第3話 「二人とも、もっと言葉のキャッチボールしようぜ?」


「聞きなさい。とうとう明日、新学期が始まるわ。そしてフィリップが賓客として入学式に出席する。そこで恥をかかせるわよ。勿論私が仕組んだ事を暗に示して。はい、何か良いアイディアがある人」

「自殺なら一人でやれ」

「不敬罪で死ぬのは勘弁。家にも迷惑かかるし」

 空き教室の黒板にデカデカと悪役令嬢ミッションと書いたサリアが机の上に座るレオとジョージに意見を求めたが、反応は冷たい。

 食堂で出会ってから数日、サリアは事あるごとにレオとジョージに前世の知識を活かしたイジワルのアイディアを募っていたが、関わりを避けたい二人は冷たく接している。

「チッ、使えないわね。ズボン下ろしてフルチンにするぐらい言えないの?」

「言わない。お前も言うな。女がフルチンなんて言葉を使うな」

「烏羽さんに憧れる男子って結構いたんだが、これを見たらどう思うか…………」

「時間も無いし、入学式については保留にしておきましょう」

 やれやれ仕方ないなあ、と言わんばかりに頭を振り肩を竦めるサリアをレオとジョージは半目になって見つめた。この少女と関わった事を後悔しているのがありありと見える。

 本気だったのかはさておき、黒板に書いた文字を消し、動かした机の位置を戻してから三人は教室に出た。

「凄く無駄な時間を過ごした」

「無駄では無いわ。少なくとも一日早く学院内と授業の雰囲気を掴んだわ」

 何言ってんだこいつと云う目で一瞥してからレオは廊下を見る。まだ授業が始まっていないが、上級生と思われる生徒の姿が疎らながら確認できた。

 上級生らの帰省しただの、冒険に出てただの、研究に明け暮れただのと云う会話が聞こえた。それに比べ自分らは一体何をしていたのか悩むレオだった。

「帰ったらどげさするさ」

「素振り」

 どこの方言か分からないジョージの言葉にレオは腰に下げた剣の柄頭を叩く。

「昨日もそんな事言ってたわね。将来騎士になるつもり?」

「騎士なんて高尚なもんになれねえよ。兵士か冒険者か。まあ、どこまで通用するかここで試してから決める」

「騎士が高尚かどうかはともかく、剣で生きていくつもりなのね。そう言えばどこまで強いの?」

「知らねえ。村の近所にいた盗賊なら斬った事あるけど、対人はそれだけだし」

 盗賊を近所の人間扱いであった。

「俺の魔眼が見る限りだと同年代でレオ以上に出来上がった筋肉をしてる奴はいないな」

「気持ち悪い。腐女子狙いなの?」

「何でだよッ! 分かりやすく説明しただけじゃん!」

 ジョージのギフトは視界に入った人物や物の情報を読み取る魔眼だ。それにかかれば身体能力の高さも見る事が出来るようだった。

「少し興味あるわね。練習、見ても良いかしら?」

「男子寮でやってるから女が来るのはマズイ」

「だな。特に公爵令嬢がうろついていたら特にマズイ。スキャンダルの臭いだな」

 あれこれ理由を付けてはいるが、単にサリアを近づけたくないだけだ。

「前の世界では女性専用車両があったけど、男子専用車両無かった。つまりそういう事よ」

「どういう事だよ」

 自分が住む寮に戻る気の無いのを見てレオは諦め、歩を進めるのだった。

 魔術学院の校舎は砦のような大きな建物である。ただし、長年使い込んだ古さはあるものの無骨さとは無縁で、シックな内装で落ち着きのある雰囲気を持っている。

 校舎のあらゆる施設に行ける中心地と言えるロビーは広く、そのまま舞踏会でも開けそうな場所だ。

 三人がロビーの中央階段を下りて行くと、入り口の方で小さな人集りが出来ているのを見つける。

「あら、懐かしい光景。撃ちたいわ」

「止めてください」

 物騒な事を言うサリアをジョージが止める。前世の記録のギャップと悲しいかな公爵家と準男爵家の格の差で無視出来ない三男坊だ。

「落ち着きなさい。あれを見る限り集まっているのは男ばかり。雰囲気から険悪な物では無いけれどピンクな空気が流れてるわ。つまりどこかの美少女が言い寄られている。男子達を駆--彼女を助けないと」

