一章・最初の日、最悪の出会い
魔甲兵科の春 1
ガラシア帝国歴650年春、上級魔甲兵養成科にも新しい入科生が来た。
季節柄、辺りに咲く花や木々は鮮やかに色付いているが、ここ帝国軍第三兵舎の無骨な石造りの建物には不釣り合いだった。
そしてその門戸を開くは二人組の少女だった。
「ライカ!ここから私達の覇道が始まるのよ!シャッキリしなさい!」
先頭に立つのは、燃え上がる様な赤い短髪を、頭の上で一つに纏めた少女。その勝気な顔は、やる気に満ち溢れている。多分彼女の周囲の気温は数度高い。
「で、でもミルカちゃん、流石に入科式の三時間前に来るのは早すぎますってぇ……」
後ろに控えるは、輝く金髪を腰まで伸ばす色白の少女だ。おとなしそうな顔をしているが、その反面胸部に蓄えているものはおとなしく無い。
「駄目よライカ!何事も一番じゃなければ、私の野望には届かないのよ!」
「うぇぇ……」
時間は朝の五時、未だに太陽は顔を覗かせ無い。春とはいえ、この時間はさすがに寒い。野望に燃え上がるミルカはともかく、眠い目をこするライカは寒そうだ。
「大丈夫よ!そうよ、寒いなら動けばいいわ!さあライカ、訓練所まで走るわよ!」
「嫌ですぅ……嫌ですぅ……!」
多分ミルカの脳味噌には筋肉しか詰まっていないのだろう。嫌がるライカを引きずりながら、兵舎へと足を踏み出した。
「うぐぅっ!?」
「ん?何か踏んだかしら?」
勢い良く踏み出した足が、黒い布の塊を踏み付ける。その布の塊には人が入っていたようで、しばらく踏まれた痛みに悶絶する。
そして待つこと一分。ようやく立ち上がった人影は砂埃を払い、少女達へと歩み寄る。流石のミルカも、予想外のことに唖然としていた。
「あ、あの大丈夫……でしたか?」
恐らく無事では無いだろう。ミルカはライカを引っ張るため、全力で足を踏み込んだのだ。最悪骨の一本くらい折れてても不思議では無い。
「……ああ、こんなこともあろうかと耐衝撃用の防護布を掛けてたから。多分大丈夫だ」
「そこまで予想出来るなら、なんで道の真ん中で寝てたんですかぁ……」
思わずライカの突っ込みが入る。
声音から察するにどうやら男性のようだ。身長は彼女達より頭一つ分くらい高い。
「ここで寝てれば、やる気のある新入生に踏まれるかなって。上手く行けばその子達に借りを作れるし……」
「うわっ!黒っ!」
少年はその服装と同じように、腹の中まで真っ黒だった。
「……ってあんたいつからここにいたのよ!?今朝の五時よ?何考えてるのかしら?」
「ミルカちゃん、私達も人のこと言えないよぉ」
どうやらミルカは、己のことは棚に上げる主義のようだ。
しかし彼女にとって今一番重要なのはーー
「はは、もしかして一番最初に来たかったのかい?残念でした、僕が一番ですよ」
少年はニッコリとミルカへと微笑みを向ける。しかしその表情は言外に語っていた。
『自分が一番に来たと思ったら、それより早く来てた人がいたら悔しい?ねえ、一番最初の一番を取られてどんな気持ち?ねえどんな気持ち?』
「ムキー!もう謝らない!あんたなんかに謝ってやるもんですか!」
子供のように地団駄を踏むミルカ。それを嘲笑うかのように……いや、嘲笑いながらその姿を見下ろす少年。
「落ち着いてよぉ……ね?仲良くしようよ二人共……」
一人取り残されたライカは、どんどん過熱していく二人をどう止めようかとオロオロしている。
しかしそんな彼女に目もくれず、ミルカと少年の闘争はついに掴み合いに発展しーー
「うるせえぞお前ら!そんな叫んでたら訓練に集中出来ねえだろうが!」
訓練所の方から一人の上半身裸の男が歩み寄って来る。その身体は、夜明けの冷気に湯気を上げ、今の今まで訓練に励んでいたことが分かる。
「しかもよお、こんな朝っぱらから大声を上げてよお、周りの住民はまだ寝てんだぞ!?迷惑だと思わねえのか!?」
「え、でも君の方が大声ーー」
「ああん!?」
「いえなんでもないです」
大声を上げる上半身裸男の剣幕に負け、少年はあっさり平伏する。
「モヒカンだぁ……初めて見ました」
何故かライカは目を輝かせていた。
「俺はよお、マグナってんだ。お前らそんな元気があるならよお、俺と一緒に訓練しようぜえ……!」
「え、いや、僕は遠慮し……」
「ああん!?」
「やりますやらせてください」
少年は再びマグナに平伏する。
「え、訓練!?ねえマグナ、それ私も一緒していい!?」
訓練、という言葉にミルカが反応した。熱量が有り余っている彼女はマグナに詰め寄り、その厳つい顔を見つめる。
「お、おう、俺はぜ、全然構わねえぜっ」
「本当?ありがとうマグナ!あ、私ミルカっていうの、よろしくね!」
どうやらマグナは女慣れをしていないのか、己の腕を掴むミルカの顔を直視出来ないでいる。
「じゃあ頑張ってきてねミルカちゃん。私は帰って寝るからーー」
「駄目よライカ!あなたも一緒に訓練するの!」
「うぇぇやっぱりぃ……」
そう言って再びライカを引っ張るミルカ。問答無用だ。
「じ、じゃあ僕はいらないですね……」
「おう兄ちゃん、お前も一緒にいくんだぜえ……」
こそこそと逃げようとしていた少年は、マグナに首根っこを掴まれ、訓練所まで引きずられて行く。
「「いやぁぁ……」」
夜明けの空に、二つ重なった拒絶の声が響いた。
「そう言えばマグナはいつからここにいたの?」
「ん……昨日の夜からだな」
「負けない!あんたにも負けないんだから!」
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