魔甲兵科の春 5

そして月日は流れ、入科式から三ヶ月後。A班の全員が魔力の制御をなんとか習得し、それぞれが得意な武器を選択し終えた頃。班の中にも幾つかの派閥が形成されていた。


「マグナの兄貴!もう一本お願いします!」

「はははっ!さあ来いっ!」

班の八割を占める男子の内、約半数の十人が重式魔甲を装備し、マグナを兄貴と呼ぶ「重式歩兵隊」を作った。彼の巨軀と、班の中でも最年長ということもあり、我らこそがA班最大派閥だ、という自負に溢れていた。

彼らは主に巨大な盾と長大な槍を装備し、その重量と魔甲の膂力を生かした線の突撃を得意とした。


「ライカさんすげぇ……的まで100m以上あるのに、ど真ん中に当てるとか鬼かよ」

「そんなことないよー。君だったら五十年ほど訓練すれば出来るよー。才能なさそうだしねー」

女子二名、男子二名とライカで構成される「軽式射撃隊」は、天才的な魔力制御を得意とする彼女を、師として認めた少人数部隊だ。

彼らは近年開発された、魔力を爆発させて鉛の弾を打ち出す「魔甲銃」を操り、神出鬼没の遠距離攻撃を得意とする隊だ。


「おーほっほ!どうかしらあなた達!最新式の小型連続魔甲銃の威力は!」

「ぱねぇっす!俺達エマリンの姉貴に一生付いていくっす!」

「うす!」

残りの男子の内、七人がエマリンをリーダーとして「混成遊撃隊」を結成した。この隊は、商人の娘であるエマリンから支給された小型連発魔甲銃を装備しており、射程距離こそ軽式射撃隊に劣るが、その面の破壊力は圧倒的であった。


「ちょっ、ミルカさんっ、そろそろ休みっ……」

「まったくだらしないわね!ってあいつどこに行ったのよ!」

そして残りの五人の軽式魔甲を装備した者が集まって「軽式遊撃隊」を成した。もちろんリーダーはミルカだ。

彼らは戦場を縦横無尽に動き回り、時に陽動、時には殿、そして敵本陣に突撃する槍の役目を果たす部隊だ。

その神出鬼没な戦術を可能にする為、この隊に所属するのは、脚に自信がある者のみだ。


そして最後の派閥、と言っても一人しかいないのだがーー


「あっ!アークスいた!」

「うわっ、見つかった……」

アークスは自分を追い回していたミルカを視認すると、露骨に嫌な顔を浮かべた。彼は現在重式歩兵隊で指揮をとっている。その装備は現在重式魔甲だ。

「あんた次は私達のとこで訓練するよていでしょ!いつまで待たせるのよ!」

「はぁ?まだあと三分あるだろうが。猿は時間も分かんないのか?」

「また猿って言った!」

彼はその特殊な才能により、己の意思で重式、軽式の換装が出来る唯一の存在だ。その為、彼は全ての派閥に所属し、また全ての派閥に所属していなかった。

まあ彼は「上級魔甲兵養成科A班」という派閥の代表でもあるのだが……。

「おうアークス、こっちはもう大丈夫だからミルカの方に行ってやれ」

「すまんなマグナ、文句ならそこの猿に言ってくれていいぞ」

入科初日の方こそアークスに良い印象を抱いていなかったマグナだが、この三ヶ月真面目に訓練に取り組むアークスを見て、マグナなりに彼を認めたようだ。今では彼とアークスは、お互いを認め合った仲と言える。

「まったくもう……早く来なさ……」

「おいお前達!集合!」

ミルカが口を開いた瞬間、それを上回る声量でレイカ少尉から集合がかかる。その瞬間、今まで訓練中だった全員が、矢のような速さで整列する。彼らにとってこの程度いつものことだ。

