第12話 「レオンハルト君はどこの出身だったかな? 国内だよね」
「騎士団から特別講師が?」
レオが新しい剣を手にしてから数日後、教師のいる職員室に呼ばれた。他にもジョージとサリア、そしてヨシュアがいる。共通点は探すまでもなく四人ともシトのせいで転生しギフトを手にした者達だった。
「ええ。ギフト保持者のアリス・ナルシタが騎士団から出向して貴方達にギフトの扱いを教えてくれるそうです。ギフト保持者の先輩ですから、学ぶ点も多いと思います」
魔術学科の教師がそう説明した。魔術を専門に教えていると云うだけでギフト関係者への連絡を担当する事になった男性教師は人差し指で眼鏡を押し上げる。
「皆さん知っての通り、ナルシタ殿はクルナ王国屈指の女性騎士であると同時にギフト保持者です。魔術の腕も天性のものを持っていると噂で――」
「すいません。アリスなんとかさんって有名なんですか?」
レオの言葉に、本当に羨ましそうに喋っていた教師が口を開けたまま硬直した。横に並ぶ他の三人も――何言ってんだこいつ、と云う視線を送る。
「ええっと、レオンハルト君はどこの出身だったかな? 国内だよね」
「レオ・ハルトゥーンです。国内のド田舎です」
フルネームを縮めたような名前に訂正を加えつつ、周囲の反応から変な事を言ってしまったのか不安になるレオだった。盗み聞きしていた訳ではないだろうが、偶々隣の机で仕事していた別の教師まで顔を上げて驚いている。
「アリス・ナルシタって言えば、戦乙女と言われるほど有名な女騎士だぞ。彼女をモデルにした本まであるほどだ。しかもベストセラー」
ベストセラーと云う部分を何故か強調してジョージが言う。
「火の神カリガルからギフトを与えられた人よ。子爵家出身で王国一の騎馬隊を持っているわ」
「国外でも有名な将の一人だぞ。田舎と言っても新聞ぐらいはあるだろう」
サリアやヨシュアからも説明を受け、レオは記憶の中を探ってみる。
「ああ、名前は忘れたけど、新聞に女性騎士がどうとか載ってた気がする。あれがアリス・ナルシタなのか」
人名は忘却の彼方ではあったが、一人の女性騎士が一面を飾っていた時期があり、主婦や村娘の話題になっていたような覚えだけはあった。
当時、自分がまさかギフト保持者になって貴族の子息達と学院生活を送り、有名人と会うまでになるとは夢にも思ってなかったのですっかり忘れていた。
「ま、まあ、そういう訳で、大変名誉な事にナルシタ殿が君達の指導をしてくれる事になったから、よく勉強するように」
教師がそう締め括ろうとした時、レオが挙手をした。
「ところで先生。俺のギフトって常時発動型で鍛える要素が無いんですけど」
「……ほ、他の子のアシスタントとか、どうだろう?」
言いながらも魔術学科教師は目を逸らすのだった。
「失礼しましたー」
「っしたー」
職員室から出てすぐ、ヨシュアがレオに振り向く。
「少しは社会情勢に気を使うんだな。幾ら腕が良くても教養が無ければ舐められる」
そう言い残すと踵を鳴らして一人で廊下を進んでいった。
「ツンデレかしら?」
「何でもかんでも俗っぽい方向に持っていかないでくれますかねえ?」
去って行くヨシュアの背中を見送っていると、逆方向からラジェルがやって来た。三人を待っていたようだ。
「話って何だったの?」
「王国のギフト保持者が後輩である俺達を鍛えてくれるらしい」
「へえ、そうなんだ」
「……ラジェルはアリス・ナルシタって知ってる? レオは知らなかったみたいだけど」
「有名な女性騎士様よね。ギフト保持者で炎の騎士とも呼ばれてて…………」
ジョージとサリアがほら見た事かと言いたそうにレオに視線を送る。レオは職員室前の掲示板に貼られている伝達事項の紙を見上げた。露骨に無視していた。
「私の推薦状を書いてくれた人でもあるわね」
聞き逃せない言葉に三人が一斉に赤髪の少女へ振り返る。
「えっ、なに? どうしたの?」
「お前、女性騎士からも推薦状貰ったって言ってたけど、まさかアリス・ナルシタから貰ってたのか?」
「う、うん。前にも言ったと思うけど、移動中に助けて貰って、話していたら推薦してくれるって」
