#9 「ほんの少しだけ優しい」
「なあ和長」
「……なんだ」
放課後、先日は彰人と通った道を、和長とふたりで帰る。今日は美術部には行かないらしく、このまま自分の部屋に帰るらしかった。ひとり暮らしの部屋でなにをするわけでもあるまい。きっと今日のことをこいつなりに整理したいのだろう。
「県大会に行ったのは、どうしてさ」
「ああ。中学のとき、美術部の課題でな。というか……先生がとにかく描けって。県大会ならいい被写体になるんじゃないかと思ったんだ」
やっぱり、あのときか。それなら、ぼくも心当たりがある。
たしか、和長が女子に虐められて登校拒否になった少しあとの時期。当時の美術部の先生に、なにかスケッチをしてくるよう宿題を出されていたはずだ。
「なるほどね、あの時期になにか言われたのなら、そうかもな……」
考えようによっては、その女子は天使だ。ぼくだって自分が落ち込んでいるときに、なにか気の利いた言葉をもらったらちょっとドキッとするに違いない。
「お前はなにか勘違いしているな」
和長が首を動かさず、横目だけでぼくを睨む。
「その女はべつに、おれになにか特別なことを言ったわけじゃない」
「へえ、じゃあどうしてそんな〝助けられた〟なんて言うんだい」
「世の中には、ただそこにいるだけで、周囲に劇的な変化をもたらす人間がいる。それを知ることができた」
ああ、そうか。
「和長は、その人に追いつきたいんだね」
「おれが……?」
「そうじゃないの。だってさ、調べれば簡単にわかることを、できるだけ自分の力でやってみたいって思うのは、自分でもなにかしてみたいって思う気持ちがあるからだろ」
「莫迦なことをいうな。これはちょっとした意地の話だ。……まあ、少し色んな人を巻き込みすぎたのは悪かったと思ってる」
なんだよ。
やっぱり、負けたくないんじゃないか。
さらに話はこの翌日の放課後に進む。
和長の一件に強引に首を突っ込んだせいで頓挫した目的を果たすため、ぼくはラクロス部に向か――いたかったものの、菅原先輩に呼び出され図書質王国の徴兵に参加することとなった。
この日の任務は、棚の整理であった。
「すまんな、タテワキ」
「いいですよ。どのみち、暇をしていたところです」
ぼくは嘘をついた。
「暇か。そういえばおれの好きな漫画にこういう台詞がある。〝人間は暇ゆえに素晴らしい生き物だ〟と……」
菅原先輩が漫画の話をするとは珍しい。
そういえば、ぼくは図書室王国の一員でありながらも、この菅原先輩と本の話をしたことがあまりなかった。先輩にそれを訊くと、彼は笑ってこう答えた。
「ハヤカワSFが好きだ」
「ハヤカワ、ですか? 作家で答えないのは意外ですね」
「んー、ハヤカワは……、なんというか、ひとりの作家が好きになれば、ほかの作家の世界観にも興味を持てる……そういう文庫なのだよ」
「ほほう」
「タテワキはどんな本が好きなんだ」
「ぼくは森見登美彦先生とか、米澤穂信先生ですかね」
「ああ、いいな。米澤先生というとボトルネックは読んだか? いや最近だと古典部シリーズとかか」
「いやしかし菅原先輩、氷菓から入った人にボトルネックはちょっと」
「そうか? そうでもないと思うがなあ。……ああ、森見先生のだったら恋文の技術と新釈走れメロスが好きだ。四畳半神話大系と夜は短し歩けよ乙女とセットで勧めたい」
「ぼくはきつねのはなしも好きです」
この後、「太陽の塔」の主人公は結局、あのヒロインと復縁したのかどうかで互いの解釈を話し合い、復縁したあとの考察でさらに一時間を潰した。
結局、菅原先輩と別れたころには日が暮れて運動部にはすっかり人の姿がなくなっていたのである。不覚。不覚。不覚である。あろうことか、森見先生の書いた本の話で我が悪しき青春計画」の実行に遅れを生じさせてしまうとは。
