祝福するもの(完)

「そんなのクソ喰らえだ……!」

 距離・三二○メートル。ロックオンの警告。ロックオン。ロックオン。ロックオン。ロックオン……。あなたのモトシャリを睨む無数の鴉。人形たちが今か今かと待っている。あなたのネットアバターが自分たちの家族になるのを。

「クソ喰らえだろ!」

 カミカゼ中止。突撃なんて潔い真似はしない。

 モトシャリは急降下する。下面からの攻撃は有効か。否か。それを判断する時間はない。最大全速。機首を上げる。黒い集合体の『尻尾』が視える。群れからはぐれた鴉が数機。離れて飛んでいるヤツらの中にアラームのヴァルキュリアが視える。その刹那、〝アラート〟がけたたましく鳴る。追尾ミサイルの群れ。再び急降下。地表三○メートルをあなたは飛ぶ。ミサイルが大地にキスをして爆ぜる。モトシャリ、わずかに被弾。上昇。

《往生際が、悪い、ですねぇ》

 再び警告。ロックオン。ロックオン。モトシャリ急上昇。敵集合体との距離、後方一六七四年メートル。ずいぶんと引き離した。しかし長距離ミサイルの射程圏内にいる。ミサイルを避けている間に、敵集合体も反転していることだろう。

 モトシャリも大きく反転。アラームの機体位置は判明した。群れの尻の数機。それさえ叩けば勝てる。しかし近づけない。

「もう一度やる」

 再び群れを視認。しかし。

 あなたは意外な光景を目にする。

「えっ……」

 鴉たちが、まさに糸の切れた人形のように、ぽつりぽつりと空から零れ落ちていく。

 集合体を為していた敵の一機一機が分散し、地表に墜落している。

《イチマさん、やりました》

 黒井さんの声。

「黒井さん……? やったって、なにを……」

《すべての敵機はログアウトしています》

「どうやって」

《私が会話ログを開いたとき、彼らは命令を要求しました。恐らくそれがアラームさんと人形を繋いでいた糸です。アラームさんは人形たちに個別チャットを通じて命令していたんですよ。だからイチマさんに対して『拒否』設定にしていたのでしょう。話しかけられないために》

 あなたは日佐間のネットアバターを思い出す。あきらかにアラームの意思でコントロールされていた。まるで見えない糸でも使っているかのように。

「しかし実際は違った。ぼくらの見えないところで、チャットで命令を出していた」

《はい。ですが、このゲームにおいてはその会話を一時遮断していたようです。先ほどの負荷の件もありますが、彼女が人形たちにチャットで命令を与えていたとすれば、ゲーム内でそれを行いながら対戦するのは至難の業ですからね。……アラームさんに代わり、私が命令を出してログアウトさせました》

 あなたはアラームに通信を送る。

「今の会話、聞いてたんだろ?」

《ええ》

 短い応答。堕ちていく鴉。

「どうしてだよ。繋がってるなら、手足のようにだって動かせたはずだろう。それをなんだって、人形に話しかけるみたいにさ」

《それではただの道具ではありませんか》

 短い応答。糸の切れたマリオネット。

「そういう方法で勝つ手段を探していたのか。それがこれなのか」

《はい》

 短い応答。指力を失った傀儡師。


 空に頼りなく浮かぶ最後の一機。

 群れからはぐれた孤独のヴァルキュリア。

 あなたはそれを――。





 空のテクスチャがぼろぼろと崩れ落ち、戦闘機は粒状になって空間に溶けていく。

 ゲームは終わった。あなたは黒井さんに別れを告げ、彼は「さようなら」と云って本来あるべき場所へと帰った。終了処理が終わって落ち着いたころ、視界は館の一室に戻り、ほっとするような安藤さんの表情に思わず笑みをこぼした。

