第13話 「レオォォォォォッ!?」


「言い訳するつもりではないんだけど、君の能力は誰であろうと、どうにも出来ないんだよ」

 レオに対してアリスは真面目に言った。

「体質に関するギフトでも強弱ぐらいは操作出来るらしいけど、運命操作系はちょっとなぁ」

「運命操作と聞くとチート臭いけど、使い辛そうで地雷臭くもあるわね」

「実質、オフに出来ないエンカウント率上昇だもんな」

「運命操作って……ギフトはそんな力まであるの?」

「操作と言うと語弊があるな。実質、標識みたいな物だよ」

 いまいちレオのギフトの能力を理解出来ていないラジェルにアリスが説明する。

「私も又聞きや魔術師達から聞いただけで憶測も混じるけど、言ってしまえば目印だ。例えば昔、ギフトで金運を願った物がいたらしい」

「その昔話なら知ってる。そいつ、結局は金が原因で自滅したらしい。馬鹿な奴。金なんて上手く使ってこそなのに」

 金運のギフト保持者の話にジョージが辛辣な言葉を投げた。商人の子として思う事があるようだ。

「結末はどうでもいいんだ。ただ、金運もまた運命に関するギフトなんだ。昔の人間が残した資料によれば、運命が道だとするとギフトが看板。こっちに行けばお金が落ちてますよって誘導している訳だ。或いは道の左右が坂になってて、金が少しずつギフト保持者の前に転がり落ちて来るとか」

「俺の場合は相手が生きて…………死霊にまで効くのか? まあ、ともかく物を引き寄せない。この場合は?」

「うーん、多分、君の道のデカデカと看板が置かれてるんだ。運命なんて一人だけで完結する物じゃない。色んな人との縁があるものさ。レオのギフトの場合、大きすぎて他の人が珍しがってついつい立ち寄ってしまう。そんな仕組みなんじゃないのかな」

「宣伝効果バッチリね」

 サリアが親指を立てて来た。叩き落としたくなったレオだが、間にはラジェルがいるので出来なかった。

「そう云う訳で、私じゃあ力になれない。と言うか、どんな魔術師でもどうしようも無いと思う」

「いや、ギフトについては諦めていたと言うか、寧ろこのままで良いんで別に。でも、申し訳ないと思うのなら代わりにちょっとこれに付き合って貰えませんか?」

 レオはそう言って、手に入れたばかりの剣の鞘を軽く叩く。意図を察したアリスは苦笑を漏らした。

「ラジェルから聞いてた通りだな。いいよ、相手しよう。別にギフト以外の事を教えるなと言われてる訳じゃ無いし」

「それなら自分も参加させて欲しい」

 ヨシュアが僅かに身を乗り出して言った。

 現役の、しかも戦乙女などと呼ばれているギフト保持者であるアリスと剣で戦う。勝てるとは思っていないが、それでも得られる物があると思うのは当然だ。

「構わないよ。だけどその前に……ジョージはさっきやったからいいとして、ヨシュアとサリア。一度どこまで出来るか見たい。それが終わったら軽く練習試合でもしようか」

 それから、魔術場の施設を使ってヨシュアとサリアのギフトの破壊力を見る事になった。

 どちらも前に森で怪物と戦った時に使用した最大の攻撃で、用意された的が派手に破壊された。その様子をアリスは真剣に見ていた。

「ギフトを与えられたのは春先って聞いてたけど、もう大分使いこなしているね。特にサリアのは面白い。大砲だけど、こっちの大砲と違うね。弾が球体じゃなくて椎の実みたいな形をしてた」

