第二章
第11話 「おっ、決まったのか」
◆
クルナ王国王城。その庭園にて少女が花を愛でていた。魔術学院の制服を着た少女は長いストロベリーブロンドの髪を押さえながら花に顔を近づけてその香りを楽しむ。
「エリザ、こんな所にいたのか」
横から名前を呼ばれた少女は顔を上げると、そこには礼服を纏った貴公子が歩いて来ているところだった。
「フィリップお兄様……」
エリザ、エリザベート・ローン、クルナは自身の兄であるクルナ王国第二王子の名を呟いた。
「女中達が探していたぞ。パーティーまでにはまだ時間があるとは言え、そろそろドレスに着替えないとな」
「ええ、分かっています。けれども、もう少しだけ……」
エリザベートはそう言うと、花へと視線を移した。その横顔には憂いがあった。
「最近、元気が無いように見えるな。何かあったのか?」
妹の表情に気付いたフィリップ。心配して優しく声を掛けるも、エリザベートは首を横に振った。
「いえ、何でもありませんわ。ただ、この子の元気が無いなと思っただけです」
そう言ってエリザベートは目の前を片手で包むかのように撫でる。
「ふむ……まあ、いいだろう。俺は花の事は分からないが、お前がそう言うのならそうなんだろう。だが、何かあれば言うんだぞ」
「勿論です。何かあれば、その時は甘えさせていただきます」
「ならば良い。……ところで、学院でサリアはどうしてるかな?」
わざとらしく咳払いして王子は年下の婚約者について聞いた。フィリップとサリアの年齢差は三つ。彼が学院を卒業した後でサリアは学院に入学したのだ。
「最近は部屋に篭ってばかり、かと思えば時々外に出て何やら轟音を起こしていましたね」
入学式の時に迎賓として出席しながらも結局婚約者と会えずじまいだった兄の心境を理解したエリザベートは、素直に自分が知る限りのサリアの様子を話した。
「最近では茶会にも出席しておりません。元々あまり顔をお出しになりませんでしたが、このところは皆無です。なので最近では話す機会も少なくて、これ以上の事はわかりませんわ。申し訳ありません」
「いいや、構わないさ。間諜のような事をさせたい訳でもない。ただ、今日のパーティーにも出席しないようだから気になってだけだ」
今夜、有力貴族が舞踏会を開き、それにフィリップとエリザベートは出席する事になっていた。王族の二人が出席するとなれば多くの貴族達も舞踏会に参加を決めた訳だが、出席者の名簿にはラザニクト公爵家の名はあってもサリアの名は無かった。
「まあ、いないものは仕方がない。エリザも早く準備しなさい」
そう言い残すとフィリップは背を向けて庭園から去っていく。
僅かに肩を落として遠くなっていく兄の背中を見つめながら、エリザベートは小さく呟く。
「私も恋をすれば、変われるかしら…………」
◆
「魔術の実力テスト、どうだった? 俺は半々」
「図形関連は解けた。多分。計算は全然だったけど」
王都の街道を歩きながら、レオとジョージが横に並んで歩いている。その後ろにはラジェルとサリアがいる。
「全問正解とは言わないけど、手応えはあったわ」
「手応えも何も、私は問題を理解するのに手一杯だった」
四人の話題に上がっているのは学院の魔術の授業で行われたテストであった。
暫くは魔術の概要と基礎的な理論の話が授業内容だったのだが、貴族平民が入り混じる学院では入学間も無くでも魔術の知識と実践に差がある。
授業を本格的に進めるに当たって生徒の実力の内の片方、知識量を測るためのテストが行われたのだ。
最初は簡単な概要に関した問題であったのだが、徐々に難しくなって来た。前世では決して真面目では無いが授業をサボるほど不良で無かった高校生であったレオも最初の内は何とか解いていたのだが、地球で言う数学、物理、化学が出てきた所でお手上げになった。
「まさかファンタジアで微分積分を目にするとは…………」
熊や魔物を平気な顔で斬り伏せるレオも、数字と記号の羅列の前では成す術も無かった。
