プロローグ後半 「どんな能力貰うか」
「親父、お袋。メフィーリアって神様知ってる?」
あの後、家族で夕食を取っている時にレオはメフィーリアの名を知らないか両親に聞いていた。
春先の時刻、日が暮れるのは遅くなりつつあったが、夕飯を食べる頃にはすっかり日が暮れていた。天井や壁に掛けたランタンの光に包まれた食卓で、レオ達の家族は賑やかに食事をしていた。
家族は父と母、祖母、弟二人、妹二人でレオを含んで八人だ。結構な大家族で、特に二卵性双生児である下の弟と妹の元気が有り余っていて食事中だろうと構わず騒がしい。
「知らん。神の事なら教会の神父様に聞きなさい」
「何言ってんのあんた。メフィーリア様って言ったら、ほら、あれよ。あの神様よ」
「分かんないなら、無理に言わなくてもいいんだぞ。お袋」
弟と妹達にスープに入った肉を虎視眈々と狙われている中でレオは自分の親のいい加減さに溜息を吐く。ついでに横から伸びたフォークを叩いて弟からブーイングを貰う。
「いや、私はちゃんと知ってるわよ。舌の部分まで出かかってるけど、上手く出てこないの」
「それもう本来なら喋ってる位置だろ。婆さんは何か知ってる?」
「爺さんはそれはもう強くてね。私が竜に囚われていた時なんてね――」
「前は生贄として断崖絶壁に吊るされたとか言ってなかったっけ?」
レオの祖母は若干ボケ気味であった。口を開けば自分と死んだ祖父の波乱万丈な人生を語るのだが、良く聞けば時系列がおかしかったり登場人物の名前がダブっていたりする。祖父が生きていた時分では祖父の手振り身振りが加わるので余計に手が付けられなかった。ただ、細かい所に目を瞑れば御伽噺として楽しめるので小さな子供達には人気ではある。
「レオ兄、肉くれ!」
「断る。って、返事を聞く前に取ろうとすんな。自分で狩って来いよ」
食欲魔人の弟が本格的に肉を狙って来たので、レオはスープを飲み干し、食卓から立ち上がる。
「兄貴の真似とか死ぬ。命がいくつあっても足りない」
「兄さん、毛皮はもういいから今度は蛇とか蜥蜴狩って来てよ。革でバッグ作るから」
上の弟と妹から好き勝手言われる中で、レオは台所に移動してシンクに食器を置く。シンクの奥には蛇口が有り、上に付いたレバーを上下に何度か動かせば水が出るようになっている。
レオは食器を水に浸すと日課の素振りを行う為に壁に掛けてあった剣を掴んだ。
「――メフィーリア様はね」
裏庭へ行こうとした所で不意に祖母が妄想とは違う話をし始めた。話題が遅すぎる気もしたが、いつもと違った様子にレオは足を止めて老婆に振り向く。
「篝火と薄闇の神様なんだよ。強烈な光でもなく、深い闇でも無い。人が安心出来る場所の神様なんだよ。お優しい女神様だ。だから、何をしたって悪い事にはならないから、レオはレオの好きにおし」
「……ん、そうする」
レオは祖母の言葉を最後まで聞くと、頷いて部屋を出て行った。
裏庭へと移動したレオだが、素振りを行わず剣を鞘からも抜かず、考え込むようにして夜空を見上げる。前世の地球と比べ、それこそ星の数ほどの煌めきが空に浮かんでいた。他にも三種の月がそれぞれ地上へと光を注いでおり、月光のおかげで灯りの無い場所でも視界が良く利いた。
「どうすっかなぁ」
実は言うと、レオはメフィーリアの話に僅かながら疑いを持っていた。論理的な物でも直感的な物でなく、『見知らぬ人からの突拍子な話には注意しましょう』と云った単純な防犯意識からだ。祖母の話を聞いた以上、それについては放り投げてメフィーリアの話を信じる事にした。
問題は――
「どんな能力貰うか」
神から与えられる力。便宜上チートとするが、何が良いかレオには中々思いつかなかった。
前世ではマンガやゲームも人並みにやっていたので、強力な能力やら武器やらは知っている。だが、そこから引っ張ってくるにしてもここは歴とした世界で法則がちゃんとある。それなのにそう都合良くフィクションの中の能力が手に入るとは思えない。
