第7話 「負ける、かァッ!」
最初に剣を振り下ろしたのはレオだった。柄を両手で持ち、袈裟に向けて振り下ろす一撃は授業の時よりも速い。
ヨシュアはレオの攻撃を避けるどころか逆に前進する。同時に左の盾を前に押し出し、剣撃を受けると盾表面で受け流して剣の軌道を横から変える。
払い退けるように剣を横へ受け流すと、盾と入れ替えるように右の剣を振る。しかしその先にはレオの姿が無かった。
レオは自分の一撃が受け流されながら、受け流されていく剣を支えにヨシュアの左側へと跳躍していた。まるで剣と盾が引っ付き、レオが振り回されているように見えた。
ヨシュアの斜め後ろに跳んだレオは宙で身を捻り、ヨシュアの背に向けて蹴りを放つ。
後ろに回り込まれていた事に気付いたヨシュアは、振り返りながら司会の端にいるレオの姿勢から、宙での姿勢変更に驚くよりも早く蹴りが来ると直感し、肘を後ろに突き出す。
足裏と肘が衝突し、宙にいたレオの体が後ろへ弾かれた。
レオは獣のような柔軟さで体を捻り、回転すると地面に着地して即座に構え直す。ヨシュアもまた後ろを振り返った時には剣と盾を構え直していた。
重圧をかけるようにヨシュアは腰を落として盾を前に構え、摺り足で少しずつ前進する。
レオは盾とその裏に隠れた剣を警戒しながら、剣を横に構えていつでも跳びかかれるよう体はヨシュアの方を向きながらも盾の無い方へと回り込むように駆け足で移動する。
それをヨシュアがさせまいと体ごと盾の向きを変えながら距離を詰めていく。
その途端、拍子を外すタイミングでレオが動き出す。ジグザクの軌跡を描きながらヨシュアへと突進した。
レオとヨシュアの体が交錯したかと思うと、火花と金属同士が擦れる凄まじい音が起きた。
すれ違い、再び距離が離れる二人は互いを睨み合ったかと思うと、次はヨシュアの方から攻め始め、火花を散らし音を鳴らす。
離れては斬り結び、付かず離れずな攻防を少し離れた場所でラジェル達は見ていた。
「解説」
「俺はもうそんなポジションに決定なんだな。まあ、いいけれど」
サリアに一言で自分の立ち位置を自覚してしまったジョージは諦めの表情で魔眼を使用する。視界に入る物のあらゆる情報が、目を通して頭の中に飛び込んで来る。
ジョージがギフトとして得た魔眼は情報を読み取る力を持っている。目には見えない魔力の流れも捉える事が出来、目関連だからか動体視力も上がっている。
「剣術の授業の時と違ってヨシュアは盾を使ってる。おかげで防御から攻撃への切り替えが早くなってるな」
「兵士とかは大体あんな戦い方よね。盾で受け流して隙を作り、剣で斬る」
「攻撃と防御どっちも同時に出来るのは便利だよな。レオは体術を混ぜてるけど……何だあの動き。獣かっ」
「それでどっちが有利?」
「互角かな。どうひっくり返るか分からんけど」
「でも、ヨシュアくんの息が上がってるわ。レオが有利じゃないの?」
ラジェルの言った通り、何度も斬り合いし続けている内にヨシュアの息が乱れつつあった。逆にレオは額に汗を滲ませる程度で息切れ一つ起こしていない。
「どんな体力してんだが。確かにこのまま行けばレオの勝ちだろうけど、ヨシュアにはまだアレが残ってる」
「ギフトね」
「ああ。来るぞ」
ジョージの魔眼はヨシュアのギフトの予兆を、流れる魔力の動きをその眼でしっかりと捉えていた。
ヨシュアが視界から剣を隠すように前へ突き出し突進して来た時、レオはそれに違和感を覚え、直後にギフトを使って来ると直感した。
ハイエナのようなモンスターをまとめて倒したギフトの一撃が来ると。
