#13 「改奇倶楽部」(後)
彰人が<柔道部>で聞いた話によると、件のトロールは中学生の彼女と大変いちゃいちゃらぶらぶしているらしく、頻繁に睦言を交わしているという話だった。それを聞いた、これはもう、決して失敗しないよう気を引き締めて取り掛からねばならぬ決意した。
世の中は間違っている。今日、それをあるべき方向に持っていくのだ!
廃屋に待機し、和長と息をひそめターゲットの到着を待った。
予定の時刻になり彰人がターゲットのふたりを連れてきた。どうやらことは順調にいっているようだ。おおかた、「大勢でいくと怖くない」だの適当なことを言って、ほか二名は少し離れた場所で待たせてあるのだろう。
――真実の愛を確かめるために、いざゆかん。
「ぽ……。ぽぽぽ……」
トロール伊藤には聞こえていない様子だったが、彼女さんのほうはなにやら気味悪がっているらしかった。ここで彰人が、
「なにも聞こえンぞ」
という。トロールも気のせいだ、と手を振ってなだめている。
ああしかし。ぼくは彼にそれほど恨みがあるわけではないが、実際にこうしてあのトロールが彼女を連れているところを見ると激しい嫉妬心が胸のうちに湧き上がるのを実感する。
和長がぼくの肩に手をおいた。
「あまり気張るな」
ありがとう親友。これで冷静に計画を進めることができる。端本先輩とその後どうなったのかはあとで聞いておこう。
それからしばらくして、彼ら三人はゆっくると廃屋の敷地内を探索しはじめた。すると、なにやら彰人が叫び声をあげているではないか。
「やっちまったァァ!」
この声は地蔵が壊れたことを意味している。うまく壊れたら「やっちまった」で、なにかアクシデントが起きたときは「やっべえ」と叫ぶようにと、あらかじめ指示しておいたのである。
耳を澄ませると「お前これ蹴ったのか!」という叱責が聞こえてきた。作戦は順調であった。
「ぽっぽっぽっ……、ぽっぽっぽっ……」
ぼくは甲高い声で鳴いた。この都市伝説は〝濁音と半濁音とも取れる声〟だったはずなので、極力そのイメージを損なわぬよう留意した。
「……一麻!」
和長が小さく合図を送っているのが見えた。
その時点でどうやらトロールのほうも気づいたらしく、辺りをきょろきょろと見回しているではないか。ぼくは心が躍った。
「行くぞ、和長っ!」
ぼくはウィッグを装着した。
「構わん、やれ」
そのまま勢いよく立ち上がり、ぼくはまた「ぽぽぽ……」と鳴いた。
「ぎゃああああっ!」
悲鳴をあげて立ち去ったのは彰人である。次になにかに気づいたトロール先輩も「くぁwせdrftgyふじこlp」と声にならない悲鳴をあげて彰人を追いかけた。
尻もちをついた彼女さんは「もうやだあっ」と悲鳴を上げてうずくまり、そのあとも「ああああっ、もおおおっ」という叫び声をあげ、少し心配になって声をかけようかと考えたところで、ようやく立ち上がり、無事逃げていった。
「……よし、逃げるぞ」
ぼくが脱いだワンピースとウィッグを学生鞄に詰め込みながら、和長は「急げ」と言った。ぼくは頷いた。
「先に行ってくれ、着替えたら追いかける!」
先輩が驚かなければすべてが台無しだった。けれど最大の難関をクリアした今、あとは三人の悲鳴を聞きつけて仲間たちがやってくる前にここから逃げ去るのみである。
「お前を置いていくほどおれは無責任なやつじゃない」
「よく言うよ、人間不信のくせに」
「お前と彰人は別だ。……行くぞ!」
着替え終わったぼくに学生鞄を投げつけ、和長は笑った。
ぼくはなんだか少し嬉しくなる。けれど、その感動はひとまず落ち着いてからにしようではないか。
そんなわけで、なんとか伊ヶ出高校の通学路まで逃げ延びた。途中だれかに会うこともなく、コンビニの前で一息ついているころ、ぼくのネールデバイスに着信があった。彰人からだった。
