第10話 「そんなつもりは無いんだけどな」
クルナ王国の王城にてクルナ王と宰相が執務室の丸テーブルに向かい合って座っていた。
テーブルの上には数日前に王都近くの森に現れた魔物化した転生者について書かれた書類があった。
レオ達が怪物を倒した後、ジョージが使用した狼煙を見た警備隊が駆けつけ、四人の少年少女を保護して事情聴取を行い魔術師達による現場の調査が行われた。
二人の前に置かれた書類はその時の報告書であった。
「転生者の魔物化か。魔物化の現象に関しては珍しいと言えば珍しいが急を要する事ではない。問題は前世が異世界の者だったという点だな」
「死者の資質から強さはマチマチですが、この黒い霧のような闇と云うのが気になりますな」
「前世の記憶が原因か、それとも悪神の細工か。これについては情報を集めていくしかないな」
「神殿にも問い合わせましょう。彼らなら転生者達の数を正確に把握しているでしょうし」
報告書の内容から今後について話し合う二人。現れた魔物の強さは大した脅威ではなく、厄介なのは間違いないがあのまま王都を囲む城壁に近づけば警備している兵によって倒されただろう。
王と宰相ほどの地位にある者が顔を突き合わせて話すような事では本来ないのだが、転生者が悪神の仕込みであるならば些細な事でも警戒して過ぎる事は無い。
「任せる。それと、一人気になるギフトを持っている者がいるな」
「レオンハルト……いえ、レオ・ハルトゥーンですね」
「そうだ。この強者を引き寄せる能力が引っかかる。具体的な効果の程は本人にも分からぬとあるではないか。どれほどの強さか? 及ぶ範囲は? 一人だけなのか複数なのか、敵か味方か? それが一切判断できん。このギフトを与えたのは何処の神か?」
「篝火の神メフィーリアと聞いております」
「珍しい神だな。だが、そうだとすると正しく誘蛾灯か。やれやれ、元から寄ってくる者だけでも面倒だと云うのに、それ以外も来るか。学園の守りの件はどうなっている?」
「それなら既に呼び寄せており、明日には長期訓練から戻るかと。我が国のギフト保持者であるアリシア・ナルシタにならば学園の守りは勿論、王女殿下の守護も問題ないでしょう」
宰相の言葉に王は頷く。
だが、一国の王の胸には一抹の不安があった。転生者達の事ではない。ギフト保持者が頼りない訳でもない。客観的に見ても国の兵士達は優秀だと自負があり、自分も備えている。
しかしそれでも不安が拭えない。ある種の予感があった。いくら準備しようと、万全をきそうとも、大いなる破滅が渦巻いているのではないかと云う言いようのない不安が。
◆
何もない常闇の中で、一切の光源が無いのに一人の男が浮いていた。
上下左右、天も地も無い常人ならば気が狂う空間内においてその男は笑みを浮かべている。
「ああ、お前の懸念は大正解だクルナ王。せいぜいが舞台の一つとして頑張ってくれ。なぁに、運が良ければ命も国も助かるさ。多分な!」
そう言って笑い声を上げる男の名はシト。異世界である地球から若者達の魂を強奪し転生させた悪神だ。
逃げ隠れの上手い彼はこの暗黒の空間で事が起こるのを待っていた。そして、それは十五年の年月の後にとうとう起きた。
「三十六の魂の内、二十一がギフトを与えられ、十五が魔化した。魔物となった十五の魂は二十一の生者を狙う。世界で見れば小さな争いだ。だがこれが始まりだ!」
悪神シトは転生させた者達に何か期待している訳ではない。欲しいのは火種だ。急激に増えたギフト保持者は成長すれば強力な戦力となる。国々が放って置くはずが無い。
そしてそれは光と闇の陣営に分かれた神々も同じだ。哀れな転生者達を救うと云う大義名分を元に神はギフトを与える。それは私兵を増やす事を意味する。
闇の陣営がこの契機を見逃すはずがなく、光陣営に先んじて既に闇陣営の神々が転生者数名を確保していたのをシトは確認している。
悪神が望むには混沌が渦巻く波乱の時代だ。光の治世も闇の支配もどうでもいい。混沌とした状況を望んでいるだけなのだ。
その始まりが漸く起きた。これから更に拡大するだろう。
「始まりは最後まで見たかったが、邪魔が入ったな」
