第8話 「喧しい!」


「レオ!?」

 怪物に吹っ飛ばされたレオの元にラジェルが駆けつけて行く。

 そして残ったヨシュア、ジョージ、サリアの前世の記憶を持った三人が怪物と対峙する事になった。

 彼らの顔にはレオが吹き飛ばされた事もそうだが、重なって見えた二人の少年の幻影にそれぞれ驚きを見せていた。

「今の、日本人よね。別の姿もあったけど」

「俺達と同じ、悪神によって転生した存在? だが、この姿は? この姿は何なんだ!?」

 彼らが困惑した声を上げる中で怪物は雄叫び上げ、その巨腕で地面を叩き、尻尾で跳び跳ねた。

 落ちて来る怪物に三人はそれぞれ散って落下地点から逃げる。

「くそっ!」

 何がなんだか分からないがヨシュアは半ば自棄気味に、落下した怪物の死角に回り込んでその脇に向かって剣を振り下ろす。

 サリア〈創成〉で作った刃引きされた剣だが、鈍器の代わりにはなる。

 そのまま剣が怪物を打つと思ったが、剣先が怪物を覆う闇に触れると途端に勢いが落ちた。

 剣から伝わる感触にヨシュアは油のような、それも粘性が非常に強い液体を思い浮かべた。しかも、振り切ったと思いきや剣は怪物の肌に届きもしなかった。

「何かの防護か。厄介な」

 闇が怪物に攻撃を通さないよう働いているようであった。それに気付いたヨシュアは慌てて距離を取る。

 怪物は反撃してきたヨシュアに振り向きながら腕を振り上げた。闇の中から外に出た巨腕はまるで柱のように太く、伸びる爪は刃そのものだ。

 ヨシュアは身を翻して振り落とされた巨腕を避ける。爪が擦りそうになったが、それも盾で防ぐと、赤い火花が散った。

 怪物が第二撃を繰り出そうとすると、発砲音がして怪物の頭に鉛玉が飛んできた。弾丸は闇に阻まれて勢いを無くすと地面に落ちて転がる。

「何よあの黒い霧は。こっちの攻撃が届いてないわ」

 発砲したのはサリアだ。彼女は〈創成〉でライフル銃を作り、それで怪物の眉間を狙ったのだが効果は無かった。

 怪物はサリアを一瞥はしたが、その隙にヨシュアが刃引きされた剣を捨てて自分の剣を引き抜くと攻撃を仕掛ける。

 ヨシュアの攻撃はやはり闇によって怪物の体には届かないが、鬱陶しく思ったのか怪物はヨシュアを集中して狙い始めた。

「ジョージ、最初から気付いてたわね。あれが何なのか言いなさい」

 ライフルのレバーを引いて薬莢を排出し、〈創成〉した新たな弾丸を詰め込みながらサリアはバックパックを漁っているジョージに命令した。

「見ての通り、俺たちのクラスメイトだった奴だ! 丹下洋一。バスケ部、勉強はそこそこ、彼女持ち」

「それがどうしてあんな姿に? ギフトの力?」

「いや、逆だ。ギフトが無かったからだ」

 サリアはヨシュアの援護としてライフルを撃ち続け中、ジョージが何か金属の管を取り出した。

「魔物化したんだ! 多分、ギフトを与えられる前に死んで、魂が欠けたままだったから!」

「――そういう事。やってくれるわねあのクソ神。今年の春まで私達の存在は神にも隠蔽されていた。なら、そういう事があってもおかしく無いわね」

 前世の記憶が戻ったのが今年の春。その時にギフトが与えられた。それまでは記憶と共に魂の欠けを悪神によって隠されていた。放置すれば魔物化するとそれぞれギフトを与えてきた神々に説明されていたが、その結果が目の前の怪物だった。

「あの黒い霧は?」

「理屈は分からないが、空間が歪んで変質してる。限界はあるようだけど、魔法を含めて攻撃は効かないぞ。ここは逃げるしかない」

 ジョージが取り出した管には紐が伸びており、彼はそれに魔法で火を点けると明後日の方向に放り投げた。導火線を伝って燃えていく火が根元まで行くと、地面を転がった管から赤い煙が大量に噴出される。