「錬金術とか、魔力の要素が加わっただけで化学だもんな」
「情けないわね。ラジェルは兎も角、あなた達は前世で受けた教育があるでしょう」
「勉強は嫌いだ!」
「同じく!」
自慢にならない事を叫ぶ男子二人にサリアは冷たい視線を向けた。
「あれだ。見えてきたぞ」
レオは涼しく受け流したのに対してジョージは明らさまに話を逸らすようにしてある建物を指差した。
立て掛けられた看板には武具屋のマークがあった。
「あれが家の系列の武具店だ。裏手には鍛冶場もある」
「結構大きいわね」
「王都に構えてるんだから、多少無理したって立派に見せるもんだ」
「それよりも本当にいいのか? 剣とか貰ってしまっても」
今日、王都の武具屋に来たのはレオの折れた剣の代わりを手に入れる為だ。そして新しいのを買おうとするレオに、ジョージが剣を一本譲ると云う話になったのだ。
「気にすんな。俺ん家は準男爵家である以上に王国でも有数の商人の家なんだぞ。剣の一本や二本、どうって事ねえよ。お前がいなかったら死んでたかもしれないし、このぐらい安い安い」
そうは言うが、武器と云うのは金が掛かる。質も問わず手入れもしないのなら二束三文だが、それは戦士にとって自分の命を二束三文で売っているような物だ。
良い品質の物を手に入れようとすれば当然金は掛かり、武器は命と違って消耗品だ。
「ヨシュアは? あいつのギフトが無かったら斬れなかったぞ」
ヨシュアの〈耀光〉があってこそ、森での怪物を倒せたと言っても過言では無い。レオが折れた剣の代わりを受け取るのなら、ヨシュアも戦いで使い物にならなくなった盾を受け取るべきだ。
「言ったんだけど、要らんとさ。実際に斬ったのはレオだし、自分にはお抱えの店があるからだってよ。俺も上客を横から掻っさらう気は無いし、よそに荒波立てたくないからな」
国境を境に外国と顔を向き合わせる辺境伯となればお抱えの商人や鍛冶屋があるものだ。息子であるヨシュアもまたその店で武具を揃えているのだろう。
「どっちもどっちね。貰えるのなら貰っておきなさい。タダより怖い物は無いと言うけど、貰って当然だと思えば怖くないわよ」
「公爵令嬢は言う事が違うな。というか、何でお前達まで来てるんだ?」
「暇潰し」
「サリアに連れられて」
女子二人の答えに、呆れたように肩を竦めるとジョージを先頭にしてレオは店の戸を潜る。
武具屋と云うと物騒なイメージが先立ち、小洒落た内装とは無縁のようだが、入った店の中は意外にも広く先の想像に反して整理整頓がされていた。
刃など先端が尖った物や銃などが全てショーケースに入っているせいだろう。それに弓や盾、鎧なども綺麗に並べられているのでまるで展示会のようにも見えなくも無いと。
「いらっしゃいませ。これはジョージ様。ようこそおいで下さいました」
店の奥、カウンターの方からスーツ姿のドワーフが現れる。寸胴短足な体型に豊かに蓄えられた髭。まるで人形を着せ替えたような格好をしたドワーフだが、その態度は丁寧で妙に様になっていた。
「親父から話聞いてる?」
「はい、旦那様から既に伺っております。何でも、ご友人の剣を新調したいとか」
「そうなんだ。こいつのを見繕ってくれ」
ジョージが親指で後ろにいるレオを指差すと、ドワーフの視線がそちらに向く。同時に腰に下げていた剣にも目が行っていた。
「かしこまりました。では、その前にお客様がお持ちの剣を見せて貰ってもよろしいでしょうか? 使い慣れた物であったのならそれを参考に新しい剣をお持ちします」
「分かった。専門家に任せるよ」
言葉を向けられたレオは頷いて、未だに持ち歩いていた冒険者のお下がりである剣を腰のベルトから外す。
「ありがとうございます。それではこちらに」
ドワーフの案内に従い、レオ達は店の奥、会計を行うカウンターの隣に置かれた大きなテーブルの前まで移動する。
テーブルは作業台のようで、よく拭かれてはいるが表面には無数の傷があった。
