カンザイ砦攻略戦・前日 2

カンザイ山砦の麓にある町、カザナへ辿り着いたのは、訓練開始前日の昼前だった。


「うわー……ここって本当にガラシアなの?」

町の様子に、思わず都会っ子のミルカが呟く。

ガラシア帝国は軍事国家で、辺境の村はともかく、主要砦付近の町や村には街道が整備されていて、近隣諸国の商人の姿も見受けられるのが普通だ。

しかしここカザナは、町の中央を通る石畳からは雑草が生え、通りに面した商店も寂れている。

砦まで続くこの道は、有事の際ガラシア軍が通るため、幅が20mほどあるのだが、今現在そこを通るのはA班の面々しかいない。

「あなたって何も知らないのね……それでも本当に貴族の娘なのかしら」

「貴族の娘なのは今関係無いでしょ!」

「エマリンもミルカちゃんも喧嘩しないでよぉ……エマリンは覚えておいて?貴族だから知らないんだよぉ」

エマリンとミルカの小競り合いに、ライカが間に入って仲裁するのは、このA班では当たり前になっていた。

「正確には知ろうとしない、だな。この国は軍事国家を謳っているが、その資金を提供するのは貴族様だ。その貴族様はお金が大好きだからな。軍事的価値の少ないこの町みたいな所は、知らないことになってるんだよ。知らない場所にはお金を掛けなくていいからな」

ライカの説明をアークスが引き継ぐ。彼の顔には、貴族への嫌悪感がありありと浮かんでいた。

「どいつもこいつも貴族貴族貴族……そんなこと私だって知ってるわよ!」

ミルカは肩をフルフルと震わせたかと思うと、突然大声を上げる。

「だから私が軍のトップになって、それを変えてやるのよ……!」

その目に浮かぶ涙は、彼女の胸の内に潜む野望の炎で掻き消えた。

「……僕にとってはそんなこと関係ないんだけどね……ま、その野望を叶えるためには今回の模擬戦、勝たないとだしね」

「……もちろん負ける気は無いわ。これからもね」

ミルカは目元をひと擦りすると、話はおしまいとばかりに元気よく馬を進める。

「さあ!B班はとっくに着いてる頃だろうし、私達も急いで砦にーー」


「やあ、久しぶりだねミルカ」


「っ!?」

全員が砦の方を向いた瞬間に、その後方から狙い澄ましたかのようなタイミングで声が掛けられた。

勢いよく振り返った彼らの視線の先には、どこか異様な空気を漂わせる茶髪の少年が立っていた。

「あんたは……タンラーじゃないの」

「タンラー……?ってことはこいつがB班の!?」

タンラーは、突然の出来事に驚くA班を見て満足したのか、銀縁眼鏡の下に潜ませる細い目を閉じ、満足げな笑みを浮かべる。

「初めましてA班の皆さん、僕はB班代表を務めさせていただいているタンラー・リオン・カイゼルヴァントと言います。そこのミルゼリカとは昔からの知り合いで、僕は友達だと思ってます」