「テキトーな事言わないでくれます? あと、駆逐とか言おうとしたよな?」

 ギフトで銃を作り出して構えようとするサリアをジョージが銃身を掴んで必死に止める。その様子を尻目に、レオは人集りの中心に目を向けた。

 サリアの推測はあながち間違ってはいないようで、一人の女子生徒が男子生徒達に話しかけられているようだった。俗に言うナンパである。

 上級生どころか貴族の子息達の姿も見え、一体どこの令嬢なのかと思ったレオだが、少女の髪を見て僅かに目を細めた。こちらに背を向けている少女の背中を隠す波打つ深紅の髪に見覚えがあったからだ。

「あら、レオもナンパしたいの? しょうがないわね。応援するわよ」

「その応援旗は仕舞おう。レオ、どうした?」

 もしやと思いながらレオはジョージとサリアを置いて一足先に階段を下りると問題の場所に向かって歩き出す。

「ラジェル」

 そして思い当たる少女の名前を呼ぶ。大きな声では無かったが、その声はしっかりと少女に届いたようだ。

 囲まれていたラジェルは男子生徒達に謝りながら人垣から出、早足でレオの元に向かって行く。

「やっぱりお前だったか。去年の収穫祭以来だな」

「そ、そうね。久しぶり。レ、レオはその後どうだったの?」

「何時もと変わらない。家の手伝いして剣振って狩りだ。まあ、今はこんな所にいるけどな。お前も学院に通うんだな」

「う、うん。色々あって私も魔術学院に通う事にしたの。これから、その、よろしくね?」

「ああ、そうだな」

 対面した二人。男子生徒達が声を集まって声をかけるほどの美しい少女との再会なのだがレオは表情を変えず淡白な対応であった。逆にラジェルは落ち着きがなく、軽く広げた両手の指先を合わせ、視線がレオの顔と自分の指をと忙しく行ったり来たり、更には頰が赤く染まっている。

「やだ、ラブコメの匂い」

 手でわざとらしく口を上品に覆うサリアの目は獲物を見るそれであった。

「楽しそうっすねー」

「お友達が増えるもの」

「………………」

 胡乱げなジョージの視線を背中に浴びながらサリアがレオとラジェルの元に向かう。

「レオ、そちらの方とお知り合いなら私に紹介してくれないかしら?」

 微笑を浮かべるサリアは腐っても大貴族の娘。立ち振る舞いは完璧であった。だが、本性を知るレオはジョージと同じように胡乱げな目をするのだった。

「……近隣の村の村長の子だ」

「ラジェル・バーンです。地方推薦枠で入学しましたこれからよろしくお願いします」

 バーンと言う姓は村の名前だ。レオも書類上レオ・ハルトゥーンと名乗っている。クルナ王国で家名を持つのは貴族位や他所の国からの移民程度で、平民は出身地の村の名を名乗る事が多い。

「サリア・ラザニクトよ。よろしくね」

 レオを前にした時と違い自己紹介しながら丁寧に礼をするラジェルにサリアは何故か笑みを深くする。

「レオと同室のジョージ・ロンドだ。よろしくな」

 サリアに追いついたジョージも貴族令嬢の笑みに冷や汗を流しながら挨拶する。それが終わるとサリアがすかさず口を開く。

「ところでお二人の関係は?」

「えっ、そ、それは――」

「近所の知り合い」

 ズバッとレオが答えた。目に見えて意気消沈するラジェルに残る二人から同情の視線が送られる。二人の関係がそれで察せられた。

「さっき地方推薦枠って言ってたけど、よく受けれたな。親父さんと領主って仲良く無かっただろ」

 僅かに重くなった空気に気付かずレオはラジェルに振り向く。地方推薦枠は辺境からでも若者が魔術学院に通う機会を与える制度で、これには領主の許可が無ければならない。

「領主は地方推薦枠に関心が無いから。それに、騎士様の推薦もあって」

「騎士?」

 騎士と云う単語にレオは首を傾げた。レオとラジェルが住んでいた地方は辺境とも言える田舎で、交通の要所とも離れているので騎士の姿など滅多に見ない。

「私が試験を受けるために、村に来た商隊の馬車に乗せてもらって領主の街に移動したの。すると途中で魔物の群れに襲われて、その時助けてくれたのが騎士様と彼女が率いる部隊だったの」