ぼくは苦悩した。なぜ周囲の人々はこうもぼくの気を散らせるのが上手いのだ。もしやぼくが知らないだけで、世間の人間はすべて、ぼくの注意を引く巧妙な技術をどこかで習得しているのではないか。必修科目だとか自動車免許並みの普遍さで〝帯刀田一麻の邪魔をする〟というのが彼らの中に染みついているのだ。げに恐ろしい。あるいは、ぼくがただ単に優柔不断なだけだろう。
しかしこの時間帯に帰る楽しみがないわけではない。
現在、午後六時三十分。
伊ヶ出高校付近にある<ジ・パン>というパン屋さんが値引きをはじめる頃合いである。夕食の近い頃合いに買い食いをすると我が家の家庭内独裁者である帯刀田母のネットアバターの怒りを買うことになり、そのたびにぼくはフランス語で「ママン!」と泣き言をいう羽目になる。
「まぁ、たまにはいいだろう」
フランス語ではなく日本語で「ごめん」と一言謝れば許してくれるわけであるし。
ジ・パンのパンは別にそこまで美味しいわけではないが、店内は小さなカフェになっておりパンを三つ以上買うとコーヒーを一杯サービスしてくれるのが嬉しい。
「ミルクと砂糖ありありアリアリアリーヴェデルチで」
「あ、すいません。テーブルにある砂糖とシロップをご自由にお使いください」
ガーンだな、出鼻をくじかれた。
ぼくが照れ隠しで咳払いをすると、店員さんは空気を読んで店の奥のほうへと消えていった。その心遣いに感謝。そういえばあの店員さんはだれかに似ている気がする。気のせいかな。目が細くてにこにこ。
パンとコーヒーを持ってテーブルに着こうとすると、見覚えのある二つの顔がぼくを見ていたことに気づく。
端本先輩と――安藤さんではないか。
「よく会うね」
私服だからか、一瞬では端本先輩だとは気づかなかった。それよりも安藤さんである。なにを隠そう、ぼくは昨日と今日、ラクロス部で安藤さんに会いたかったのだ。
教室で声をかければよいではないかと云われても、それではダメなのだ。あのスティックを持っている安藤さんでなくては。
しかしここは紳士らしく雑談から始めよう。なにげなくふたりの間に溶け込むのだ。
「よく来るんですか?」
「よくは来るね」
ぼくが他愛もない話をすると、端本先輩は相変わらず気だるそうにそう答えた。
「端本先輩、ここのパン屋でバイトしてるんだよ~」と安藤さん。
「へえ、そうなんだ。今からですか?
ところが端本先輩はついさっきお勤めが終わったらしい。
ぼくは時計を見る。学校が終わるのがだいたい四時半だから、二時間未満か。あまりお金にはならなさそうだ。というか、伊ヶ出高校は進学校だから基本的にアルバイトは禁止されているはずなのだけれど、学校の近くでそんなことをしてバレないものなのだろうか。
「ねえ。聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
なにやら端本先輩はぼくに用があるらしい。
「昨日の子って、ひとり暮らしなの?」
昨日の子とは、言うまでもなく和長のことである。
「ええ、そうです。よくわかりますね」
「……なんとなく」
端本先輩はコーヒーを啜った。
その間、ぼくはシュガーポットから砂糖を六杯投入する。安藤さんが「タテワキくん、甘いの好きなの?」
「うん、大好きさ」
「そうなんですか。わたしと端本先輩はブラック派です」
なるほど端本先輩はしっかりサマになっているが、安藤さんはどこか〝背伸びしたいお年頃〟という感じだ。ぼくは自分に正直なのでミルクも砂糖もアリアリアリアリ……。
「彼は、ホントにあんな理由でウチの学校に?」
「へっへっへっへ……」
さすがにこれだけ入れると甘すぎて笑えてくる。端本先輩が冷めた目でぼくを見やったので、軽く「すみません」と謝って返事をする。
「素直じゃないやつですけど、嘘はつかないヤツですよ」
「そう……」
しばしの沈黙。
「しかし甘いコーヒーを飲むとニヤけてくるのは、いったいなぜなんでしょうね」
「さあね。アタシは甘いのは飲まないから、わからないな」