「ただいま、安堵する安藤さん」

《くだらないこと云わないの。ハンサムの搾りカス》

 アラームが何事もなかったように立っている。その足元には、無数の人形たちが転がっていた。

「シュールな光景だった?」

《シュールな光景だった》

「そう」

 あなたは人形たちを見つめる。

「拾ってやらないのか?」

《いえ。しばらくは休めば、自分たちの足で所定の位置に戻りますので。それに……》

 あなたは、唇にそっと人差し指をのせた。

「ああ、こういう場合はどうするんだっけ?」

《こういう場合? え? なに……》

「ぼくがゲームを終了した。つまりドローだ」

 安藤さんのネットアバターが、あなたのアバターを平手打ちする。

《このバカノッポ!》

「いくらその小動物みたいな外見にコンプレックスを抱いているからといって、ぼくの身長を莫迦にする権利があるのかよ」

《敗者は勝者の云うことを聞くのがこの世の道理でしょうが! なんのためにがんばったと思ってんの! もっかいやっても勝てないよ!》

《いえ、再戦するつもりはありませんよ。お互い策は尽きてしまったようです》

 あなたのネットアバターの首根っこを掴む手が若干緩くなる。

《どうするんですか?》

 その問いにアラームはしばし間を置いて答える。

《そうですね……ではこうしませんか。私はこれからなにもかもを洗い浚いお話しします。しかし一度だけ必ず嘘をつきます。イチマさんがその嘘を見破ることができれば、あなたたちの勝ち》

「よかろう!」

 あなたは胸を張って答えた。なにやら不安げな表情で見つめる安藤さんに、アラームは圧縮ファイルを送信する。

《……これは?》

《この館の設計ファイルと、これから私が話す内容を書き記した文書ファイルです。モデリングソフトを使えば、同じものが再現できましょう。これであなたがたに泣きついた上級生を満足させられるはずです》

 アラームは云った。

《都市伝説蒐集家のあなたに、戦利品として受け取っていただければと思います》

《ありがたく頂戴します、アラーム先生》

 安藤さんは頷いた。

《先生?》

《〝まるでローズオニールのようだ〟と云われたことがあるなら、恐らくアラームさんは先生と呼んで差し支えないですよね。もっとも、彼女はイラストレーターですが。人形の親という意味で……》

《ああ、なるほど。お察しの通りです》

「ちょっとちょっと。ぼくを置き去りにして話を進めないでくれる?」

 アラームは耳打ちした。彼女と安藤さんの間に小さな個別ウィンドウが現れたことに、あなたは気づかない。

《ご友人に教えなくてもいいのですか? 安藤さん》

《もうヒントはたくさんありますから、それでピンと来なければ所詮そこまでの男です》

《なるほど》

 アラームはあなたに向き直った。

《失礼しました。これもゲームですので、不正解の際、私はイチマさんのアバターを頂きます。よろしいですか?》

「いいよ。こう見えて嘘を見破るのは得意でね」

 安藤さんが鼻で笑った。





《私、アラーム・クロックは父である人形師が最後に遺したネットドールです。しかし他の人形と違った性質を持っていた。私が与えられた使命は、この館で造られた人形の情報を管理し、保護することでした》

「ファイヤウォールみたいなものか?」

《いえ。あくまでもそのように動くネットドールとして、です。完成してもなおその使命を命じられ続け、死後もお父様のアバターは私に命令をし続けた》

「それが、きみのお父さんのアバターときみがしていた『会話』かな。チャットで人形たちに命令したみたいに、個人通話できみに命令してたわけだ」

《それは後ほどお答えしましょう。……しかし人形の情報を保護するうえで、ひとつ大きな問題がありました。駆除ソフトから情報を守ることはできても、擬人的な、ネットアバターなどを用いた削除行為に対抗する手段がなかったのです。

 そこで私は判断しました。半有機的な属性を持たなければいけないと》

「ネットアバターからの削除行為に対応するため、きみもアバターを手にする必要があった。半有機的な対処方法が『ゲームをすること』……」

 アラームは頷く。

《しかしアバターとは人間の分身。いえ、『化身』と云い換えましょう。一介のネットドール(人形)である私にアバター(人)を扱うことはできませんし、アバターは命令を下すもの。私は命令に従うものです。ではどうすれば、アバターを手段として用いることができるのか? 私はこう結論しました――自分自身がアバターになればよい》

 あなたはまた少し押し黙り、確認する。

「ぼくはこの館そのものがアバターかもしれないと思ってた。けど違ったんだな……きみは遺留したネットアバターを吸収したってことか? できるのか、そんなことが」

《死んだ人間のアバターは自動的に削除されます。気にするものなどいない。消されるがゆえ痕跡も残らない。お父様のアバターは私の提案を了承しました。矛盾はありません。お父様は人形の保護を私に命じた。私はそのためにアバターを必要とした。だからお父様の化身であるアバターも同意した》

