第4話 「俺の勝ちだな」
ヨシュア・ウォルキンは転生者である。
ウォルキン辺境伯の長男として誕生し、将来家督を譲り受ける為にも相応の教育を施された。勉学として計算や外国語、歴史、領地経営の知識、軍略、魔術。他国と隣接する領地である為に武術も家庭教師達から学んだ。
厳しい環境だったが、ヨシュアはその中で成長し、親の期待に応え続けた自負があった。
秋に成人を迎え、冬にクルナ王国魔術学院への入学試験クリアし、春になった所で前世の記憶が蘇った。
ショックであった。悪神シトに対する怒りや自分が一度死んだからでは無い。こんな怠惰な人間が自分だと云う事にだ。
緊張感も何も無い頭の空っぽそうな顔をして、鍛錬のたの字も知らなさそうな貧弱な体。勉強に対する強い向上心も無く、十七年もただ無為に人生を過ごしていた。
時代も国も違うどころか世界が違う。それでもヨシュアは蘇った記憶の中のもう一人の自分を認められなかった。
記憶が戻ったと同時に光の神アールに夢枕に立たれてギフトを与えると言われて喜んだが、その理由が悪神の悪巧みで死んでしまった前世の償いだと知って複雑な思いを抱いた。
ヨシュアは前世と今の自分は別人。ただ他人の記憶があると思うようになっていった。
だから、前世の事を嬉々として話し、ギフトを振りかざす人間を快く思わなかった。
学院に入り、そこの食堂でレオとジョージの会話を偶々聞いてしまったヨシュアは不愉快になった。
ここでもまた自分と彼らは違うと思った。
金で爵位を買った商人の息子や世間知らずな農民の息子と違い、自分は地位に相応しくあろうと努力し続けていると云う自負がある。
だから、こんな結果は認めない。
ヨシュアは今、地面に倒れ伏していた。持っていた木剣は傍らに落ちているが体が痺れて手を伸ばせずにいる。
そして、倒れるヨシュアの背に差す影の根元には木剣を構えたレオが立っていた。
「俺の勝ちだな」
ヨシュア・ウォルキンは認めない。
◆
学院で授業が開始された。
魔術学院は単位修得制で、基礎科目を必須としてそれ以外の科目で得た単位が一定以上あれば進級できる仕組みだ。
ギフトを持っている故に特待生扱いとして入学してきたレオも当然その制度に従わなければならない。
基礎科目は各学問の基本的な内容で主に筆記であるが、逆に選択科目は実技中心で各種属性の魔法と剣術や弓術、馬術などがあった。
「なあ、魔法と魔術ってどう違うんだ?」
「一緒。呼び方が違うだけだからふんいきで」
「雰囲気、な」
初日の基礎科目の授業を終えたレオとジョージは並んで次の授業の為に移動していた。
「分からない事があるなら教えてあげるわよ。一揉み一科目で」
「だ、大丈夫です。というか、最初にあった時と何か違いません?」
男二人の後ろにはラジェルとサリアの姿もいる。最初の時の令嬢っぽさを早々に破り捨てたサリアの言動にラジェルは戸惑っていた。
ちなみにだが、基礎科目についてはジョージもサリアも問題が無かった。それどころか既に一年の内容は学び終えているようなものだった。大抵の貴族の子供は家庭教師から基礎的な事を学んでいるもので、入学して一年は復習ばかりの内容となる。そのおかげで気楽な物だ。
彼ら貴族とは逆に大変なのが平民出身者達だ。独学、親や親戚らからなどで勉強した彼らの場合知識の偏りや穴が見られ、入学試験に合格したものの貴族の子らと比べれば成績は低い。
特に何だかんだで推薦枠で入ったラジェルは今日一日だけの基礎科目で目を回しそうになっていた。
そしてコネと言うか裏口入学と言うか、試験も受けずに入学したレオは散々であった。本人は気にしていないが。
「これが素よ。あなたも普段通り私に接しなさい。で、揉ませるの? 揉ませないの?」
