第52話 「砦でゲリラ戦とかおかしくないか? おかしいよな?」
空を浮かぶ巨大な船。地球と呼ばれる惑星にあった飛行船と呼ばれる巨大な乗り物を参考に造られたルファム帝国の新兵器は高い隠密性を持っていた。
姿が見えないのだ。ただそれだけでも脅威であるのに跡の残る地上を離れ空を飛ぶときている。
高所という戦術的優位性を取られる挙句にこちらからでは相手の姿が見えないとは絶望的と言ってもいい。だが、そのステルス性は決して完璧ではない。
激戦が繰り広げられる砦の上空にそれは現れた。楕円形で下にはコバンザメのような船体を備えている。
飛行船の隠密性が完璧ならばわざわざ姿を見せる必要はない。消えたまま一方的に攻撃した方が有利なのは決まっているし、飛行船と遭遇し生き残った兵からも飛行船は攻撃の際に姿を現す事が分かっている。
つまり――
「魔法陣、展開ーーっ!」
テレッサは飛行船に気付くと同時に巨大な魔法陣を目の前に展開する。同時に砦の各所から隠れていた魔術師や兵士が飛び出してきてテレッサに続き魔法を放つ準備に入る。
空高くに存在する飛行船を地上から撃ち落とすつもりなら一部の例外を除いて魔法で戦うしかない。他の武器だと届かないか失速して大したダメージを与えられないのだ。
魔術師達が魔法を放とうとしている間、飛行船から砲弾が砦に向かって発射される。魔法で大砲並みの威力を出そうとすれば発射までに時間がかかり、大砲の方が先手を取れる。
ルファム帝国の兵達がまだ到達していない砦の上半分を狙った砲撃の着弾範囲には魔術師達が入っていた。
降り落ちてくる砲弾の数々にテレッサが杖を振る。すると砲弾の前に同サイズの魔法陣が現れて砲弾を呑み込んでいく。そして、破壊された壁近くの上空に同種の魔法陣が現れ砲弾を落としていった。
転移魔法陣。テレッサが最も得意とし恐れられているのが転移魔法だ。転移させられる大きさと距離に限界があり飛行船は無理ではあったが、こうして敵の攻撃を逆に利用する事に長けていた。
「放てぇ!」
テレッサが魔法によって拡声した合図を叫ぶと同時に魔力の塊が発射される。人一人程の大きさのある魔力は光の尾を引きながら真っ直ぐに飛行船へと昇って行く。それに続いて他の魔術師からの魔法が次々と発射されて行く。
魔法を届かせる為に力を溜め、少しでも距離が縮まるよう高い場所で待機していた彼らの魔法は一部が途中で消えたりもしたが間違いなく飛行船に直撃するだろう。
だが、当たると思われた瞬間に電気の網が広がり魔法を阻んだ。
「あれは……」
テレッサは遠くを見る事の出来る魔法を目にかけ、電気がどこから発生したものか確かめる。それは直ぐに見つかった。
飛行船の下部のある箇所が開いており、そこにルファムの騎士達の姿があった。軽装の鎧に風ではためくマントの意匠が共通した物を装備する彼らの剣は帯電し空気中に火花を散らしていた。
「ザルキ・キッシェベイル子飼いの魔法剣士部隊。最初から主とは別行動してたのね」
攻撃が不発に終わった事への不満を抱きながらテレッサは敵が次に取るであろう行動に対し身構える。
前回の戦いでやり口は凡そ掴めている。上空に出現し一斉砲撃。ある程度まで制圧、それか今のように砲撃に効果なしと分かれば次に行うのが、兵の投入だ。
剣を携えた魔法剣士達が一斉に飛行船から飛び降りた。それに続き、下からは見えない船体内部から次々と黒い物体が中から外へと放り出されて次々と落下して来る。
「あの中に兵がいるわ! 撃ち落として!」
テレッサは杖を落ちて来る集団と棺のような縦長の物体に杖を向け、魔法を行使し始める。
