第5話 「あの男、精神的不能だわ」
闘技場での剣術の授業が終わった後の夕食時、レオは自分に視線が集まっているのを感じた。
「注目されてるな」
テーブルを隣に座るジョージがからかう。
食堂で一つのテーブルをレオ達は囲っており、男二人と女二人が向かい合う形で座っている。いつの間にかこの四人で行動するのが当たり前になっていた。
その中でレオは比較的目立たない位置におり、人に見られても他の三人、特にラジェルやサリアと一緒にいる男は何者だと云う感じで見られる程度だった。
それが今夜はレオが注目の的だった。サリアが怖いのか遠巻きに視線を向けてくるだけだが、見られている事に気付いているレオは居心地悪そうにしていた。
「たかが授業の模擬戦の話が、何でこんなにも広まってるんだ?」
「ヨシュアに勝ったからだろ。ウォルキン家は武闘派で有名だ。国境面に接しているから兵の質も高い」
「そんな家の子に勝ったんだから目立つわよね。一年生の中で最強なんじゃないの?」
「剣で勝っただけだぞ。しかも盾無し。クルナ王国の基本的な剣術は盾も使うって聞いた」
ジョージとサリアの説明にレオは反論するが、勝ちは勝ちと云う事なのか逆に呆れられてしまう。
「レオは近隣の村の男子の中でも一番強かったものね」
そう言うラジェルは自分の事のように嬉しそうにしている。ジョージがわざとらしくを手を団扇のように振って自分へと風を送った。
サリアは隣の少女に興味深そうな視線を送った後にレオへ向き直る。
「将来、辺境伯を継ぐ嫡子として育てられたヨシュアの剣の腕は生半可なものじゃないわ。聞きそびれてたけど、どんなギフト持ってるの?」
「強い奴と会えるようになるギフト」
「…………は?」
「強者との引力」
「言い直しても一緒よ。それ、本当なの?」
「特に思いつかなかったからな。剣の腕を鍛えるにも井の中の蛙じゃ意味無いし、広い世界でどれだけ強い奴と会えるか分からないからな」
「それ、デメリットは分かってるの?」
「デメリット?」
「それは俺も思った。そのギフトってさ、敵も引きつけるんじゃないか?」
「敵とか言われても、商売敵や政敵がいる訳でもなし。問答無用で引き寄せる能力でもないから大丈夫だろ」
ジョージとサリアは視線を逸らした。どちらも商売敵や政敵に心当たりがあるのだろう。
そんな二人にレオは肩を竦めると、食堂に入ってきた男子生徒を見つける。ヨシュアだ。
模擬戦の敗者であるヨシュアにも注目が集まるのだが、彼は不躾な視線の中を普段通りに歩き、夕食を受け取ると、空いている席に座って食べ始める。
周りの視線など何のそのと堂々とした態度であった。
その様子を見ていたレオとヨシュアの目が合う。目を逸らす訳でも睨む訳ではなく、少しの間目を合わせた後、ヨシュアは食事に戻った。
「あの、レオ」
ラジェルに声をかけられたレオが前に向き直ると、少女はなんかモジモジしていた。
「今度の休日、何か予定はある?」
明らかにデートを誘う為の前フリだった。
誘う側と誘われる側の男女の隣に座っていたジョージとサリアがいつの間にか距離を離し、ニヤニヤと笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
「冒険者登録して近くの森で狩りでもして来るつもりだ」
隣で音がし、妙な視線が突き刺さるのをレオは感じたが無視して至って普通にしている。
「私もついて行って良い?」
「いいけど……知らない場所だから何が出てくるか分からないぞ?」
「走るのは速いから大丈夫」
「まあ、いざとなれば俺が囮になれば良いか」
「逆に私が囮になってる間にレオが倒せば良いじゃない」
「……それもそうだな」
ねっ、と頷くラジェルと本気で彼女を囮に使いそうなレオに、間近で見ていたジョージは若干引いており、サリアは無表情二人を交互に見ていた。
夕食の後、ラジェルはサリアに手を引かれて歩いていた。
「私は一体どこに連れて行かれるの?」
「警戒する必要は無いわ。ちょっとお茶しましょうってだけよ。その後はパジャマパーティーにもつれ込んでも良いけど」
「お茶ぐらい食堂でも。それにこっちは……」
サリアが向かっている先は女子寮だ。それも貴族階級が住む貴族寮であった。ラジェルの寮は勿論平民達が住む通常の寮であり、方向からして全然違う。