「さて、訓練中お前達を集めたのは他でも無い。以前から言っていた訓練の日時が決まった」

そう言って彼女は訓練所備え付けの黒板に、一つの訓練名を書き出した。


『上級魔甲機兵養成科A班対B班の模擬戦』と。


ーーー


第三兵舎の二階から、訓練所で訓練に励むA班を覗き見る三つの人影があった。

「どうですタンラー君、彼らA班には勝てそうですか?」

アッシュグレーの艶やかな髪をオールバックに固めた初老の紳士が口を開く。胸に光る階級章から、彼が士官以上の軍人だということが分かる。

「うーん……ルバ中尉の言う通り、代表の男の子が少し面白いことやってるけど……うん、僕が指揮をとれば大したこと無い相手ですね」

タンラーと呼ばれた茶髪の少年は、白銀のフレームで作られたメガネをツイと上げる。

「ほほ、それはそれは頼もしい限りですね」

ルバ中尉と呼ばれた初老の軍人は、予想通りの答えに満足し、かすれた笑い声を上げる。

「タンラー様、貴方が言うからには間違いが無いのでしょうが、その根拠を私のような下賤の者にも分かるよう説明下さいませんか?」

「ん?ああごめんよキキョウ」

教官であるルバと、代表のタンラーの完結してしまった会話に、彼らの後ろで影のように控えていた黒髪の少女が口を挟む。

「そうだね……一番大きいのは、彼らA班の代表が凡人で、僕達B班の代表である僕が天才だ、というとこかな」

「タンラー様が天才なのは存じておりますが、A班の代表にも非凡な才能があるように見受けられますが……」

彼女は絹のような長髪を揺らして窓際に近付くと、まさに今軽式魔甲から重式魔甲へと換装したアークスを見つめる。

「うん、確かに彼のあの技術は特別で、他の人には真似出来ないような才能だろうね。……でもその才能は指揮官に必要な才能じゃあ、無い」

「何故そのようなことが分かるのですか?もしかしてタンラー様はあの方と面識があるのですか?」

キキョウの目から見て、実際に各派閥へと指示を出し、彼らと共に訓練に励むアークスは、そこそこ優秀な男に見えた。

「まさか、僕はあの男の子との面識なんてさらさら無いよ。でも、模擬戦の通知が来てからもう三日も経つのに、彼は斥候の一人も送って来ない。勝負を舐めているのか、それともそのことさえ思い付かない無能なのか。僕は入科は初日からA班に斥候を送っているのに……まったく話にならないよ」

「確かにその通りですが……しかし彼らは斥候など送らずとも、己の武力さえあれば情報無しでも勝てる算段があるのでは?A班にはプリアラモード商会の娘がいるので、彼女から最新式の武器を受け取っている、など」

一度はタンラーの説明に納得したが、それでもさらに食い付くキキョウ。その姿はまるで代表を糾弾するような口調だが、これはB班代表補佐である彼女の一番の仕事なのだ。代表の意見に口を出し、その意見に柔軟性を持たせるという大事な仕事だ。

「ナンセンスだよキキョウ。その程度で情報差を覆せるわけが無い。それに、僕の父上に頼めば最新式の武器なんていくらでも買ってもらえるよ。それで、他に意見はあるかい?」

「……いえ、ありません」

キキョウは窓際から離れ、再び影へと戻って行った。

「……まあ一つだけ脅威があるとすれば、フォードの孫娘が不確定要素、ということだけかな」

そのまま数時間、彼らは一言も喋らずA班の観察を続けた。


・・・


時は進み夕暮れ時。訓練を終えたA班派閥の代表は、訓練所に併設されている小さな会議室へと集まっていた。

「さて、僕達も胸襟を開いて話し合おうか」

アークスは議長席に座ると、四人の男女を見渡す。

「……ねえアークス、本当にB班の情報は探らなくていいのね?」

軽式遊撃隊のリーダー、ミルカは軍服のボタンを大きく外し、上気した胸元を露出させる。これがもし大人の女性なら、流石のアークスも前屈みになっただろうが、ミルカはまだ成長途中。その姿には1mmのエロスも含まれていない。

