第51話 「離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 たった一撃で破壊された強固な壁は戦艦の先端部分が通れる程度の穴を開けていた。破壊された箇所を見てみれば中央が石でそこからより隙間なく敷き詰められた石、次に鉄、加工され隙間なく詰められた石材と地層のように歴史が積み重なっている。

 分厚さも相応で、壁の中に人間が二人も入れそうなほどだ。

 そんな長く続いた歴史を一撃で砕いたガルバトスは兜の中で眉間に皺を寄せる。肩を見ると、一本の矢が鎧の隙間に入り鎖帷子を貫いて刺さっていた。


「ローめ。やってくれる」


 壁を破壊する瞬間、周囲の意識を掻い潜り矢が突き刺さった。おかげで目論見よりも破壊の規模が小さくなったとガルバトスは内心舌打ちする。

 そうこうしている内に、完全な死角から矢がガルバトスに飛来する。それを手甲で叩き落としながらガルバトスは部下に指示を飛ばす。


「奴の相手は儂がやる。お前達は先に行け」

 

「了解しました」


 返事する部下の頭上に矢が落ちて来た。


「急げ! 餌食にされるぞ!」


 落ちて来た矢を掴み折り、ガルバトスは何処からともなく全方位から来る矢に対し鉄槌を振り回し衝撃波で砕いて部下を守る。

 背後で二隻目の艦が防御の為の障壁と陣を敷き、詰め込まれていた兵達が一斉に中から出て来たのを確認すると、ガルバトスは甲板を蹴って跳躍し壁の高さを超える。

 視界が壁からその向こうへと切り替わった瞬間、艦を貫き動力炉まで届いた矢が正確にガルバトスの顔に向かって迫っていた。


「フンッ!」


 鉄槌の柄でガルバトスは矢を受け止め横に逸らす。元の軌道を外れ見当違いに飛んでいく矢の影から二本目が現れる。

 それさえも拳で叩き落としたガルバトスは壁の上に着地する。その瞬間、壁の外である背後から三本目が来た。

 着地する為に膝を曲げて力を逃している瞬間を狙った必殺の矢。存在に気付いていたとしても踏み込みが出来ないまま振り返り艦を貫く矢を受け止める膂力は得られない。

 だが、ガルバトスは後ろを確認せぬまま膝を曲げた状態で鉄槌のの先端を床に置いて石突を後ろに上げる。

 石突部分が矢と衝突し、つっかえ棒となった鉄槌の支えによって矢の軌道を逸らす。

 逸れた矢が後ろから前方の、無人の物見櫓を貫く。視線を巡らせれば周囲は無人で、遠くでは壁の上を走って背中を見せるクルナ王国の兵が見えた。

 ガルバトスがそれを認識した直後、上空で爆音が轟き同時に何かがすぐ横に落ちて来る。


「やれやれ、厄介ですね」


 ガルバトスの横に男が一人片膝をついていた。レイピアを持ち、帯電している。アリスと戦いを繰り広げていたルファム帝国の英雄ザルキだ。


「あまり接点はないんですが、ローと言う男はこれほどまでに?」


「面倒だろ? やり難さで言えば一番だ」


 言いながらガルバトスはアキレス腱を狙った矢を、足を上げて回避する。


「雷の隙間を縫って飛んで来る飛来物など初めてでしたよ」


 頭上から落ちる矢を切り払いながらザルキは呆れの表情を浮かべる。

 クルナ王国の英雄が一人、狩人のロー。騎士位を持っているが元は狩りで生計を立てていた男が射る矢は意志があると言われるほどに自由自在な軌道を描き、針の穴を通す正確さで襲いかかる。しかも射手は隠れており、自由自在の軌道を描く矢も相まって姿を見つける事は困難を極める。

 ザルキは実力が互角のアリスとの戦闘中にローの妨害が入り、叩き落とされた。

 

「これから更に面倒だぞ」


 ガルバトスとザルキの前方の櫓の屋根に空からアリスが着地する。


「タッグ戦ですか。滅多にないことですな。取り敢えず、そちらに雷が飛ぶかもしれませんがよろしいですか?」


「儂に構わず全力でやれ。組み合わせとして向こうが有利なのだから寧ろ躊躇うな」


 ザルキの問いにガルバトスは即答する。

 何かしらの現象を起こすギフトの保持者は対集団戦に向いてはいるがその範囲の広さと威力から味方を巻き添えにしてしまう。そうなると自然に単独での戦闘ばかりとなる。アリスとザルキの戦いがそうだったように。