 的を破壊し後ろの壁にぶつかってから消えた砲弾の形をあっさりと目視したアリスの言葉に転生組の視線が集まる。

「大砲って、時速何キロだっけ?」

「物によるから何とも言えないが、亜音速は行ってたな」

「ギフト持ちって、みんなああ云うものなのか? だとしたら俺らも将来そうなる訳?」

「俺はお前がそれを言う事に危機感覚えるよ」

 なんでだよ、と言うレオだがジョージはより――何言ってんだこいつ、と云うのは視線を向ける。

「別にギフト持ちで無くともあれぐらいは見えるよ。そうでなかったらとっくの昔に地上はギフト保持者に支配されているだろう」

 ヨシュアとサリアのギフトの性能を目で確認したアリスは聞こえていたのか、振り返りながらそう言った。

「待たせたね。それじゃあ、軽く一戦しようか」

 アリスは腰に下げていた剣を鞘から引き抜く。レオも黙って剣を抜いた。

「えっ、今ココで?」

 いきなり戦意を発揮し始める二人を見てジョージが慌てて距離を取る。

「真剣は危なくない?」

「せめて刃を潰した武器にしなさいよ。創るわよ?」

 少女二人からも意見は出たが、レオとアリスは構わないと言った態度だ。

「いや、実力差あるから別に…………。ヘマしなきゃ怪我しないだろ」

 レオは自身で言ったように、アリスとの実力差を肌で感じていた。実力が拮抗していれば真剣では無く木剣か刃を潰していた物を使っていた。

「それじゃあ、始めようか」

 アリスが構える。ヨシュアと同じ構えだが、盾は持っていない。腰に武器を下げているのは騎士の証明の為でもあるので普段から盾を所持していないのだ。

 レオも剣を真っ直ぐに構え――瞬きをしない内にアリスへと斬りかかった。開始の合図も無く不意打ち気味な攻撃。だが、始めようかと先に言ったのはアリスなのだし、何より実力は向こうの方が上なのだから構わないとレオは判断していた。

 レオの初撃は袈裟斬りだ。基本、レオの最初の一撃はこれと決まっていた。戦いに置いてたった一撃で相手を倒すと云うのは難しい。だが、最初の一撃で流れを掴むのは重要で、それをミスして後からペースを取り戻すのは更に難しい。

 最初に袈裟切りが来ると知られていれば対処はされやすいだろうが、初めて戦う相手には自分が一番馴染んでいる攻撃を行うのは悪くない初手であった。

 けれどもそれはあっさりと弾かれた。

 アリスが鏡写しのように剣を合わせ、正面から弾き飛ばして来たのだ。相手は片手で、しかもレオが認識し切れなかった速度で後出しし、単純な力でそれを成してきた。

 剣が弾かれた勢いに引っ張られ、レオは両手を上げた状態で後ろにたたらを踏む。その間にもアリスは剣を横に振り始めていた。

 レオは剣を回して下に向けながら何とか体を傾けて腹に向けられた一撃を受け止める。そのまま剣と剣の間に火花を散らし、同時にレオは蹴りを放つ。

 蹴りこそは腕で防がれるが、そのまま押し出すようにして蹴り押してアリスとの距離が離れる。

 離れて剣を構え直したレオは背中から思い出したかのように出る冷や汗を感じていた。二撃目は本当に斬られるかと思った。剣を振ったと理解出来ても動きは見えず、ほぼ反射的に防いだが、感じた危機感は今まで経験した事の無いものだった。

「次はこちらからだ」

 アリスが宣言した直後、レオは目の前に刃が迫るのを見た。

「おおっ!?」

 思わず声が漏れながらもレオは剣で受け止める。アリスはレオ以上の豪腕を発揮しながらもヨシュアと同様に剣の角度と向きを変える事でレオの攻撃を受け流した上で反撃を加えて来るのだ。