 あなたは思わず米神を押さえた。

《私がネットドールでなくなったのはそのときです。いえ、ネットドールであり、ネットアバターであり、ネットドールでもネットアバターでもない何か。……そういった存在になりました》

 アラームの言葉は理解できる。彼女は人工知能を凌駕した自我を確立しているが、その言動には機械的な素直さがあると、あなたは思っている。

 しかし容易く信じられることではない。ネットの海で誕生した新種の知性体に対する信憑性を、あなたは突き止められずにいる。

「昔あったな、情報集合体が自我を持つなんてSF小説が。けどそんなのはナンセンスだ」

《どうしてです?》

「情報集合体は人間が管理しているものだ。ネットの人間の間には境界とラインがある。しかし、もし情報集合体に自我が宿るとすれば、人間よりも高位な存在になるとぼくは思う。人間は常に情報に左右される生き物だからな」

《ネットと人間の境界を曖昧にしたのが、電脳やネットアバターの技術では? 意識を仮想世界に結びつけた時点で人間はラインを超えたのですよ》

「人間という種族全体が、人を超越した領域に進みつつあると? それはきみの考えだろう。もしそうなら、どうやって証明するんだよ」

《簡単ですよ。あなたと私が出会っているこの瞬間がそうです》

「……ペテン師の口車にでも乗せられてる気分だ」

 アラームは少し微笑み、

《恐らくですが、情報集合体にあなたの思い描いている自我は宿り得ません。あれは無数の色を混ぜ溶かしたがゆえに黒くなる絵具と同じものです。混在する情報のなかで自我が芽生えたとして、それがなにかをしようとすることはないでしょう。しかし、私のように、ただのネットドールが創造主のアバターと融合して〝なにものでもないなにか〟になることはあった》

「……プラウダーそのものに自我は存在しないけれど、そのなかで人工知能が自我を確立することはできて、そのために必要な半身がネットアバターであると?」

《はい》

 彼女の足元で寝ていた人形たちが起き上がり、部屋を出ていく。

《私はただ人形が喪われないよう、あらゆるサーバー内に館を建てて行こうと思います。いずれすべての人形の情報だけを集めた巨大な空間を構築したいと考えてはいますが、今はまだ下手なことはできません。仮想世界に生じた意識に人権はないですからねぇ……今のところは》

「人間に危害を加えたりはしないんだな?」

《まさか。そんなことをしても意味がありませんよ。人形を守り続けること以外にやることなど》

「けれど、そのためにアバターは奪う」

《私の記憶のなかには、主人のネットアバターの情報も混在しています。例えばネットアバターにネットドールを作らせるソフトウェアを開発した原型師。私には彼との面識はありません。しかし彼がどういう人物だったかは知っている。それはお父様のネットアバターの記録した情報です。

 このネットドールの私のなかに、二○パーセントほどネットアバターの属性がある。……ゆえに私には、アバターのなかに別の情報体を入れることに抵抗はありません。その境界線は曖昧であるからです》

 あなたは納得できない様子で訊く。

「では主人の帰りを待っている、というのは?」

《私は壊れた情報体を修復し、いつか館の人形たちを持ち主の下へ帰したいと思っています。〝あの人形たちの主人〟がこの館に訪れるのを待っているのです》

 あなたは困ったような顔をする。

 少し間をあけて、こう答える。

「気持ちはわかるけど、それは不可能だよ」

《おや。どうしてです?》

「一度削除されたデータを、きみの都合で持ち主のネール内に復元するなんて勝手じゃないか。それにきみのやっていることはな……傷つけるようなことを云ってしまうけど、人間にはわからない価値観なんだ。人形たちは棄てられたんだよ。要らないから、削除された……ぼくらには不必要なものばかりを抱えてはいられる余裕がないんだ」

《承知しています。ですからその余裕ができるまでは私が預かっておきましょう》

 アラームはにこりと微笑む。

《さてイチマさん。先ほどネールの目覚まし機能が鳴りましたね? あのアラームは私が鳴らしました。実は以前から――私とあなたが出会うよりずっと前から、勝手ですがあなたのネールデバイスとネットアバターを掌握していたのです。