「レオぉ…………」
「セクハラは止めろ。ラジェル、ソレはちょっと頭おかしいから適当に無視しておけ」
「同性な上に同じ学生同士ならセクハラとは言わないわ」
「性別は関係ないし生まれが貴族と平民の時点で既に社会的格差はあるだろ」
生徒同士は生まれがどうであれ平等に扱うのが学院の立場であるが、そうは上手く行くはずが無い。生徒間でも家同士の付き合いなどがあり、上下に厳しい貴族社会をそのまま反映したかのように生徒達の関係も築かれる。
「王子をいたぶる私がそんな事を気にするとでも?」
「そういや、こいつそうだったな」
レオをはじめ三人が呆れていると、分かれ道に差し掛かる。
「じゃあ、闘技場で」
男女に別れてそれぞれ廊下を進む。
これから剣術の授業がある為に更衣室に向かっていたのだ。
「楽しそうだな」
「まあな」
ジョージがそう言うと、レオは口角を僅かに釣り上げて簡素に答えるのだった。
「えいっ」
「腰が引けてる。あと剣に振り回され過ぎだな」
剣術の授業中、ラジェルは剣術の教師に指導されていた。
剣術の授業と言っても、やる事と言えば素振り模擬戦である。これは人によって剣術の流派が違うので、他流の教師が自分のやり方を無理に教えると逆に歪めてしまう可能性があるからだ。
だから教師は素振りの掛け声の他に軽いアドバイスと怪我をしないよう監視するのが仕事だ。
だが、中には剣など持った事すらなく、入学を機に学ぼうとする者もいる。そう云った素人には教師が指導していた。
ラジェルもその素人の一人で、他の未経験者と一緒に木剣で剣の振り方を教えて貰っていた。
「先生、さっきから口ばっかりで、手取り足取り教えたりとかはないんですか?」
「……あの、勘弁して下さい。いやほんとマジで」
サリアが男性教師に野次を飛ばすその横ではレオとジョージは素振りを行っていた。
「なあ、レオ。ここって制服はともかく体操服は野暮ったいよな」
「ズボンと厚手のシャツだからな」
「俺、在校中に地球の体操服を再現して学院指定にしてみせるから」
「そうか。頑張れ」
「うん、俺頑張る。目指せ、ブルマ復活ッ!」
心無い声援と謎の使命感にジョージのやる気は何故か上昇して素振りのキレも良くなっていた。
「それにしても、結構女子がいるもんだな」
「なんだかんだで軍事国家だから実力主義な所があって、武術は嗜みだからな」
「意外と物騒な国だ」
ラジェルなど平民の女子は別として、貴族の娘達は意外にも剣術を習っていた。野次を飛ばしていたサリアも流麗な剣技を見せている。
「――そろそろ次に行くか。全員、一旦手を止めろ! 軽く模擬戦をやるぞ」
授業の残り時間が半分に差し掛かった所で教師が声を上げる。
授業の残りは模擬戦を行う事になった。一対一の組を四つ作り、勝ち抜き戦を行う。勝った者はその場に残り負けた者はまだやっていない生徒と交代して見学する。それを繰り返して全員が終わるまで続けるという事だった。
「初めての者はこっちで先生とやるぞ。遠慮なくかかって来い」
ラジェル達素人組は加減が慣れた教師が相手にするようだ。
そこから少し離れた場所でそれ以外の生徒が組を作り、レオはまずジョージと組んだ。
「クックックッ、俺の魔眼を持ってすればお前の動きなぞ――」
「そうか」
ジョージが木剣を構えたまま演技臭い笑みを浮かべた途端、レオの木剣がジョージの木剣を絡み取り、手から飛ばさせた。
「…………参りました」
地面に木剣が落ちる音が響く中、ジョージは地面に手と膝をついた。
「魔眼(笑)」
「うっせえ! 見えてたんだけど体がついてこれなかったんだよ!」
サリアがジョージをからかっていると、レオが彼女の方に振り向く。
「次はサリアだな」