「剣をここにお願いします」
言われたレオをまず紐で鞘と固定していた柄を外して台の上に置く。ほぼ根元から折れているそれを見てドワーフの目が僅かに見開かれる。
更に鞘を傾けて中に入っていた残る刃の部分も台の上に置き、使い込まれた後に残るそれをドワーフは難しい顔で見る。
「……何かおかしい所でも?」
「ああ、いえ、そういう訳ではありません。申し訳ない。ただ、よくここまで使い込んだものだと思いまして」
ドワーフは布で柄だけの部分を掴んでレオ達に説明を始める。
「こちら、根元の部分に金属が見えるでしょう? 柄に固定された剣の一部ですね。この大きさと刃の大きさが全然違います」
空いたもう片方の手に布で刃部分を持ち、折れた箇所と嚙み合わせる。
「これは研ぎ続けて剣が細くなった証拠です。ここまで細くなっていれば、何時折れても不思議では無い。寧ろよくここまで使い込めたと驚きました」
剣を研いでいれば切れ味を取り戻してもその分厚みが減る。元の厚みより細くなれば当然耐久性も減っていく。
ここまで磨り減る前に、普通は折れているものだ。しかもよく思い出してみると、剣が折れたのは斬った後でだ。あの一撃で正に剣としての寿命を完全に全うしたのだろう。
「滅茶苦茶な奴だな」
「物持ちが良いって言ってくれ」
「ええ、大事に扱われたのでしょう。この剣も本望でしたしょうね。さて、この剣を見るに片手剣よりは大きく、大剣ほど巨大では無い直剣を扱っていたようで。まずは同じ形の剣をお持ちしましょう」
まずは似たような剣と云う事で、ドワーフは他の店員にも手伝わせて直剣を幾つか並べる。
「色々あるもんだな」
レオは言いながら、内一本を両手で持つ。
「うぅん……あの剣と学院の木剣しか持った事が無いからな。何が良いのか分からん」
「幾つか触ってみて、頭で考えずこれだと思える物を感覚で選ぶのが良いかと。扱うのはお客様なのですから」
ドワーフに言われ、レオは一つずつ持っては手の感覚で確かめて行く。
「刀は無いの? 刀は。無いなら作りなさいよ」
「いやいや、無いから。それに製法とか知らんのにあんな細い剣なんか作れる訳ないだろ」
レオが剣を見繕っている間、暇を持て余したサリアが刀が無いことに不満を漏らした。
実は、否定的な態度を取りつつもジョージは何度か刀の製作が出来ないか試した事があった。こことは異なる武器。それに前世とは言え故郷に伝わる武器となれば再現したくなるのは男子としてしょうがないだろう。
しかし、形は似せれても結局は失敗で終わった。剣一本を作るにも様々な工程があり、手間と技術が必要になる。ただ鉄を熱して叩けば良い訳がなく、製造方法も分からない物を作る事など出来なかった。
試作品を頼んだ鍛冶師は何か方法が思い付いたらまた作ってみると言ってくれたが、地球の知識を利用して金儲けを考えていたジョージにとって黒歴史になっているのでそこまで話さなかった。
「ふぅん」
だが、女の勘なのかサリアが疑わしそうに見ていた。
「これって……」
その横で、ラジェルがある防具の前に立った。
曲線的で女性らしい丸みのある鎧で、女性が着る物と証明するように下半身の部分がスカートになっており、そのスカートの部分に板金が蛇腹に張り付いていた。
「ああ、それ? 女性向けの鎧だよ。普通はもっと装甲が少なくて女騎士が礼式用として買うんだけど、これは重装甲の実戦向きのやつだな」
ラジェルが見ている物に気付いたジョージが説明する。
前線に女がいるのはこの世界では珍しく無い。どころか魔力が男よりも多い傾向があるので当たり前に女騎士と云うものが存在していた。
戦う為の防具ではあるが、外見を気にする。男だって自分が着る物に拘りや何かしらトレードマークを入れたように、女だってデザインを気にする。だからかドレスをそのまま鎧にした防具が生まれたのかもしれない。
「重装甲って、下手すると他のよりも重いでしょう。こんなの買うのなんて誰も…………一般人で買う人いるの?」
