魔甲兵科の春 2

魔甲兵科。それは今から五年前に設立された、まだ歴史の浅い兵科だ。

十年前、発明家アレクシア・フォードによって開発された「魔力を動力とした機械」により、急速に魔法の重要性が下落した。

魔甲機の発明により、今まで魔法の才能が無ければ扱えなかった様々な「奇跡」を、魔力がある者なら誰でも。いや、魔力を含んだ魔石さえあれば誰でも扱えるようになった。

そしてその力は、当然戦争にも利用される。これまで歩兵、騎兵、そして僅かな魔法使いを中心とした戦場は、魔甲機の登場により一変した。一機一機の製造費用が馬鹿にならない為、実戦配備された数は百数十機と少ないが、その総力は騎兵一万騎に匹敵するという。そしてここ上級魔甲兵養成科は、そんな一騎当千の兵士を育成する兵科だーー


「ーーというわけで諸君、君達にはガラシア帝国の未来を背負うーー」

第三兵舎講堂、ここではこの年から上級魔甲養成科に入科するうら若き男女、合計六十人が集まり、この兵科を預かるミリンタ少佐のありがたいお言葉が語られていた。

「うぅ……こんな長く立ってるの初めてだよぉ」

集団の中ほど、金髪の少女ライカが足を震わせながら弱音を吐く。

「ふんっ、情けの無い。お前はそれでも名誉ある上級魔甲養成科の一員なのか?一体幼年学校で何を学んできたんだか……」

「なによあんた、私の親友に喧嘩売るってことは、この私に喧嘩売ってるってことよね?いいわ、やってやろうじゃないの」

「うぅ……脳筋は黙って下さいぃ」

彼女の右隣に立つ大男マグナーー今はキチンと軍服を着ているーーは、そんな弱音を吐くライカを嘲笑うよう見下す。そしてライカの左隣に立つミルカが、親友を庇うためにマグナを睨みつける。

「大丈夫よライカ、こんな筋肉の塊なんて私がぶっ倒しちゃうんだから!」

「脳筋は黙って下さいぃ……」

「それ私に言ってたの!?」

彼女達自身、その言い争いは小さな声で済ませていると思っていたが、その様子は壁際に立つ講師の軍人達には丸見え丸聞こえだったが。

「ねえアークス、あんたもなにか言ってーーってあんた何真面目に話なんか聞いちゃってんのよ。そんな背筋なんか伸ばして」

ミルカは左隣に立つアークスと呼ばれた黒髪の少年へと助けを求める。が、彼女達とは違い、アークスは背筋を伸ばし顎を引き、真摯な眼差しで中尉の話に耳を傾けていた。

「……一つ例え話をしようか」

「なによ……?」

アークスは視線を前に固定したまま、口を最小限に動かしミルカへと語りかける。

「一人の大したことの無い男がいたとしよう。その男は全てにおいて大したことが無く、周囲の人間達と比べて圧倒的に劣っているんだ。しかしそんな彼でも周りより優秀に見える方法があるんだ」

「へぇ……どんな方法なの?」

「はは、簡単なことだよ。彼は猿の集団の真ん中に飛び込んだんだ。猿の着ぐるみを被ってね。キーキーと争う猿の中でただ一人、真面目にいればいい。そうすればあら不思議、周囲は変装した彼を優秀だと判断するんだ。つまり何が言いたいかと言うとーー」

「わかった!つまりあなたが馬鹿ってことね!あはは!そんなこと初めて会ったときから分かってたわよ!」

大笑いしながらミルカはアークスの背中をバシバシも叩く。そのせいで、せっかく作った真面目な表情が剥がれ、思い切りむせてしまう。

「まったく、あんたの言うことは小難しいのよ!もっとシンプルな言葉で言ってくれない、と……」

最初は元気よくアークスに語りかけるミルカだったが、次第にその勢いは萎んで行き、最終的には首をうな垂れ黙り込んでしまう。

それを気になったアークスは、先程まで彼女が見ていた方向を覗き見るとーー

『最短退学記録者かな?』

という単語が書かれて紙切れをぶら下げる、一人の女講師が立っていた。その顔は笑顔を浮かべているが、目元だけは一切笑っていなかった。

「……これだから猿は嫌いなんだ……」

アークスのその呟きは、壇上で演説をする中尉の声に掻き消された。


「ーーさてさて、話は変わりますが先日私に孫が出来まして。その子の目元が私にそっくりでーー」

しかしどの時代でも、最高責任者の無駄話より長いくて意味の無いものは付きものではある。

その話が二十分を超えた辺り、金髪巨乳の女子が貧血を起こし、隣に立っていた大男に抱えられ救護室へと運ばれたのは別の話。

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