レオは迎撃するために盾に向けて剣を振り――盾に軽く接触した瞬間に横に跳び退いた。直後、レオが先程までいた場所をヨシュアが光を纏った剣で振り下ろす。
剣からは光が溢れ、その熱が地面を焦がした。
「あっぶね」
地面を転がり素早く身を起こしたレオはヨシュアの剣を改めて見る
名前も知らないヨシュアのギフト。サリアが〈創成〉で作った剣に光が纏い、強い熱を放っている。
ヨシュアが刃のリーチから離れたレオに向けて剣を振る。それだけで光波が三つ発生して襲いかかって来た。
剣を振った時点で何か来ると察知していたレオは光波が放たれた直前にその場所から移動して木々が並ぶ場所へ逃げる。
「逃がさん!」
「チッ、飛び道具か」
ヨシュアがレオを追いながら光波を放つ。レオは木の幹を盾にするなどして回避するが、そこから動けなくなってしまう。
光波は所詮牽制程度なのだろう。焦げ付く木の幹を見れば威力は低そうだが、素肌で受けるとどうなるか分からない。
普通なら魔法でも撃って応戦したいところだが、残念ながらギフトを持っていただけで特待生として魔術学院入学したレオは魔法が使えない。授業で習ってはいるが、使えるのはまだまだ先の話だ。
「隠れる場所を間違えたな」
「しまっ――」
接近して来たヨシュアが木の幹を一刀で容易く切断した。彼のギフトは光波を放つだけでなく、武器そのものの威力をも上げるようだった。
壁にしていた木が切断される寸前でレオは咄嗟に木の表面に指をかけて、地面を蹴ると高く飛び上がって木の枝を掴んだ。太い枝はそのままレオの体を支えるが、肝心の支えである幹が斬られて倒壊していく。
レオは慌てる事なく枝を鉄棒代わりにして片手で逆上がりをし、枝の上に立つとすぐにそこから跳ぶ。落下する先はヨシュアの頭上だ。
逆さまに落ちながらレオは両手で剣を振り下ろす。しかし、間一髪でヨシュアは頭上から来る攻撃に気付いて盾で防いだ。
「今のも駄目か。固いな」
盾と言うよりもヨシュアの守り方だ。幼少から厳しい訓練を受けてきたのだろう。致命打を与える事が出来なかった。
剣を防がれたレオは地面に足が付くとすぐさま後ろへと跳ねるように距離を離す。飛び道具を持っていないレオは接近戦を挑むべきなのだが、固い守りを持つヨシュア相手では盾で防がれる。接近してから下手に距離を離せば光波の良い的になってしまう。
だから逆に距離を取って、森と云う地形を利用して撹乱し付かず離れずの距離で戦うしかない。
「逃がさん。〈ストーンウォール〉!」
レオが木々の間に跳び込もうとした瞬間、ヨシュアが地面に剣を突き刺して魔法を行使する。
レオの背後から突如、石の壁が地面から生えて進路を防ぐ。石の壁は左右、上へと曲線を描きながらレオの退路を塞いだ。
「離れた場所に魔法を発生させる事って出来るの?」
「事前にマーキングしてたんだ。ほら、光線が当たって焦げてた場所がそう」
離れた場所からジョージの解説が聞こえて来たが、レオはそれどころではなかった。
逃げ道は塞がられ、唯一石の壁に覆われていない正面では既にヨシュアが光波を撃つ為に剣を腰だめに構えていた。
小出しにしていた今までとは違う眩しいほどの光が剣から発せられており、魔力もまた剣に集まっていく。
「それで決める気か。なら――」
逃げ場を失ったレオはヨシュアに向かって突進する。それは自ら身を差し出すような自殺行為であった。
「逆に向かって来るか。だが、光を避ける事など出来ない!」
ヨシュアが突きを放つようにして、レオに向け勢い良く腕を伸ばして剣を突き出す。
