魔甲兵科の春 3

「あーお前ら席に着いたか?んじゃあ早速だが……定番の自己紹介行ってみようか」

「どこの国の定番だよ……」


場所は変わり、六十人いた入科生は二つに分かれ、それぞれ「A班」「B班」と書かれたプレートが下がった教室へと移動する。

そしてこの教室は「A班」。めいめいが適当な席に着くと、遅れて一人の女性が入ってくる。ボサボサの黒髪を適当にポニーテールに纏め、隈の浮かんだ眼で教室を一瞥する。

その妙齢の女性は、地面から若干上がった壇上に立ち、開口一番にそう口にした。

「あっ、あんたはさっきの横暴教官!ていうかいきなりそんなこと言われても考えてないわよ!それに人に物を尋ねる時は自分からってーー」

やはり、と言うべきか。いの一番に文句を口にしたのはミルカであった。しかしその文句を、教官は机をひと蹴りすることで黙らせる。

「あーごちゃごちゃうるせえんだよ。ったく、私だってのんな面倒な仕事なんてしたくねえんだよ……なんだってガキのお守りなんか……こんなんだから彼氏にも逃げられるんだよ……おいお前、いい度胸だな。その若さに免じてお前から名乗ることを許可してやる」

ひとしきり恨み言を呟いた後、教官はミルカを指名し名乗らせる。

「いいわっ!よく聞きなさい!私はミルゼリカ・レングランド・カナーシャよ!年は十五!野望は帝国最高司令官になること!あなた達も私について来れば夢を見させてあげるわ!よろしくね!」

あろうことか彼女は椅子に乗り、教室はおろか兵舎中に聞こえるような声で名乗る。

「カナーシャって……あのカナーシャ家か!?」「うわまじかよ、なんで大貴族の娘なんかが魔甲兵科に?」「あとでサインもらお」

にわかにA班の入科生達がざわめく。

「……なあ、えと、ライカだっけ?お前はミルカが貴族だって知ってんだよな?なんだってそんな奴がここに……?」

アークスが小さな声でライカへと尋ねる。彼女は先程まで救護室で休んでいたのだが、どうやら無事回復したようだ。

「ふふ、ほんとミルカちゃんたら困っちゃいますよねぇ」

しかし彼女は天然なのか、それとも意図的なのか、その質問を煙に巻く。

「ふむ、お前が噂の大貴族様が……よしお前、退学していいぞ」

「ええ!?それは予想外だわ!?」

「うるさいなぁ……そもそも教官に口答えする奴なんて軍に必要無いんだよ。今は親の力で何とかなっても、将来的に苦労するのはお前だ。そう、言うなればこれは私の優しさなんだよ。それとこれはあまり関係無いのだが……私は若い女ってやつか大嫌いでね一人残らず退学にしてやりたいそして残った男達と慎ましく明るい関係を築きたい」

「露骨な本音!?」

あまりの横暴な態度に、慌ててミルカが反論しようとするが、女性教官は露骨に無視をする。あわや入科四時間目で退学の危機に陥った彼女であったが、そこへ救いの手が差し伸べられた。

「ーーレイカ少尉、ちょっといいかね」

「っ!ミリンタ少佐!?」

いつから立っていたのか、教室の入り口にこの兵舎の責任者であるミリンタ少佐が中を覗いていた。そして彼は女教官、レイカ少尉へ手招きをする。

「……君は……あの子はカナーシャ家の……軍への支援金が……」

「はい……はいすみません……」

小声で何やら叱られている。先程の横暴な態度は消え、その立ち姿は教官に叱られる生徒のようだった。

そして数分後、叱られ終わった教官が背中を曲げ、弱々しく壇上へと戻って来た。

「あー……ミルカ君、先程のは冗談だ。まあ座ってくれたまえ。女の子万歳……」

そんな彼女の態度に満足したのか、ミリンタ少佐は廊下の奥へと去って行った。

「ちっ、やっと行ったかあのジジイ……さて、気を取り直して自己紹介の続き行こうかー。っとそうだ」

ミリンタ少佐の足音が完全に聞こえなくなると、教官は先程の態度に戻ってしまう。が、心なしか少し元気が無い。

彼女が何やら黒板に文字を書く。しばらく見ていると、それは彼女のプロフィールのようだ。

「私の名前はレイカ・フォースフィールドだ。階級は少尉、所属は第五魔甲機兵科で指揮をとらせて貰っている。年齢はそうだな……二十三ってことにしとくか。もしこの中で私に惚れた男がいたら、遠慮なく声を掛けてくれ。私は喜んで寿退軍しよう」

「二十三歳?どう見ても三十歳は超えてる……」

「お黙り無駄脂肪金豚。その乳もぎ取るわよ」

「ふえぇ、おばさんの嫉妬だよぉ」

教室の後方に座っていたライカの小声を、レイカの地獄耳は逃さない。どうやら彼女、己より若い女性はみんな敵のようだ。

「さて、私とミルカ君は名乗ったぞ?次は誰が名乗ってくれるんだ?」


ーーー


「ーーです、よろしくお願いします」

着々と進行していく自己紹介は、既に大半が終り、残りは僅かな数名になっていた。

そして次に名乗りを上げたのは、ライカよりも(主に全身が)ふくよかな金髪の少女だった。彼女はその重そうな体躯を、見かけによらず素早く立ち上がり、パーマをかけたツインテールを左右に揺らす。