 煙は森の木々を抜けて空へと登っていく。緑の中に赤があれば王都の城壁からよく見えるだろう。

「それ、騎士団の発煙筒じゃない。それも緊急時用の。怒られるわよ」

「緊急時だよ。ここに公爵と辺境伯の子供がいるんだし、何より俺達を神殿が気にかけてるんだ。騎士団が出張るには十分だ。レオを回収して逃げるぞ」

 そう言うと、レオとその傍にいるラジェルに向かってジョージは走り出した。

 すれ違いざまにジョージが小さく悪態を吐くのをサリアは聞いた。もしかしたら、丹下洋一と云う少年はジョージの前世と仲が良かった生徒なのかもしれなかった。

 サリアはそんな事を一瞬考え、すぐに振り払ってヨシュアの援護に戻る。

 ヨシュアの剣から眩しい光が放たれているのを見た。


 魔法には属性が存在する。それは魔力で動くギフトも同じだ。

 そして、ヨシュアのギフトである〈耀光〉はその輝きに反しない光属性だ。直進する光は道を指し示し、秩序の象徴でもある。そして歪みを正す力がある光属性は空間にも作用する。

 サリアとジョージの会話が聞こえていた訳ではなかったが、魔術的感覚が怪物を覆う黒い霧は見た目通り闇属性であると直感し、剣から伝わる闇の感触からヨシュアは何かしらの歪みが存在すると気付いたからだ。

 〈耀光〉によって剣に光属性の力を宿したヨシュアは怪物の腕を避けると同時に剣を突き刺す。

 光を纏った剣は闇の中を真っ直ぐに進み、怪物の体に命中する。

 だが、確かに刃は命中したがほんの僅かに刺さっただけであった。

 すぐに跳び退いて怪物からの反撃を避ける。怪物の攻撃は激しく、二本の腕と尾の攻撃は一撃でも受ければレオの二の舞だ。

 ヨシュアはそんな激しい攻撃を盾で捌きながら懐に跳び込み、〈耀光〉の力を纏った剣で何度も斬りつける。

「くっ、無理か……」

 しかし、剣は届いても致命傷には成り得なかった。

 出力の問題か、それともあの幻影を見てしまって無意識に手加減してしまっているからか。

 ダメージを与えられる手段を見つけたと云うのに、ヨシュアは内心で焦っていた。前世と自分は全く関係無いと思っていた。なのに、日本人の少年の姿を見てショックを受けている事を自覚できたからだ。

 前世では違う部活だったが、学校の行事では協力し合い、時にはカラオケやゲームセンターで遊んだ。

 言ってしまえばそれだけの関係で特別に仲が良かった訳ではない。今においては全くの他人だ。

 それなのにあの姿を見てから動悸が止まらない。魔物と化した日本人の姿に頭をハンマーで殴られたかのような目眩がする。

 その動揺がヨシュアに最後の一線を越えさせない。彼の魔力ならばより強い〈耀光〉を放ち、闇ごと怪物にダメージを与えられる筈なのだ。

「くそっ、どうして、どうしてだ!」

 体を動かしながら躊躇うなと自分に言い聞かせる。それでも腕が震え、思考は空回る。〈耀光〉を使えたのは体に染み付いた経験だ。

 このまま戦うべきか、逃げるべきか。そんな決断もつかないでいると、怪物低い唸り声を発した。

 骨だけの頭部の何処から声を出せるのか、獣が威嚇するような声であった。そしてその唸り声に混じり、人の声が聞こえてきた。

『どうして俺だけが――』

「は……?」

 人の声。それも前世で聞き覚えのあったものだ。しかし、ヨシュアは一瞬誰だか分からなかった。聞こえた声が怨嗟に濡れたものだったから。

『俺だけがこんな目にあって、どうしてお前達は陽に当たっているんだァアアアッ!』

 声に気を取られて動きを止めたヨシュアに尾の薙ぎ払いが襲ったのはその数瞬後だった。


「レオ、レオ!」

 怪物の一撃に吹っ飛ばされ、気に寄りかかるように座った姿勢のまま気絶したレオにラジェルが声をかける。

 息はしている。攻撃された瞬間、サリアの〈創成〉で作られた剣を盾にしたのか、折れ曲がった剣の代わりにレオには外傷が見当たらない。それでも骨が折れているかもしれなかった。

