第53話  「良さそうと思った方角に突き進んでみたら、運良く出くわした」


「我が名はゴーズ・アボンリー。その方はウォルキン辺境伯の息子、ヨシュア・ウォルキンで間違いないな?」


 全身を鎧に包んだ大男は槍を構えず縦に持ち、十数人の兵に守られるヨシュアに問うた。


「そうだ。それが分かって、貴公は如何する?」


「当然、首級を」


 動いたのは敵味方同時だった。

 ゴーズと名乗った槍を持つ重装騎士は槍を構え、ウォルキンの兵士達は即座に盾を並べヨシュアの前に壁を作る。


「始める前に聞きたいのだが、どうやってこちらの居場所が分かった?」


 正直に答える筈はないのだが、念の為にヨシュアは問いかけていた。何となくだが、ある予感があった。


「良さそうと思った方角に突き進んでみたら、運良く出くわした」


「そういうタイプか」


「では、いざ参る」


 心底嫌そうなヨシュアの声がかき消される程の轟音が発生する。ゴーズが地面を蹴った音で、大砲さながらの突進をして来る。

 英雄と思われる男の一刺しと凡百の兵達が作る防御陣。質と数の激突が起きる--かと思われたがそこに割って入る、いや静かに刃を入れる第三者がいた。

 ゴーズが兵士達に向けて槍を突き出した瞬間、ゴーズは体を横に傾けて槍を止めると同時に跳躍した。

 その直後に彼がいた場所、正確には鎧と兜の隙間から見える首があった空間に銀閃が煌めいた。

 銀閃は剣の光だった。竜の爪から鍛えられた極上の武器。そしてそれを持つのは自ら剣の素材を勝ち取ったドラゴンスレイヤー。レオ・ハルトゥーンが壁に張り付いている。

 張り付いていると言うよりは立っていた。二本の足でしっかりと壁を踏みしめており、避けられたと知るや壁を走ってゴーズに向かって突進する。


「ほう……若きドラゴンスレイヤーが現れたと聞いたが、その片割れか!」


 ゴーズが放つ突きは風の速さに破城槌の威力を以って壁を貫く。

 ギリギリのところで壁を蹴って空中で身を捻らせる事で避け、床に着地するとすぐさまゴーズの懐に飛び込む。槍と剣ではリーチ差が大きい。レオの剣を届かせるには槍の間合いの中に入らなければならない。

 しかし、やはりそう簡単にはいかなかった。そも槍は突くだけでなく振り回す事で遠心力も加えた重い一撃を放てる武器だ。それを砦の頑丈な壁を破壊して移動するような怪力の持ち主が振るえばそれだけ威力が上がる。何よりも相手は英雄。腕力だけの凡夫とは違う。

 風、と言うには剣呑過ぎる槍の振り払いがレオを襲う。一の風を避け、二の風を受け流し、三つ目は弾き四つ目にて弾き飛ばされる。


「突撃ッ!」


 レオが物のように吹っ飛ぶその先で、ヨシュアの号令と共に陣形を築いていた兵士達が盾を構えたまま駆けた。

 レオを引きかねない速度でだ。レオはそれを認識すると空中で身を捻って体の向きを変えると先頭列の兵士の肩に手を置いて跳び箱を跳ぶようにして兵の編隊を飛び越える。

 そうして位置を入れ替えた兵士達とゴーズが激突した。


「どうだった?」


「本気じゃないんだろうが、あの爺さんを相手にするよりは保つかもしれない」


 戦闘の様子を正面に捉えながらレオとヨシュアが言葉を交わす。レオが実際に剣を交えての体感、ヨシュアが外から見た敵の動きを見て我彼の実力差を測る。


「別の道を行く。俺が撃った後に魔法を放て。トラップで足止めするんだ」


 ゴーズへ向かわなかった兵士達に指示を出しながらヨシュアが剣と盾を取り出す。眼前では盾を持ったウォルキンの兵士達が一丸となってゴーズの猛威に耐えていた。

 一人で弾き飛ばされるのなら五人で受け止める。速さについていけず手数が足りないなら同時に複数の人間が様々な角度で攻撃を加え、数の理を以って相手を制する。

 だが、それでも英雄は止まらない。体格に恵まれているとは言ってもたかが一人の騎士に対して部隊単位の兵士達は守るだけで精一杯だった。

 加え、場の混乱がますます増して行く。ゴーズの開けた穴から続々とルファム帝国の兵達が集まり、同じく異変にクルナ王国側の兵達もまた集結する。


「今だ!」


 両軍の戦力が集いつつあり、今にも大乱闘が起きそうなタイミングでヨシュアが剣に光を纏わせて大きく横に振る。

 剣の軌跡に沿って光の斬撃がゴーズへ飛んで行く

僅かな送れ、兵達の魔法が発動する。前に出ていた兵達は即座に後ろに下がって巻き添えから逃げる。

 ゴーズは飛来する魔法に対して魔力を纏わせた槍を振り回して直撃するものだけを的確に叩き落として行く。ゴーズが魔法の対応に追われている間を狙い左右の壁かた無数の矢が発射。