「アタシはエマリン・プリアラモードよ。年齢は十五、体重とスリーサイズが知りたい人は後で教えてあげるわ。それとーー」

そこで話を区切り、今は大人しく席についているミルカをチラリと伺う。

「どこかの誰かさんに倣うなら、アタシの野望は帝国陸軍大将になることよ。その為のプランも数十通り考えてあるわ。将来いい地位に就きたかったらアタシについて来なさい!」

それはミルカに対する分かりやすい宣戦布告だった。そしてこの先、この二人がA班を率いるであろうことを、クラス全員が漠然と理解した。

「……はいエマリン君、それで終わりなら席についてねー」

視線を激しくぶつけ合うエマリンとミルカを、レイカ少尉がやる気なさそうにたしなめる。

「はいじゃあ次はー、そこの金髪雌豚」

「うふふー、わかりましたーまな板年増少尉」

……しかしこちらでもまた女の戦いが始まろうとしていた。

「ライカント・トゥル・フォードです。年は十五でどこかの少尉の半分くらいですねー。あっ、誰もレイカ少尉のことなんていってませんよー」

ニコニコと暖かい笑顔を浮かべながら毒を吐くライカに、周りの生徒達が若干青ざめる。そして教壇に立つレイカ少尉の額も青くなる。血管で。

「あと野望って程でも無いんですけどー、お爺様が作った魔甲機を誰よりも使いこなしたいですー」

その名字から誰もが連想したが、やはりライカはあのアレクシア・フォードと血縁関係にあるようだ。

「ほ、ほう、それは大した野望だな。大いに励んでくれたまえよ。じゃあ次は行こうかー」

本当は今すぐにでも退学を言い渡したいのだろうが、フォードの血族を私的な理由で退学させられないようだ。今も彼女は青筋をひくつかせながら笑顔を作っている。

「はいっ!おれ、あいや私はマグナ・リズガルド・ウルフと言います!年齢は十八!僭越ながら私の野望を言わせてもらいますと、古の勇者、リグ大将軍に並ぶ程の戦士になることです!」

堂々と夢を語るマグナだが、周りからは僅かな失笑が漏れる。それもそのはずだーー

「リグ大将軍って物語の人だろ?そんなんに夢見るとかーー」「筋肉バカに見えてやっぱり脳味噌も筋肉ーー」

嫌でも耳に届く悪口に、しかしマグナの蒼い瞳は1mmも動かない。ショートモヒカンに金髪と、その不良らしい見た目と反して、彼は果てしなく誠実な人間だった。

「ーーおい今マグナ君、いや、私の将来の旦那の悪口を言ったやつ、一発ぶん殴るから出てこい」

レイカ少尉の冷めた視線が教室を見渡す。その冷たい目は、幼い子供が見たら一瞬で泣き出しそうなほど冷めていた。……それと同時に、マグナを旦那呼ばわりした彼女を見る視線も冷めていたが。