 レオも負けじと両手で握る剣で受け流されるのに抵抗して逆に相手の動きを逸らし、受け止めた刃を逆に受け流してその流れに乗った攻撃を行う。

 二人の間に、銀色の煌めきが激しく行き来する。


「綺麗ね。まるで線香花火みたい。最後に燃えカスになって落ちるのはどっちかしら」

「物騒な事言わないでよ」

 目の前で行われる模擬戦。真剣を使っているからか迫力のある音が魔術場で鳴り響いていた。文字通り火花散る光景は鮮烈で見惚れてしまうほどだ。

 それを目にしているサリアの不穏な呟きにラジェルが不安になっている。

「見える! 俺には見えるぞ! でもどう考えたって体がついて行かないよなー」

 魔眼のお陰で二人の動きを捉える事の出来たジョージだが、見えていても体がその動きについて行けないと判断した。

 その隣ではヨシュアが立っており、真剣な表情で二人の戦いを見ていた。瞬きすらしていないのではないかと思える程の集中っぷりに、ジョージは若干引いた。

「二度もやって負けたヨシュアから見て、今の試合はどう?」

 だが、サリアが煽る形で聞いてきた。明らかに挑発しており、集中していた筈のヨシュアの顔が怒りかサリアの図太さかで引き攣った。或いは両方かもしれない。

「……レオは強い。殆ど我流にも関わらず、な。それでもクルナの騎士の中で最強の一角に数えられるアリス殿に届かない」

「それは当然よね。そんなあっさりその域まで行けるわけないもの」

「そうなんだけどさ。レオの奴、速さ上がってね?」

「えっ?」

 ヨシュアとサリアが同時に振り向く。一目では分からないが、風を切るレオの動きがより鋭く、音や火花の回数が増えていく。

「くっ……この短期間で成長したか」

「そんな少年漫画みたいな事言われても、そして実際にされても、目の当たりにすると引くんだけど?」

「ファンタジー世界だから目の前の事実を信じようぜ」

 そう言うジョージも薄っすらと汗を掻いていた。素直にレオの成長を受け入れているのは悔しそうに顔を歪めるヨシュアとハラハラしながら見ているラジェルだけだった。


 それぞれ反応を見せる四人の見学者が見ている間にも二人の戦いは続き、鋭くなったと言われたレオの攻撃がアリスを掠めた。

 アリスの持つ剣の腹を打ち、アリスの腕を下げさせると同時に反動を利用してそのまま切り返しを行ったのだ。掠めたと言っても、髪を数本斬った程度ではあるが、圧倒的格上の存在であるアリスに僅かながらも届いたのは事実だ。

 斬られた髪が舞うのを見たアリスは笑みを浮かべた。

「大したものだ。なら、もう少し強くしてもいいか」

 アリスは剣の角度を九十度回して腹の部分を向けながら横に振り回す。

 空気抵抗が大きいにも関わらず、速度は速かった。

 自分の腹の向けられて振り回される剣を見て、速度や先程よりも力が込められているような気配を感じ取っていたレオは冷や汗を流しながら自分の剣でその攻撃を受け止める。

「――っ!?」

 だが、予想以上にアリスの一撃は重かった。初撃で弾き返された以上の力だ。

 剣が触れ合った瞬間に、レオはヤバいと思った。

 ――この女、加減をミスりやがった。

 まともに受ければ剣がへし折れ自分の体もへし折れると確信した。

 ほんの僅かな剣の接触と一瞬でそれらの事を思考したレオは全身全霊全力全開でアリスの一撃に逆らわぬようにしながらも剣で受け流しつつ後ろに跳躍した。

 『全』が四つも付くほどに自分の力を出し切った。アリスの一撃の力点を寸違わず自分の剣に合わせて奇跡的に受け流し、火事場の力か普段以上の跳躍力を発揮した。

 結果、レオは空を飛んだ。


「レオォォォォォッ!?」

 飛ぶ人となったレオを見てラジェルが悲鳴を上げた。

 想い人の姿は魔術場の外へと飛び、更には学院敷地内に植えられた木々を越え、向こう側に消えていった。

「…………人って魔術無しに飛べるのね」

「やっべ、俺ってば奇跡を目の当たりにしちゃったよ。ハハッ」

「………………」

 レオが飛んでいく光景にサリアは唖然とし、ジョージは乾いた笑い声を上げ、ヨシュアは目と口を開いたまま固まった。

「しまった。強かったかな?」

 剣を肩に担いだアリスは頭を掻いてレオが消えていった方角を見る。

「そ、そんな事言ってる場合じゃないわ! あのまま落ちちゃったら――生きてるでしょうけど、無事じゃすまないわ!」

「う、うん、そうだな。流石のレオも怪我するよな。……あれで生きてるって思えるのもおかしいんだよな」

 ラジェルに言われ正気に戻ったジョージは最後の方で小さく呟いた。

「それよりどこまで行った? 流石に学院の外にまで行ってはいないと思うが」

 ヨシュアがレオが消えた方角を見上げる。魔術学院の敷地は広く、流石に王都の住宅街まで行ってはいないと思った。そうだったら一般市民が空から人が降ってくるのを目撃すると云うアンビリーバボな体験をする事になるのだから。

