二章・天才軍師の子vs元神童

カンザイ砦攻略戦・前日 1

カンザイ山砦。

それは、ガラシア帝国とレガーナ魔国院の境目に建てられた砦だ。あたり一帯は森林に囲まれていて、麓には大きな湖と、そこから流れる二股の川がある。

この山は、西方に位置するレガーナ側は切り立った崖で、東方はなだらかな斜面という、監視しやすく退避しやすい形になっている。また、この砦が奪われた場合は逆に攻めやすく、相手は背を崖に向けることになる。

が、レガーナ魔国院という国はあまり戦争を好まず、この砦が他国の侵略を受けたことは、建設されてから200年、今の一度も無いのだが。

その為この砦は、帝国軍の訓練や演習でしばし使われることがある。そしてここが今回の合同演習の舞台として選ばれたーー


「今回の演習は、侵略軍と防衛軍に分かれて模擬戦を行う」

合同演習の三日前、レイカ少尉から今回の演習の説明を受ける。場所はA班の教室。黒板にはカンザイ砦の見取り図が貼られている。

「期限は五日間、勝利条件は最終的まで砦を守ることだ。……はい、アークス。質問を許可する」

レイカ少尉の話が一旦途切れたところで、すかさずアークスが挙手をする。

「最終的に、ということは侵略軍と防衛軍が入れ替わるともある、ということですか?」

「ああそうだ。侵略軍が砦の司令室に掛けられた班旗を掛け替えたとき、その時点で侵略が完了する。そしてその瞬間から侵略、防衛が入れ替わる。はいマグナ君、先生なんでも答えちゃうぞ」

アークスの時とは打って変わって、マグナの質問に笑顔で答える。

「ありがとうございます。では一つだけ質問させていただきます。その演習時、武器はどのような物を使うのでしょうか?いかに魔甲が硬かろうと、実弾や槍の突撃を受けたら命に関わります」

「うんうん、流石はマグナ君いい質問だね。私達司令部もケガ人や死人は出したく無いのでね、今回の訓練はこれを使ってもらう」

そう言ってレイカ少尉が取り出したのは、槍の先端に着ける先の丸いカバーと、液体で作られたような特殊な弾丸だった。

「これは少し特殊でな……ほれ」

「ふぇっ!?」

レイカ少尉は小型の魔甲銃に特殊弾を込めると、ためらいもせずライカへと銃撃を放つ。その弾丸はライカの額に当たると、真っ赤な液体を撒き散らした。

「わ、わ、私死んで……ない?」

「とまあこのように、中には特殊な液体が詰められていてね。そしてこの液体が一定量魔甲に付着すると、強制的に装備が解除されてしまう。で、槍や剣に着けるこのカバーにもこの液体が染み込んでいる」

今にもレイカ少尉へ飛び掛りそうなライカを、数人がかりで押さえ込みむ。しかし当のレイカ少尉はどこ吹く風だ。

「解除された魔甲は、キッチリ六時間は再装備出来ないようになっている。解除されたといって戦闘は続行出来るのだがね……魔甲の暴力が飛び交う戦場に生身で挑むのはお勧めしないね。大人しく陣地に帰るか、再装備までじっとしていることだね」

「でも教官!攻守が交代しても、直ぐに取り返されたらその場合、陣地ってどうなるんですか!?」

レイカ少尉の許可も待たずに発言をするミルカ。彼女がこの後罰として訓練所を走ったのは言うまでもない。

「これからそれを話すのだよ……攻守が入れ替わった場合、その時点で一時休戦が入る。そしてそこから六時間は一切の侵攻は出来ない。と、説明はこんなものか。……エマリン、質問は手短にしてくれよ」

「はい。ルールは大まか理解したのですが、最初の侵略軍、防衛軍はどのようにして決めるのですか?このルールだと、初めに防衛軍を選び、最終日まで防ぎきるという方法が、一番勝率が高いと思うのですが……」

エマリンはその体躯に似合わず、意外と細かいことも気にするのだ。

「ん?ああそんなものーー」


「早い者勝ちに決まってるだろ?」


ーーー



「ーーってなんで私達はのんびりと歩いてるわけ?」

帝国領西方、カンザイ砦へと通じる街頭を、A班の面々は馬に乗って進む。

帝都からカンザイ砦まで徒歩で一週間、馬で四日かかる。そして魔甲機を全開で起動すれば二日だ。

合同訓練開始まであと五日。このペースで進めば訓練開始の前日までには辿り着けそうだ。

「なんでって……あんまり急いでも疲れちゃうだろ?」

ミルカの詰問に、馬車の上でカンザイ砦の見取り図と睨めっこをしていたアークスは、見取り図から目を話すことなく答える。

「でもこのままじゃB班に防衛側を取られちゃうわよ?で、B班代表のタンラーは天才軍師の息子でしょ?やばいじゃない。それともあんたには天才軍師様を倒せるだけの作戦でもあるの?」

