第6話 「……白米が欲しくなってくるな」「言うなよ!」


 夜空の星々の光も届かない森の奥。光が無い完全な闇の中で黒い何かが蠢いた。

 夜の闇の中、森の闇の中でも浮き彫りになる程に黒いソレは身動ぎをすると、ゆっくりと前進し始める。

 闇の中、生き物の呼吸らしき音が聞こえた。ただし生物と言うにしてはそれは生者が吐くような息ではなく、空気が汚染され、木々が腐り始める。

 眼らしき蘭々と輝く二つの光は赤い色をしており、不吉な予感を抱かせる。

 黒いその存在は這いずるように森の中を真っ直ぐに進んでいく。

 その方角の先にはクルナ王国の首都があった。


 ◆


 太陽が直上に昇るにはまだ時間のある午前。森の中を四人の少年少女が歩いていた。

 腰に剣を携えて先頭を歩くのはレオだ。リュックを背負い、シャツとズボン、ジャケット、ブーツという動きやすい格好だが防具の類は身につけていない。その斜め後ろにはラジェルがおり、彼女も動きやすい格好をしていたが、腰のベルトに付けた短剣はレオと違って不慣れを感じさせる。

 後ろではサリアがおり、髪を後ろで縛って外套を羽織っている。武器は何も持たず、一番身軽な格好だ。最後尾はジョージで、彼は短剣とボウガンを所持していた。

「魔法って面倒だよな。無詠唱で使えば慣れるまで無駄が多くて、詠唱や魔法陣を使うと面倒な式とか図形を覚えないといけない」

「生活魔法は使ってるけど、攻撃魔法になるとずっと難しいわ。勉強、ついていけるかしら?」

「大抵の女子は生活魔法は使えるよな。まあ、攻撃魔法になると魔力の消費が大きいだけだから感覚的にすぐ使えるだろ」

「私はバンバン攻撃魔法撃てるわよ。ギフトだって魔力を消費している訳だし」

 前日に学院で行われた基礎魔術学の授業の感想から始まった雑談をしながら、四人は森の中を散歩するかのように歩く。

 当初はレオとラジェルの二人だけだったのだが、レオが後をつけて来る二人を発見して結局四人となったのだ。

 冒険者ギルドでの登録も魔術学院の生徒ならば準冒険者扱いになって学生証がそのまま証となると言うので、引き取って貰える魔物の素材だけを確認しただけで終わった。

「ところで今更だけど、どこ向かってるんだ? 依頼を受けたようでもないし」

「いや、下見に来ただけだから特に目的地なんてないぞ」

「マジかー。目的ないと精神的に疲れるんだよな」

 そう言いながらもジョージの顔に大した疲労は見えない。

 森に入って既に一時間は歩いているが、誰も彼も疲れた様子は無かった。

 舗装された街道とは違って人の手が入れられていない森の地面は歩きにくい。茂みなどの小枝や葉が邪魔と言うのもあり、代わり映えしない景色は気を滅入らせる要因ともなる。

 けれども誰も彼も慣れて様子で難無く歩いている。先頭で邪魔な枝を切りながら歩いているレオはともかくとして、意外にも体力のある面々だった。

「あまり魔物とか見かけないわね」

「そうだな。俺の村近くの森だと調子こいてバンバン下りて来るほどなのにな」

 王都近くの森に初めて足を踏み入れる田舎者二人は自分達の知る森との違いを見ていた。

「魔物や獣って人が住んでる場所の近くには近寄らない筈なんだけど、レオ達がいた村には猟師とかいなかったのか? 罠を定期的に張るだけでも結構違うらしいぞ?」

「あいつら罠とか普通に壊して来るから。家畜も毒入り飯もガン無視して畑の物だけ奪って行きやがる。特に熊」

「えっ、熊が出んの?」

「出るよ。それ以外だと狼とか」

「熊とか狼の群れなんて下手な魔物より強いだろ。よく平気だったな」

「ハルトゥーン村の集会所にレオが倒した獣の毛皮や剥製が沢山置いてあるわよね。床には四メートルもある熊の敷物とかも」

「ああ、あの時は死ぬかと思った。毛やスッゲェ硬くて、中々斬れなくて大変だった」

「……その熊、どんな外見してたんだ?」

「赤い目に体が黒かった以外はデカイ熊だな」

「それ、モンスター化した熊じゃない……」

「討伐対象間違いなしのモンスターベアー……」

 ジョージとサリアのレオを見る目が――こいつヤベェ、と言っていた。

「……なんだよ」

「いや、別に……」

「何故そのバイタリティーを前世で発揮できなかったのか」

「五月蝿え。馬鹿は死ななきゃ直らないって事だろ」

 自分ながらもそれは不思議に思っていたレオは黙々と枝を斬って行く。もし、前世で何かしら武道を学んでいれば学生らしい青春を送れたかもしれない。けれど出会わず、今があった。今更言ったところで正に手遅れなのだ。