棺の中には兵が入っている。ルファムは転生者から得た地球の知識から空からの奇襲としてわざわざ降下部隊を作り出していた。
パラシュートである落下傘は備えているがノウハウの積み重ねがない降下部隊は正に決死部隊に近い。分かっていれば魔術師達が魔法による迎撃を許し、地表に着いても不完全な着地は怪我どころか最悪死に至る。黒い降下用外殻は見た目通り棺桶の役割を果たす訳だ。
だが、ここは幻想の生物が生息し魔法が存在する世界。そこで生き、国として一部ながら大陸を支配するまでに至った人という存在は強かった。
魔法による防空網が敷かれ、次々と迎撃の為の魔法が正確な狙いを持って放たれていく。間違いなく直撃コース。だが、先んじて宙に身を躍らせた魔法剣士が魔法の障壁を張って棺桶を守った。
身を翻して棺桶に掴まる物、マントを広げ魔法で固定化し即席のパラシュートにする者単純に魔法で風を操り降下するなどして魔法剣士達は落ちながらも棺桶に入った降下部隊を守っていく。
当然、クルナ側も攻撃を一点に集中させて障壁を貫く、張るタイミングをずらさせて時間差で撃ち落とすなど工夫を即座に凝らして降下部隊を撃墜していく。
結果、両者とも完全にと行かないまでも目的を達した。クルナ側は落ちて来る敵の数を減らす。ルファム側は出来るだけ部隊を地上に降ろす。
互いに失敗と言えないまでの前哨戦を終えると、クルナの魔術師達は空を警戒を担当する者は物陰に隠れ、それ以外は建物内部へと戻っていく。
ルファムの降下部隊もまた地面に突き刺さるように、そのまま滑って壁に激突した棺桶のような外殻の中から蓋を開けて外に出ると、着地に失敗し怪我を負った仲間を回収しながら身を伏せる。
降下部隊の格好は重装歩兵もいれば軽装、中には鎧の類を着ていなかったりと纏まりがない。これは未だルファムが飛行船からの降下強襲に関する知識と経験不足からの結果でもあった。
そんな中、自国の黒鉄角獣騎士団のような全身鎧の大きな槍を持った男が棺桶の中から蓋を丁寧に開けて出てくる。
正体不明。ただし並々ならぬ気配と戦意を感じ取れる男を見て、テレッサは直感する。英雄クラスの力を持った戦士だと。
槍の英雄もまた視線に気付いたのか距離が離れた場所にいるテレッサを見上げる。
直後、二人は同時に動き出した。騎士は身を翻し全身鎧とは思えない速度で複雑で罠だらけの砦内部を走り出し、テレッサは転移魔法によって一瞬で消える。
正面からは戦わない。何故ならここ先の戦場はゲリラ戦へと移行するからだった。
「砦でゲリラ戦とかおかしくないか? おかしいよな?」
「ガルバトスがいる以上、どんな壁も絶対じゃない。しかも地上戦艦二隻まで加われば如何に強固な城壁だろうと破壊される。それを考えればあり得ない話じゃない。日本の城だって敵が侵入して来るのを前提とした仕掛けがあるしな」
ガルバトスが壁を粉砕する直前、既に砦の内部へと避難したレオとヨシュアは小走りに移動していた。
敢えて迷路のように複雑になった路地を他の兵と共に駆け抜ける。
時折、怒声と魔法によるものと思われる爆音、何よりもアリス達が戦っていると思われる方角からそれ以上の轟音が聞こえる。
厄介な事に、飛行船から降下部隊が下りてきたのも確認した。これから先、砦内はより混沌とした有り様になっていくだろう。
「他の砦からは?」
「返信の狼煙が上がっています。既に出発しているかと」
防衛線上にはここを含めて三つの砦がある。どれかが攻撃されれば他二つから援軍が来ては挟み撃ちにする事ができる。