端本先輩はどうやら、ぼくと世間話をする気はないらしい。
それならば、ぼくもそれ相応の心構えで挑まねばなるまい。
「残念だけどさ、彼が探しているような女の子は……」
「いないんですか?」
端本先輩はまた少し間をあけて、
「いたかもしれない。けれど、もういないよ」
とだけ答えた。
「どういう意味です?」
「いない人間を探すことはできないから、諦めろって伝えてやったほうがいいんじゃないかってコト。それをきみに提案しただけだ。……じゃあね、リリィ。また今度」
空になったコーヒカップを店に返却し、端本先輩は帰り支度をはじめた。相手になにか物を言わせる隙を与えないのは、どこか一匹狼らしさを感じさせる。
それでも、ぼくが彼女を引き留めるだけの言葉を用意する時間は十分にあった。
というよりも、これはぼくがあらかじめ立てた考察のひとつをまとめるだけの時間だけれど。
「端本先輩」
「もう他に言うことはないよ。……今日はたくさん人と喋ったせいで疲れた」
「違うんです」
端本先輩が振り返った。
「今のこと、あいつには……、和長には云わないでおきたいんです」
「……ム」
彼女は訝しそうな目つきでぼくを見る。
「これは和長が自分で気づくべきことなんです。そのときあいつがどうするのかも含めて、最後まで見守ってやりたいんです。だから端本先輩も、黙っててやってください。……お願いします」
一瞬、先輩は目を丸くした。
「帯刀田くんだっけ。きみの意見はどうなの?」
和長の中にある、その女子生徒の存在感と、現実のその女子生徒の存在感は、イコールではない。その女子生徒が和長にどれだけ革新的なことをしたのかはともかくとして、少なくとも校内では有名な人というわけではないらしかった。
陸上大会で一位を取るような女子生徒で、和長の話を聞く限り、その人はぼくらよりも一つ上の学年と言うことになる。和長が二年生のときに体験したことだから、その人にとっては中学三年生――つまり、最後の大会だったのだろう。
なぜ、これだけの情報がありながら、だれも気づかないのか。だれもその女子生徒に関心を持たないのか。
それはたぶん、その女子生徒が、〝中学最後の大会で一番を取った〟よりも、もっと強い個性を持っていて、そして――あの陸上部に、もういない人間だから。
「ぼくはその人のことはよく知らない。けれど……」
どこまでいっても、他人の無関心さはぼくらの心に棘を残す。
それでも。
「現実は厳しくて、ほんの少しだけ優しいと思います」
「ふう……」
我ながらよくもまぁ恥ずかしい台詞を吐いたものである。そもそも現実がほんの少し優しければこの身に降りかかる悪しき青春の雨あられに傘を差してくれる人がひとりやふたり現れてもいいはずだ。例えばこう、巨乳で小遣い持ってて黒縁眼鏡がよく似合って性格は気品があって勉強できて、身長が高くって教養があって面倒見がよくてハイヒールとか履いてて足がスラッとしてて日陰で微笑みながら本とか読んでる黒髪の乙女。
端本先輩を見送って、安藤さんと向かいの席に座りながら、ぼくはため息をついた。
「安藤さんって、端本先輩と知り合いなの?」
「うん。ウチの弟と、端本先輩の弟が仲良いんです」
「ああ、そうなんだ。端本先輩、なんとなくお姉さんっぽいと思ったけど」
「たしか……、お兄さんもいたと思う」
「ああ、そうなんだ……」
「うん。どうしたのタテワキくん、元気ないですね」
「ありもしない可能性に目を向けて虚しい気持ちになっただけさ」
「ふうん」
安藤さんはちびちびとコーヒーを飲む。カップの中のものは一向に減る気配はない。こりゃ飲み干すまでにあと小一時間はかかるのでは。
「端本先輩、機嫌がいいとたくさん喋ってくれるんですよ」
「そ、そう? ぼくには悪いように見えたけど……」
「高校に入ってから大分雰囲気変わっちゃったけど、今でもわたしにはいい人なんです」
ぼくはさっき買ったアップルパイを頬張りながら、彼女の他人行儀な笑い方の真意を探ろうとする。