 暫く歩いて行くと陽も高くなり、体力よりも胃の中が減り始めた頃にラジェルが提案を行う。

「そろそろ休憩にしましょう。もうすぐお昼だから、準備もしないと」

「そうだな。ちょうどスペースもあるし、少し早いけど飯にするか」

「私、サンドイッチ持って来たんだけど、足りるかな?」

「あっ、俺は携帯食持って来たんでお構いなく」

「見ての通り私は持って来て無いから奢りなさい」

「理不尽だけど大貴族に言われたら逆らえない自分が恨めしい」

「俺が木の実とか小動物でも狩ってくるから。鳥ぐらいならさっき見つけたし」

「あの雀っぽいの」

「名前知らないけど、あれ結構美味いんだよな」

「前世じゃ考えられない食事よね。あっ、調理道具ならギフトで作れるから必要なら言って。電車レンジは無理だけど」

「でんしれんじ?」

 一人暮らしの味方である赤外線発射装置の名前に首を傾げながらラジェルが手早く料理の準備を始める。

「ん…………?」

「どうしたの?」

 レオが不意に森の奥へと視線を向けて眉を顰めた。

「飯は一時中止だ。何か向こうにいる」


 一体のモンスターが血飛沫を上げて絶命する。

 それを行った犯人はモンスターが倒れるのを手応えだけで確信するとすぐさま周囲に視線を巡らせ、自分を取り囲むモンスター達を睨む。

 剣と盾を構えてモンスターを倒しているのはヨシュア・ウォルキンだ。

 周囲を小汚い灰色のハイエナのようなモンスター達に囲まれている。痩躯で大型犬よりは小さいそれは単独では弱いが、代わりに集団で常に動く面倒なモンスターであった。

 しかし、囲まれていながらもヨシュアは盾でモンスターの飛びかかりを叩き落とし、挟み撃ちで背後から突進して来たもう一体を避けながら剣で斬り裂く。

 数は多いが、モンスター達はヨシュアの敵では無かった。しかし、ヨシュアの顔には苛つきが見えた。

 物に八つ当たりするような荒々しさがあり、目もモンスター達を見ておらず、別の何かを見ているようだ。

「…………クソッ」

 苛立つヨシュアはモンスター達が間合いの外だと云うのに剣を大きく横薙ぎに振るう。

 すると刃が光り輝き、剣の軌跡に従って光の奔流がモンスター達に襲いかかる。光は強力な熱量を持っているのか触れたモンスターの体を一瞬にして消し炭にした。

 襲い掛かって来たモンスター全てを倒したヨシュアの顔には勝利の喜びは無く、自己嫌悪があった。

 この程度のモンスターにギフトの力を、しかも八つ当たり気味に放った事に自ら反省していたのだ。

 ヨシュアが光の神アールから受け取ったギフトは強力な物だった。だからこそ使い所を考え無闇矢鱈と振り回すものでは無いと自制していた。

 前世の記憶にある大衆向けの話でよくある、強い力を持ったが故に傲慢になるような展開など起こさないと思っていた。

 それなのに感情に任せて使ってしまった。自分の未熟さにヨシュアは深々と息を吐く。

 原因は分かっている。レオと戦い負けたからだ。盾を使ってなかったなど言い訳でしかない。だからこそ単純な悔しさによって苛立ちを募らせていた。

「はぁ…………」

 息を吐き、剣を鞘に納める。付着した血糊はギフト発動の際に熱で蒸発して消えたのですぐに拭き取る必要がなかった。

 血の臭いで獣がやって来る前に、モンスターの死体の処理をしようとした時だった。

 茂みの上に顔を出した四人組と目が合った。

「ビームだ。ビーム。ビーム出しやがったぞ」

「凄い。あれがギフトの力…………」

「ビーム剣とかありきたりね。どうせならもっと厨二病全開で黒歴史間違いなしの若気の至り発揮しなさい」

「いや、十分カッコいいって。定番と言えば定番だけど、やっぱ実際にドーンって撃ってるの見ると格好良いよな」

 レオ一行が好き勝手言っていた。

 見られていた事に、顔に血が上って思わず怒鳴りそうになったヨシュアだが、その拍子を外すようにレオが茂みの向こうから立ち上がった。

「な、なんだ? なにか用なのか?」

「ここで会ったのもあれだし、飯食おうぜ。それで――」