 そのトラップもまたゴーズの槍の前では無力だ。

 だが、それを合図にして両軍の兵士達が一斉に動き、瞬く間に混戦状態になる。

 その隙に、レオはヨシュアと共に兵士が壁を開けて露出させた隠し通路へと身を滑り込ませる。

 後ろで隠し扉が閉まると光が消え、戦闘音が遠くなる。


「急ぐぞ。ここが気付かれるのも時間の問題だ」


 ヨシュアの言葉に全員の足取りが速くなる。複雑に曲がりくねった狭い道を、魔法で小さな光を生み出している先導者に従って進んでいく。空気穴からか金属同士がぶつかる音に怒声、爆音が小さく聞こえる。

 音だけならまだしも、時々大地そのものが揺れたような振動が通路を襲い大量の埃が舞う。


「ゲホッ--これ、アリス達がやってるのか?」


 咳き込みながらレオは大きな揺れの原因であろう彼らを思い浮かべる。大規模な破壊による振動は大砲や魔法なら十分に考えられるが、まるで高速で移動でもしているかのように連続であらゆる場所から起きているとなれば、考えられるのは英雄クラス、それも複数が戦っている場合しかないだろう。


「だろうな。しかしまあ、向こうも思い切った手を使うものだ。おかげで、砦が原型を保つ可能性はゼロだな」


 戦場には敵味方合わせて六人の英雄がいる事になる。その内、少なくとも大規模な破壊が出来る者が四人もいる。そんな彼らの戦いの舞台となって無事形を保っていられる建造物がある筈もない。


「しかし、どうしてこんな方法を?」


 徐々に下へと傾く通路を進むヨシュアはルファム軍の出方に引っかかりを覚えていた。いくら何でも強引過ぎるのではないかと。


「物資が尽きる前にとか?」


「それもあるんだろうが……」


 戦争では大量の物資が消耗される。特に兵士への食料。鉄などの産出の多いルファム帝国の領土は鉱山などが多いのと反比例して穀物が育ち難い土地で荒野ばかりだ。食料自給率は低いルファムが短期決戦を仕掛ける意味は分からなくもないが、ヨシュアは何故か嫌な予感を覚えていた。


「敵も何か企んでるとか?」


「お互い勝つためには色々と考えるものだ」


「考えた結果がこれか」


「何か不満でもあるのか」


「いや。ただ、敵の事をとやかく言えないと思って」


「陸上戦艦や飛行船を実際に作ってしまうような国と一緒にされたくない。それにコレは地球の知識ではなく、先祖代々受け継がれて来たものだ」


 坂をとなった道を下り終えた先に広がる空間。その景色に若干誇らしげになるヨシュアの横で、レオは呆れていた。

 薄々気付いてはいたが、真面目ぶりつつもこいつはおかしい。もしかするとこれがウォルキン家の血なのかもしれない。


「……で、もう行くのか?」


「いや、もう少し抵抗してからだ。あまり早く退いては怪しまれる。影武者のタイミングも計らないとな」


「分かりやすく自分がウォルキン領主の跡取りだって吹聴して砦のトップだの何だの言っておきながら狙われるのは影武者の人なんだよなぁ」


「最初はお前に押し付けようかと思ったが、演技下手そうだったから候補から外した。代わりに夜になったら死んで来い」


「お前、ちょっとテンションおかしいぞ」


 毒舌と言うべきか物騒と言うべきか。戦場という空気の中で遠慮のない言葉を吐くヨシュアの背中をレオは呆れて見ていた。

 そんな時、大きな揺れが起き天井から土埃が落ちてきた。


「派手にやってるな……」


 天井を見上げ、レオは呟く。その声には呆れとその場にいれない残念が込められていた。


 ◆


 炎と雷がぶつかり合い、その余波によって空気が大きく揺れて物理的な衝撃波となって砦へと行き渡る。

 アリス・ナルシタの〈赫炎〉、ザルキ・キッシェベイルの〈雷轟〉。共に自然現象を操るギフトだ。ただし、自然に発生する炎や雷とはまた違った力を有している。

 そもそも実体のない二つが混ざり合うでもなく互いに衝突し拒絶し合う現象そのものがあり得ない。

 どんな物質だろうと熱で燃やすのではなく最初に燃焼という現象が先にある〈赫炎〉は雷さえも燃やしてやろうと猛り、電荷など流れるべき所に流れず物理学を無視してまず疾るという現象が先にある〈雷轟〉は炎さえも突き進もうと唸る。