「安藤さん、もしかしてさっきの話……」
「和長って、同じクラスの猛尾くんですよね? 帯刀田くんといつも一緒にご飯食べてる……」
「あ……。まぁ、あの、うん……。そうだよ……」
安藤さんはにこにこしているばかりだ。
「わたしは人の素性はあまり話しませんけど、帯刀田くんはもう気づいているみたいだから、いいかも」
なるほど。では早速、答え合わせといこうじゃないか。
「端本先輩、だよな。和長――猛尾が探してる人って」
「そうですよ。どのタイミングで気づいたんですか?」
「怪しいと思ったのは、和長にその人の印象を聞いたとき、〝美術部員としてどうだった〟って言ったところかな。二年前の大会の話をしてるはずなのに、まるで和長が前から美術をやっていたことを知ってたみたいでさ。そのとき、和長が一昨年の大会でスケッチしていたのを知ってたんじゃないかなって、そう思った」
「いい洞察力です。さすが写真部。……もっと聞かせてください」
「そうだなあ。同級生にさえあまり口を利かない人がさ、見ず知らずの後輩をあそこまで相手にするはずがないんだよ。……これは単なる気まぐれかもしれないけど」
「でも、実際は知っていた……と?」
「ぼくは最初、端本先輩って案外、面倒見がいい人なのかと思った。でもそうじゃないのは、さっきのぼくに対する態度を見ればわかる。……端本先輩が和長に世話を焼いたのは、ある意味当然のことだったんだ。だって、自分のことを追いかけて進路を決めてきた男がいるわけだから。安藤さんだってドキっとするだろ」
「わたしはべつに」
「あっそ。……まぁいいや。それを考えると、和長に対する喋り方にも違和感があるんだ。あれは第三者の印象を聞くというよりも、自分の印象を聞いているような感じだった」
安藤さんは興味深そうにぼくの考察を聞いている。
いつの間にか、あのにこにこ笑顔の安藤さんから、ラクロス部の取材のときにぼくを見ていたときの、あの表情に変わっている。
「端本先輩はそこで話を切り上げることができたはずなんだ。でも、しなかった。そして、さっきぼくに〝和長にヒントを与えてやれ〟と言ったんだ」
「ヒント?」
「そう。〝この学校にはもういない〟っていうのは、在籍してないってことじゃない。その人の現在のことだよ」
ぼくはガムシロップの蓋をはがし、それを安藤さんの見えやすい場所に置く。
「和長にとって、その人は明るくて前向きで、おまけに陸上の大会で優秀な成績を残せるような花形だ。でも、それが――」
ぼくは蓋を裏側に向ける。
「今はもう、違う。和長の思い出にいるような人は、今はもう違う姿になっている。花形とはかけ離れた姿に。まるで表と裏だ。それくらいの変化さ」
安藤さんはしばらくなにか考え込んでいる様子だったけれど、ぼくがアップルパイを食べ終わるころに、再び口を開いて言った。
「もうひとつだけ、いいですか」
「と言うと?」
「なぜ、タテワキくんは〝猛尾くんには黙っていてあげたい〟って云ったんですか」
「ぼくが和長にそのことを話すとき、端本先輩の名前を出すことになる」
「あ……」
ぼくはさらに説明を加える。
「そうなりゃ、和長はすぐにでも端本先輩にたどり着くだろうさ。はっきり言って時間の問題だね。でも多分、端本先輩は……、それを知った和長がもう自分には会いに来ないだろうと考えたんじゃないかな。でも、ぼくとしては、そこで和長の価値を見てやってほしかった。端本先輩に、あいつのことを見極めてほしかったんだよ。……信用に値するやつかどうか。つまり――熱い男かどうかってことをさ」
それで、端本先輩は黙って店を出ていった。つまり、肯定も否定もせずに、待つということを選んでくれた。
和長の気持ちを、折らないであげてくれた。
「……だから、やっぱり端本先輩は優しい人だと思うよ」
安藤さんは短く「そっか」と言った。一瞬、目の前の同級生の顔がどこか嬉しそうだったのは、ぼくの気のせいだろうか。