 奪おうと思えばアバターくらいいつでも奪えました。けれどこれはゲームです。合意の下に行われる勝負。その報酬でなければならない》

「フムン。いきなり大胆なことを云うね。それがウソかな?」

《どうでしょう。私が喋れば喋るだけ有利になる以上、無駄口も叩きますよ》

「仮にきみが超知性体ならばそう云ったことも可能なのだろうね」

 あなたはまた少し考える。

「けれど、ぼくに狙いをつけた理由がはっきりしないな。それに超知性体だと云うなら、今のきみの姿はどうだろう。ネットドールにしか見えないけど」

《……お察しの通り、あなたが見ている<アラーム>もまたネットドール。私ではありません。私が作った人形のひとつです。本当の私は別の場所でこれを動かしている。

 あなたがたをお誘いしたのは、私のような超常情報体に対する反応が見たかったからです。世の中の不思議なことを集めて回る改奇倶楽部。おふたりは、私を見てどう思うのか。それが知りたかったし、挑戦したかった。

 これはあなたがたの挑戦ではなく、私の挑戦なのです》

 あなたは首を振った。

「いやあ、そんなことできるわけがない」

《なぜです?》

「ぼくの先輩のネットアバターを盗った後、人形師のアバターはまだ存在していた。通話中だったんだ。だいたいアラームってぼくが勝手に呼んだ名前じゃないか」

《ですから》

 彼女はまた笑う。

《私です》

「……なにを云っている?」

《人形師のアバターは私。<X>は、あなたの目の前にいる私。あなたの目の前にいるのは、ネットドール。けれどそのなかにも、私はいる。だから私は、嘘は云ってない。

 それにあなただって一度も、私を『アラームと呼ぶ』とは云っていませんよ。人形に関連する言葉を並べてあなたを驚かせたとき、大文字の部分を意識するように単語を表示させました。あなたはそれらの文字をアナグラム形成して私をアラームと呼んだのでしょう? それはこちらが意図したものです》

「冗談だろう。わけがわからない」

《私からは以上です》

 あなたはまたあの癖をする。

「きみのゲームのやり方は全部、裏をかくことにあった。ぼくらは騙し合いを続けて、お互いを出し抜きあった。けれど、それは勝負が成り立った上でしか成立しないものだ。きみには勝負師としての強さのほかに、純粋な、真っ向から相手の力量に立ち向かえるだけの強さがある。それはたぶん、ぼくよりも数段上を行くものだ。きみは一方的にぼくを蹂躙することもできたけど、そうはしなかった。……思うに、きみは常に、対戦相手には打開できる攻め方しかしていない。」

《手加減したつもりはありませんよ》

「うん。恐らくそれはきみの性質のようなものだ。奪うために戦っているのではなく、人形を守るために戦っているきみ自身の性。そういったものが、ゲームプレイヤーにはある。きみもぼくにそういうものを感じなかったか?」

《そうですねえ。わかっているのかいないのか、非常に怖いものを感じます》

 あなたは左手の指をパチン、と鳴らした。

「きみのやり方は引っ掛け問題に似ている」

《つまり?》

「今の話のなかに嘘を含ませるとは云ってない」

 アラームが目を丸くする。

《そこまで気づいていたのですねぇ。ご名答です。私はまだ、嘘を……》

 しかし彼女の言葉を聞かないあなたは、間髪入れずにこう続ける。

「とすれば、最初の段階からしてすべてが嘘だ。きみの話はすべて『でたらめ』なんだ。嘘をつくというのも嘘。これは、やはりだれかが仕組んだシナリオだ。きみの背後には、ネットアバターをコントロールするものがいる!」