 だが、ガルバトスは構わないと言った。それは神の授かりし力でも自分は倒れないという自負であり、同時にそうでもしなければアリス達に勝てないとの打算からだ。

 アリスの体から炎が噴き出て左右に広がる。そして、翼とも壁とも言える炎の向こう側から速度、方向、軌道のそれぞれが違う無数の矢が飛んで来て更には火矢となりガルバトスとザルキを襲う。

 ガルバトスは鉄槌からの衝撃波、ザルキは巻き添えを厭わぬ放電で矢を打ち落としながらアリスへと飛びかかる。

 ここに、複数の英雄同士による戦いが本格的に始まった。




 砦内にルファムの兵達の侵入を許してしまったが、クルナの兵達は未だに諦めていなかった。

 破城槌代わりに消費させられた一隻目にはガルバトスの黒鉄角獣騎士団と艦を動かす最低限の乗組員だけが残っていたのに対し、二隻目には多くの兵が待機していた。それが戦艦かあ一斉に飛び出し、それでいて隊列を維持したままで砦内部に侵入する。

 当然、クルナの兵達は応戦する。自分達の砦なのだ。構造は良く知っており、死角となる位置からの攻撃に加え有利な場所へ誘導し隠れていた兵達による奇襲などで堅実に守りを固めていた。

 元より陸上を浮く戦艦などを持ち出された以上砦が無事に済むわけがないのだ。ならばいっそ、砦そのものを戦場とし罠を仕掛けるという結論にクルナ王国の将達は行き着いた。

 その試みは上手く行っていた。最初は、だが。


「よし、次に行くぞ!」


 侵入してきたルファム兵の集団を四方から取り囲み槍衾で刺し殺した部隊長が次の待ち伏せ場所まで移動しようとした時だ。砦内の迷路のような路地の何処からか悲鳴が上がった。ルファム兵の者かと思ったが、次に聞こえた単語に緊張を強くする。


「黒鉄角獣騎士団だーーっ!」


 ガルバトス率いるルファム最強の騎士団の登場。その名を聞くだけで兵達が身震いを起こす。

 ガルバトスが艦から跳び上がった後、艦から下りてその場で待機し後続の部隊と入れ替わったまま動かなかった彼らが動いたのだ。

 すぐに攻めて来なかったのは他部隊との足並みを揃えるためと知らぬ場所である砦内に斥候を先に行かせたという戦略的な理由、それと手柄を独り占めしない政治的な理由だ。何百年の歴史を持ち時の長さに比例して強化された砦の壁を破壊した時点で勲章物なのだから。

 だがそれも、仲間が劣勢となれば黙ってはいない。


「近いぞ! 急いで罠を貼り直し陣形を取れ!」


 隊長は悲鳴が聞こえた方向と距離から敵がこちらに接近していると気づくと迎え撃つ準備を進める。

 瞬く間に盾を重ね壁のような陣形を取った部隊は息を潜めるように沈黙し、神経を研ぎ澄ませる。

 悲鳴に混じって破砕音が聞こえる。まるで足音のように物を粉砕する音が近づいて来ていた。


「…………真っ直ぐ来ている? ――横だ! 壁から来るぞ!」


 悲鳴と轟音が道を無視し直進しているのに気付いた隊長が慌てて命令する。壁から来ると突拍子も無い事を言われた部下達だが、まず先に体が命令通りに動いた。

 壁に向かっての防御陣形が整ったのと同時、分厚い壁が向こう側から破壊されて黒い風がクルナ兵達をはね飛ばした。

 風の正体は黒鉄角獣騎士団であった。全身を覆う分厚く硬い鎧、手に持つ得物はハルバートやハンマーなどの重量あるもの、背に担ぐまたは武器と共に持つ盾は人間一人隠れるには十分な大盾。

 そんな重武装をした一団が、獣のような速さで駆けて進行方向上にある物全てを粉砕しながら突き進んでいた。

 英雄ガルバトスが鍛えた兵達はただの人間だ。確かに人間の限界まで鍛えられ、身体強化をはじめとした戦士として必要な魔法も修めているが、彼らは自力によってのみ動いていた。