「そういえば、アリスの騎馬隊が長期訓練で国中走り回ってるって聞いた事あったわね。まさか、ラジェルと会っていたなんて」
サリアが呆れたように軽く頭を振る。
「サイン貰った? 買い取るぞ」
「買ってどうすんだよ。ファンなのか?」
「店に飾っておけば良い宣伝になる」
商魂逞しいジョージだった。
「何にしても、王国屈指の騎士が来るんだよな。試すのも良いかもしれない」
言いながら腰に下げた剣の柄頭に触れるレオを見て、今度はレオが三人分の呆れた視線を浴びる番だった。
◆
アリス・ナルシタが来る当日、ギフト保持者達は学院の敷地内にある魔術場に集まっていた。
魔術場は闘技場と違って観客席のような場所は無く、敷地も広くない。だが魔術の練習の為の場所なので、頑丈かつ魔術に対する備えが幾つもしてある。
そんな場所にレオ達が集まったのはここでアリスがギフトに関する話を行うと聞いたからだ。
「青空教室の完成。さあ、ありがたく座ると良いわ」
アリスを待っている間、サリアが机と椅子、そして黒板を〈創成〉で作っていた。野外にある天井の無い場所で木材とスチールパイプで出来た机があると確かに青空教室の体を作っていた。
ただ、それに無表情ながらはしゃいでいるのはサリアだけだった。
「放課後の時間使ってまでこんな所にいると、居残りさせられてる気分になって嫌だな」
「同感。作るにしてももっと別の無かったのか?」
「阿呆らしい……」
青空教室は男子達には不評のようだった。
「情緒が無い野郎共ね。恥を知れ。ラジェル、貴女も来なさい。男女比のバランスが悪いわ」
魔術場端の土手の上にはハンカチを敷いてラジェルが座っていた。彼女はギフトを持っていないがアリスとの知り合いと云う事なので見学しているのだ。
ちなみに、ギフトに対する興味や高名な女騎士見たさで他にも見学しようとした生徒どころか教師もいたのだが、サリアが武力とついでに権力を仄めかす事で追い払った。
流石に望遠鏡や魔術で盗み見ている者にまでは手が届かなかったが、サリアの視界内に野次馬はいない。ある意味、青空教室は彼女が原因であった。
サリアが意味の無い事で騒いでいると、魔術場に近づいて来る者がいた。
レオが剣を手に入れた店でラジェルが見ていたバトルドレスを着た女騎士だ。茶色の髪を一括りにしたポニーテールに、緑色の瞳をしている。身長は高めで騎士だからかその歩みに隙が無い。
それでいて騎士然としていながら親しみやすそうな雰囲気を持っていた。国内で人気なのは物語に出てくるような英雄的活躍以外にも、そう云った人徳からなのかもしれない。
「初めまして、私がアリス・ナルシタだ。気軽にアリスと呼んでくれ」
到着したアリスの第一声がそれだった。
「ところでその椅子良いな。ちょっと小さいけど、安っぽそうに見えて数が揃うと統一感が出て良い」
そしてサリアが作った椅子や机を珍しそうに見ている。何とも軽い感じで緊張感が無い。けれども愛嬌があった。
「ところでラジェルはどうして離れた場所にいるんだ? こっちに来れば良いのに」
ラジェルと知り合いなのは本当らしく、彼女の姿を見つけると手を振った。
「……ギフト持ちじゃないんで、離れて見学してるんですよ」
レオが理由を言うと、アリスは首を傾げた。
「そうなのか? 見学ならもっと近くに見れば良いのに。おーい、ラジェル。もっと近くに来るといい。相変わらず童話のお姫様みたい美人だな。そういえば君の名前は?」
アリスはラジェルに手招きしながらレオに振り向く。落ち着きの無い騎士であった。
「レオ。レオ・ハルトゥーン」
「ああ、君があの。他の子達の名前は?」
「サリア・ラザニクトです」
「ジョージ・ロンドっす」
「……ヨシュア・ウォルキン」
『あの』が何を指すのかサリアとジョージは察したが、事情を知らないヨシュアは視線だけ動かしてレオを見た。以前と違い、そこには敵意は無かった。
「お久しぶりです。あの時はありがとうございました」
手招きされたラジェルがアリスに改めて礼を言う。
「気にしなくても良いよ。民を守るのが騎士の勤めで、推薦したのは私が個人的に感動しただけだから。それより座って座って。サリア、もうワンセット作ってくれるかな? そういえば私、仕事でここに来たんだった」