「あと、これはぼくの思い込みかもしれないけど、端本先輩のあの〝……ム〟ってやつ、相手に不満があるときに使うんじゃないかなあ。あとなんか否定的なときとか」
「さあ、どうでしょう。少なくとも、わたしにはあまり使いません」
安藤さんは悪戯っぽく笑った。
「ちなみに、安藤さんはここで端本先輩とどんな話してたの?」
「えっと、怪談話」
「怪談話?」
「そうそう、怪談話。端本先輩って怪談が好きなんです。びっくりしたでしょ?」
意外だと思った。スティックで幽霊を退治する安藤さんはともかくとして、端本先輩までもがオカルト趣味とは。
「わたしも好きだから、気が合うんですよねえ」
「最近、割とそういうの好きな人多いじゃない」
安藤さんは少し言葉を窮して、
「いや、みんなはノリが好きなだけですよ。本当に見たとか、そういうの調べてるなんて言ったらドン引きされます。でも端本先輩はそういうの気兼ねなく話せるっていうか……」
どこか言いづらそうな素振りを見せた。
ふむ。しかしだ。まさか端本先輩の話から転ぶとは思わなかったが、今日のぼくはかなりツイているらしい。仕掛けるには絶好の頃合いだ。
「怪談って、どっから仕入れてくるの? オカルト雑誌とか?」
「あ、うん。たま~に買ったりするけど、ほとんど立ち読み」
「そっか。ぼくはネットかなー、情報も豊富だし」
「ああ、ネットはいいですねっ! わたしも結局はネットが一番便利かなーって……。タテワキくんも、そういうの好きなんですね」
うん。そうだ。
なるほどね。
そっか。安藤さん――あんまり人と喋るのがうまくないんだろうな。
『……どうにも彼女は周りとあまり打ち解けないらしくてな。。……力になってやってほしい』
一歩一歩、自分の知りたい真相に近づくのは、悪い気分じゃない。
ただぼくは、知りたいことを知りたいだけであって、それによって生まれる副産物――知ってしまったことに対する後悔や罪悪感や、責任のことは、考えていなかった。
でも、たぶん、ぼくはもうどうすることもできないのだろう。
ぼくにできることといえば、答え合わせをする前に、その答えを持っている人の中にある感情や人間性を確かめるくらいだ。
ここにあのスティックはない。
でも、ぼくにはもうわかっていた。
安藤さんは――「悪しき青春」を送っている人だ。
そしてこの子とぼくはどこかで会ったことがある。このときにそう確信した。
「安藤さんって、どこの中学だったの?」
「伊ヶ出大の付属中学ですよ」
「へえ、そうなんだ。なんでまたウチに?」
「環境を変えたかったからかな」
「環境……って?」
「ちょっと勉強したいことがあって。前の学校はそれに適してなかったから、出て来ちゃった」
「そっか。目的があるってのはいいもんだな」
「タテワキくんは、あんまりそういうの気にしたことないんですか?」
「いや……、ひとつだけ。目的というような大したことじゃないけれど、あるよ」
「へえ、どんな?」
――人に言ってもわかってもらえないことを、自分なりに納得することかな。
「ぼくは昔、ちょっと人とは違う体験をしたんだ。ありそうだけど、ない話……そんな感じの不思議な出来事を体験したことがある。……その真相を突き止めるのが、ぼくのやりたいことかな」
「突き止めて、どうするんです?」
「さあ。でも自分のことだから……、自分で始末がつけたいんだと思う。でなきゃ、心の霧が晴れない気がするんだ。……筋が通らないんだよ。こんなこと、だれに言ってもわかってもらえないかもしれないけど。……別にわかってほしくもないけどね。自分自身の、気持ちの問題だ」
「そう。きっと、わかってもらえなくても大丈夫。どこかに、わかってくれる人はいますよ」
「ありがとう。――きみは優しいな」
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