四人の転生者が魔物化した同郷の魂と相対していたのもシトは見ていた。だが、途中であの女神が現れた。光と闇の神から生まれた篝火と薄闇の神メフィーリア。
「あのボッチ女神が。なんだかんだで女らしくソツが無いな」
彼女が現れたおかげで最後まで見る事は叶わなかった。挙句、逆探知までされてしまった。ここに神々が強襲するのも時間の問題だ。
闇の空間が不意に振動する。
「ハッ、来たか。脳筋に捕まるオレじゃねーよ」
シトはキャスター付きのスーツケースを引きずり、帽子を片手で押さえながら駈け出す。すると彼の姿が闇の中に溶けて消えていった。
直後、空間に亀裂が入り、光が闇をかき消した。
◆
魔物化した転生者の事件から数日後、レオは校舎の裏にある噴水の縁の上で横になっていた。
魔術学院の校舎は夕日で赤く染められており、放課後の時間帯であるがゆえに普段なら騒がしい生徒達の喧騒も聞こえない。
校舎の裏庭であるここで、レオは噴水中央の水を噴射するモニュメントが作る濃い影の中で特に何もする事なくぼうっとしていた。
授業が終わり、日課の鍛錬は最低限こなした。単純に今は休んでいるのだが、特に趣味がなく娯楽の少ない田舎で育ったレオには休みの日に何をしたらいいか分からないので、日向ぼっこでもするように体を単純に休めていた。
レオの足元には鍛錬用の木剣の他に、先の戦いで折れてしまった剣が立てかけられている。
代わりの剣は今度の休日に買いに行く予定だ。金については、ジョージが伝手を伝って安くしてくれるような話をしていたので大丈夫だ。
沈みつつある夕日を眺めていると、後ろから近づいてくる人の気配をレオは察知した。知っている気配だったので特に反応してないでいると、足音がすぐ近くまで近づいて来た。
「何をしているの?」
「日向ぼっこ。もう夕方だけどな」
近づいてきたのはラジェルだった。赤い髪が夕日の光を反射して一層輝き、澄んだ瞳がレオを見下ろしている。
「隣、良い?」
「ああ」
前を向きながらレオが頷くと、ラジェルはその隣にハンカチを敷いて座った。二人の肩が手一つ分離れていた。
二人とも、暫くの間座ったまま会話もなく黄昏の帳の下で佇んでいた。レオは何も考えていない無表情で、ラジェルは何だか嬉しそうにしていた。
「そう言えば、この前は悪かったな。俺達の事情に巻き込んでしまって」
「森での事? 大丈夫よ。私は気にしてないわ。ただ、サリアの様子がおかしいの」
「アレが? ……具体的には?」
短い付き合いながらサリアがどういう人間か大まかに察していたレオは、彼女が落ち込みような姿を想像出来なかった。
「部屋に遊びに行くと、何か線図を書きながらブツブツ呟いて笑ってるの。燃焼効率がどうのとか、ノズルの角度とか、あとは誘導線に魔力をとか」
「もういい分かった」
どこの神か知らないが、サリアに物質創造のギフトを与えたせいでファンタジー世界に現代兵器が誕生しようとしていた。
やっている事はともかく、冷静に見えてサリアも何か思うところがあったのかも知れない。
ジョージも部屋の机の上で多種多様な図鑑を広げている。それ以外にも魔力の流れや動きについての論文などを読んでいる姿を同室のレオは見ていた。
ヨシュアは見てもっと分かりやすく、前以上に鍛錬を行っている姿を見る事が多く、普段滅多に使わないギフトの訓練まで行っているのが目撃されている。
やはり、魔物化した元同級生の姿が尾を引いているのだろう。
「と言うか、あいつは貴族寮だろ。よく遊びになんて行けるな」
話題を逸らす為にレオは寮について言及した。平民が住む寮と貴族の子息が住む寮とでは正に住む世界が違う。同性でもお互いに寮の行き来は無いのが普通だった。
「サリアに呼ばれてお茶を飲むことがあるけど、なぜか他の貴族の子達とお茶会する事になって…………。多分、そういうお喋りの場に出ないサリアの代わりだと思われてるんだと思う。私、ただの村長の娘なのに」
その村娘が令嬢達に混ざって違和感が無いのがおかしな話なのだが、ラジェルは気付いていないしレオもどうでも良いと思って口にしなかった。
「サリア云々は置いておくとして、多分またあんな事が起こると思うぞ」