 アラームは一瞬、呆気にとられた表情をする。

 あなたは胸を張り、白い歯を見せる。それを見た彼女は、また淑やかな笑みを取り戻す。それはゲームの終わりを意味していた。

《〝あなたの勝ちです〟》

 突然、アラームの躰が崩れる。

 あなたはバラバラになった彼女のパーツを漁り、帽子の下に手のひらほどの大きさの人形を見つける。

 その背中には、人形の名前らしき文字がある。あなたはそれを読み上げる。

「セレブレイター。それがこの人形の本当の名前さ。勝利のフィナーレ代わりにそれが明らかになる。いい演出じゃないか」

 あなたはこみ上げる笑みを抑えきれない。

「ゲームに勝ったのだ! 安藤さん、やっぱりぼくは神童だぞオイ! あきらかに! どう見ても!」

 それを聞いた安藤さんは特に感慨のなさそうな表情で《帰ろっか》と云った。





「それで安藤さん、いつから気づいてたの?」

《うーん、ネットアバターを欲しがってるってわかったときからかな》

「それ、最初からってこと?」

《ううん。確信したのは、人形の情報を入れてるってわかったとき。ネットドールの容量を入れるには、ネットアバターは大きすぎるでしょ。初期化して中身が空っぽになってるわけだし。だから、なにかほかにソフトを入れてるんじゃないかなーって思ったの。それで、アラームさん見てたら入れてるのは構築ソフトじゃないかって。あの館の運営に関係するものは避けて通れないでしょ?》

 あなたは少し涙目になる。

「なんで教えてくれなかったんだよ!」

《だって……黙ってろって云ったのタテワキくんじゃん。自分の考えた作戦バレるかもしれないから、ゲーム開始まで無言のほうがいいって……》

「それはそうだけど……」

《わたしはそれを守ってたのにさー。ひどくない? その云い方》

 あなたは誤魔化すように話題を変える。

「イナフ先輩にはなんて云おうね」

《アラームさんにもらったこの設計ファイルを読み込んで、画像編集ソフトで加工して……そうだね、館が爆破してる映像でも作ってやれば満足するんじゃない? あの人、タテワキくんと同じでバカだから》

 あなたは短く口笛を鳴らす。

「おいおい、そりゃないんじゃないか。安藤さんが堕ちたあと、ぼくは映画みたいな空戦を繰り広げたんだぜ。見せたかったよう。ぼくがヤツを追い詰めたときのあの慌てっぷりをよ~」

《はいはい》

 興味なさげな安藤さんに少しムッとしながら、あなたは続ける。

「本当だぜ? 特に黒井さんが来たあとのアイツの慌てっぷりったら……」

 そう云いかけてあなたは言葉を呑みこんだ。

 少しの回想。




《見抜けていません、あなた。私の勝ちです》

「レスポンスが遅いな」

《わざとです》

「今、すべての機体には、黒井さんから同じメッセージが送信されている。きみは取り憑かれたんだ。自動でログが開き、集音モードも起動している。大変な負荷だ」

《ええ》

「重そうだな。人形たちの負荷を担ってるのはきみなんだろ」

《苦労しました。――どうでしょう?》

「この館のシステムを作った人はえらいな――それでわかった。きみの正体はネットドールだ」

《いえ。わたしですよ》

「ネットアバターは、この館そのものだったんだ」

《心外ですね》

「まるで人形地獄だ。それだけ大勢がしがみつけば、仏の垂らした糸も切れるさ」

《下からです。上からではありません》




「あ……」

《どうしたの?》

 あなたは踵を返し、館に戻ろうとする。

「ちょっと待て。待てよ、待て待て……ってことは、え? いや、まさか……ありえない。だとしたら、いつからだ。本当に最初から……? 先輩に頼まれるよりもずっと前から……? いや、ありえない……認めんぞ……」

 あなたの顔が青ざめていくのがわかる。ネットアバターではなく、あなた自身の顔が。

「ぼくがアラームと呼んだタイミング……?」


 <Alice>

 <Licca>

 <Ann>

 <Rose O'Neill>

 <Marionette>


 このなかにひとつ、人形ではない言葉が混じっている。

「ローズオニールは、人形の親の名前?」

 五分の一。アラームのなかの二○パーセントは、親である人形師のネットアバター。


 そう云ったはずです。

 私は。


 そこで幕は垂れ、芝居は終わり。視界は暗転する。

 あなたはネットアバターを消失する。

 私はcelebraterを回収する。

 お楽しみいただけましたでしょうか?


 ゲームは私の勝ちです。タテダイチマさん。

 またお会いしましょう、仮想世界のどこかで。


※この作品は過去に別のサイトに掲載された短編であり、必ずしも本編との整合性を保証するものではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る