「あっ」

 皆がそれぞれ追いかけようとした時、何か気付いたのかサリアが小さく声を上げた。

「あのう、ラザニクトさん? 不吉なんで止めてもらえませんでせうか?」

「実際ヤバいのよ。今気付いたけどあの方角って…………」

 振り返ったジョージが見たのはいつもの無表情から僅かに苦い顔をしたサリアの顔だった。それだけで事態が本当に危険なのが分かる。

「あっ」

 そしてラジェルも気付いたらしく、両手で口を隠して小さく声を漏らすのだった。


 ◆


 エリザベート・ローン・クルナは湯に浸かったまま、今日一日の疲れを吐き出すように溜息を吐いた。

 パーティーに出席した後そのまま王城に泊まり、魔術学院に入学してから会う機会が減った家族と久しぶりの団欒とした時間を過ごした。そして夕方近くに学院へと戻り、夕食前に風呂へ入っていた。

 浴槽に張られたお湯の水面には王女が写っていたが、その顔は暗かった。

 別に家族と会うのが嫌な訳ではなく、寧ろ嬉しいと感じていた。学院が嫌な訳でもない。未知の知識を学び、実践する環境で過ごす日々は充実したものだと断言できた。

 だが、エリザベートは憂鬱とした表情をここ暫く消せないでいた。

 王族と云う立場ながら家族愛に満ちている。勉学も苦ではなく、力を蓄える事に自信が付いてくる。

 ただ、それだけなのだ。自分が手を伸ばし何としても欲しいと思えるような熱がなく、冷めている訳ではないが強い想いも無い。

 要は何か熱中出来る物が無いのだ。

 社交界で貴族の娘達が会話する恋の話。嫡男達が交わす武や功名心。商人達が如何に上手く商いを回していくかの思考。芸術家達が自分の世界を外に写し出す熱意。

 それらを見てきたエリザベートは彼らを羨ましく思っていた。

 熱を感じたい。浸かっている湯のような熱さではなく、正に身を焼く火を感じたい。そんな経験を味わった事さえない王女はだからこそそれに焦がれるのだった。

「やっぱり恋かしら?」

 淑女達が夢中になるのは何時だって恋であると誰かが言った。誰だったか、それとも物の本か。それとも偶々そんな会話を聞いたのか。

「はぁ……何を考えているのかしら、私は」

 姿形無く、貴族の娘である以上恋愛結婚など難しいにも関わらず誰もが夢中になる『恋』。それさえ経験すれば自分の悩みも解決するかもしれないが、この身は一国の王女。そう易々と出来る筈がなかった。

 何よりも大事な人と言えば身近な人しかおらず、社交界で見せる仮面の笑みを浮かべてばかりのエリザベートにとって、矛盾しているかも知れないが、恋や愛など理解出来るものではなかった。

 湯船から立ち上がると、エリザベートは体を洗うためにシャワーのノズルを回す。城では専門の侍女が全てをやってくれるが、学院ではメイドが一人だけ付いて来てるだけなので一人で出来る事は一人でしている。

 彼女がいる風呂は魔術学院の女子貴族寮にある最上階の部屋に設置された風呂場である。

 一人部屋で広く豪華な内装だけではなく、寝室やダイニングも分かれており、メイド用の部屋まである。キッチンまで備えた貴族用の寮。その中でも一番大きな部屋がエリザベートの部屋であった。

 王女と云う地位は貴族ともまた違い、一番良い部屋が用意されるのは当然の事だった。

 風呂場もまた通常の寮の部屋よりも広く、天窓まである。今はまだ夕方で夕焼けの空が見えるが、夜となれば月と星が輝く幻想的な景色を眺める事が出来る。

 熱いシャワーを全身に浴びるエリザベートは不意にシャワーの音とは別の音を耳にした。

 風切り音と言うか、何かが高速で飛んでいる際に風圧を掻き分けて飛ぶそんな音だった。

 首を傾げ、考えもなしに音のする方向へとエリザベートが振り返ると、視界に収まった天窓の向こうから一人の男が突っ込んで来る所だった。

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