そもそもの話、こんな力が欲しいと思った事の無いレオにどんなチートが欲しいのか尋ねた時点でメフィーリアの失敗だったのだ。食べたい夕飯を聞いたら何でも良いと答えられ困るのと一緒だ。
幾つかの候補があってその中の一つという話ならレオは特に何も考えず直感任せですぐに選んでいただろう。
「要らん――は駄目なんだよな」
このまま放置すれば魔物化待った無しの状況、魂の一部を神から分け与えられてチート化するのは仕方がないので受け取らないと云う選択肢無い。何より神側のお詫びの意もあるので無碍に断る訳にもいかない。
「攻撃は威力有り過ぎると使い所に困るし、防御系は油断生みそうで嫌だ。補助でも普段と落差あると困る。邪気眼は卒業してる。右腕が疼く系も好きな物貰える以上意味ねえし恥ずかしい。思いつかねえなぁ」
暫く考えつつもこれだと思える物がないレオは頭の後ろを掻き、溜息を吐くと持っていた剣を持ち上げて見下ろす。
農家に生まれ育ちながら剣の腕を磨き続けているレオ。前世の記憶が戻り、更にはチートを貰えるとなれば剣士として大成も夢では無くなるだろうが、そうじゃないんだとレオは思っていた。
別にチートが嫌いな訳では無い。持っていないからと言って何も悪くないように、持っているからと言って悪い訳では無い。生まれが選べないように有無の問題が善悪に関係するとは思っていない。
「せっかく貰えるなら、俺の生き方に沿う物がいいよな」
鞘から剣を引き抜いて、刃の表面を見る。刃こぼれし無数の傷が付いた刃は月光を反射してレオの顔を映し出している。
前世では暴力も武芸とも無関係なただの学生で、世界を異にしても農家の息子として生まれたレオが剣に目覚めたのは五歳の時だ。
その年、魔物が大繁殖し村を襲うという事件が国中で発生した。害獣や魔物の被害は毎年ある事だったが、大量発生した魔物の数に領主が保有する兵だけでも追っつかない状況であった。その為、村で冒険者が雇われる運びとなった。
そしてハルトゥーン村に雇われた冒険者が剣の使い手だった。たった一人で村を襲ってきた魔物達を一本の剣で切り捨てていく姿を見たレオは剣に多大な興味を持つようになった。
本物の剣士。例え当時から前世の記憶が蘇っていたとしても衝撃を受けていただろう。歯車が嵌るように、目の前に道が拓けたように、幼かったレオは光明を見たのだ。
剣士に無理を言って基本的な型を教えて貰い、更には仕事を終えて村から立ち去る際に、剣士から剣を譲り受けたレオはそれからずっと剣を振り続けて来たのだ。
「なら、剣だよな。でも、強い剣って言うとちょっと違うんだよな」
良い剣をくれると言われれば、レオは喜んで受け取っただろう。ただ、一生を共にする物となれば、はっきりと言葉に出来ないがそうじゃないんだと言えてしまう。
自分は何の為に剣を取ったのか。剣士の剣技に見惚れたのは間違いないが、根本は違う。単純で崇高でも何でもない、俗っぽさも無い味気ない思いがあった。
「よし、決めた」
「決まった?」
いきなり後ろから現れたメフィーリアにレオは思わず剣を振り下ろすところだった。
「ご、ごごごごごごめんね! お、驚かせるつもりは無かったん、だよ?」
「いや、別に気にしてない……」
剣を鞘に収めてレオは肩の力を抜く。この小さな女神は間の取り方が下手なのだろう。そもそもレオにとって驚いた事以前に気配に気付けなかった方が問題であった。
「やっぱ、色々と経験積まないとな」
レオの独り言にメフィーリアはローブの中で首を傾げた。
「こっちの事だ。それよりも決めたぜ、欲しい能力」
言葉を続けながらレオは笑顔を見せた。童のように無邪気で天真爛漫、目の前にある物全てが輝いて見えているような笑顔だ。そして次に紡がれて言葉は正しく深きを考えていない単純明快で男子ならば誰もが抱く夢と欲を道にしたものだった。
「強い奴と引き会う運命が欲しい」
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