代わりに先程の話を続けた。
「本当に危ないからな。と言うか、どうして魔術学院なんかに来たんだ?」
「……自分の身を守るぐらいにはなっておきたいから、かな」
「ふうん。だからって慣れない事はする必要は無いと思うけどな」
「……なら、レオは? よく分からないけど、生まれ変わる前の記憶があって、昔に知り合いと戦う事になるんでしょう? それなのに、どうして何も変わっていないの? 昔と同じで、私には見えない道を進んでいるの?」
レオは目だけ動かしてラジェルを見る。彼女はレオの事を真っ直ぐに、真剣な表情で見ていた。
視線がぶつかり合うと、先に逸らしたのはレオの方だった。
「漠然とした言い方だな。まあ、別に俺に明確な目標なんてねえよ。剣だって、極端な事を言えば手段に過ぎない。まあ、切っ掛けではあるから思い入れも強いけどな」
レオは話しながら傍に置いた剣の柄を掴んで持ち上げる。既に折れてしまったものの、捨てる気にはなれないレオは未だにそれを腰に下げていた。
「変わる変わらない以前に考えるの苦手だし、ただ単純に何も考えず剣を振って、腕を磨いてるだけだから」
「周りから見れば危なっかしいわ。何だか一人で突っ走って何も見ていないような気がする」
「そんなつもりは無いんだけどな」
「私は嫌」
「嫌って、お前な…………」
何だか子供のような言い方にレオは思わず微苦笑漏らしてラジェルに振り向くと、すぐ近くにラジェルの顔があった。その顔がやけに赤いのは、夕日のせいだけでは無いだろう。
「わ、私は、レオといたい。ずっと傍にいたいと思ってる! だから、強くなるわ。足手まといになるつもりも無いし、いざとなったら私がレオを守る!」
青い瞳が真っ直ぐにレオを射抜く。
「……まるで告白のように聞こえるんだが?」
「そうよ。私は、ラジェルは、レオを愛してる」
耳まで赤くし、茹でられているような真っ赤な顔をしながらもラジェルははっきりと自分の気持ちをはっきり口にした。
レオはそんなラジェルを見返し、視線を逸らして空を見上げ、足元の影へと見下ろし、最後には困ったよう再び空を見上げた。
実は言うと、ラジェルが自分に好意を向けている事に気付いてはいた。いたが、絶世の美女と云うありきたりな言葉が実際に似合う少女が自分に惚れているなどと本気で考えた訳は無く、自惚れだと思っていた。
それは、どうして自分なんかをと云う自己評価があったからだ。
「ラジェル、正直に言うとお前の気持ちに応えられん。俺はな、誰かが好きとかそういう感情が分からないんだ」
昔から、更に言うと前世の時からそうだった。他人に対して強い感情をレオは抱いた事がなかった。
「家族は大事だ。何かあれば駆けつけるし、守る。お前も同じだ。だけど、そこまでなんだ。お前がこうして俺みたいのに対して顔を赤くしてまで告白するとか、何て言うのか……熱みたいな感情がどうも実感できないんだ」
誰かを大事にする心はある。けれどもレオには愛と云う時に人を狂わせる強い感情を抱いた事が無かったのだ。
「だから悪い。お前の気持ちなら――」
「だったら、私が教える!」
ラジェルが言葉を遮って声を上げる。
「そうなんだろうなって思ってた。ならレオを愛してる私を見ればいい。そうすればいつの日か分かるかも知れない。私でなくてもいい。誰か別の人だろうと、もしかしたら自覚できるかもしれない!」
一息で言い切ったラジェルが肩で息をする。強気な言葉と裏腹に、顔には羞恥と緊張と不安が入り混じっていた。ただ、色に連想されるような潤んでいる瞳だけは依然真っ直ぐにレオを見ていた。
「………………」
「………………」
暫くの間見つめ合った二人だが、不意にレオが笑った。小さく、堪えたのが我慢しきれず声を漏らし、呆れたと言うべきかそれを通り越して感心したと言うべきか、ともかく朗らかな笑みを浮かべた。
「何だよそれ。でも、確かにそれは良いかもな。ああ…………ありがとうな、ラジェル」
レオがラジェルへと振り向き、微笑を浮かべて言うのだった。
「俺に愛を教えてくれ」
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