勿論、相手もそれが分かっている。絶妙な距離にある三つの砦が築く防衛戦を攻略には、効率が悪かろうと三つの同時に攻略するか援軍が来る前に一つずつ落とすしかない。どちらにしてもそれぞれ問題はあるのだが。
「敵の戦力は?」
「黒鉄角獣騎士団、キッシェベイルの魔法剣士部隊、他にも次々と陸上戦艦と飛行船から敵兵が投入されています」
歩きながらヨシュアは兵に戦場の様子を報告させている。次々と上がって来る最新情報に、後ろを歩くレオは不思議に思った。
この世界に携帯電話のような通信機はない。それなのに現場で実際に見たり聞いたかのように兵士は報告している。魔法か何かで情報を集めているのだろうか。
「英雄の数は二人だけか?」
「現在確認されているのは二人--いえ、たった今三人目が確認されました。全身鎧に鋼鉄の槍……。ホギンズ卿と戦った騎士います!」
「例の……つまり英雄格が三人もか」
報告を聞いて、ヨシュアの顔が苦々しく歪む。
ウォルキン家に仕えるホギンズ家は取り分け武官として優秀で、ローレンスは英雄の一人に数えられる程に卓越した剣技を持っていた。
ウォルキン辺境伯が行方不明になった戦いでローレンスもまた部下達を逃がし戦場に残り、行方が知れない。その時の生き残りの兵からはローレンスと互角に戦う槍使いの存在が確認されている。
「少なくとも三人の英雄を投入して来るとは、向こうも本気だな」
「いや、こっちも三人用意しておいて何言ってんだよ」
レオの言葉にヨシュアが首を振る。
「テレッサは魔術師だ。近接戦闘は苦手でどちらかと言うとサポートだ。ガルバトスとの戦いを援護して貰いたかったんだが、これだと難しいな」
「ふうん……ストップ」
相槌を打ったレオが不意に足を止める。ヨシュアは即座に足を止め、レオの嗅覚を知らない他の兵士達は戸惑いながらも遅れて停止する。
「何か、来てるぞ」
レオが曖昧な言葉を吐いた直後、戦場の状況を報告していた者が突然慌てふためく。
「や、槍使いの英雄が真っ直ぐこちらに向かっているとの報告が!」
「どうやってこっちを感知しているんだ?」
「わ、わかりません。ただ間違いなくこちらに来ていると」
壁を仕切りに防衛戦をするのが砦を守る側の基本的な戦い方だが、陸上戦艦二隻に英雄が投入されるのに加え飛行船なんてものまである。砦そのものが戦場となる可能性を考えれば砦をトラップだらけにしたり迷路にするなどの対策は当然で、例え空から降下部隊が降りようと複雑化した砦内では上手く目的地に移動できない。
黒鉄角獣騎士団のように壁を壊して突っ切る方法もあるが、真っ直ぐ進むだけでは広い砦内で重要人物や重要施設に行ける訳がない。
それなのに敵が真っ直ぐにレオ達のいる方へと向かって来ている。狙いは間違いなくヨシュアだ。若いとは言えウォルキン家の生き残り。付き従う武官は多く長年国境を守って来た守護者の家系の首は大戦果だ。
「探知魔法の対策もしてあるのに一体どうして……」
「勘じゃないか?」
レオの回答にそんな馬鹿なと一蹴しようとしたヨシュアだったが、レオの顔を見て納得してしまった。英雄には強弱以前に訳の分からん理屈で勝ち続ける者が多い。ヨシュアはそれを思い出してしまったのだった。
「き、来ます!」
「全員、構えろ」
ヨシュアの指示に兵士達が剣と盾を構え、レオもまたドラゴンの体から作った剣を抜いてヨシュアの隣に並び立つ。
直後、通路先の壁が外から破壊され、全身鎧に槍を持った戦士が飛び出して来た。
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