「〈ヒール〉」

 ラジェルはレオに向けて回復魔法を唱える。

 〈ヒール〉は生活魔法と区分される簡単な魔法だ。主婦や母親から家事を教わった者なら誰でも使える。

 その分、効果は止血と雑菌消毒程度の効果があるだけで治癒力そのものは低い。それでもやらないよりはマシとラジェルは〈ヒール〉をかけ続ける。

「レオ、起きてレオ!」

 呼び掛けと魔法を同時に行い、レオの頬を軽く叩く。一向に起きる気配がなかった。

「ラジェル、レオはどうだ?」

 ジョージが駆け寄ってくる。彼の背後からは赤い煙が空に向かって伸びている。

「助けを呼んだが、ここから離れるべきだ。レオは起きたのか?」

「駄目。全然起きる気配がしないの」

「なら俺が担いで行く」

 ジョージがレオを肩に担ごうと胴に腕を回す。だが――

「重っ!? 鉄製かよこいつ!」

 思いの外重かった。持てはするが、それだけでろくに歩けないかもしれない。

「私も手伝うわ。そっちを持って」

 ラジェルが反対側から自分の肩にレオの腕を回して持ち上がると、ジョージの負担が一気に軽くなった。

「ほら、早く行くわよ!」

 絶世の美しさを持つ少女の意外な腕力にジョージが目を見開いていると叱責された。

 結局、ラジェルとジョージが左右から肩を担いで持ち上げて一歩を踏み出す。

 その直後、ヨシュアが空から落ちてきた。

「うおぉっ!? おまっ、どうした!?」

 受け身を取ったヨシュアはジョージの言葉には答えず、剣を杖代わりにして立ち上がりながら咳き込む。彼が持っていた盾は大きくへしゃげて元の形が分からないほどだった。

「おいおい、お前がここにいるって事は……」

 ジョージが顔を上げると、怪物が彼らの方に向かって突進しようとしていた。その進路上にはサリアがいる。

 サリアは銃身が熱くなった銃を捨てると、両手を左右に振る。するとそれぞれ二門、計四門の大砲が作られた。

 広げた両腕をサリアが勢いよく下ろすと、四つの大砲が火を噴く。

 まるで火山が爆発したかのような轟音が空気を震わせ、着弾地の地面から土柱が舞い上がった。

「三人とも、レオは? ああ、駄目ね」

 サリアは自分が起こした結果を見届ける事なく、発射した直後には駆け寄って来て二人が担ぐレオを見ると首を横に振った。

「あれで倒せたんじゃ……」

「無理ね。ある程度は足止めになるでしょうけど、あれ作るのって結構難しい上に火力の分、魔力を消耗するから」

 ラジェルの希望的観測に、撃った本人であるサリアが首を振った。連発出来るのなら可能性はあっただろうが、〈創成〉は大きさと重さ、質によって魔力を消費する。弾を飛ばす火薬は魔力の変換率の都合上魔法で代用している。