輝く剣から光の柱が横向きに放たれた。人を丸呑みするほどの太さを持つ光線は光の速度で空間を射抜き、直線上にあった魔法の石壁を砕いて穴を開ける。
そしてレオは、光線のすぐ真横にいた。間一髪、と言うには髪が数本ほど焦げてはいるが、レオは直撃を免れていたのだ。
バランスを崩して倒れかけるがすぐに立て直し、光線のすぐ横を走る。向かう先は当然、ヨシュアだ。
「うおおおぉぉっ!」
ヨシュアは発射している光線の向きを無理やり変える。
横から迫る壁とも言える光の柱。レオは横へ距離を取るがそれでも追いかけてくる。追いつき、そのまま呑み込むかと思われた瞬間、レオはそれを跳んで避けた。
陸上選手が高飛びのバールを背中から避けるように、背中に下に光線を通過させ、地面に着地する。即座に切り返しとして光線が戻ってくるが、跳んだレオを警戒して上に角度を上げた光線は熱で焦がしていた地面から離れてスペースが出来上がる。
今度は身を屈めてその隙間を滑るようにして滑り込んでレオは回避した。
どれもこれも紙一重。少しでもミスをすればそのまま焼かれていただろう。
だが、レオはそれを成し遂げてヨシュアの眼前に迫ろうとしていた。
「負ける、かァッ!」
叫びや否や、ヨシュアの剣から放たれていた指向性を持った光が一本の線から帯となっていくつのにも分かれ拡散する。
だが、レオは光条に貫かれる寸前で地面を蹴ってヨシュアの真上に跳んでいた。体を横にして身を捻り、下から剣を振り上げる。
刃の潰れ剣の一刀がヨシュアの背中を強かに打った。
「がはっ!」
革鎧越しとは言え、背中から受けた衝撃でヨシュアの口から肺の空気が吐き出され、そのまま前のめりに倒れた。
「ぐ……くそっ」
地面に倒れた際にサリアが作った剣をヨシュアは手から離してしまう。掴もうと手を伸ばすも背中に受けた一撃による痺れが体に残っており、思うように動かせずにいる。
その間にレオが地面に着地し、ヨシュアの前に回り込むと地面に落ちた剣を拾い上げた。
それを見たヨシュアは負けを認めたのか、伸ばしていた手を止め、代わりに握り拳を作って地面を叩いた。
「前世がなんだのと言う奴に負けるなんて…………」
「いや、関係ないだろ」
ヨシュアの口から思わず漏れた言葉に、レオは淡々と返した。
「何だ? 前世の事が嫌なのか? まあ、昔の話だし、別人なんだから気にすんな」
その言葉を聞いて、悔しがっていた筈のヨシュアは怪訝な顔をしてレオを見上げる。
気休めで言っているようには見えない。なら尚の事、レオが何を言っているのかヨシュアには分からなかった。
前世の記憶が例え言葉通りに他人事だとしても、それがまだ二十年の生きていない子供だとしても、鮮明に覚えている人一人の人生は人格に影響を与えるには十分だ。そうでなければヨシュアも拒否感を抱く事もなかった。
記憶を持つ者であるならば過去の自分を無視するなどできない。レオもそれを分かっている筈だ。なのに彼は他人の人生だと切って捨てている。
「それこそ世界が違うんだから、それで俺がお前より弱いって事にならないから。と言うか、今回勝ったのは俺なんだから、前世がどうのこうの言われても困るぞ。もしかして昔の俺が何かしたのか? 悪い、全然覚えてねえ」
「……フン、前世の仕返しなどと下らない事に誰が拘るものか。だいたい、今とは顔も名前も違うのだからそんな事分かるはずもないだろ」
言って、ヨシュアは痺れから回復してきた体を自ら起こし始める。レオが手を差し伸べて来たが、要らんと言って自分だけの力で立ち上がった。
