魔甲兵科の春 4
明くる日、雲一つ無い晴れた朝。陸軍第三兵舎の訓練所にA班が整列する。皆が皆目をこすり、昨晩の闘争の疲れが残っているようだ。
しかし今日から軍人の端くれ。誰一人として欠けることなく五列縦隊で三十人皆が整列する。
「点呼ぉ!始めぇ!」
縦隊から黒髪の少年が抜けて隊列の前に立ち、点呼を取る。ひょんなことからA班代表、いわゆる指揮官になってしまったアークスだ。
彼のみ大粒の汗を掻いていることから、この点呼一つ取るのにかなりの苦労をしているようだ。
「ダメだダメだダメだぁ!声が小さいぃ!やり直せぇっ!」
昨日のやる気が無い態度と打って変わり、訓練時のレイカ少尉はかなり厳しかった。
「てんこぉっ!はじめぇっ!」
「なんだ貴様はぁっ!やる気があるのかぁっ!?」
かれこれ三十分以上アークスの掛け声が響いていて、未だに一度も点呼を取れないでいる。整列している側も、身じろき一つせずに立っているのは大変で、時折ふらつく者もチラホラ見かけた。
「てぇんこぉっ!!はぁじめぇっ!!」
「よしお前ら!点呼!」
ようやっと点呼の許可が下りると、二十九人それぞれが己の番号を告げる。
……」「二十六!」「二十七!」「二十八!」「二十九!」「三十!」
「レイカ少尉!上級魔甲養成科A班揃いました!」
「馬鹿野郎!私のことは教官と呼べと言ったろうに!やり直せぇ!」
「え、そんなこと言ってな……」
「口答えするかぁ!」
思わずアークスの口から出た言葉を、レイカ少尉の平手打ちで遮る。結論から言うと、そんなこと一言も言っていないのだが、これも訓練のうちらしい。
「上官の言ったことは絶対だぁ!お前は罰として訓練所三周してこい!」
「……っ!はっ!」
アークスは苦虫を噛み潰したような表情を覗かせたが、文句の一つ言わずに駆け出した。訓練所の一周はだいたい500m程なので、三周だと1.5kmだ。
そして彼の走っている姿を見て、A班の九割が
(代表にならなくてよかったー!!)
と思っていた。
「ゼーっはっはっ、終わりました教官!」
五分後、息を荒げたアークスが周回を終え戻ってくる。普段余り運動をしないのか、とても辛そうだ。
「よしっ!ではもう一度点呼だ!」
「はっ!!」
・・・
「……三十!」
「教官!上級魔甲養成科A班以下三十名揃いましたぁ!」
「よしっ!お前ら姿勢を直せっ!」
レイカ少尉の許可が下りて、やっとA班の面々は気を付けの姿勢を解く。アークスも弱冠千鳥足を踏みながらも列に帰る。
「よし!お前達にはこれから魔甲機を渡し、起動訓練に入ってもらう!」
「や、やっとだぁ……」
アークスの瞳に涙が浮かんだのを、周囲の生徒は暖かく見守る。
「……と思ったのだが、お前達の代表の余りの情けなさに呆れた!なので今週一週間、お前達には体力作りをしてもらうことにした!」
アークスに向けられていた視線が、一瞬にして冷たいものに変わった。その目の一つ一つが「なんで入科する前に鍛えておかないんだ」と語っていた。
「よしお前ら!今日は初日だから軽めにしといてやる!」
「「よかったぁぁ」」
アークスとライカの安堵の声が同時に漏れる。この二人、どうやら体力に自信が無いようだった。
「まずは訓練所十周から始めろっ!」
「「全然軽くない!」」
「オラァ!ビリはプラス五周にするぞ!」
ーー言うまでもなく、この日のビリはアークスであった。
ーーー
訓練初日から二週間後、A班の面々は再び訓練所中央で整列していた。点呼を取るアークスは、体系的にはあまり変わらないが、その表情に軍人らしさが僅かに宿っていた。
「教官!上級魔甲養成科A班以下三十名揃いましたっ!」
胸を張って報告する様には、二週間前の弱々しさはなりを潜めていた。レイカ少尉はそれに一つ頷くと、A班の皆へ顔を向ける。
「さて!お前達の出来が余りにも悪かった為、基礎訓練が予定の倍以上かかった!だがお前達にも分かっただろう!お前達は決して優秀では無いと!」
「「「はっ!」」」
一糸の乱れも見せず、彼らは声を揃えて返事をする。彼らもまた、己が軍人ということを自覚したようだ。
「いいか!お前達は今、やっとスタートラインに立ったのだ!この程度で満足していてはたかが知れている!」
レイカ少尉の厳言に、彼らは真剣な表情で耳を傾ける。あのライカでさえもだ。
「私としてもまだお前達を鍛えたいのだが、それは今は置いておく!本日からいよいよ魔甲機の訓練に入る!各自の魔甲機は格納庫に収納してある!さあお前達、ダッシュで取ってこい!」
「「「イエスマム!」」」
A班は即座に回れ右すると、統制の取れた動きで格納庫へと走っていく。
「……やあ、調子はどうだね?」
「はっ、これはミリンタ少佐!」