「私とあんたが友達?ふざけないでよ。友達なのは私のお父様とあんたの父親だけでしょ」

丁寧なお辞儀をして挨拶するタンラーに、ミルカは心底嫌そうな顔をする。しかしタンラーはそれに対し、顔色一つ変えなかった。

「私はあんたから悪戯された覚えしか無いわよ。しかもあんたは大人達に良い顔して、私が大人に言いつけても信じさせなかったし……」

その顔は過去のことを思い出しているのか、やや青ざめている。

「ははは、君をいじめるのは楽しいからね……。で、今回も班代表になった君をいじめられるのかと思ったけど……」

「……なんだよ天才軍師様?」

その視線はミルカの横に立つアークスへと移動する。タンラーの視線はアークスを舐め回すように動く。

「B班代表の僕が名乗ったのに、君は名乗ってくれないのかい?」

「よく言うよ……僕はアークス・ディストだ。これでいいだろ?」

アークスについてタンラーは調べているのだろうが、そんなそぶりは露程も見せない。

「アークス?おかしいなあ、名簿にはそんな名前載ってなかったけど?」

「やっぱり知ってるじゃねえか……アキサス・ディスト。これでいいか?」

名乗り直すアークスに、タンラーは口元に嫌らしい笑みを浮かべてアークスの表情を伺い見る。

「ああ!君がアキサス君か!まったく、本名はキチンと名乗ってくれないとね!ところでだけどアキサス君、これは好奇心なんだけど……」


「なんで魔導士の君がこんな所にいるんだい?」


瞬間、アークスとタンラーの間に流れる空気が氷結する。氷のように無表情を浮かべるアークスと、反対に太陽のような笑顔を浮かべるタンラーに、一触即発の空気が流れた。

「お前はどこまで知って……?」

「んー、魔導士の家系ネスト家の三男、アキサス・ディスト・ネストが家を飛び出して、新設された上級魔甲養成科に入ったことくらいかなー?」


ネスト家。それは帝国に古くから仕える魔導士の家系だ。その血を引く一族には魔法の才能が宿り、将来の帝国魔導士の座が約束されていた。しかしどこにでも落ちこぼれというものは存在しーー


「ああ思い出した!たしかネストの血を引いているのに、魔導士としての才能が無かったんだっけ!ごめんごめん僕としたことがーー」

「……だまれよボス猿。の家のことをこれ以上話すな」

タンラーのあくまで馴れ馴れしい態度に、アークスは底冷えするような声音で返す。彼の顔は相変わらず無表情だったが、その瞳は十六の少年が浮かべて良い物では無かった。

「ははは、どうやら怒らせてしまったようだね。ごめんごめん」

「……いや、全然怒ってないから。気のせいだから」

アークスは己の怒りを押さえつけ、冷静に振る舞う。が、周りから見れば、とてもそんな風には見えなかった。

「挨拶はもう済んだだろ、ならとっととどっか行けよ」

「待って待って!用件は他にもあるんだよー」

踵を返し砦へと足を向けたアークスを、タンラーは慌てて引き止める。

「早く済ませてくれよな……こっちは侵略側なんだから周辺の下見をしたいんだよ」

「何を言っているんだい?君達は防衛側だよ?ほら」

「……は?」

タンラーの指差した方を見ると、そこにはB班がちょうどカザナの町へ辿り着いたとこだった。

「いやー、僕達も急いだんだけどねー。ギリギリ・・・・僅差で君達の方が先に着いたみたいだね。いやー残念だなー」

「……なるほどな。舐めやがって……!」

「……どういうことよ?防衛側は有利なんでしょ?ならいいじゃない」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアークスに、ミルカはきょとんとした顔で尋ねる。

「確かにそう言ったけど、奴らはあえてそれを譲ると言っているんだよ」

「いやいや買いかぶりすぎ、さ」

あくまでとぼけるタンラーを無視し、アークスは続ける。

「防衛側が有利なこの訓練で、こいつはそれすらも覆してみせる、と言っているんだ」

「……どう捉えて貰っても構わないけどね。僕にしてみればこんな訓練は遊びみたいな物だからさ。まああえて警戒するとすれば、そこのフォードの孫娘くらいかな」

「へ?私ですかー?」

手持ち無沙汰にしていたライカは、突然声を掛けられやや驚く。

「君の射撃技術はよく見せてもらったよ。君なら今すぐにも正規軍で通用しそうだ」

「えっ、なんですかこの子。どうしましょうかアークスさん、新手のストーカー……あっ、もしかしてアークスさんのストーカー仲間だったりしますかー?」

「「僕はストーカーじゃない!」」

ライカの蔑んだ目戦に、思わずアークスとタンラーの声が重なり、気まずい雰囲気が流れる。

「ま、まあ今日のところはこれくらいにしておくよ。それじゃあせいぜい僕を楽しませて下さいね」

そんな捨て台詞を残し、タンラーはB班の元へと去って行った。

「おいお前達!そうと決まれば砦へ急ぐぞ!」

「はっ!」

レイカ少尉の掛け声に、慌ててA班も砦へと足を早めた。


ーーー


訓練開始前日の正午、A班はカンザイ砦へと到着した。

カンザイ砦は四方を20mほどの城壁で囲まれていて、とてもじゃないが生身の人間は登れない高さの石壁で出来ている。さらにその四隅には、それぞれ監視塔が設けられていて、壁に取り付こうとしてもそこから打たれてしまうだろう。さらに砦の門は二重門で、攻城兵器でも使わなければ開けられない。