 魔法があろうとギフトの力はその世界の住人にとっても強大な力だ。砦の屋根の上で繰り広げられている彼らの戦いには両軍共自然災害という認識でギフト保持者達から離れ無視して戦っていた。

 二つの力がぶつかり合って相殺した衝撃で舞い上がる埃の中、アリスとザルキの姿が現れる。

 アリスは炎の馬に跨っていた。手綱も馬具も全てが炎によって作られた〈赫炎〉の炎馬だ。蹄が蹴るのは地面でも床でもなく、自ら足裏に発生させた炎の勢いだ。

 レオが見ていればジョット噴射などと口走っていただろう。炎馬は爆発とも炎の柱とも取れる現象の勢いを利用して力強く空を駆け回る。

 幻想的な馬に乗る美しき女騎士はまるで絵画のような姿であり――それを追い越すザルキもまたあり得ない光景を見せていた。

 ザルキは馬ではなく、自ら発生させた雷に乗って空を悠々と泳いでいる。ただしそれは本人にとってそうであるだけで、実際は空気を裂く音を轟かせ超高速で移動しているのだった。

 これもまたレオがみれば、波乗りだと言い出すかもしれない。海の代わりとして空に広がる雷に乗っているので強ち間違ってはいない。

 何にしても、二人とも傍目からみれば人間として色々と間違っていた。

 これもまたギフトを持つが故か--などという言い訳は出来ない。ギフトを持っていないのに二人の戦いの渦中にいる人間がいるからだ。


「破ァッ!」


 黒く分厚い甲冑に身を包んだガルバトスの大槌が振り下ろされる。その動きだけで身を焼こうとしていた炎と雷が弾け飛び。しかしそれもただの余波でしかなく、本命の一撃は指向性の持つ衝撃波だ。

 衝撃波は炎の壁に穴を開けてアリスへと迫り、結局は彼女から噴き出る炎に燃やされ防がれる。しかしそれでも隙を作る事には成功した。普通の兵から見ると隙などと気づかない僅かな行動の隙間にザルキ遠慮なく入り込み帯電する剣で刺突を放った。

 ガルバトスはルファム帝国の戦士や傭兵に広く信仰されている戦神の信徒ではあったが、彼はギフトを持たない。

 ギフトは神の気まぐれか寵愛かによって現れる。悪神によってギフトを与えられた転生者は生死の問題があったために特別措置であり、本来ならば与えられない。それはガルバトスも同じであり、敬虔であろうと力が強かろうと関係ない。

 そう関係ないのだ。ギフトの有無が英雄を決めるものではない。

 ガルバトスが作った隙を突いてザルキがアリスを攻撃しようとした瞬間、彼女が纏う炎の向こうから無数の矢が飛来した。

 〈赫炎〉を燃え移らせ火矢となったそれらは鳥もかくやと言わんばかりの軌道を見せながらザルキとガルバトスに襲いかかる。

 あらゆるモノを燃やす〈赫炎〉に少しでも触れれば切り離すしかその炎から逃れるしかない以上、どちらも防御をするしかなかった。

 ザルキは雷で、ガルバトスは衝撃波を発生させて火矢を払い落とし--屋根を貫いて下から来た矢を紙一重で避ける。


「本当に面倒な奴だ!」


 ガルバトスが足元の屋根に鉄槌を叩きつけ、ザルキが雷撃を落とす。施設が一撃で粉砕されるがどちらも射手たるローの姿はなかった。

 その間にもアリスは態勢を整えて正面から帝国の英雄達を見れる位置に移動していた。

 それぞれ戦い方は違うが英雄同士によるタッグ戦は互角の様相を呈していた。


「千日手だが……どういう事だ?」


 構えこちらの動きを注視する英雄を見てアリスは疑問を抱く。今回ルファム帝国軍が取った作戦は速さが肝心な筈なのに、彼らに焦りは見えない。砦を占領するにしても、砦を破壊するにしても他の砦からの応援が駆けつけて来る前に終わらせたい筈だ。勿論、思惑をそう簡単に表に出すような敵ではないが、こうして何十合も武器を交えれば見えて来るものがある。

 アリスの視界の隅に、空を飛ぶ飛行船の姿が過ぎる。巨大な空飛ぶ鯨のような飛行船は兵を降下させてからは英雄達の戦いの余波を避けてかゆっくりと砦の周囲を回っている。砲をあれ以降撃たないのは自分達の兵に当てないためか。


「…………」


 そこでふと、アリスは背後に振り向く。その方角は砦の後方、平野が広がっており、地平線の向こうにはいくつかの街が、その一つにウォルキン辺境伯が住み、辺境伯軍の本拠地である街もあった。

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