「ちっ、腰抜けどもが……。さ、マグナ君、とても素晴らしい夢をありがとう。どうだい?この後私の家へ来ないかい?」

「はっ!とてもありがたい申し出ですが、私は未熟者ゆえ、訓練以外の時間は自主訓練に当てているため、伺うことは出来ません!」

あっさりと断るマグナ。しかしその瞳には嘘偽りなく、彼がこの後訓練に励むのは本当のことだろう。

そのためか、断られたにも関わらずレイカ少尉はにこやかな笑みを浮かべていた。

「よーしこれで全員だな!じゃあこれからーー」

「あの、少尉。僕のこと忘れてます」

スッと、教室の後方に座っていた黒髪の男子生徒が手を挙げる。

「おっと悪かったね、私としたことが見落としていたとは……よし、名乗れ」

「はい。僕はアキサス・ディストです。でもアキサスって名前は嫌いなのでアークスと呼んでください。野望とかは特にありません。あ、十六歳です」

しかし彼、アークスが口にした言葉はそれだけであった。前の三人が印象的すぎたため、いやそれを抜きにしても影の薄い少年だ。

「はいはいアキレス君ね。よく覚えとくよ」

……男好きのレイカ少尉にも名前を間違えられるほど影が薄かった。

「よしじゃあ気を取り直して、兵舎の案内をーー」


ーーー


夕暮れ時、全てのオリエンテーションが終わり、再び教室に戻ってきたA班。彼らは再びめいめいの席に着き、レイカ少尉の話を聞く。

「さて、今日は様々なことを話したが、これから話すことが今日一番重要なことだ。だから今までの話は忘れてくれても構わないぞ」

思わず生徒達の肩が抜け、揃って呆気に取られる。

「レイカ少尉!質問よろしいでしょうか!」

「うんうん、マグナ君にならお姉さん何でも教えちゃうよー」

マグナの挙手に、目元をほころばせて快諾する。後ろの方で金髪の少女が「おばさ……」と言った気がしたが、教室の全員で聞かなかったことにする。

「はっ!ありがとうございます!先程の忘れて良い、というのは命令なのでしょうか!?」

「うーん、冗談のつもりだったんだがな。まあそんなマグナ君も愛しいのだがね。うん、じゃあ忘れてくれるなよ、君達」

どうもマグナには弱いようだ。

「少尉!先程と言ってることが違います!もしかしてボケているのですか!?」

「黙らっしゃい小娘!私はまだピチピチの女子だ!」

ミルカの無遠慮な言葉に、マグナに接する態度と打って変わって、オーガのような表情を浮かべる。

「んんっ!さあ、冗談はここまでにして、真面目な話をさせてくれ」

レイカ少尉は気を取り直して姿勢を正す。これまでのだらけた態度と打って変わって、教室を真摯な顔で見渡す。

「さて、君達は今日この日から帝国陸軍第一師団直属魔甲大隊の一員となるわけだ。まあまだ正式な兵士では無いがな。そして君達の階級は上等兵扱いとなる」

上等兵とは、三等、二頭、一等兵の上の階級で、一等兵以下の兵を纏める小隊長程度の階級だ。

「ただ上等兵扱い、というだけで君達に指揮権はまだ無いのだがな。だがそう、君達にも緊急時や軽度の問題が起きた時には、任務が下されるということを覚えておいて欲しい」

「つまり……私達も前線で戦うことがあるってことですか?」

エマリンかその丸い顔を、僅かに歪めながら尋ねる。

「いやいや、そんなことはまず無い。もしあるとしたらこの国が滅びるときだな。はははー、つまりはありえないってことだ」

しかしレイカ少尉の冗談を笑える者はいなかった。

「君達にやってもらうことと言えば、例えば魔物が町に被害を出したとき、それを鎮圧したりする程度だよ」

重い空気を和らげようとして語った内容に、僅かに空気が弛緩する。

「まだ私達が所属する魔甲兵科は歴史が浅い。そして君達上級魔甲兵養成科は今年出来たばかりだ。その為手探りで進むことが多々あると思うが、その時は君達にも協力を仰ぐことがあるだろう。その時は遠慮なく意見を言ってくれていいぞ」

と言ったところでレイカ少尉の表情が崩れ、先程までのだらけきった顔に戻る。どうやら真面目な話はここまでのようだ。

「じゃあこれで終わりーーっとそうだ、お前らの中でこのA班の代表になりたい者はーー」


ビシッと、黒髪の少年ただ一人を除いて、教室の全員が右手の平を天に伸ばした。


・・・


「はぁっ、はぁっ……エマリンあんた中々やるじゃない……!」

「ふひーっふひーっ、ミ、ミフカもねっふひーっ」

時刻は既に深夜、教室の中には死屍累々と生徒達が倒れている。ただ二人、ミルカとエマリンが軍服をはだけさせながら掴み合っていた。もちろんここで乱闘騒ぎがあったわけでは無い。

最初は希望者の演説で始まった。熱く語り合う彼らは次第にヒートアップしていき、遂には相手を論破しあう討論へと変わって言った。一瞬の隙も見せられない心理戦、その戦いは五時間に及び、最後まで残ったのが彼女達と言うわけだ。ちなみにレイカ少尉はとっくのとうに帰宅している。

「こ、このままじゃラチがあかないふひーっわねっ」

「そ、そうね……そうだ、アークスあんた決めなさいよ……!」

「……え、僕が?」

闘争に参加しなかったただ一人の少年、アークスに白羽の矢が立つ。彼もレイカ少尉が帰るとき一緒に教室を出ようとしたのだが、

「あんたには公平な審判として残る義務がある」

と言われ、やむなく残っていたのだ。そうは言われたものの、今の今まで石像のようにジッとしていたわけだが。

「どうかしらアークス、ルックスの良い私の方が代表にふさわしいわよねっ!?」

「ふ、ふん、外見なんて関係無いのよ。問題なのは頭の良さじゃなくて!?」

「うう、ああ……」

既に二人共疲労が限界に達しており、まともな思考が出来ていなかった。

「さあ!」

「どっち!?」

「う、う、う……」

俯くアークスに二人の女子が詰め寄る。女慣れしていない彼の思考も沸騰する。

「ぼ……」

「「ぼ?」」


「僕が代表になる!」


わけも分からず立ち上がり、これまた己でもわけの分からない言葉を口にするアークス。その瞬間彼の頭に二つの鈍い痛みが走った。

「ってあれ、僕は何を……?」

我に返った彼は、先程まで超至近距離にいた女子がいなくなっていることに気が付いた。

もしかして、と思い足元を見下ろすと、そこには目を回して倒れるミルカとエマリンがいた。どうやら立ち上がったときに、アークスの頭が彼女達の顎に直撃したようだ。

「しまった、僕とした、こと……が?」

彼がなんとなく黒板へ視線を向けると、そこに書いてあった驚愕の内容が飛び込んでくる。


『最後まで立っていた人が代表!』


「ま、まじかよ……なんで僕がお山の大将なんかに……」

アキサス・ディスト、つくづく不運な男である。

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