「ちょっとミルカちゃん、はしたないよー。ほら、男子達も見て……あ、見るほど無かったねぇ」

軽式射撃隊のライカは、ミルカほどでも無いが胸元のボタンを2、3個外す。それだけで谷間が覗き、女の子特有の甘い匂いを漂わせる。

「お前もはしたないぞライカ……だがミルカの言うことも一理ある。今日一日中ずっと俺達を監視する視線を感じたぞ?」

重式突撃歩兵隊のリーダーであるマグナは、なるべく女子達を見ないよう顔を背ける。彼自身上半身裸なのは言うまでも無い。

「あ、それアタシも感じたわ。ねえアークス、アタシのパパに頼んでB班の情報を……」

混成遊撃隊のエマリンは、大粒の汗を掻いているにもかかわらず、頑なに軍服を脱ごうとしなかった。

「だから大丈夫だって言ってるだろ。そんなことに人員を割いて、班の連携を乱すわけにはいかないだろ。だったら全員が訓練のみに集中すれば、その分連携の質が上がる。それに相手の情報くらい……」

アークスが机の上に分厚い紙の束を放り投げる。そこにはーー

「えっ、これってB班の情報!?」

「うわー3サイズまで書いてあるとか、一度捕まったほうが良くないですかー?」

「ほう、俺のことまで調べてあるとは……」

「ちょっと!なんであんた体重なんて知ってんのよ!」

そこに書かれていたのは、A、B班合わせて六十名分の個人情報だった。

「まさか入科前に集めてたこれが役に立つとは思わなかっ……なんだよその目は」

8つの眼がアークスを見つめる。その目は言外に「何故こんな情報を集めた」と語っていた。

「い、いやお前達だって新しい仲間がどんな奴か気になるだろ?」

「それは……」「なりますけどー」「ただここまで詳しくは……」「流石に引くわね」

息の合った蔑りの言葉に、訓練の成果が表れていることを実感するアークスだった。

「ぐ、ぐぅ……だけど今この紙を見せたのは蔑まれる為じゃない。こいつを見てくれ」

そう言って彼は一枚の紙を抜き出す。


『タンラー・リオン・カイゼルヴァント。十四歳。帝国軍師、メンサ・リオン・カイゼルヴァントの実子。幼少の頃から父に指揮官のイロハを叩き込まれ、その用兵術は一流。ピーマンが苦手、身長158cm、体重……』


「こいつの指揮する軍に、こっちがあれこれ動いても負けるだけだ。だったらB班に負けている部分は出来るだけ切り捨てて、僅かでもこちらが勝ってる部分を増やしたいんだ。その為なら相手の弱みなんて、いくらでも突いてやるつもりだ。それとーー」

そこで言葉を一旦区切ると、改めて四人の隊長の顔を見る。

「僕一人で作戦を考えるのは限界がある。だから、僕達はこうして胸襟を開いて話し合おう!」

そう言うと、アークスは勢いよくシャツの襟を掴み、一思いに引き千切った。

「……俺はあんまし難しいことは分かんねえけど、アークスがそう言うんじゃ断れねえな」

マグナは逞しい大胸筋を、さらに膨らませる。

「……パパ、エマリンは不良になります」

エマリンは震える手でシャツのボタンを一つだけ外す。

「そういうのはむさ苦しい雄同士でやって欲しいんですけどぉ……」

そうは言いつつも、ライカはもう一つボタンを外す。

「まっ、私は最初からそのつもりだったけど!でもアークス、あんたにはもう一つボタンを外してもらうわよ!」

「いや、僕のボタン全部弾けたんだけど……」

「そうじゃなくて、もっと内面的なことよ。……あんたの隠してる実力とかね」

グイグイとアークスへと迫るミルカ。赤く染まった健康的な地肌は、奥手なアークスには刺激が強かったらしく、たちまち彼の頬も朱に染まる。

「ああ、俺も気になってたんだよな。いくら聞いても教えてくれなかったがな」

「そうよ、まずはあんたから胸襟を開きなさいよ」

「教えてくれないと、女の子のシャツを脱がした変態だって言いふらしますよぉ?」

四人全員に詰め寄られると、さしものアークスも反論が出来なかった。

「はぁ……分かったよ、教えるよ……」

やがて観念した彼は、ポツリポツリと一言ずつ口する。

「実は僕ーー」

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