サリアは心当たりが複数あったからなのか、途中で間を置いて言い直した。
「一般人向けでは無いからだろ。冒険者傭兵の中には買う人いるし、見栄えも良いから飾っておくのも悪く無い」
「客寄せね。それで、ラジェルはこれが欲しいの? 着たいならもっと軽めのか、鍛えるしかないわね」
「ううん、違うわ。ただ、前にこんな鎧を着てる騎士様に会ったの」
「へえ、酔狂なのもいるわね。名前は?」
「えっと、アリス・ナルシタさんて方よ」
その名を聞いて、ジョージとサリアが驚きで目を見開いてラジェルを見る。
「その人、クルナ王国の将軍よ」
「しかもギフト保持者…………」
「えぇっ!?」
ラジェルの声にレオが後ろを振り返るが、少し離れた場所でラジェル達が雑談しているだけだった。話の中で何か驚く事があったのかもしれないと思いつつ、レオは首の向きを直して今手に取っている剣を改めて見下ろす。
片方にだけ刃のある真っ直ぐな剣だ。一般の片手剣に比べると長く、大剣と言うには短い刃を持つ悪く言えば中途半端だ。鍔や柄など装飾を施せる部分にも飾り気が一切ない。
折れてしまった剣と比べれば厚みも重さも違く、此方の方が重厚だが、よくよく思い出せば研いで薄くなる前はこのぐらいだった。身長も伸びて刃の長さが少し物足りなくなっていた事もあって、自分の成長に合わせて買い直した考えれば色々とスケールアップしたこの剣は丁度良かったのかもしれない。
「やっぱりこれが一番かな」
「お決まりになりましたか?」
「ああ、これに決めた」
「かしこまりました。ベルトもセットとなっておりますが、良ければここで調整しますか」
「じゃあ、それも」
剣を収める鞘とセットになったベルトの長さや鞘の位置をドワーフの手を借りて自分に合わせていく。長さを決めれば、余分な部分を切りにドワーフが作業台の上で手早く作業する。
「おっ、決まったのか」
剣を選び終えた事に気付いたジョージが戻ってきた。女子二人も小ぶりなメイスや短剣を手に取っていたのを止め、振り返る。
「ああ。悪いな、ロハで剣貰って」
「気にすんなって。それに、将来有望な剣士様に投資すると思えば剣の一本や二本安いって」
そう言って肩を竦めるジョージ。だが将来有望と云う言葉にレオは微妙な顔をした。
「将来有望って言われてもな。ただの田舎者にあんまり期待しないで欲しいんだけど」
「いやいや、お前の実力は本物だって。それに……次もまた来るぞ」
「………………」
途中で真剣な声な声に変わり、レオは押し黙る。ジョージが何を言いたいのか分かっているからだ。
王都近くの森の中で遭遇した怪物。その正体は前世でのクラスメイトで、転生した後に死亡し魔物化した姿だった。
理性を失い死んだ事への恨みと悲しみに流される彼はレオ達を襲った。無事に生を謳歌している者に対して怨嗟の声を上げたのだ。逆恨みではあるが、亡霊や悪霊の類は本来そう云う物だろう。黒い感情だけに支配され、それを向けるべき相手の判断も出来ないのだ。
今回は怪物を倒せたが、おそらくは他にもいるはずで、次は何時来るか分からない。
「他の国のは分からないが、クルナに来た奴は多分真っ先にお前を狙ってくるぞ」
レオは『強者との引力』を発生させるギフトを持っている。友好的だろうが敵対的だろうが関係無しに強者と遭遇しやすくなるギフトの効果範囲に怪物まで含まれていないと考えるの楽観し過ぎだろう。
「その時に剣が無いと大変だろう」
「そうだな。まあ、時間稼ぎぐらいはするから」
「レオの場合はそのまま切り倒してしまいそうだけどな」
真剣な表情から笑い出すジョージ。そのタイミングでドワーフがベルトと一緒に剣を持って来た。
「どうぞ、レオ様」
レオはベルトを受け取ると鞘に収められた剣を腰に差す。以前の剣よりも重く感じると同時に、今まであった違和感が消え安心するレオであった。
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