「タイム。私は女よ。公爵令嬢よ。王子の婚約者よ?」
「待たない。男女平等。学生は平等。もう何でも良いからやるぞ」
抵抗して身分まで持ち出して来るサリアだがレオはそれを切り捨てる。
「じゃあ武器を捨てるわ」
「殴るぞ」
「ギフト使うわよ!」
「ありがとう」
「…………」
結局はまともに木剣で模擬戦を行い秒殺されるサリアであった。
「ギフト使うわよ(笑)」
ジョージが仕返しをした瞬間に銃声が鳴った。
「実際のところ強すぎ。ギフト使ってる?」
「いや、俺は――」
サリアの疑問にレオが答えようとした時、地面を踏む音が近づいてきた。
振り返ると、ヨシュアが近づいて来ていた。その手には木剣が握られている。
「次は俺とだ」
「……分かった」
雑談を止め、レオは人の少ない開いた場所に歩き出す。ヨシュアもまたレオと平行になるよう歩く。既に戦いが始まっているような緊迫した空気が二人の間にあった。
「そっちから言ってくれるとは思わなかった」
立ち止まった所でレオがその顔に僅かながら喜色を見せた。
「いい加減、前世がどうのと鬱陶しかった」
「会話なんてあの時以来しなかっただろ?」
「お前達の会話が嫌でも聞こえるんだ。それにギフトを気軽に使ってるのが気に食わない。ギフトは神々からの贈り物だ。それを振りかざしてチートだのなんだのと……不愉快だ」
「それでこれか。まあ、なんだって良いけど」
ヨシュアの言葉を聞いて、こいつはもしかして前世関連が嫌いなのかと思ったレオだが、言葉で出したようにヨシュアの心境に興味を抱かなかった。
王都に来て漸く剣で戦える。どこまで自分の剣が通じるのか、今はそれだけに興味があった。
どちらからともなく構え、同時に間合いを詰める。
一呼吸の間の後、最初に攻撃したのはヨシュアだ。
片手で木剣を操り逆袈裟に斬ると見せかけて、手首の動きだけで起動を変えて袈裟を斬ろうとする。レオはその動きを読んでいたのか木剣の腹で受け止めた。
ヨシュアはすぐに剣を引き戻し、即座に突きを放つ。だが、それよりも早くレオの木剣が横薙ぎに迫る。
体を後ろに仰け反らせ首を傾ける事で間一髪に木剣を避ける。たたらを踏んで態勢を戻した時にはレオが距離を詰めていた。
迎撃として木剣を振るうヨシュアに応じ、レオも相手の木剣を弾き飛ばす勢いで木剣を振るう。
激しい応酬が繰り広げられる。
いつの間にか、木剣を打ち合う音に誘われたかのように周りにいた生徒達の視線が二人に向けられていた。他の模擬戦を行っていた組も手を止め、教師の関心もそちらに行く。
「二人とも凄いわね」
「あっさり負けて良かったと思える」
「そうね。……ラジェル、レオは誰から剣を教わったの?」
レオとヨシュアの戦い眺めていると、ラジェルジョージとサリアの元に移動してきた。そこでサリアは疑問をこの少女に投げかけてみた。
「五歳の頃、魔物退治に雇われた冒険者に基礎の型だけを教わったって聞いた事があるわ」
「冒険者か。見た事の無い型だから、やっぱ異国の剣か」
「型だけ教わったって……。ほとんど我流じゃない。それなのによくもまあヨシュアと互角に戦えるわね」
「これって、どっちが勝ってるの?」
やや不安そうに聞くラジェル。その目はレオを追っていた。
それを見てサリアが肘でジョージを小突いた。
「バイタル……腕力ではレオが上だな。体力もまだまだあるようだ。スピードはヨシュアだな」
「はっきり言いなさい」
「分からん。だって剣技違うし。あんま剣士に詳しくないから基準も曖昧だし」
「それじゃあ……あのヨシュアって人は熊より強い?」
「熊とか……。下手な魔物より強いのを基準にされても。あれに勝つには数人で遠くから仕留めるしかないだろ」