 彼らは自分よりも重い鎧を操る術を手に入れている。関節の動きで重さのかかる向きを調整し鎧の自重によって倒れながら前進し続ける事で速力を得ているのだ。

 人の業に間違いないのだが、角の生やした獣を模った兜からして人間とは全く別の生物にしか見えない。それが黒鉄角獣騎士団であった。

 はねられたクルナ兵は剣と盾が砕かれ体ごと鎧がへこみ、骨が折れ砕けている。それはまだ良い方で、踏み潰された者は原型を留めず地面に埋もれるか染み込んでいる。

 中には果敢に立ち向かう兵もいるが、圧倒的な質量の武器を振り回されて武具ごと真っ二つか叩き潰されるかだ。

 魔法も避けられるか防がれ、罠を踏み潰し落とし穴も跳んで避けるか落下途中で壁を破壊して昇って来るかだ。

 鎧袖一触と言うのも憚れる蹂躙の光景がそこにあった。人だろうと物だろうと一切関係なく、黒い角獣を前にしては畦道と変わらない。彼らにとって何者であろうがただの障害物なのだ。

 だが、何も怪物じみた強さを持つのは黒鉄角獣騎士団だけではない。

 騎士団が何枚目かの壁を破壊した直後、横から赤い突風が吹いて騎士達を弾き飛ばした。


「これは――っ!?」


 風が吹いた程度で飛ぶどころか揺らぎもしない仲間の姿を見た後続が盾を構え横から来る槍のように鋭い風を受け止める。

 砲弾が最高の角度と勢いで命中したような轟音が周囲に響き渡る。

 黒い騎士の盾の向こうには、赤い意匠の鎧の騎士が同じく赤の装甲を装着した馬に乗っていた。赤い騎士が突撃槍を突き出して盾とせめぎ合い行なっている。

 その一騎を始まりに、騎馬が次々と黒鉄角獣騎士団の面々と激突し、受け止められる。

 黒鉄角獣騎士団が黒騎士とすれば騎馬は赤騎士と言った格好だ。黒騎士と比べ装甲が薄く全身を包んでいるが、立派な出で立ちであり、何よりも誰も止められずにいた黒騎士の動きをを止めたのは確かだ。


「騎馬の突進を受け止めるか、黒鉄角獣騎士団! ガルバトス・ガンベルングが鍛え上げた化物供め!」


 忌々しげに赤騎士が言葉を漏らすと、盾の裏で黒騎士達が長柄の武器を構え振り下ろす。場所は路地と比べ比較的広いとはいえ騎馬が隊列を組んで進むには狭い場所。赤騎士に避ける空間はない。

 ――が、赤騎士の姿は馬共々赤い影を残して消えて黒騎士達の一撃を避けた。

 騎士と同じく赤い装甲を装着した騎馬が壁を登っていた。駆けるのと同じく壁を走り、鹿が華麗な跳躍をするように僅かな突起を足場に屋根へと消えていくなどして黒騎士達から逃れる。


「ここでも自在に駆けるか、赤翼騎士団! アリス・ナルシタについて行けた変態供が!」


 赤と黒、それぞれの英雄の傘下である騎士団が団長と同じようにぶつかり合った。




「赤翼騎士団と黒鉄角獣騎士団が戦っているぞ!」


「離れろ! 巻き込まれるぞ!」


「かすりでもすれば挽肉になる。気を付けろ!」


 二つの騎士団から兵達が距離を取る。羽が生えているかのように動き回り進行上の物を貫いていく赤い突風に巨大な猛獣が暴れるように破壊の限りを尽くす黒い暴風。どちらも並の者が近づいただけで原型を留めることなく細切れになるだろう。

 戦争をしているのか自然災害と戦っているのか分からなくなりつつある戦場の中、クルナ王国の王宮魔術師であるテレッサ・ベルデルトは周囲の破壊音や怒声、悲鳴を聞き流して空を見上げていた。

 時折、杖を振って近くの敵部隊を罠に直接転送したり流れ矢を弾いたりしてはいるが彼女の意識のほとんどは空に向けられている。


「…………っ!」


 不意にテレッサは目を見開いた。

 地上では戦が行われているのにそんな事など関係なしに澄んだ青色に白い雲を浮かべる空。そんな景色の一部が歪んだ。


「来たわね」


 ルファム帝国の飛行船。それが砦の真上にて姿を現そうとしていた。

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