「彼女? 女性騎士なのか」

「うん。何でも騎馬の訓練の為に王国の領地を一周してる途中だったらしいわ」

「どんな訓練だ」

 クルナ王国の領土は広い。馬とは言え一周するとなれば数週間はかかる道程だろう。

「それで領主の所まで商隊を護衛してくれる事になって、その道中で話している間に魔術学院の試験を受けるって話をしたら、騎士様の方でも推薦してくれる事になって」

「運が良いな。どんな話をしたんだ?」

「それは…………秘密」

 そう言ってラジェルは赤い顔をレオから仰向ける。

 実は、ラジェルは仲良くなった女性騎士と会話している時にうっかりとレオを追いかけての魔術学院入学試験だと漏らしてしまっていたのだ。すると女性騎士が『好いた男を追おうとするその心意気は素晴らしい! 私の方でも推薦させて貰おう!』と言って本当に自らの名で推薦状を書いたのだった。

「ふうん。あっ、ところでお前は何で囲まれてたんだ?」

「事務の方に書類を提出しようと来たんだけど、何か声をかけられちゃって」

 後ろの方に視線を向ければ、ラジェルに声をかけていた生徒達の一部がまだその場に残って遠目にレオ達の様子を伺っていた。

「田舎の方じゃ親父さんが目を光らせてたからな。ここは都会だから気をつけろ。何なら事務の方まで付き合ってやろうか?」

「それなら、お願いしようかな。それと、良かったら学院の案内もお願いして良い? 私、今日着いたばかりだから」

「別に良いぞ。つっても俺もあんまり詳しくないけど。ジョージ、サリア。俺はこいつ案内するけどお前らはどうする」

「私達は寮に戻るわ。また夕食の時に」

「俺も部屋で休んでるから」

「そうか。じゃあ、行くかラジェル」

 レオはそう言うと、ラジェルを連れだって来た道を戻って行く。

 その後ろ姿を見送ったサリアは顔に貼り付けていた笑みを剥がして普段の無表情に戻ると小さく舌打ちした。

「懸想する男子の傍に謎の親しげな女の姿。なのに大して反応が無かったわ。つまらないわね」

「単純にビビってた可能性も。或いはその滲み出る本性がバレバレだったとか」

「かもしれないわね。それにしても、あの子見た? ゲロ吐きそうなぐらい美人だったわよ」

「ゲロ云々はともかく、あれだけ囲まれたのは納得。レオが羨ましい」

「それじゃあ、追うわよ」

「趣味が悪いっすね」

 口では言いつつもジョージは止めるどころか楽しそうに二人の後を追うサリアについて行くのだった。


「俺はこっちだから」

「うん。案内してくれてありがとう。また……ご飯の時にでも」

 学院の校舎前にレオとラジェルがいる。知る限りの校舎の中を案内し終えた後、ここに移動してレオはラジェルと別れた。

 男子寮と女子寮は校舎を挟んで反対側にあるので男女が一緒に帰るという事は無い。学院内の敷地なので安全の為だと言って送って行く必要も無い。

 レオは振り返りもせずに男子寮へと歩いて行き、ラジェルはその後ろ姿を見送った後で女子寮へと帰り始めた。

 振り返っても互いの姿が見えなくなる場所まで来た所で、レオの頭上に影が差した。前を向いたまま咄嗟に横へ滑るようにレオが移動すると、鉄骨がすぐ横に落ちた。

「危ねえな」

「危ねえな、じゃないわ」

 男子寮に続く並木道の横、茂みの中からサリアが姿を現す。ジョージもそれに続いて頭に葉っぱを乗せたまま顔を出す。

 鉄骨はサリアが指を鳴らすと一瞬にして消え、地面にはへこみだけが残る。

「何も無かったじゃない。いきなり肩を抱くまでとは言わないけどエスコートの方法は色々あったんじゃないの? あれじゃあ本当に校舎の中を案内しただけじゃない」

