこうしてシャツのボタンが苦しいしねー」

「うるさいわよあんた達!どこまで私のプライドを削れば気が済むの!?」

マグナは100%の善意で、ライカは80%の悪意を持ってミルカを励ますが、それは彼女のプライドを、その胸のように薄く削るだけだった。

「……まあそんな脂肪の塊は置いといて」

「置いと!?……きましょう。そうね、この話はもうお終いね。で、なにかしらアークス?」

「今グルリと城壁を一周したけど、君達だったらどう攻める?」

彼らは砦の正面、正門の上部で足を止める。

「どうって……造りもしっかりしてるし壁も高い。城門は二重門で、容易く破れないときた。俺だったら攻城戦のセオリー通り、城壁に梯子をかけて攻めるかな……」

「バカねえ?兵力差が同じならそんなの無理に決まってるじゃない!私だったら破城槌でも作って城門をドーンってやるわね」

「……」

その他にも兵糧攻め、水攻めなどの案が出た。しかし今回は期限の問題と、地形的な問題で排除された。

「うーん、ダメね。どんな作戦も最終的には兵力差で負けるわね。あと倍は欲しいところだわ」

「……でもー」

話がひと段落した所で、今まで口を閉ざしていたライカが初めて口を開いた。

「その作戦って全部生身が前提ですよねー?」

「それはそ……あっ!」

「そうだ。今回敵が用いるのは生身の兵じゃなくて、最新式の兵装、魔甲機を使って攻めてくる。だからこれまでの戦略は、ほとんど役に立たないんだよ」

20mある壁も、軽式魔甲を用いれば、登り切るのに三十秒もかからない。

破城槌も、重式魔甲を用いれば二人で事足りる。

通常ならば防衛軍の十倍近い人数を必要とする攻城戦も、魔甲機を用いればその常識から外れる。

「なんか私この分厚い城壁が薄く見えてきましたぁ……ミルカちゃんの胸みたいに」

「だな……」

「そうね……ってちょい!」

「ただ今回はこっちも魔甲機があるわけだから、普通に攻められても十分に守りきれるはずだ」

悲壮感の漂いかけた空気は、アークスの言葉で霧散する。

「そ、そうよね!攻城戦なことには変わりないんだから、負ける要素はないわよね!」

「ーーいや、負けてることが一つだけある。……軍師の差だよ」

「タンラー、か」

タンラー・リオン・カイゼルヴァント。天才軍師の血を引いた、B班の代表である。

「ねえアークス、天才天才っいうけど、そんなにすごいのあいつ?そうは見えないんだけど……」

「まさかお前、カイゼルヴァント式用兵術を知らないのか!?」

まさか、という表情を見せ浮かべてミルカへと詰め寄るマグナ。

「カイゼルヴァント式用兵術って言えば、軍隊の理想って呼ばれてる用兵術だぞ?」

「……へぇー、じゃあ軍隊オタクのマグナ君なら、その用兵術がいかに優れてるか教えてくれるわよね?」

「当たり前だろ!えーと……完全自立なんたらで……えと……アークス!任せた!」

「僕の負担を減らすために、君はその筋肉に少しでも脳みそを詰めておいてくれ……まあいいや」

小難しいことは覚えていられない性格なのか、説明の全てをアークスへと丸投げするマグナだった。

「一回しか言わないからよく覚えとけよ?」

「それは無理ね!」

「せめて努力をしろよな?」

ぐちぐちと愚痴をこぼしながらも説明をするアークスは、その口調とは裏腹に根は優しいようだった。


『カイゼルヴァント用兵術』

それは徹底し教育により、軍師の思考を限り無くパターン化した物を兵士に叩き込む、という非常にシンプルな物だ。

これを完璧に習得した軍隊は、頭である軍師の命令を、その脳に組み込まれたパターンで判断し、一秒の誤差も無く行動に移すことが出来る。

本来ならば軍師の命令を聞いた際「命令→思考→準備→行動」となるが、これを修得した兵はある程度、いや、ほとんどの確率で次の命令が予想出来るため「思考→準備→命令→行動」という具合に入れ替わる為、結果二つの段階を飛ばすことが出来る。

しかしシンプルゆえに修得は難しく、そのパターンを覚えて反射的に行動に移せるようになるまで、長い時間を要するのが欠点だが。


「……そんで間違いなく奴もこの用兵術を用いて来る。これは間違いない」

「なによそれ、そんなの軍師が命令を間違えない限り勝てるわけ無いじゃない……」

「まず間違えないだろうな。この用兵術は奇襲に弱いっていう弱点があるんだけど、その奇襲さえもパターンに織り込まれてることは間違えない」

「じゃあどうするんですかぁ……」

ミルカの悲壮感が漂った視線、ライカの庇護欲をそそる目線、そしてマグナのなにも言わぬ目線を受け止め、アークスは入科式の日よりも伸びた黒髪をガシガシと掻きながら答える。

「そんな目で見るなよ……あくまで今のは平地での話だ。今回は攻城戦で、こっは有利な防衛側だ。よっぽどのことがない限り負けないよ」

彼の答えに、やや明るい雰囲気が戻るが、完全にその不安は取り除かれなかった。

「アーークス!アタシの方はだいたい下の構造を把握し終わったわよーー!」

砦の内部、城壁の下端から甲高い声が響いた。遠くからでもその丸い体型はエマリンの物だと瞬時に分かる。

「わかったよー!!頼んでおいた物は見つかったかーい!?」

「当たり前でしょー!そろそろ叫ぶの疲れたからー!下りてきなさいよー!」

それから二言三言話すと、アークスはミルカ、ライカ、マグナの方へ振り返る。

「さあ、班のみんなを集めて兵の配置を話し合わなきゃだろ?早く下りるぞ」


訓練開始まで、残り十八時間。

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