「業腹な事に今回は俺の負けだが、次はこう簡単には行かないからな」
ヨシュアは負けた悔しさがあったが、それ以上にレオの無頓着さに呆れた。これではまるで自分が馬鹿のようだ。
「簡単な訳ないだろ。なんか体から焦げた臭いがするし」
光線の直撃は避けても熱で若干肌が焼かれたのか、レオは腕を鼻に近づけて自分の臭いを嗅ぐ。やはりちょっと焦げ臭い。
臭いを気にし始めるレオの後ろから観戦していた三人が近づいて来る。
「今回は、とか言ったけど前回も負けてるじゃない」
「綾だから。言葉の綾だろうから突っ込んであげるなよ」
「二人とも、怪我は?」
「一人だけだな。怪我の心配をしてくれ――」
言葉を途中で止め、レオが後ろを振り返る。続いてヨシュア、ジョージ、サリアと転生した少年少女達もまた顔を上げてレオと同じ方向を向いた。
「みんな、どうしたの?」
ラジェルが四人の突然の行動に首を傾げる。
「何かいるような、そんな感じがして」
「いや、実際に何か来るぞ」
自分達でも釈然としない中で、レオとヨシュアが剣を構える。
森の奥から大きな影が現れた。いや、光の加減による影の濃さではなく、それは木々の間から射し込む光さえも呑み込む闇だった。
「何だあれ? おい、ジョージ」
レオが目だけを動かして魔眼のギフトを持つジョージに視線を向ける。だが、ジョージはレオ達以上に闇の存在に驚愕した表情を浮かべており、レオの言葉は聞こえていなかったようだ。
「何で……? まさか、魔物化……」
呆然と呟くジョージの眼は魔眼使用時に見える淡い光を宿していた。
既に魔眼で視ていたジョージの反応にレオはより闇に対して警戒を強める。
「お前ら、下がってろ」
前を向いたまま、片手で後ろにいた三人に下がるよう合図する。
それに反応したのか、闇の中に赤い爛々とした二つの光が目のように同じ高さで輝く。
そしてそこから、骨だけの牛の頭部が赤い光の眼を持って闇の中から現れる。首から下は分厚い筋肉に覆われ、両腕は木をも握り潰せそうな巨腕。所々に鱗が散りばめられた上半身と違い、下半身は大蛇のそれそのものであった。
「何だあの魔物。王国にはあんなのが出るのか?」
「そんな訳ないだろう。この周囲は動物型ばかりだ。こんなキメラのような奴はいない」
レオとヨシュアが前に出る。こちらを真っ直ぐに見つめる魔物の赤い眼に明確な敵意を感じたからだ。
闇は魔物の体全体を覆い、密度が薄くなって霧のようになっている。正体の分からない不気味さはその分無くなったが、今度は逆に明確な危機感が全員を襲う。
「どんな魔物か分からない以上、真正面から戦うのは得策じゃない。三人を逃がしながら戦うぞ」
「賛成。俺が右でお前が左で時間稼ぐか」
一歩も引かないレオとヨシュアは先制を仕掛ける為、腰を僅かに落とす。
その時、怪物の姿に二つの幻影が重なった。
一つは十代前半の赤毛の少年。もう一つは黒髪黒目の日本の学生だった。
「――は?」
声を漏らしたのは誰だったか。一瞬だけ見えた怪物に重なって見えた幻の姿に、前世の記憶を持つ者達の思考が止まり、意識の空白が生まれる。
意図していたのかそれとも偶然か、その隙を突いて怪物が動く。尻尾を鞭のようにしならせ、横薙ぎに振り回した。
それに最初に反応したのはレオだった。ヨシュアを肘で後ろに突き倒し、尻尾を正面から受け止める。
空気破裂したような音が響き、レオの体が宙を舞って吹っ飛んだ。その勢いは木の幹に衝突するまで止まらなかった。
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