 ――その後で一戦しよう。

 レオは腰に下げた剣を軽く叩きながら言い、笑みを浮かべた。


「嫌がる相手も言うことを聞かざるを得ない大貴族。ラザニクト公爵家の娘と言えば私の事よ」

「断る理由が無かっただけですので」

「ドヤってないで、手伝ってくれませんかねぇ?」

「食器作ったから良いじゃない」

 モンスター達の死体を片付けたレオ達はヨシュアが戦っていた場所から離れた所で食事の準備をしていた。

 ラジェルのサンドイッチだけでは足りないので、ヨシュアとジョージが携帯食を出し合う。

「あっ、家の試作品だけどお湯に溶かせばスープになる粉末があるから使う? 味薄っすいけど」

「ありがとう。オニオンスープ?」

「知識チート乙」

「チートってほどでもないだろう。鳥捕まえてきた。これで出汁取ればマシだろ。誰か羽根毟ってくれ」

「商人と言うのは貪欲だな。竃が出来たぞ」

 ジョージが実家の商会が作った試作品をラジェルに渡し、レオが雀ではない鳥を二匹狩り、ヨシュアは煮るために必要な簡易な竃を石と小枝で作った。

 ラジェルが料理番としてメインのスープを作り、サリアがギフトで食器を作って鳥の羽根を渋々毟る。

 ラジェル中心となって調理が進み、完成すると車座となってスープの入ったステレンス製のような輝きを放つ鍋を囲んで食べ始める。そんな時、自分で捌いて焼いた手羽先を齧りながらレオがぽつりと禁句を漏らす。

「……白米が欲しくなってくるな」

「言うなよ! 誰も言わなかったのに畜生ッ! あーーっ、米食いてェ!」

「くっ…………」

「そこの商人。どこかで見つけれなかったの?」

「無いよ! いや、あったけど別大陸で輸送費馬鹿にならんし、何よりそれが慣れ親しんだ米とも限らないんだよ! 白米って実は大変なんだぞ!」

「今のは俺が悪かった。すまん」

「はくまい?」

 騒ぐ転生者組と反対にラジェルが首を傾げる中、多少豪華になった昼食が終わる。

 一息付き、片付けが終わった所で徐にレオが立ち上がる。手に剣を持ってだ。

「よし、やろうぜヨシュア。前はお前の方から言ってきたから、今度は俺からな」

 よく分からない理屈ではあるが、剣術の授業で挑戦して来たのはヨシュアなのだから次はレオが挑戦する番と云う事らしい。

「……いいだろう」

 ヨシュアは素直にそれに頷き、剣を取って立ち上がる。

「盾、忘れてるぞ。せっかくなんだ。何でも有りでやろうぜ」

「………………」

 ヨシュアは睨むようにしてレオを見るが、黙って盾を掴む。

「待ちなさい二人とも」

 場所を移動しようとした二人をサリアが呼び止めると、二人にギフトで作った剣をそれぞれ投げ渡す。

「〈創成〉で作った刃引きした剣よ。さすがに真剣でやらせる訳にはいかないわ」

「いや、止めないのかよ」

「止めない。もっとやれ」

「……ラジェルは?」

「男同志の喧嘩に女が割って入るのもどうかと」

「おおっと、常識人って俺だけだったみたいだわ。ハハハッ」

 エセ西洋人のような乾いた笑いを上げたジョージを無視してレオとヨシュアは比較的開けた場所に移動する。

「私が合図を出すわね」

 表情筋は仕事してないが妙に楽しそうであるサリアの手には〈創成〉で作ったであろうスターターピストルが握られている。

 運動会のスタートの合図などに使用されるそれは紙火薬まで魔力によって構築されており、実物同様の働きをする。

「一度でいいから使ってみたかったのよね。それで、準備は良いかしら野郎ども?」

 サリアの言葉が無くとも既にレオとヨシュアの戦意は十分で、お互い構えたまま合図を待っていた状態だった。

「それじゃあ、ヨーイ――」

 男二人の様子を見てこれ以上は不粋だと判断したサリアはピストルを持つ腕を真上に高々と上げる。

 ピストルの引き金が引かれ、破裂したような音が鳴り響いた。

 


 

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