形は非常にシンプルな砦だが、このカンザイ山自体が自然の要塞なので、逆にこのシンプルさが丁度いいのかもしれない。


「ようこそおいでなすった。ワシがこのカンザイ砦を任されておるジュネス・アッケラー中佐だ」

A班の面々を歓迎したのは、白ひげを蓄えた禿頭の老人だった。その頭には大きな古傷があり、今でこそ枯れ木のような肉体だが、昔は勇猛な軍人だったことを伺わせる。

「はっ!ご無沙汰しておりますアッケラー中佐!この度はカンザイ砦を訓練のためお貸しいただき、ありがとうございます!」

レイカ少尉は右手のひらを左胸に当て、帝国式の敬礼をする。その後ろに控えるアークス達もそれにならう。

「よいよい、そんなに気を張るでない。ここカンザイ砦は平和でな、時たま来る訓練兵を見るのがワシの楽しみなのだよ」

それに対しアッケラー中佐は片手を降って敬礼を解くように言う。

「して、この子達が噂の魔甲機とやらの訓練生だな?ワシは二十年以上この砦におるからな、最新の兵器については疎くての」

そう言って彼はアークスに近付き、その身体をまじまじと見つめる。

「……ふむ、ワシにはどう見ても、この子達は人間にしか見えんのだが……」

「……失礼ですが中佐、僕達はただの人間です」

「おっとすまぬな。ではこちらが魔甲機かの」

「ちょっ!?」

そう言ってアッケラー中佐は、アークスの背後にいたミルカの胸部を触る。

「失礼ですが中佐、それはただのまな板です」

「失礼なのはあんた達よ!」

スパパーン、という快音が晴れ渡った空に響く。

「み、ミルカちゃん、アークス君ならともかく、上官を叩くのは……」

「終わった、わね……」

珍しく青ざめるライカ。ライバルの退学を感じ取ったエマリン。

それもそのはずである。

「いっつつつ……なんで僕まで叩かれるんだよ……それにライカ、何で僕はともかくなの?」

「おうおう……上官の頭を叩くとは、勇気ある嬢ちゃんだの。これは教育がひつよ……」

そう言って枯れた瞳に怪しげな(下心しかない)光を込めるが、

「中佐?お戯れはその程度になさって?」

ニッゴオォ、という般若の笑みを浮かべたレイカ少尉が、セクハラに励むアッケラー中佐の頭を砕かんばかりに鷲掴みする。その表情に、一切の加減は浮かんでいなかった。

「ぐぐぐぐ、冗談じゃレイカ少尉!ワシとてそれほどボケとらんわ!」

しかし彼の言葉に1mmも耳を貸さないレイカ少尉。はたから見れば、若(?)奥様が惚けたジジイを虐待しているようにしか見えない。


「ーーやっと放しおったか。この筋肉ゴリラめ、だからけっこ……よし、話を続けるとしようかの」

散々レイカ少尉に悪態をついたアッケラー中佐は再三A班へと振り向き、先程中断された話の続きを口にする。

「おほん!明日の正午よりこの砦は君達に貸し出すわけだが、一点だけ約束してほしいことがある」

そう言って彼は指を二本上げる。二本上げる。

「一つ!多少の攻撃で城壁を傷付けるのは構わんが、砦運用に支障が出るレベルの傷は控えてくれ!」

二本上げた指を一本下ろし、さらに続ける。

「そして次に、出来れば怪我人を出さないで欲しい!怪我人を治療するのはワシ達の仕事なのでね、あまりこちらの手間を増やさないでくれ」

そして二本めの指を下す。

「そして最後に!」

「「「!?」」」

まさかの三つめの忠告に、驚きを隠せないA班。

「そしてこれは忠告なのだが、もし奇襲を画策して、砦の裏手にある崖を登るというのであれば、それは止めたほうがいい。過去何度か登ろうとした隊があったが、その全てに失敗しておる。死人まで出てる始末だ。だから奇襲を使うにしても、裏の崖はオススメせん。以上だ!」

まさかの四つ目の忠告に気を張っていたA班は、四つ目が来ないことで逆に驚いていた。

「……えー、では私からも一つ。安心しろ、私は一つしか言わないから。これよりお前達以外の兵士は、中腹にある中継基地まで退避する。そのためこの砦の運用はお前達に一任される。砦の構造、弱点をよく調査するのも訓練だ。それを良く学んでくるように!以上だ!」

それだけ言うと、ライカにセクハラを仕掛けようとしていたアッケラー中佐の首根っこを掴み、他の兵と共に去って行った。

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