「私の客なんだから気にしなくても良いわよ。単に豪華で広くて金が掛かってるだけなんだから」
「それが駄目なんだって!」
ラジェルの抵抗虚しく、貴族寮前に到着する。
寮の前には柵と門があり、門には二人の女性騎士が立っていた。柵の向こうに見える屋敷はそれこそ大貴族が住むような立派な物であり、淡い光で照らされた庭園まである。
サリアに引っ張られるまま、ラジェルは女子貴族寮の敷地に足を踏み入れる。門の左右に立つ女性騎士は目を合わせるどころか完璧に無視を決め込んだ。職務上故なのか、関わり合いたく無いのかは分からない。
貴族寮の中は外観同様に豪華であった。とても平民であるラジェルが足を踏み入れて良い場所ではなかった。
「こっちよ」
「わかった。もう、自分で歩くから」
ラジェルはお構いなしに自分の手を引いていたサリアから手を離してもらい、自分の足で歩き始める。
場所が場所なので多少の礼儀作法の心得があったラジェルはなるべくみっともなく無いように歩くよう努める。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下を進んでいると、令嬢の一人が向かい側から歩いて来るところだった。
「御機嫌よう」
「ええ、御機嫌よう」
制服の襟にあるリボンから上級生のようだ。すれ違う時でも挨拶を交わすのが貴族の礼儀で、この時ばかりはサリアも礼をした。ただし偉そうに。
寮に入った時から学院の校舎や食堂と違い、貴族ばかりが住んでいる寮だからか雰囲気が違う。ご機嫌よう、などと云う挨拶を実際に使っている所をラジェルは初めて見た。
「そちらの方の名をお聞きしても?」
そのまま挨拶だけで終わるかと思ったが、サリアの態度を気にしていない上級生は立ち去らずラジェルの方を見ていた。
「パーティーで見た事がない方ですね。他国からの留学生の方かしら?」
「ラジェル・バーンと申します。私はただの平民ですので、パーティーなどで顔を見ていないのも当然かと」
「あら、そうなの? あまりに上品な方だったので勘違いをしてしまったわ。ごめんなさいね」
そう言う上級生の女子も片手で口を隠して上品に笑った。
その後、軽く雑談をした後でサリアの部屋へと移動する。無事に到着して中に入り、ドアを閉めた途端にラジェルは大きく息を吐いた。
「き、緊張した」
「ちゃんとやれてたじゃない。どこで習ったのよ?」
「お母様が若い頃、貴族の所で働いていてそれで。礼儀作法の先生をやってた頃もあったの」
「道理でね。でも無理にこっちに合わせる必要はないのよ? あんなの、貴族同士のやり取りなんだから。取り敢えず座りなさい」
サリアが部屋の中にあった椅子に座るよう促した。
そう言われてようやくラジェルの意識がようやく部屋に向けられる。そこは寮の一室とは思えない空間が広がっていた。
広さは勿論だが内装は豪華で、家具も一目で一般家庭に置いてあるような粗末な物と同じ役割を持つ道具か疑わしいほどだ。
椅子に座って少しすると、学院で雇われているメイド紅茶を運んで来てテービルの上に置いて行った。
「わぁ、美味しい」
恐る恐る口を付けたラジェルは紅茶の味わい深さに驚きの声を漏らした。
「食堂横の購買で売ってるから興味あるなら買ったら? ブランド物だけど、店で買うより割引されてるわよ」
「どうしよう。お小遣いと相談して……」
「単刀直入に聞くけど、レオのどこが好きになったの?」
間も情緒も無い問いにラジェルは紅茶を吹き出しそうになって寸前で耐え、口を上品に押さえた。目の前の公爵令嬢よりも淑女している村娘だった。
「いい、いきなりなにっ!? ど、どどどどうして!?」
「そういうのいいから。見てれば一目瞭然だから。それで、どこが良かったの?」
表情の変化が少ないサリアだが、明らかに楽しんでいた。例に漏れず彼女も恋話が好きなのか、それとも目の前の少女が顔を赤くして両の指を合わせて恥ずかしがっているのを見て楽しんでいるのか。
「ほれほれ、野郎どもがいないんだから気にする必要はないわ。ゲロっちゃいなさい」
ラジェルの隣に移動して絡む姿はおそらく後者だろう。
「うぅ……どこが良いって言うか、一目惚れで」
「いつから?」
「昔、収穫祭の時に。私たちの所では近隣の村が集まって大々的にやるの。農家の息子なのに猟師の真似事をしている子供がいるって噂があって、最初はただの興味で見に行ったんだけど……」