《オウ、お疲れちゃン》
「早かったな。終わったのか?」
《ふたりでタクシー拾ッて帰ってったわ。……彼女のほうはスゲー怒ってたけどな。オレぁ面倒だッたからテキトーに抜けてきた》
「オッケー。今、近くのファミマで待ってるよ」
《アイアイサー。腹減ったし、ラーメンでも食ッてくべ》
ぼくらふたりはコンビニで彰人と合流し、その後はラーメン屋で今宵の反省会を開いた。
現役美術部員の造形力、幅広い人脈から生まれる広報力、筋金入りのオカルト女子が提案する企画力、そしてそれらを一つにまとめるプロデューサー。類稀なるチームプレイで都市伝説を完全再現し、あたかもそれが本当に実在しているかのように〝偽造〟する集団<改奇倶楽部>の華やかなデビューである。
その後、ぼくらの活動は一年続いた。
高校生活を続ける傍らで都市伝説を偽造しつづけ、時には人知れず街の不出来な輩を懲らしめたり、逆に善良な住民に通報され、彰人のお父さんも所属している<例の国家機関>に追われたり、そのせいで妙な噂が立ったりしたものの、なんとか無事にやり過ごしている。
仮想世界では<幽霊>こと黒井さんと出会いぼくの恋は玉砕に終わった。また別のところでは<自動人形>なるネットドールに翻弄されて辛酸を舐めさせられ、若者のネールデバイスを没収するという悪行を続けた<ネール弁慶>なる男にラップバトルを挑むなどもした。
夏季。警察に追われている間は都市伝説の再現を一時的に自粛しつつ、オカルトに精通しているということで、彰人の親戚が住んでいる<鷹木総本山>で起きた怪事件こと<鷹木総本山の怪>に挑み、見事これを解決。
ただしそこで鷹木一族に大ひんしゅくを買ってしまい「二度とウチの土地を跨ぐな」と釘を刺され、めでたく出入り禁止処分となった。
秋にはその活動範囲を伊ヶ出高校のみに限定することで、より密度ある仕事をすることができた。何をしたかというと学祭をゾンビで埋め尽くした。これぞ我らの改奇大作戦<偽死者の学園祭>である。このときは和長の特殊メイク技術が大いに役立った。彰人の呼び込みも手伝い作戦は大成功と思われたが、ゲリラで行ったために後日菅原先輩をはじめとして結成された<学祭執行委員会>に目の仇にされるなど散々な目にあった。
こんなことを続けたせいで危うく謹慎処分になりかけたが、担任である今江先生のフォローにより何とか免れ、学内奉仕という形で校舎を徹底的に掃除するなどして許されたわけである。
同時期、彰人が件の伏魔殿こと文芸部と共謀して、<好う候>と呼ばれる新興宗教団体の支部をめちゃくちゃに掻き回した。この世に蔓延る悪しき教団を浄化したというのは、社会にとっての善なる行いであるが、ちょっと仕返しされると洒落にならないのでしばらく彰人とは距離を置いていた。
冬季のこと。偶然にも活動の最中に放火犯を捕まえたことで警察から表彰状が贈られたが、いつこちらの行いがバレないかと内心気が気ではなくその手柄を誇ることはなかった。
ついでにこの一年間で、多くの怪人系都市伝説の目撃例が増えた。
全身黒ずくめの<ブラックハット>、赤いフードを被った<レッドキャップ>、見たものを精神疾患にさせる<スタイリッシュマン>、頭がそのままでかい墓石になっているという<墓石男>、エトセトラ、エトセトラ……。
そんなこんなで一年が過ぎ、<改奇倶楽部>には次の春が訪れた。
ぼくらは二年生になり、今に至る。
目の前には<ペルソナ殺し>がいる。
さあ安藤さん。
約束を果たそうではないか。
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