A班が見えなくなると、建物の陰からミリンタ少佐がゆっくりと歩み寄って来る。それに対し、レイカ少尉は軍人モードで対応する。
「彼らは優秀ですよ。私の定めた合格点を三日で超えてしまいました。流石は帝国の未来を背負う少年達です」
「ほほう、だが君は先程彼らに才能が無いと言っていなかったかな?」
ミリンタ少佐が意地の悪い視線をレイカ少尉に送る。が、それに対し彼女は堂々と答える。
「彼らはまだまだ発展途上です。なのでこの程度で満足して欲しくは無いので」
その表情には、厳しさと共に優しさも混じっていた。
「そうかそうか……おっと、彼らが戻って来てしまう。レイカ少尉、彼らのことは任せましたよ」
「はっ!お任せください!」
そう言い残すと、ミリンタ少佐は兵舎の中へと去って行った。
「A班以下三十名!準備が整いました!」
再びA班の少年少女が整列する。その背中には、幼児サイズの金属の塊を背負っていた。
「……よし!この瞬間より、お前達に魔甲機の着装を許可する!総員、着装!」
レイカ少尉の掛け声と共に、彼らの背負った金属の塊が瞬く。
「「「魔甲機!起動!」」」
起動詠唱が響くや否や、金属の塊はから白銀の鎧が飛び出す。白く輝く金属の正体は、魔力伝導率の高いミスリルだ。
それらは腕に、脚に、頭に、そして身体に纏わりつくと、たちまち一人の魔甲機兵が出来上がった。
しかしその格好は均一では無く、ある者は全身くまなく鎧で覆われ、ある者は動きを妨げない、最低限の軽装であった。
「……ふむ、重式魔甲と軽式魔甲が半々、と言ったところか。む、一人だけどちらでも無い奴がいたか」
ただ一人、アークスはミスリルの鎧を不定形のまま宙に浮かべていた。
「……この前ディストという名字が気になって調べてみたのだが、やはりお前はあの……」
「……なんのことか僕には分かりませんが、あまりそのことを口にして欲しく無いです」
アークスが手を一振りすると、ミスリルの鎧は一瞬で軽式魔甲へと切り替わり、彼の身に装着される。
「ふむ、そんなことはどうでもいいか。よしお前達!これから魔甲の維持訓練を始める!」
・・・
訓練開始から三十分後。
「あー!もうだめっ!」
軽式魔甲を纏ったミルカが五体を地面に投げ出し倒れる。それと同時に彼女の身に纏っていた魔甲が輝きを失い、元の塊に戻る。
しかしこれでも長く保った方で、早い人は開始五分で倒れ込んでいる。
「お、おほほほ、情けないわねミルカさん……あ、アタシはまだまだ、やれ、る……」
重式魔甲を纏ったエマリンは、魔力が底を尽きかけているにも関わらず、ミルカには負けないという気力が、ギリギリの状況で魔力の放出制御に成功していた。
魔甲とは、魔法を操る才能の無い者の魔力を制御し、その魔力をエネルギーとして動く鎧のことだ。これを纏えば、例え子供でも、魔力が尽きぬ限り最強の兵士として戦うことが出来る。
が、もちろん魔甲を操るには訓練が必要だ。魔甲は装着者の魔力を吸って動くのだが、慣れない者が装着すると際限無く吸われてしまう。なので、まず最初にする訓練が、魔甲に与える魔力を制御する魔甲維持訓練だ。
「あ、あの皆さん大丈夫ですかー?それとマグナさん、私みたいな弱っちそうな女に負けてどんな気分ですかぁ?」
「ぐ、うぅ……そういやお前は開発者の血族だったな……」
一方、軽式魔甲を纏ったライカはどこ吹く風で、余裕の表情をしてA班の皆を気遣う。どうやら彼女は魔甲を操るのは今日が初めてでないようだ。
それと真逆に、やる気に満ちて彼女へ勝負を挑んだマグナは、重式魔甲さえ残っているが、へたり込んだまま一歩も動けないでいた。
「ふむふむ、三十分維持できたのはエマリン、ライカ、マグナ、アークスか。……まあミルカも出来たことにしてやろう」
A班の中央に、軽式魔甲を纏ったレイカ少尉が立つ。流石正式部隊だけあって、彼女の魔甲からは僅かしか魔力光が漏れていない。
「教官、班の大半が動けないようですが、この後の訓練はどうしますか?」
しかしアークスの魔力制御はレイカ少尉以上のようで、魔甲からは一切の魔力光が漏れていなかった。
「少しは教官を立ててくれても良いのだがな……よし!動ける者は倒れている無能共を運べ!本日の訓練はここまでとする!」
そう告げると、レイカ少尉の覇気は瞬時に消え失せ、いつものダラケきった表情に戻った。
「あ、そうそう。まだ元気があるやつは、この後訓練所使っていいぞー。んじゃ、私は帰る」
その言葉を最後に、レイカ少尉は兵舎へと消えて行った。
「……さて、運ぶとしようか」
アークスもまた、いつものやる気の無い表情へと戻って行った。
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