第44話 自由の番犬

 その後の手術によって祐未は無事回復。現在は目立った後遺症もなくテオの検査で毎日面倒くさそうな表情を浮かべている。

 ICLOの検査によって、アレックス・ラドフォードの身体能力向上は祐未の血液を体内に取り込み、一時的にジュリアンウイルスの影響下にあったせいだということが判明した。

 祐未の体内にあるジュリアンウイルスは本来のものと性質が異なり、人を死に至らしめることがなくなったようだ。今では健康そのものだが、実験によって祐未の血液を摂取した際また身体能力の向上を確認。アメリカ政府の協力もあって、ジュリアンウイルスに一応の適合を見せたアレックスはICLOに移籍することになった。


 話を聞いた直樹は


「むこうも厄介払いしたかったんでしょう。今回の事情知ってるの、もうアレックスだけだから」


 と吐き捨てた。そのとおりだろうとテオは思う。

 2年前のゲリラ討伐作戦が今回の引き金だという話だが、作戦従事者のほとんどが当時戦死するか今回の作戦に荷担した。実質生き残りはアレックスと祐未のみというありさまだ。国に不利なことを吹聴されては敵わない。ならば軍とは無関係の、しかし監視できる場所に行ってもらおうというのが国の本音なのだろう。

 要は左遷だ。


「初めまして! あるいは久しぶりだな! 私はアレックス・ラドフォード! 気軽にアルとでも呼んでくれたまえ!」


 だというのに本人はお気楽に笑っている。上層部の意図を正確に理解してないのだろうか。テオの思ったことを直樹も思ったらしく、彼も祐未の横で盛大にため息をついていた。

 アレックスと同じく能天気な笑みを浮かべているのは祐未だけだ。


「アルもこっちきたのかよー! これからよろしくなぁ!」


「祐未! 君が無事でよかったよ! 顔色が悪かったときは血の気が引いた!」


「あたしもこれやべぇなーとか思ってたんだけどさぁ、いやーなんとかなったわぁ!」


「もうすっかりいいのかい?」


「見てのとおりだよ!」


「そうか!」


 アレックスが微笑んで流れるように祐未の右手を取る。祐未が不思議そうにしていると、そのまま跪いてあろうことか手の甲に軽く口づけをした。

 横にいた直樹が目を見開き、祐未も声をあげる。


「なっ、なにしてんだよっ!」


「あの時、あれだけ自由に体が動いたのは君のおかげだと聞いた。私がこうしていられるのも君のお陰だ。これから君の隣にいられるのだと思うと、とても嬉しいよ」


 アレックスのアクアブルーがまっすぐ祐未を射貫いてくる。少女はひどく躊躇っているようで、オロオロと視線をさまよわせた。


「あ、お……?」


「君は私を自由にしてくれる。私の自由の女神マリアンヌ。私は君の下僕だよ。これからは私が君を守り、君のために動こう」


 アレックスがニコリと笑い、祐未の目が泳ぐ。直樹が低く呻いた。


「……おい、手ぇ離せよ」


 目だけで人を殺せそうな眼力はさすが祐未の弟といったところか。アレックスはそれすらも笑顔で躱し


「これは失礼」


 といって祐未の手を解放する。まったく堪えていない様子の男に直樹が荒々しく舌打ちした。

 解放された祐未はまだ戸惑っている。


「では祐未、早速だが携帯番号とメールアドレスを教えてもらっても?」


 話題が転換されたことで少女が安心したようにパッと明るく笑った。


「いいよー! アルのも教えろよ!」


「もちろんさ!」


 直樹がイライラした様子でやりとりを見ている。実験の準備を整えてきたテオが彼らに歩み寄り、後ろから祐未の頭を叩いた。


「いつまでダラダラ話している! とっとと実験室にこい!」


 後頭部を叩かれた少女が頭を押さえて振り返る。


「いってぇ! なにすんだよ! いいじゃねぇか知り合いなんだからちょっと話し込むくらい!」


「うるさい黙れ。調べることが山ほどあるんだ、早くしろ!」


「なんだよー! ケチー!」


 祐未が叫くのをテオは綺麗に無視する。直樹が横で小さく


「ガキくさ」


 と呟いた。テオが睨み付けると即座に目線を逸らされる。

 一連のやりとりを見ていたアレックスが首を傾げた。


「……祐未。君に弟が2人いるとはさすがに聞いていなかったぞ?」


 直樹がプッ、と吹き出す。テオは眉をひそめてアレックスを睨み付けた。


「……俺はそれの上司で管理者だ。俺への許可なくソレに大して勝手な行動をするのは容認できない」


 祐未が横で『ソレってなんだクソ野郎!』と騒いでいるがテオの知ったことではない。青年に睨み付けられたアレックスは怯んだ様子も苛立った様子もなく、ただ挑戦的な光がキラキラと狭い海を揺らしていた。

 アレックスは口元に緩やかな笑みを浮かべてテオを真っ直ぐに見据えている。


「ビジネスパートナーとプライベートパートナーが同じでなければならないというルールはあるまい? まあ私は、両方のパートナーになる自信も覚悟もあるがね!」


 直樹の眉がピクリと跳ね上がった。テオの眉間に刻まれた皺がますます深まり、祐未が不思議そうに顔を傾げる。

 少女は少し考えたあと、諦めてアレックスに視線を向けた。


「なぁ、なんの話?」


 だがアレックスがそれに答える前に、テオが祐未の頭をもう一度叩いて声を荒げる。


「実験を開始する! はやくしろ!」


 祐未が『なんだよぉー!』と声を荒げるも、テオは無視して彼女の腕を引っ張っていく。

 アレックスがクスリと笑って


「了解した」


 と言い、その後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三月兎の目は紅い うすしお @sigyn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