第43話 テオとリリアン

 意識を取り戻したテオは目に飛び込んできた白い天井を見つめ、自分の状況を把握しようと頭を動かした。

 保管室の物音を確認しようとして撃たれた。祐未が来たことは覚えている。おそらくそのあと気絶して、ICLOの医務室で手当てを受けたのだろう。どのくらい気を失っていたのかは解らないが寝ているだけでも頭が痛い。起き上がると一瞬世界がグルリと廻るような気がした。

 横からハスキーな女性の声が聞こえてくる。


「目がさめたぁ?」


「おかげさまでな」


 キラキラと光る金色の髪は極限の技を尽くした金細工のようだ。瞳は大粒のエメラルド。透き通るように白い肌は青白いテオと違って赤みがさしている。すらりと長い手足にふくよかな胸をもつ姿は球体関節人形を思わせた。人が欲望のまま思い描いた『美しい女』の容姿をしている。

 うっすらと赤く色づいた唇はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべていた。咥えたタバコが性的職業を連想させるが、彼女はICLOの医学研究室主任を務める才女である。


「リリアン、祐未はどうしている」


「アンタがおねんねしてるあいだに保管室から毒ガスが盗まれたって話になってさぁ、あれよあれよとホワイトハウスが占拠されて祐未は今そっちに行ってるよ。目覚めのキスがなくて残念?」


「寝ぼけてるならその頭、脳科学の連中に切開してもらったらどうだ」


「イヤン。私になにかあったら隆弘が黙ってないわヨん」


「職場でノロケるんじゃない。お前の旦那にヘリで嫁の職場にのりつけるのをやめろといっておけ」


「えーやだー私だって早く旦那と子供にあいたいんだもん!」


「爆発しろ。それで、現状はどうなってる」


「今までアンタの治療につきっきりだった私が知るわけないッショ」


「……直樹に連絡を入れろ」


「つってもアンタ、さっきまで失血状態でさぁ……」


「かまわん。さっさとしろ」


「医者の話聞いてよぉ……」


 ぶちぶちと文句を言いながらリリアンがテオに言われたとおり直樹に連絡を入れた。携帯をハンズフリーに設定してテオにも会話を聞こえるようにする。暫くして苛立ったような直樹の声が聞こえてきた。


『なにっ!』


「テオが目ぇ醒めて、現状どうなってるかってさ」


『姉さんがヤバイんだ! 今説明してる暇ないよ!』


「マジで? 祐未が」


 そこでテオがリリアンの携帯を取り上げた。入院着のままベッドから歩いてきたテオは元々悪い顔色をさらに青白くして直樹に言う。


「どういうことだ」


『だから! 姉さんが!』


「落着け。祐未の症状はなんだと聞いている」


『失血性ショック! 今ドクターヘリがホワイトハウスに』


「ICLOに来るように指示しろ。祐未の施術ならそっちのほうが早い。俺がやる」


『はぁ!? ふざけんなよ! さっきまで気絶してたクセにそんなことできるわけないだろ!』


 直樹の怒鳴り声を聞きながらリリアンも横で眉をひそめた。


「ちょっとテオさすがにそれは無理だよ……手術中アンタの体力が持たない」


 2人から同時に反論されたというのにテオは眉一つ動かさない。それどころか反論をはねつけるように強い言葉で言い放った。


「今まであいつの受けたどんな傷も俺が治してきた。輸血用パックもここなら確実に祐未用のものが用意してある。病院で実用化されていない技術も祐未なら充分耐えられる。黙ってICLOに連れてこい。あれのことは俺が一番良く知っている」


 直樹がグッと言葉に詰まったのを確認し、テオはもう一度


「いいか、ドクターヘリにICLOへ来るよう指示を出せ」


 といい、通話を終らせる。その後入院着を脱いで手術着へ着替え出すテオを見てリリアンが眉をひそめた。


「起きたばっかりなんだよ!? 体力が持たないよ! ちょっと、聞いてんの!」


 輸血用パックの用意を指示し、手術室の準備を整えたテオがピタリと足を止めた。あわせて立ち止まった女の目をテオの赤い瞳が射貫く。


「だからアンタに助手を頼むんだろう」


 リリアンが息をのみ、言葉に詰まった。それを確認するとテオは手術室へ向かう。

 途中、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソリと呟いた。


「アンタの腕は確かだからな……そうだろ? 


 動きの止まったリリアンを置いて、テオは手術室へと入っていく。数秒後我に返ったリリアン――リリアン・マクニールが苦笑し、頭を掻く。


「人を動かすのがとってもおじょーずネ、私の甥っ子は」

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