「惚れちゃったんだ」
「う、うん……」
そう言って俯くラジェル。何とも微笑ましい光景ではあるが、その一目惚れした時に見たレオは収穫祭に行く途中で狩ったモンスターの返り血で染まっていたのを考えれば、それで良いのかと云う感想を抱いただろう。
「でも色々と面倒よあの男。立場と言うか、ギフト持ちなのは分かってるでしょうけど、前世については聞いてる?」
「学院に来た時にレオから聞いた。ジョージやサリアも同じで、前もみんな同じ学校だったのよね?」
「そう。そうは言っても今みたいな会話なんて殆ど……いえ、まったく無かったわね。それを考えると面白いわ」
死ぬ前は会話らしい会話をした事が無かったのに、死んで後の別世界では夕食の時のように雑談していた。それをサリアは面白いと表現した。
「もしかして、前世の記憶を持っている事に気味が悪くないのかって心配してる?」
「最初はそっちの可能性を確認しようと思ってたんだけど、話しながらそれは無いなって思ったからもう良いわ」
「えー…………」
「まず聞いておきたいのだけど、記憶が戻る前のレオと今のレオ、彼を好きなラジェルの目から見て何か変わったところはある?」
「うーん……そんな事は無かったわ。前の収穫祭で会った時と同じ。家の手伝いが授業に変わったぐらいだと思う。あっ、でも私の知らない単語を時々言うようになった。多分、異世界の言葉をこっちに訳した言葉なんだろうけど」
「それは私もそうだから気にしないで良いわ。スラングだと思って無視して。それにしても本当に変わってないのだとしたら厄介ね」
「何かあるの?」
「他の人には分かりづらいだろうけど、前世の記憶って案外馬鹿に出来ないものよ。精神に与えるものとしてね。記憶が戻ったのは十五になった春。まだまだ若造だけど人格の骨子は出来ているわ。でも、もう一つの、それも本当に体験した人生の影響は決して大きくないの。私だって記憶が戻るまではもっと大人しくて純粋だったのよ?」
最後のは正直嘘くさいと思ったラジェルだが、そこには追求せず先を促す。
「へ、へぇ……なら、レオは? 私から見て何も変わってないように見えたんだけど」
「あなたがそう言うならそうでしょう。恋で目が腐ってる訳でもなさそうだし。だけど何も変わってないのが問題なのよ」
「問題?」
ラジェルは息を飲んでサリアの言葉を持つ。惚れた男の話な為、真剣に耳を傾けていた。
「あの男、精神的不能だわ」
「ふ、不能……?」
ラジェルは思わずテーブルに掛けた肘を滑らせそうになった。
「分かってないわね。前世の記憶にも影響されない精神性って事は、あなたの恋が実らない可能性が高いのよ!」
「――――っ!?」
叫びながらポーズを取って意味もなく指差して来たサリアの言葉にラジェルは両手で口元を隠して息を飲み、肩を震わせた。
「やっぱり、そうなのね」
「その様子だと、薄々感づいてはいたのね」
「うん……。だからハルトゥーン村の村長とお養父様に話をつけて、裏で婚約の話を取り付けてたの。レオは長子だから嫁を娶るのは絶対だから、外堀を埋めてしまえば断れないだろうと思ってたのに」
ラジェルは策略を巡らせていた事を白状していた。
「手を打ってはいたのね」
「形から始まる愛もあると思って…………」
「貴族社会ではそういうの多いから分かるわ。それが出来なければ妾やら愛人が増える訳だけど」
顔を両手で覆ったラジェルの肩を、サリアはわざわざ椅子から立ち上がって手を置く。励ましている彼女の顔に微笑が浮かんでいた。
そこには確固たる友情があった。ただし、何故だか背筋が凍る光景でもあった。
「前世の記憶を持った転生者。哀れに思った神がくれたギフト。しかも青少年に相応しくない程に色事に無関心。大変だろうけど、私に出来る事があれば言ってね。おも――私達はもうお友達よ」
「サリア…………」
ラジェルは顔から手を離して僅かに潤んだ瞳でサリアを見上げる。何故か茶番臭い。
「そうと決まったら男子寮に突撃して既成事実を作るのよ」
「ジョージが同室だから無理よ。それにレオは寝てても警戒心が強いから逃げられるわ」
そして肝心な所では非常に冷静だった。
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