「なら、一人で熊を倒せるレオは勝てるのね」
安堵と喜びに笑みを浮かべたラジェルとは対照的にジョージとサリアは目を見開き驚いた表情で顔を見合わせると、同時にレオへと視線を向けるのだった。その目は未確認生物を発見したかのようになっている。
レオの剣の握り方は両手で持つ長剣や両手剣の類を操る時のものだ。重く取り回しが利きにくい剣を振り回すそれは威力とリーチが高いのに対して自然と隙が大きくなる。
しかし、レオの剣の扱いは両手剣を使うにしては振りがコンパクトで、剣の向きを腕だけでなく柄を握る両手を傾けたり握りの向きを変えるなど僅かな動きだけで軌道を変えているのだ。
対するヨシュアの剣術はクルナ王国で最もメジャーな物で、主に片手で剣を扱う。振り易さを重視して剣は軽めで、それでいて片手で扱う為の筋力柔軟さが必要になる。そして盾も装備した攻防一体がクルナ王国の男子が学ぶ戦い方であった。
この模擬戦、盾を持っていないヨシュアが不利である。剣術という授業のルール上、剣以外の道具の使用は認められない。
何よりも最初に戦いに挑んだのはヨシュアの方で、盾の無い戦い方も知っているのだから。
「くっ――」
レオの一撃を受けてヨシュアは手に残る痺れに顔を歪めた。木剣で受け流したにも関わらず衝撃が凄まじい。
「また外れか」
対するレオは自分の剣撃が思うように通じて無い事に淡々と、試すように続けざま剣を振る。
レオは冒険者から型を教わり、それを毎日続けてきた。だが、型を覚えていてもやはり外から間違いやズレを指摘する指導者がいない以上、それは我流と変わらない。
何よりも碌に相手もいなかったレオはヨシュアのように剣で受け流すという技術や経験に乏しい。
レオが押し切るか、ヨシュアが全てを受け流すか。そんな体力勝負に成りかけた時、レオが突きを放った。
ヨシュアはその突きを右に避ける動きをしながら木剣で横から軌道を左に逸らさせ、回避したところで突きを放ったせいで腕を伸ばしきり隙のできたレオに向け木剣を切り返す。
レオはヨシュアのカウンターを、突きで伸ばした腕を引き戻しながら片足を軸に身を翻させる事で体の位置を変えて避ける。
「しまっ!?」
その時点でヨシュアは突きからの一連の行動が誘いだと気付いた。癖とも言えるほどに練習した切り返しをほぼ無意識で放ったが、それをレオに利用された。反撃から身を守る為に木剣を引き戻すが間に合うか微妙であった。
レオは回転した勢いのまま木剣を上に構え直し、一歩踏み込んで振り下ろす。今までに無い大振りな、この一撃で決めるという意思のある攻撃だ。
頭上からの攻撃。ヨシュアの木剣が間に合い、それを受け止める。
危なかったが、これさえ受け流せば大振りな攻撃をした分、レオに大きな隙ができる。
そこを反撃すると決め、ヨシュアはレオの攻撃を受け流そうとし――それが出来なかった。
レオの攻撃は単に剣を上から下へと振り下ろしたものでは無かった。防がれると分かった上なのか、刃の根元からヨシュアの木剣をスライスするように弧を描く斬り方をしていた。
相手の力を逸らそうにも、単純な振り下ろしでは無い攻撃は力のベクトルが違う。ヨシュアは何とかしようとするものの、レオが力加減や刃の向きを僅かに変える事で受け流せないようにしていた。
ほんの一瞬、木剣同士がぶつかっただけに見える中で激しい鬩ぎ合いをした結果、勝ったのはレオであった。
木剣を支えきれず、そのまま剣ごと肩に一撃を受け、そのまま叩き潰すような斬撃はヨシュアを膝から順に地面へと叩きつけた。
「俺の勝ちだな」
レオはそう言うと、木剣を担いで軽く息を吐いた。
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