落ち着きが無いと言うべきか、それともマイペースなのか。
ともかく、アリスのペースに流されるままレオ達五人がサリア製の椅子に座り、アリスがこれまたサリアが作った教壇に立った。
「さて、ギフト保持者の先輩として騎士団から私が派遣されて来たわけだけど、ぶっちゃけギフトの扱い方を教えろと言われても困るんだよね」
いきなりの暴露に見学者であるラジェルは困惑した。ただ、ギフトを持つ四人は別段驚いて無かった。
「そんな気はしてた」
「感覚的な物だからなぁ」
「感覚だけで緻密な作業が必要される件について」
「文献や資料を当たっても、その手の情報は中々見つからなかったからな」
それぞれ既に思うところはあったらしい。伝えてくれた教師の喜びとは逆に最初から期待はしていなかったようだ。
「だよねー。だけど、ヒント程度にはなるアドバイスはしてあげられるかもしれない。他のギフト保持者と戦った経験があるから。それに、言ったらなんだけど私強いから、ギフトの実験に付き合ってあげられるから」
アリスの言葉に、レオが僅かに眉を動かして反応する。
「それで早速だけど、みんなのギフトを聞いて思った事を言おうかな。あっ、もしかして秘密にしていた? それなら言ってちょうだい。後でこっそり教えるから」
ギフト保持者の中には自分のギフトの能力を隠している者がいる。理由は様々で、所謂切り札を人に軽々と話そうとしないのは戦う者には多い。
国から四人のギフトを伝え聞いていたアリスはその可能性を考え気を使った訳だが、レオ達は怪物を相手にした時既にギフトは知られていた。
「それじゃあ、まずはヨシュアから」
四人とも首を横に振ったので、アリスは説明を始める。
「君のは私と同じタイプだね。呪文も無しに属性魔術と同じ結果を出せる」
アリスが左手を腰の高さまで持ち上げると、その掌の上に火の玉を出現させた。続いて右手で腰の剣を抜くと、今度は剣に炎を纏わせる。
「意識するだけで呪文も魔術式も要らない。同時に自由自在に操れる。君はどこまで出来る?」
「ビームブッパとビーム剣」
ヨシュアが答えるよりも早くサリアが口を挟んだ。ヨシュアが睨みつけてくるが、サリアは何処吹く風である。
「ビームブッパ? ビーム剣?」
「……束ねた光の照射と光属性を剣に宿すぐらいは。魔法で言うと、光属性の攻撃魔術〈レイ)と〈アームズエンチャント〉です」
「じゃあ、こういう事は?」
アリスが手の炎を消すと、指を鳴らす。すると魔術場の奥に火柱が昇った。
一瞬の光景だったが、火柱が起きた場所には綺麗な円が描かれた焦げた地面がある事から相当な火力だったのは間違いない。
「遠隔に発生させるのはまだ無理です」
「そうか。なら今度はそういうのを意識してみると良い。でも、それに拘る必要も無い。肝心なのは自分に合わせて使っていく事だ。私はずぼらだから何もせずに相手を倒せる手段が欲しくて、小手先の技を身に付けただけだからね」
「自分に合わせて、ですか」
「そうそう。愛剣を拵えるつもりで色々試してみると良い。次はジョージね。君はあれだ。魔眼系だね」
ヨシュアの話からジョージの話へと移ったようだ。話の切り替えのタイミングが唐突であった。
「視て効果をを発揮する魔眼系は強力だ。君の場合は視た対象の情報を手に入れるタイプだな? 頭とか痛くなったりしない?」
「使い過ぎると偶に」
「だろうね。そういう探知や情報を手に入れるのは取捨選択が重要だな。まずは軽い情報から仕入れて慣らしていくしかない。まあ、既にやってるみたいだけど、試しに私に使ってみてくれるか?」
「それじゃあ、遠慮なく」
言葉通り、ジョージが躊躇いもなく魔眼を使用した。妙に真面目な顔をしたジョージの顔を見て、レオは前に彼が魔眼でスリーサイズ云々言っていたのを思い出した。
特にそれを注意する事もなくレオが様子を見ていると、ジョージが突然悲鳴を上げた。
「アッツゥゥゥゥッ!? 目が、目がぁ!」
椅子から落ちて地面の上でバタバタと転がり回る。両手で目を押さえており、変な悲鳴を上げて逆ブリッジなどする事もあった。
「あれ? もしかしていきなりギフトから行ったの?」