矢継ぎ早に質問をしてくるミルカに、さしものアークスも見取り図から視線を外し、渋々質問に答える。

「少しは自分で考えろよな。これだから猿は……確かにこの訓練で一番確実に勝つ方法は、初日から一度も侵略されないことだ」

「猿って言うなし……ええ、それくらい私にも分かるわよ。だから魔甲機で走った行ったほうがいいに決まってるわ」

ミルカは馬車の荷物、全員分の魔甲へと視線を向ける。

「はぁ……その程度の思考しか出来ないから、君は猿呼ばわりされるんだよ」

「悪かったわね!ていうか猿って呼んでくるのはあんたしか居ないわよ!」

「ま、まあまあ落ち着きなよーサルカちゃん」

「ライカまで!?」

直ぐ後ろまで来ていたライカが、頭に血が上ったミルカをなだめる。なだまっていなかったが。

「ほほぅ、こいつを猿呼ばわりするからには、ライカには魔甲機で行かない方がいい理由が分かったんだな?」

「分かるよー。私を誰だと思ってるの?」

ライカ魔甲機開発者、アレクシアの孫だ。その特性にはアークスを除き、A班の誰よりも詳しい。

「それはねぇ……疲れちゃうからだよー」

「ふっ、流石はミルカ。とこぞの猿とは違う」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!納得いかないわ!なんでそんな分かり合った顔してるのよ!」

アークスとライカの完結してしまった話に、食い気味で割り込んでくるミルカ。「疲れちゃう」の一言では納得出来ないようだ。彼女は馬車へ飛び乗り、アークスの肩を思い切り揺する。

「わかったわかった、ミルカにも分かりやすいように説明するから、この手を放せ……」

そこらの男より強い力を持つミルカに、なす術もなく絞られるアークス。

「ふぅ……まずは一つ思い出して欲しいんだ。ミルカは魔甲機を初めて起動した日、魔力を全部吸い取られたんだよな?」

「え、ええそうよ」

今でこそ彼女の魔力制御は中々の腕前だが、魔甲機起動訓練初日、彼女は魔力の制御が上手くいかずに倒れてしまった。

「その時全快まで回復するのにどれくらい掛かった?」

「そうね……丸一日寝込んだら治ったわ」

「君に聞いた僕が馬鹿だったよ……普通の人間なら全快するのに一週間は掛かるんだよ」

ミルカはその底無しの体力のお陰で、人の数倍魔力の回復が早い。これは彼女だけの話では無く、同じく体力バカのマグナも同じだ。

「魔力の回復は、体力の回復よりもよっぽど時間が掛かる。行軍の許可が出たのは、訓練開始の一週間前だ。もし初日から魔甲機を回して、B班よりも早く砦に辿り着いたとしよう。砦に二日で着いたとして、そこから全快まで一週間。つまりーー」

「あ!分かりそうだからちょっと黙ってて!えーと……」

ミルカは突然アークスの口を塞ぐ。どうやら彼女のプライドが、答えを全て教えてもらうことを拒んだようだ。

その後しばらく独り言を呟きながら考えていたが、彼女の答えが出る前に、口を塞がれたアークスが窒息しかけていた。

「ーー訓練開始初っ端から二日分の疲れを背負う、ってとこだろ?ったく、お前ら少しは真面目にしろよな……」

「あっ!マグナあんた!」

隊列前方から、先頭を歩いていたマグナが下がってくる。同じく先頭を進んでいたレイカ少尉から、絶対零度の視線が送られてくる。その視線言外に「マグナを返せ」と語っていた。

「悪いなマグナ、ただ一つわかって欲しい。騒いでいたのはこの猿一人だけだと言うことを」

「ああわかっ……ってちげえよ。俺はアークス、お前を呼びに来たんだよ。お前は代表なのに隊列を率いて無いことに、教官は大変ご立腹だぞ。ほら、あの顔を見てみろ」

もう一度レイカ少尉の顔を見るが、やはりその表情はマグナを求めているようにしか見えない。

「さあ来いっ、馬の背中はいい運動になるぞ!」

「いやぁぁ……」

そうしてアークスはマグナに首根っこを掴まれ、鬼の待つ先頭へと連れ去られて行った。

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