「最初からそういう話だったろうが。後まで尾けて何がしたかったんだ?」

「若者の甘酸っぱい青春の一ページを目撃したかった。それ以外に特に意味はないわ」

「暇潰しか」

 呆れて溜息を吐くと、レオはサリアを素通りして歩き始める。

「まあ、待ちなさい。ぶっちゃけると、あの子の事どう思ってるの?」

「サリア、ぐいぐい行くねー」

 ジョージにサリアを止める気は既になく、逆に一緒になって楽しむ側に回ろうととしていた。

 ラジェルの態度は誰から見ても恋慕しているそれである。にも関わらずそれを向けられているレオは平然としていた。

 もしジョージがレオだとしたら外見的に釣り合わないと思いつつも自分の事が好きなんじゃ無いかと勘違い、いやそう確信してもおかしく無い態度をラジェルはしていたのだ。恐らくは他の男子も同意するだろう。

 だからこそレオの態度が不思議でならないからサリアを止めようとしないのだ。

「どうもなにも、近くの村の長の娘だろ」

「そうじゃないわ。あの子、あなたに惚れてたわよ。エッチ迫ればヤらせてくれたわよきっと」

「デリカシー! もっとデリカシー大事に! 王家の遠縁でもあるんだからな公爵令嬢ッ!」

 早速サリアに任せてしまって後悔したジョージであった。

「やっぱり、他人から見てもそう見えるか?」

「気付いてたの?」

「いや、母親と妹がそんな事を言っていただけだ。俺はそう云うのよく分からん」

「じゃあ、あの子の事好き? 嫌い?」

「義理ってどっちに当て嵌るんだろうな?」

「体は? あの歳で立派な物持ってたわね。剣とか突き刺したい?」

「別段。あいつの運動神経は知らないからな。少なくとも武器なんて持った事ないだろうから、戦いたいとは思えない」

「そう…………」

「ああ…………」

「二人とも、もっと言葉のキャッチボールしようぜ?」

「したわよ。結果、これはこれで面白い方向に持って行けるかなと思ってるわ」

「暇なのか、お前」

「暇よ。日本ほど娯楽に富んだ世界では無いから、楽しみを自分で見つけるのは大事なの。記憶が戻ったら尚更退屈に感じたわ」

「まあ、確かに不便だと思う部分はあるな」

 レオも前世の記憶が戻った後、地球の道具があればと思った事は何度かある。普段が気にしていなかったのに、知ってしまえばとても不自由に感じられた。

「どっかの誰かさんは自分で作って商売に利用したようだけど」

 サリアがジョージに視線を向けるが、商売人の三男坊は顔を背けた。

「何したんだお前は?」

「ご、娯楽商品開発をちょっと」

「いわゆる内政チートね。いえ、商人チートかしら? 前世の記憶が戻って一ヶ月も経ってないのに節操が無いわね」

「早い内にやっとかないと他の奴に先を越されるだろ! それにチートとか言っても簡単な遊具だし! トランプとかチェスみたいな物はあったからそれにちょっと手を加えただけだし! そもそも親父や兄貴達に半ば無理やり聞き出されたんだから俺は悪くねえ!」

「社交界で大人気よ。今度ゲーム大会して、その結果如何によってカジノの設営を許可するとか、父が言ってたわね」

「あざーっす! どうかよろしくお願いします!」

「何の話してたんだっけな。まあ、いいか」

 分度器で測ったようなお辞儀をするジョージを視界の隅に収めつつ、レオは沈み行く太陽を見上げると二人を無視して寮に戻るのだった。


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