「何の踊り? フナムシが踊ってるみたい」
「どんな踊りだよ。逆に見て見たいぞ。あれは単に苦しんでいるだけだろ」
「……おい、助けなくていいのか?」
ヨシュアがレオとサリアに声を掛けるが、二人は少し驚いた目でヨシュアを見返した。
「何だその目は?」
「あ、いや、別に…………」
「もうデレ期?」
「公爵令嬢、流石に言葉を選べ」
転生者三人がもう一人の危機を無視している間、アリスとラジェルがジョージの手当てを施す。
「とりあえず水をぶっ掛けよう。それと治癒魔術は得意じゃないから、ラジェルがやってあげて」
アリスとラジェルの二人によってジョージが復帰したのはそれから十数分後だった。椅子に座り直した彼の髪は水で濡れている。
「何かしくじったのか?」
「スケベ心で身を滅ぼしても本望でしょう」
「友人が冷たいです」
「茶番はいいから、何をしたのか話せ」
「お前らより冷水の方が温かいってどう云う事? …………俺はまず最初に見ようとしたのはアリスさんのギフトだよ。それ以外の情報は見ないようにして。そうしたら目から頭にかけてメッチャ熱く……」
その時の痛みを思い出したのかジョージの額から汗が滲み出ていた。
「まさかいきなりギフトからとは思わなくて、言って無かった。悪かったよ」
教壇に戻ったアリスが苦笑いを浮かべて何が説明を行う。
「見て分かる通り、私のギフトは炎を操る物だ。その炎を魔術面と精神面でも使用して、重要な部分を守っているんだ。てっきり、簡単な情報から探ってくると思ってたから、注意するのを忘れてたよ」
アリスは簡単に説明するが、それはつまり彼女は自分が操る炎を単純な現象や魔術だけでなく、その効果を精神に及ぶまでに鍛えたという事だった。
下手に手を出せばアリスが何かしなくとも危害を加えてきた者を焼き殺せると考えればその力は恐ろしい。
「それで弾かれたのか。パソコンのファイアーウォールみたいな物か?」
「違うと思う。それこそ、触れてたら熱い程度ですまないわ。それこそ神経を焼かれていたでしょうね」
「運が良かったんだ」
「これからはせいぜい気をつけるんだな」
「やっべ、貴族関係者に優しさが無いぞう?」
「仲が良いね君達。学生の頃を思い出すよ。まあ、とにかく今度から見る時は注意しようね。今回は熱だけで済んだけど、下手をしたら本当に目から火が出るところだった」
「怖い事言わないで下さい」
本気で怖がっているのかジョージの声は若干声が震えている。それに構わずアリスは次にサリアへと向き直る。
「次はサリアだけど――」
「私、公爵家長女。あなた、子爵家四女。『様』を付けなさい」
わざわざ椅子を踏み台にして机の上で意味も無く立ったサリアが腕を組んで威張り始める。勿論本心では無くふざけているだけで、サリアは偶に思い出したかのように悪役令嬢ロールを行う。
「サ、サリア、見えちゃうわよっ」
隣の席のラジェルが高さ的に下着が見えそうなサリアを注意するが当人は気にしていない。実際、レオとジョージは溜息を吐いて呆れており、ヨシュアは最初から無視して無反応だ。
「分かった。それでサリア様のギフトは――」
「やっぱパス。呼び捨てでいいわ」
戸惑いも見せないアリスにサリアはそう言うと机から降り、椅子に座り直した。時間の無駄以外何者でもないので茶番だった。
「サリアには魔術の勉強、特に精密さを追求して貰った方が良いかな。君の能力は一見便利だけど、精密にイメージする力と魔力を固める技術が必要だ。作った物の強度は魔力に依存するから、学院の授業もあるし学んでおいて損は無い」
アリスの助言にサリアは黙って素直に頷いた。
サリアのギフト〈創成〉は大変応用力のある能力だが、その分使い手の想像力と魔力が要求される。想像力と言っても頭の中で精密な設計図を立体的に思い浮かべる必要があり、魔力の量とその結合力が強度に関係するのだ。
「このぐらいかな。それで残るはレオなんだけど…………」
ギフト保持者四人目に顔を向けるアリス。だが、頬が僅かに引き攣り困っていた。
「……どうしよっか?」
「そんな気はしてた」
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