 大量の魔力を使う為、サリアの魔力では連発出来ないのだ。

「今の内に逃げるわよ。おまえ、ちゃんと一人で立てる?」

「だ、大丈夫です」

 ヨシュアはそれだけ答えると、レオを担ぐジョージとラジェルを庇うように二人の後ろを早足で歩く。

 人を担いで走る二人のスピードは遅い。サリアが銃を新たに作り、後ろを警戒しながらそれを追う。

「ああっ、モンスターパニックの映画思い出した。こういうのって、運んでる側が襲われるんだよな」

「それはいざとなったら囮になるって意思表明?」

「違うから! 共々生き延びてやるから!」

 緊張からかテンションが高くなっているジョージ。レオを挟んだその横で、ラジェルがぽつりと独り言を漏らす。

「何であんなモンスターが出て来たのかしら?」

 それが聞こえたジョージとサリアは同時に気絶したままのレオを見た。

 本人の言ではレオのギフトは強者を引き寄せる能力だ。良くないものを引き寄せてしまってもおかしくは無い。

「そ、それは、違うよ?」

「ウワァアアアァッ!?」

「きゃああああっ!?」

 突然横から聞こえた声にジョージとラジェルが悲鳴を上げた。バランスを崩しそうになって、なんとか堪えつつ声のした方向へ振り向く。

 そこにはフードを深く被った少女の姿があった。小柄で、フードの隙間から黄金の髪が胸の前に伸びている。

「ご、ごごごごめんね。驚かせるつもりは無かったんだよ」

「えぇ、だれ?」

 いきなり現れたにしては逆に慌て始める少女を見て、ラジェルは戸惑う。逆にジョージは少女を見て目を剥き、絶句しているようだった。

「わ、私はメフィーリア。彼にギフトを与えた神、だよ」

「メ、メフィーリア様!?」

「やっぱり神か……」

 少女の言葉に今度は全員が驚いた顔をする。唯一、サリアだけが表情を変えなかった。疑っていると言うより、どうでも良さ気だ。

「助けに来てくれたのかしら?」

「ご、ごめんね。違うの。し、しようと思っても、で、出来ない決まりなの」

 サリアが無表情で見下ろしているからなのか、メフィーリアがオロオロとしていた。これではどっちが神なのか分からない。

 メフィーリアの言う決まりは本当で、原則として地上に干渉してはいけない決まりが神々の間にはあった。出来るとしてもそれは力を与える時、つまりギフトを授ける場合だ。

「ならよ、教えてくれ神様。あいつは、丹下はどうしてあんな風になったんだ? どうして俺達を狙う? 魔物化したからなのか? 教えてくれ!」

 ジョージが叫ぶように問い詰める。

「悪神シトは私達も騙す力がある。十五を数えるよりも前に死んでしまっても感知出来ず、そのまま浄化されずに魔物化してしまう。君達をねらう理由だけど……」

 最後に言葉を濁すメフィーリア。だが、ヨシュアがそれを引き継ぐ。

「恨みだ。あいつは、ギフトを得て生き延びた俺達を憎んでいるんだ」

「なんだよそれ! シトの奴ならともかく、何で俺達を憎む必要があるんだ?」

「人の怨み妬みはそう云うものよ。それよりも早く行かないと追いつか――」

 サリアが先を急がせようとした時、後ろから木々が倒れる音がきこえた。振り返れば、元クラスメイトであった怪物が闇に包まれた状態で立っていた。サリアの使った大砲の効き目は薄かったようだ。

『許さねえ、許さねえ。どうして俺が死んで、お前らが生きてるんだ!』

 無い喉から響く怨念満ちた声。正常な判断など二度の死を経験した壊れた魂で出来るはずもなく、自ら被った不幸の痛みをただただ叫んで暴れているのだ。

「こっちに来るわ!」

「おいおいおいおいッ!」

「くっ、下がっていろ!」

「こんな時こそ神頼み。ロリゴッド・バリアー!」

「えっ、ええええぇっ!? こ、こここここれは会話用インターフェイスだから盾にもならないよっ!」

 ヨシュアが前に出て歪んだ盾を構え、サリアがメフィーリアを掴んで盾にする。ジョージは目を見開いて飛びかかってくる元クラスメイトを見、ラジェルはレオを庇うように抱きしめる。

「――守ってくれたんだな。悪い」

 そんな声をラジェルは聞いた。

 次の瞬間、ラジェルの腕から抱きしめていたものの感触と、ジョージの肩から重さが消える。サリアとメフィーリアが自分達の横を通り過ぎる影を、ヨシュアは自分の前に立つ背中を見た。

『グオォオオオオオオッ!』

「喧しい!」

 闇の中から振り下ろされた怪物の巨腕をレオは一喝と共に剣で斬り飛ばした。

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